夜の密会
自分の部屋についてベットに横たわる。
「そういや、所持品について確認しておくべきだったな…」
俺たちは朝の通学時のまま飛んできた。身についていた服や鞄もそのまま。俺の所持品は、筆記用具と今日の講義で使うテキスト一式、スマホと財布ぐらいだ。スマホも充電手段がなければ役に立たないただの板。電源をつけても電波は入らない。
「当然か」
充電手段があれば、写真と計算機としてぐらいは使えるだろう。それでも貴重な道具だ。
部屋の明かりをボーと見つめる。確か、エルタライトとかいう光魔石を使った証明だったな。水に浸けると光るとかいう、意味不明のご都合原理。ゲームの設定で許されたからって、こう現実で実際に見ると笑うしかない。
〈ゲームエンジン〉
俺の知らない固有スキルを試したいが、何の情報もない中で試しに使ってみるというのは抵抗がある。
ーー明日図書館で探す前に、スキルのことだけでも書庫で調べてみるか。
眠りかけていた意識を振り払って、体を起こす。
部屋を出てセバスのいる事務室に足を運んだ。
「勇者様、どうされました?」
セバスの姿はなく、別の執事さんが対応してくれた。25、6歳の金髪の若い執事だ。
「セバスさんは?」
「執事長は他の勇者様を書庫にご案内です。私でよければお伺いいたしますが」
「あぁ。俺も書庫に行こうと思って」
「さようでしたか。私、ルセフがご案内致します」
ルセフと名乗った彼の背中を追って書庫に来た。入口にはセバスさんが立っている。
ルセフはセバスと二、三こと言葉を交して俺の方を向いた。
「では、勇者様。ここからは執事長にお任せいたしますので、私はこれで失礼いたします」
「ええ。案内ありがとうございました」
彼は深く礼をして来た道を戻っていった。
「俺も書庫をお借りしますね」
「はい。ですが、本を持ち出すのはお控えください」
「了解です」
セバスが3m近くある大きな扉を開いてくれた。彼は中には入らないらしい。いや、入れないのか?外で待つのは大変だろう。
2階分の吹き抜けに一面に本棚が敷き詰められ、いかにもファンタジックな図書館を再現している。中央にいくつかの机と椅子が置いてあり、一人いる。
「やはりあなたでしたか」
バタンと扉の閉まる音でこちらに気づいた海崎澪緒が視線を本に戻しながら語りかけた。
「…考えることは一緒か」
俺も近くの本棚から固有スキル系の本を探していく。
「私の場合は、明日図書館にいってそもそも本が読めるのかを確認するためにきました」
「なるほど。言語理解のスキルがあるけど、文字情報として読めるかは分からないからな」
明日図書館にいって読めなかったじゃ格好がつかない。
「あなたは?」
「固有スキルについてだ。使って確かめるにせよ、どういう効果があるか全く分からないじゃ検証のしようもない。リスクのあるスキルかもしれないしな」
自爆前提やHPを半分リソースに使う固有スキルとか普通にあるし。
固有スキル関連の本がある場所を見つけて固有スキル全集を手に取る。随分と分厚く大きい。広辞苑のようだ。
本を手にして机に向かう。縦に3つ、横に3つ。海崎は一番右奥にいた。彼女から一番遠い後列の左に無意識に行こうとしていてハッとする。
まるで俺が彼女を警戒しているみたいだ。いや、警戒している。
心眼が脅威だったし、本人は「実は心の中でまでは分からない」と言っているものの、それがどこまで本当かも怪しい。警戒をするなという方が無理だ。
だからこそ、ここは避けるべきではない。
ーー心が読めるものなら読んでみろ。
俺は前列右から2番目。彼女の席の隣に座った。
「…」
「…」
無言で本を開く。
「…随分と近いですね」
「…」
よくよく考えたら、こんだけ椅子があるのに女の子の隣に座るってアウトなんじゃ…。
完全に失念していた。俺は何をしているんだ。説明のしようもない。
俺は沈黙で返した。
ペラリとページの捲る音だけがする。
「…私はもっと、嫌われていると思ってました」
「…」
危なかった!あのまま一番遠くに座っていたらまた要らない不信感が募っていたかもしれない。セーフ。
「そう思ってたなら、君の読心術も大した事ないな。警戒していた俺が馬鹿だった」
「そう…ですね」
会話が続かないのは、本に集中しているからなのか。俺と同じ低コミュ力なのか。
「君なら気づいているか?」
「何をですか?」
「桐生さんに聞き込みをお願いした意味」
「私は万能ではありませんよ。あなたと違って」
「…嫌味か」
まだ根に持ってるのか?思い当たる節は…まぁあるけど。
「いや、しかし君でも分からないことがあると思うとなんかホッとするよ」
「…どうでしょうか。星華さんに本当の意味を伝えなかったことに後ろめたさを感じているのは分かります」
「…そう見えるか?」
「気のせいかも知れません。私で良ければ聞きますよ。勿論他の人には黙ってます」
「そうだな…」
俺は、星華お姉さんを聞き込みに進めた理由を話した。
「さっきのミーティングで、一番帰還の意思が強いのは星華さんという認識で同じだと思うけど」
「そうですね。何かしらの帰る理由があるんだと思います」
「そう。それ。俺は勝手に、大切な人がいると思ってる」
「大切な人ですか」
「そう。帰りたい理由って、それ以外ないと思うんだよね。金や物や立場ならこっちでも補完できるし、家に帰りたいってのも、家自体はこっちも作れるわけだ。結局は家族っていう人でしょう」
「伝統や文化、国や仕事という可能性もあると思いますが」
「まぁ無くはないけど、それを言ったら、こっちでも同じ価値のものはあるわけだし。重大な仕事がやり残してるから帰るっていうのも、それってこっちで人類見捨ててまでやるべき大事な仕事ですか?ってなるじゃん。仕事の価値観は人それぞれだけど、仕事の責任感で帰るというのはちょっとありえないかなって。人類を救う世界で8人の責任感に勝る仕事の責任感って…、俺は社会人じゃないからピンとこないな」
「一理ありますね」
「桐生さんの場合、それが強いでしょう?是が非でも帰る必要があるって感じ」
「それはなんとなく分かります。すぐにでも帰りたいと言っていましたし」
「…だからさ、もしだよ。…もし4年後に帰還できるというのが嘘だったり、実はできなかったりした場合、桐生さんどうするかなって」
「それは…」
「王国サイドの言い分もさ、4年後にって話だけど、逆に言えば“4年間はお前らも一緒に戦わないと帰れんくなるぞ”っていう風にも捉えれる訳だし」
「私の心眼では、国王を始め、そこまで黒には見えませんでしたが」
「今はね。俺もそう思いたいけど、実際に俺たちが帰ったら世界が滅ぶとしたらどうするかなって。俺が王なら首輪付けてでも戦わせる。王にはこの国の民を守る責任がある。善悪で判断できるもんじゃないと思うけど」
「力ずくで私たちを従わせると?それができたらわざわざ異世界から勇者召喚なんてしないと思いますよ」
「力ずくでなくても、帰還方法がこっちの手にない限り、帰還を餌にする可能性はあると思うし」
「…」
俺は開いていた本を閉じる。本を読みながらは集中できない。
「話が跳躍し過ぎた。星華さんの話だ。何かしらの理由で、帰れないことが分かった場合に、彼女がどうするかは分からないけど、一番心配なのは…」
「復讐や自暴自棄ですか」
「最悪の可能性ね。そこにまで至るとは思わないけど、注意しておく必要があるかなって」
「そうですね」
「それと、もう一つ。これはあんまり言いたくないんだけど…」
「言えないことなら聞きませんよ。無理に話さなくてもいいと思いますが」
「他言無用でお願いするよ。俺のほかにももう一人は知っておいた方がいいと思うし」
これは本当に他の仲間には言えない。王国サイドにはもっと言えない。
王宮内じゃ盗聴スキルが存在する以上、迂闊に人には言えないが、海崎澪緒には伝えることができる。
「〈テレパス〉の念話、使えるよね」
「ええ。使おうと思うと使えます」
相変わらずの不思議な原理。ゲームではスキルの発動はUIからか発動させていたが、使う気さえあれば使えるらしい。
(「これで通じてると思います」)
音声をイヤホンで聞いているような感覚だ。これで盗聴される心配はない。
(「こっちも?」)
(「はい」)
相互のパスが繋がり本題に入る。
(「俺が国王だったらどうするかっていうお話」)
(「…それは確かに他の人には言えませんね…。この国の人にも…」)
ーーいや、仲間の方には言えなくはないだろ。あんまり言っていい印象はなさそうだけど、言えなくはないぞ。お前は俺をなんだと思ってる。
(「勇者を従わせるとしたら、どうするか。単純に、報酬で引き受けてくれるならいい」)
(「そうですね」)
(「それでダメなら、情に訴える」)
(「有効な手ですね」)
(「それでダメなら、弱みに漬け込む」)
(「…なかなか最低ですね」)
(「国民の命が掛かってるんだ。悪魔にだってなる」)
(「冗談です。続けてください」)
(「…で、当然弱みっていうのは、俺たちが帰りたいっていう願望があるところだ」)
(「零さんも、帰りたいと思っていますか?」)
(「んー。分からんな。少なくとも、帰ろうと思ったときに帰れるようにしておきたい」)
(「欲張りですね」)
(「まぁね。欲を言うならリュートくんみたいにい自由に行き来したいかな」)
(「夢は大きいほどいいっていいますしね」)
(「そ。で、少なからず全員帰る手段を確保したいという願望はあると思う」)
(「それが弱みですか」)
(「俺が国王の立場だったらそう考えるね。あの国王がどう考えているかは知らないけど」)
(「零さんが国王だったら、今頃魔王軍を全滅させてますよ、きっと」)
(「俺にどんな印象もってんだよ…。まぁ、それで。その弱みに漬け込んで勇者と交渉する」)
(「魔王の脅威がなくなったら元の世界に戻すと?」)
(「まぁ、それでもいいんだけど。そんな交渉じゃ乗らないだろうね。簡単な依頼なら引き受けると思うけど、命懸けで戦わせるのに、鞭だけじゃ絶対にどこかで瓦解する」)
(「…飴が必要…ということですか」)
(「そう。その飴ってのが、最悪の状況でもちょっとだけマシかなって思える逃げ道みたいなもんだ」)
(「それって…」)
(「そう。俺ならこうする。「すぐには返せないけど、〇年後になら返せる」って。何かともっともらしい理由を付けてね。ギリギリ本当には助力したくないけど、それだけ手を貸せばあとは帰れるっていう”逃げ道”を用意する。ちなみに、俺なら5年に設定するかな。それ以上長いと飴として使えなさそうだし。王国側としてはできる限りの期間は確保したい。折り合いとしてはそれぐらいが限度かな」)
海崎は震えるようにこっちを見た。
(「…国王はそれで「4年間は送還できない」って言っている、と言うんですか?」)
(「いやいや、俺ならそうするって話。あの王様がそう考えてるってのは別だよ別。本当に星の配置で4年に1度しかできないって可能性の方が高いと思うよ?」)
(「なぜ分かるんですか?」)
(「いや、だって。かなり追い込まれてるみたいだし。もっと早く召喚すればまだ準備とか先制攻撃とか色々できたと思うからね。少なくとも、俺たちを召喚できるタイミングってのは今日じゃないとダメだったって考えると、召喚術式が星の配置に左右されるっていうのも信憑性高いかなって」)
(「…そうですね…流石です」)
(「まぁそういう訳だから、帰還のことについては注意して聞いておいてほしい」)
(「言葉の真偽が何となく分かる程度ですよ?」)
(「それで十分だよ」)
とりあえず、直近の不安要素の共有はできただろう。情報不足から生じる不安と、最悪の状態への備えは必須だ。
まぁ、最悪の状態はもう一個深くあるんだが、これはとりあえず保留だ。
「今の話を踏まえた上で、ちょっと布石を打っておく必要があるんだけど」
俺は念話を終えて口に出して会話を始めた。正直、念話は酔う。ここから先は最悪聞かれてもいい話だし、そこまで警戒すべきことじゃない。
「布石、ですか」
「そう。まぁ最悪の可能性に備えてと、単純に星華さんのため」
「星華さんですか?」
「そ。現状、帰りたいって意思が強いのは星華さんだけだし、孤独を感じてるかもしれない。さっきの話で帰れないと分かったときに自暴自棄や復讐に出るかもって話にも繋がるんだけど、だから同じ立場の人が必要だと思う」
「是が非でも帰る理由がある仲間…ですか?」
「まぁ有り体に言えばそう」
「それが布石になるんですか?」
「いや、そうじゃなくてね。今すぐにも帰りたいと思っている人が1人じゃないっていうのが布石かな」
「よく分かりませんが…」
「これは、どちらかというと、俺が国王の立場だったらという話の延長線上にある最悪のケースに備えての布石だからね。説明してもあんまり意味ないと思う。限りなく低い可能性に備えてる感じ。それよりも、大きな理由は…」
「星華さんにとっての仲間がいるってことですね」
「そ」
「分かりました。引き受けます」
「…まだ君に頼むとは言ってないと思うが」
「話の流れで分かりますよ。明日のミーティングで、私も今すぐにでも帰りたいっていう想いがあることを伝えて、星華さんが1人じゃないって思ってもらえればいいんですよね」
「…話が早くて助かるよ」
「どういたしまして」
目が合って透き通った瞳が輝く。
「そうだ。〈未来視〉ってどんなかんじ?」
アイサイトは未来視が使えるはず。SLIGでは奇襲に対して50%で警告を出すという効果だったが、会見の時に王国の人間が「未来のビジョンが見える」ような言い方をしていた。
「使い勝手は悪そうです。私の使い方が悪いのかもしれませんが、少なくとも名前負けですね。夢で見たことを思い出している…という感じでしょうか。見たいものは見れませんし、断片で意味不明です」
「そうか…。いや、貴重な情報だっだ。ありがとう」
随分と話し込んでしまった。本が1ページも読めてない。俺は閉じた本を再び開いて、自分のスキルを調べ始めた。
索引から探しているが、見当たらない。
固有スキルに造詣があると言っていたリサ副団長にも、今更聞くわけにもいかない。
…これは本格的にぶっつけ本番で検証してみるしかないかもしれない。最悪、こっちには回復の女神がついている。HPが全ロスしない限り大丈夫だろう。
バタンっと本を閉じる。
「見つかりましたか?」
という問いに首を振った。
「そっちは?目当ての情報はあったか?」
「そうですね。私にとっては未知の世界なので、なんでも収穫ですよ」
「そう…だよな」
俺とリュートと綾小路詩音は、この世界のことをある程度知っている。他の人たちは、全くの知らない世界にいる。その不安は俺には想像できない程だろう。
「黙っておくつもりだったけど、やっぱり話しておくか」
頭を掻きながらボソリと呟いた。
「?」
「長くなりそうだけど、聞く?」
「他の人には言わないんですか?」
そう。それが問題だ。
「絶対に伝えた方がいい…と思う。人間的にもね。でも、明後日の会見前に知るとそれが弱点になる可能性がある。それに、知らない世界にきて余計に不安を煽ることになる」
「…そうですか」
「どうする?聞く?」
「そこまで言っておいて、途中で止めるのはなしですよ」
「…確かにそうだ。部屋にもどるか。あんまりセバスさんを外に立たせておくのも申し訳ないし」
「そうですね」
俺たちは本を戻して書庫を後にした。




