勇者のステータスに、資金力というパラメーターが欲しい
「ーーということがありました」
商談会を終えた夜。俺たち勇者は久しぶりに俺の部屋に集まっていた。
綾小路令嬢はスキル習得のために遠征中。リュートもそれに付き合って付いて行った。
残った五人にざっくりと成果報告をする。
「いや…うん…。もうどこから突っ込めばいいのか分からないんだけど、うまくいったのなら良かったわね」
星華さんは頭に手を付け首を降りながら言った。
「ええ。海崎の功績が大きいですね。振り子時計の反響は凄まじかったですよ」
「お役に立てたのならよかったです」
「わ、私も見たかったです。澪緒さんの振り子時計」
「あ…すまない紅葉。試作品は渡してしまった。今二つ目を生産してるからそのうち皆さんにもお渡しできますよ」
「本当かい?それは助かるよ。この世界の時計はアバウトだからね…」
それには激しく同意する。現代人の感覚から言えば許容し難いものがある。
「けど、勿体ないんじゃない?鉛筆も色鉛筆も消しゴムも紙も、大和商会だけで作っちゃえばよかったのに」
星華さんは損得勘定で計る商人気質のようだ。本職会計士なだけある。
「出る杭は打たれると言いますし、一から大きくするのが面倒だったんですよ」
「そういうものなのね…。けど、いいの?鉛筆と色鉛筆って作り方ほとんど一緒じゃない?ライバル商会同士で揉め事にならないかしら」
「大丈夫ですよ。鉛筆は黒鉛と粘土で作りますが、色鉛筆は顔料とタルクと蝋を使うので。鉛筆は芯を加圧して高温で焼き固めますが、色鉛筆の場合は蝋とノリで低温で固めます。原料も製法も全然違いますし、試行錯誤して真似るにも1年は掛かるでしょう」
「へぇ〜」
「でも零先輩容赦ないっすね。利益の半分を吸い上げるなんて…」
「コストやら人件費やら税金やらを引き抜かれた額だからね。売り上げ額からロイアリティー取るコンビニ業界よりよっぽど人道的でしょ」
「コンビニってそんなに辛いんすか!?」
「大智…。世の中には知らなくていい社会もあるんだよ…」
俺は大智の肩に手を置いて首を振る。
「何怖いこと言ってんすか!?余計気になるっすよ!?」
社会の闇は見せないように箱入り娘を育てる父親の気持ちというのはこういうものなのだろうか…。
大智を見ながらそんな考えが浮かんだ。
「これで零くんお望みの、”楽して自動的にお金が舞い込んで来る宛て”ができたみたいね。計画通りかしら?」
「いえ、全然足りませんよ?それに、鉛筆と色鉛筆と紙を他の商会に任せたのは他の理由からです。資金稼ぎはこれからですよ」
「え…?そうなの?」
「ええ。鉛筆で使う黒鉛は炭素電極やカーボン材の原料ですし、色鉛筆のタルクは耐熱樹脂に必要になります。紙の製造過程でとれるセルロースはニトロセルロースで使いますし、消しゴムで使う樹脂もゴム製品には必須。後でどの道大量に必要になるので、先に一番面倒な生産体制の確立を他の商会がやってくれるなら利用しない手はないでしょう?」
俺たちは後々買うだけでいい。
「…あなた…香ばしい性格してるのね…」
「星華さんに褒めてもらえるとは、鼻が高いですね」
「……本当、香ばしい性格してるわ…」
一連の報告と雑談も終わって夜の会合は幕を閉じた。
次の日。
俺は少し堅い服を来てクローバー商会の本店に足を運んだ。
エントランスで受付嬢に挨拶すると、すぐに最上階に通される。
契約上、クローバー商会はそのままの形で残すこととなっている。ただ、大和商会という母体の傘下にあるクローバーグループという位置付けになる。
これまでと一切変える必要はない形式上のものだという話にしていたはずだが、商会の看板は建て替えられ、最上階には俺の名前の執務室が用意されていた。
簡素ながらも手入れの行き届いた落ち着きのある執務室を眺めながらしばらく待つ。
「レイ会長」
勢いよく扉が開いて銀髪の女性が入ってきた。
「クロエさん…その呼び方はやめてもらえませんか…」
クローバー商会の元会長、クローバーグループの取締役兼、現大和商会の全権代理者のクロエさん。商談会の時より心なしか明るい表情をしているように見受けられた。
「え…でもレイ会長は会長ですし…」
ーーいや、まぁそうなんだけど…。事業計画の裁量権が欲しいということで手っ取り早く会長の座を横取りしたのは俺なんだけど…。商会全体を取りまとめようなんて気はさらさらない。むしろ9割は面倒な事務手続きだろ?絶対嫌だ。
そんな面倒なことは全部彼女に任せて、俺は好きな時に好きなことを発言したい。
そんな無責任なこと思っている人間である。そしてその予定でもある。
だからクローバー商会の人たちに会長と呼ばれるのは俺の少ない良心が痛む。
「あー。じゃあ、こうしましょう。大和商会には顧問という実務を行わない職があります。顧問は会長と同等の裁量権を有しています。そして、俺は今日から顧問という立場になります…ということで」
「いけません。それでは会長職が不在になってしまいます」
「ああ、会長はクロエさんにまたお願いしますよ」
クローバー商会の負債を肩代わりするたに大和商会の傘下においただけだ。必要な返済は済ませた今、実質裁量権を得た顧問職を作れば俺の目的は理想的な形で実現される。
「会長の変更には特別な理由がない限り半年はできません」
ーーあー…店長や会長名義での資金洗浄防止のためにそんなパッチプログラムがあったな…。リアルでも健在か…。完全に失念していた。
「…分かりました。その代わり会長呼ばわりはやめて下さい」
「…分かりました。公的な場以外では会長とお呼びするのは控えます。レイ様」
「様もいいですよ」
「いけませんっ。組織での上下関係を蔑ろにすれば瓦解します。それに、そんな態度では他商会に舐められてしまいますよっ?」
ぐいっと近づいて目の前に人差し指を立てられダメ出しされる。
ーー今まさに組織の上下関係が反転しているのは気のせいだろうか…。
「わ、分かりました」
コクコクと俺は頷いた。
「ご理解ありがとうございます。こちらが頼まれていた資料です」
クロエは持っていた紙束を渡す。参考書並みにある分厚さに顔を顰める。だが、読まないことには始まらない。
俺は執務机に座り、肘を着きながら一枚一枚捲った。
たまに扉が叩かれ各部署の長が挨拶しに来る。なかなか個性的な人が多いようだ。そして全員が歓迎ムードだった。
「いきなり来て傘下に入れ、会長を引き摺り下ろした奴にはもう少し思うところがあると思っていましたが…」
主要メンバーの数人との挨拶を済ませてクロエさんと二人きりになった執務室で言う。
「お恥ずかしい話、八方塞がりでした…。それを打開し未来に繋げたレイ様に感謝しない不埒者は当商会にはいませんよ」
ーー八方塞がりで、最後のトドメを刺したのも俺なんですが…それは…。
本当は好感度上げてからにと思ったが、思いの外に印象がいいということが分かったのでカミングアウトしておこう。
「クロエさん。つい一ヶ月と少し前、異世界から召喚した勇者の話題は知ってますか?」
棚で資料を整理していたクロエは手を止めて振り向いた。
「はい。8名の勇者様が魔王侵攻に備えて召喚されたという話は伺っています」
「その一人に、零・一って勇者がいるんですよ」
「そうでしたか。名前までは存じ上げておりませんでした。レイ様と同じ名前なんですね」
ーーまさか本人だとは思わないか…。まぁそりゃそうだろうな。勇者なんて武器振り回して戦う英雄という認識だ。こんな内地で商人の真似事してるなんて思いもしないだろう。
俺はストレージから二つのアイテムを徐に取り出し、机の上に置いた。
「これは…?っ、王家の紋章!?…と、こちらは?」
「王国軍師団級徽章です。つまり、俺は異世界からの勇者…という奴です」
バサッ…
クロエの手にしていた紙の束が手から滑り落ちて床に落ちて散らばった。
「で、ですので、商会に顔を出す頻度は少なくなりますがよろしくお願いします」
「え…あの、失礼しました。少し飛んでました」
ーーいやどこに!?
「えっと、レイ様は勇者様…ということです!?勇者様は魔界からの侵攻を食い止めるお役目があると思っていましたが…」
「ええ。なので、魔界からの侵攻をとめるための準備をしているところですよ。現在進行形で」
「…そ、そうでしたか。私には異世界の常識には疎く、魔王軍との戦いも分かりませんがどうかこの世界をよろしくお願いします」
クロエは俺が勇者らしからぬ非常識な行動を、異世界の常識ということで納得したようだった。
難しいことはなにもない。
敵が人であれ国であれ魔王であれ、武器は剣と魔法より、最後にものを言うのは金の力なのである。だから準備をしている。それだけの話だ。
「けれど、納得しました。異世界の勇者様なのであれほどのレシピを知っていたのですね」
「そういうことです。まぁ別に隠す必要はありませんが、”勇者がやっている商会”というのはフェアではない気がするので、今のところ公開する気はありません」
勇者のくせに内地にこもって金儲けしてんじゃねー!っと思われたくもない。
「承知しました。では私も他言は控えるように致します」
勇者カミングアウトをした後、俺は今後の事業計画を語る。事業計画といってもほとんどはクローバーグループの再建だ。
大和商会としてはマイナスからのスタートになる。スタート地点に立たせるまでにしばらくかかりそうだ。
…
…
…
「ーーつまり、サトウキビと小麦の出がらしを原料に、煮詰めて木灰を足す。それから細切れにしてノリを混ぜて紙を漉くということですね」
資料に書かれていた元クローバー商会の製紙業のプロセスを把握してクロエに確認する。
「はい。大まかな流れはそうですね」
俺は今、商会の主力産業の紙作りの効率化を再検討している。
「やっぱり先日渡したレシピでは難しいですね」
「…そうですか」
近代式の効率生産にはパルプが必要だ。だが、今の技術力では木材を細断するすることがそもそも難しい。だからサトウキビや小麦のような柔らかい材料を選んでいるのだろう。
「まぁ原料はこのままでいきましょう。どの道植物繊維を使うんですから変わりません」
「はい」
カキカキっと俺の話を一字一句記録するかのようにクロエはペンを走らせる。
「木灰は変えましょう」
「変えるのですか?これに数週間付けておかないと繊維が解けませんが…」
「植物繊維はリグニンで互いに結合してます。草木の灰はそれを溶かす役目で入れるはずですが、アルカリ性の液体ならなんでも構いません」
「り、りぐにん?あるかり?」
ーーあー…そうだったな…。化学未成熟世界だった。
「植物灰より成分の強い液体で、効率的にノリを溶かします」
「…なるほど…」
「うーん…アルカリ水溶液なら、海水を電気分解すれば水酸化ナトリウム水溶液が無尽蔵に取れるんだけどなぁ。…業務用電解装置を作るのにどれだけ時間がかかるかな…。今すぐは無理だよなぁ…」
「え、えっと。何と仰いましたか…?」
「あ、いえ独り言です。やるならソーダ灰か重曹かですね。どちらがコスパが安いかはやってみないと分かりませんが…」
…
…
…
色々この世界の技術に合わせた方法を取らなければいけない。
「ーー最後に、脱色だけでは真っ白で艶のある紙質にはならないので、紙を漉く前に炭酸カルシウムとカオリンを入れましょう。それで以前見せた紙質に近づきます」
「たんさんかすしうむ…とカオリン?ですか…?」
「あー石灰岩や貝殻を焼いて作る粉末です。カオリンは陶土の白い奴ですね。陶磁器に使う原料です」
「あ、白亜と白粘土ですね。加入店がどちらも取り扱っていたと思います」
その後もずっと、元クローバー商会のテコ入れの案を語り合った。
とりあえずの応急処置はできるだろう。
大和商会の未来が掛かっているのだ。資金が尽きる前に運営コストより利益が上回ってもらわないと困る。
時間をかければいくらでも製品化できても、生産ラインの確立までに破綻しては意味がない。
最初の出だしが一番リスクという不思議な経営ゲームのクリアを目指して、大和商会の躍進が始まった。




