全ては俺の手の上で
「さて、では話を戻して…。クロエ様、クローバー商会買収の商談をはじめるとしましょう」
俺はやっと本来の目的である話題について切り出した。
「待つのじゃ、三つ葉の。お主何を見た!?商会を明け渡す気かのぉ?」
「私の口からはなにも…。商会については条件次第で検討します」
長老の質問にクロエは明確には答えずに保留を示した。
「わっちからもいいどすかぁ?レイはんはクローバー商会の敵どすえ?」
間接的にクローバー商会を追い詰めているのは他でもない俺だ。敵味方識別は味方にはならないだろう。
「敵…かどうかは分かりません。これまで無理して堰き止めていた水が溢れた結果でもあります。雇用の見直しは必要だとは思っていましたが踏み切れず…。私の責任でもあります」
クロエは厳しい表情を見せる。
赤字になっても従業員を切れず起死回生を図れないで倒産する会社は多い。それは異世界でも同じということか。
従業員を大切にするのは立派だが、それで会社が倒産してはもともこもない。その線引きは難しいのだろう。
「それで?何か条件があるなら聞きますよ?成立すればどの道統合されるわけで、資金のやりとりはほぼ無意味だと思いますが…」
俺はクローバー商会買収の条件を聞く。
「そうですね…。まず三つお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ」
「クローバー商会が買収された暁にはどうなりますか?」
「そうですね…。特に変わりませんね。こちらの事業計画を実行してもらえるなら、これといって変わることはないですね。名前と代表ぐらいでしょうか。まぁクロエ様には会長全権代理者としてこれまで通りしてくれれば構いません。自分は最終的な決定権だけあれば会長をやりたい訳ではないので」
「それは…それでは大和商会がクローバー商会を買収する意味があまりないのではありませんか?」
「それ単体に意味はありませんが、ここまでの過程で必要だったもので」
ーーそれに、”クローバー商会の抱える負債”という問題もある。必要な手順だ。
「…二つ目に、我がクローバー商会を買収して何をしようとしているのですか?」
「先だっては、国を豊かにすることが目標ですね」
「素敵な理念だと思います」
ーーこれは語られるべき理念ではなく、為すべき必要条件なんだけどな…。
「…そうですか。では最後の質問です。大和商会の傘下に入れば、今の事業規模を…従業員を解雇することなく雇用継続できますか?」
「おいおい、三つ葉の。そりゃいくらんでも無茶がすぎるじゃろ…。せめて赤字産業の1000人程は解雇せな立ち直せんじゃろう。ワシのところからまた借入するというなら話は別じゃが?」
「解雇?何を言っているんですか。逆ですよ。雇用を増やしてください。人手はいくらあっても足りません」
俺が長老の的外れな発言を否定する。
「え…?」
全て人力な家内制手工業の社会で、何をするにも人手がいる。
人手と流通、それらの統制管理の枠組みが欲しいから商会を丸ごと買収するなんて真似をしているのだ。抱えてる従業員を解雇なんて見当違いも甚だしい。
「幸運にも、大手商会から資金の都合を付けていただきましたので」
俺は円卓の上に並べられた二つの契約書に目線を落としながら言う。
「なるほどなぁ。そうやさかい、まとまった金があるとありがたいと言うとったんどすか。序盤の交渉時からこの時のために…」
魔女は溜息まじりに言い捨てた。
「分かりました。その条件で呑みましょう」
クロエが決意したかの様にこちらを見ながら言った。
「即決ですね…。商会の他の人に相談しなくても?」
「…はい。全権責任者の私の一存で判断し、私がその責任を負います」
真っ直ぐとした目が合う。全てを託すかのような瞳だ。
今日の今日でクローバー商会がまるまる手に入るところまでいくとは嬉しい誤算だ。
この直後に仕掛けられる攻撃から身を守る国一番の金持ちもこの場にいる。このまま契約しても問題ないだろう。
「では、ギルド職員に契約書を作ってもらうとしましょう」
俺は席を立った。
契約書が出来上がって互いに契約を交わす。
「三つ葉の…いや、大和の。お主は知らんのかもしれんが、アルカナにどれだけ金を貸しのとるのかしらんのか?これまでワシの一存で猶予しとった期限切れ貸付金、頭揃えて返金を要求するわい」
「ぇ!?それは…」
アルカナ商会の長老は買収が締結されたタイミングを待って俺たちに攻撃を仕掛けてくる。
今この瞬間から、クローバー商会が抱え込んだ負債は大和商会に返済義務が生じているのだから仕方のないことでもある。
「クロエさん。借入金額は?」
「総額で100億程…。返済期限が超過しているものだけでも50億を超えています…すぐに返済はとてもーー」
「なら、ワシはギルドに大和商会の返済不履行を報告する他あるまい。あくまで猶予しとったのはクローバー商会じゃ。文句はなかろう?」
「相変わらんとずっこい真似するのんどすなぁ」
魔女は俺を憐むような目で見ながらため息をついた。
「しかしのぉ、ワシもお主の商会を潰す気はないけんの。三つ葉の、お主が受け取ったそのレシピ。20億で買い取るわい。大和の、お主からは”消しゴム”ちゅう道具のレシピを20億で買いとったる。その二つと”鉛筆レシピ”の前金合わせて50億。それで相殺にせんかのぉ?」
ーー流石は一代で大商会を気づいただけはある長老だ。
返済期限が過ぎた借入金の未支払いが商業ギルドに報告されれば、強制徴取の上、商業資格の取り消しまである。
圧倒的な脅しを行いつつ、逃げ道を用意して自分の利になる話に繋げる。返済期日を猶予してもらっているこちらに拒否権はない。
「…そしてその二つを手に入れれば、アルカナ商会はステラ商会との勢力争いで圧倒的優位に立てることになる…ですか。流石は長老と恐れられし大商人です」
予想していた通りの嫌な攻撃を打ってくる。
「悪く思わんでくれ。これが商いってもんじゃ」
「そうですか…。では、今日中にお支払いしましょう」
「な…なに!?」
「ど、どこにそんなお金が!?クローバー商会の内部保有はマイナスですよ!?」
クロエも俺の言葉に驚く。
「…何言うてるんどすか?レイはん。どこに50億Gも即金で支払える商会があるちゅうんどすか。わっちの商会でも返金目処の立たない商会にそないな額の融資はお断りどすえ?」
金がないならどこからか引っ張ってくればいい。
「では、最後の商談です」
「まだなにかあるのかの…?いいじゃろ。話してみい」
俺は最後の切り札をストレージから取り出す。
ゴトッ…。
机の上に木箱が置かれる。
「なんじゃ…?これは」
「なんや音がするなぁ」
「これは文明の基盤である時計です。人は遥か昔から時間という目に見えない感覚的なものを様々なもので測ってきました」
コツコツコツコツとガンギ車と脱進機を噛み合わせる音がBGM代わりに室内に響く。
「この時計の名は振り子時計。これまでにない機械式の時計です。皆さんの知っている時計は、日時計や水時計、砂時計でしょう。それらはどれも正確とは言えません。しかし、この時計は1秒を正確に測ります。1秒を1秒として刻みます。想像できますか?この時計を持つ人同士なら、待ち合わせを1秒単位で合わせることができます。時間を正確に測れるというのは、それだけで大きな利益を生みます。この正確無比な時計と日時計があったら、人はどちらを見るでしょう。この時計と水時計があったら、どちらを選ぶでしょう。これは、これまでの時計に革命を起こす品です。その価値を、あなた方はどれほどとお考えになりますか?」
「…」
「…」
「…」
コッツコッツコッツコッツ…
誰の声もせずに振り子の音だけが流れる。
誰もが頭を回して生み出される利益を計算しているのだろう。
「せっかくなので、内部機構をお見せしましょう」
「いいのかの⁈」
「ええ」
時刻を表示する太陽歯車やピニオンギアと、動力をコントロールする重力式歯車、それに振り子で1秒を刻むガンギ車と脱進機が合わさり、見ただけでは到底分かるものではない。
箱の裏板を外すと大小様々な歯車がビッシリ詰まった機構が姿を見せる。
「な…なんじゃこれは…」
「…えらいものを持ってきよったなぁ」
こういう物は実際に見た方が、その異次元の凄さを体感できるものだろう。
「ご同席の皆様も、是非ご覧ください」
俺は円卓以外に座る外野の傍聴人達にも声を掛ける。
俺のいた世界の歴史をなぞるのであれば、あと300年は発明されない品だ。
しばらく俺は博物館のスタッフよろしく、時計盤の読み方や使い方の説明に勤しむ。オーバーテクノロジーの産物は、その凄さを理解させるための解説をする必要があるというジレンマがある。
「これは…」
「革命ですね…」
「これほどのものをどこから…」
「木材か…。工房の職人を抑えなくては…」
商人たちは深刻な顔をして唸るように呟き、頭の中で算盤を弾く。
「さて。では正しく振り子時計の価値を理解していただいたところで、これのレシピを売りたいと思います」
「な…!?レイはん…これも他所に売るちゅうんどすか?」
国を超えて売ることができる品だ。まさかそれを自分の商会から出すことを放棄するとは思っていなかった魔女も驚く。
「ええ」
振り子時計は確かに画期的だ。先に上げた文房具より圧倒的に利益になるだろう。だが、問題が無いわけではない。
まず、生産に労力がかかる。これを大量生産するなら資本のある大商会が圧倒的に有利になってしまう。それに、内部機構を分解し、時間をかければレシピがなくてもいずれ真似することができるだろう。
鉛筆や消しゴム、紙のような化学的なプロセスを行う製品は、完成品を見てもその過程まで理解することはできない。だが、パズルと積み木でできている振り子時計は、いずれどこでも作れるようになる。
だから自分たちで独占して作って売るというのはあまり得策だとは思わない。
「…それで、お主はまた競売でもする気かの…?」
長老は商人の目つきで睨む。
「いえ。これはこちらから金額を提示します。そして、これはここにおられる全員にその購買権があるものとします。商人でなくとも構いません」
「そんでぇ、なんぼどすかぁ?」
「100億買い切り即金で」
「ひゃ…百億即金!?お主、誰がそんな額を…」
吹っかけられた額に長老が怒鳴る。
大手の商会にもすぐに捻出できる額ではないことは百も承知である。
ーーだが、俺が引っ張ってくるのは商会からではない。
「買いますわ」
「「!?」」
俺たち円卓から離れた場所から女性の声がする。その声に三人の動きが止まった。
「まいどありがとうございます、アリシア姫殿下」
「「!?」」
俺の言葉に円卓の三人は声の方を見る。
「…どうして私がアリシアだと思われるのですか…?」
薄桃色の髪に大人びた顔立ちの見慣れない女性が口を開いて聞いてきた。
「逆に聞きますが、どうしてここに姫様が来ないと思うのですか…?」
既にここに手練れの護衛二人に守られた人がいることは、この部屋に来た時から分かっていた。
そして、それが誰であるかは分からない筈はない。姿形を変えても、この場にくる様に仕向けていたのは俺の方なのだから。
「…そちらの思う壺だったのですね…。おかしいとは思いました。まさか私が商業ギルドでの会合がある日の午後に、レイ様が公開商談会を開くなんて…。”夜烏”からの報告でそんな気はしていたのですが…。好奇心は猫も殺すというのはよく言ったものです。さしずめ私は餌に釣られた子猫というところでしょうか」
端の方に座っていた薄桃色の髪の女性が立ち上がり、こちらに近づいた。
なんの理由もなく彼女の密偵が監視する中、色々動くわけないだろう。
工房に振り子時計を受け取りに行った時も、ギルドで公開商談会を開く手筈を整えた際も、全部彼女に報告がいくようにしていた。
「アリシア姫殿下…?この嬢ちゃんがかの?ワシは何度かお会いしとるが別人じゃよ」
「これは失礼しましたわ。〈変化魔法〉をかけていますの」
女性からバシュッっと一瞬光の粒子が散ると、背にかかる程の金色の髪を靡かせたいつもの姫の姿が現れた。
「「!?」」
「殿下…っ!?」
「アリシア姫殿下じゃ…」
部屋にいた皆が膝をつく。
王国と臣民の関係性を一瞬で理解するその場の雰囲気に当てられて、俺はその景色をぼーっと見ていた。
「今日はお忍びできていますの。楽になさってください」
権威を損ねない存在感を出しながら、優しく声を掛ける。生まれながらの王族というのはこういうものかと感心する。
こちらの円卓の側までくると俺の方を向いて微笑えんだ。
「それで、王家がそちらの時計のレシピ、買ってもよろしいのですよね?」
「ええ。100億G即金でよろしければ」
「その条件で構いません。ゼン、契約書の用意を」
側に控えていた護衛兼執事と思われる男が契約書の準備を進める。
「さて。ではアルカナ商会への返済は本日中に滞りなく行いましょう。もしお望みなら、借入金を全額返済しても構いませんが?」
俺は長老の方を向いて尋ねる。
「分かった分かった。…完敗じゃよ。好きな時に返してくれればよい…」
頭を掻き天井を仰ぎながら長老は答えた。
「ご配慮感謝します」
アリシア姫との契約書を交わし、振り子時計のレシピと試作品を譲る。
「感謝申し上げますわ。こんな破格な値段で譲っていただけるなんて」
「…殿下には100億が破格でしたか…」
「ええ。来年にはその倍の利益は出しますわ」
商人顔負けの目利きである。
「殿下。もしかしてその時計を専売にするおつもりどすか…?」
魔女は懸念を露わにする。
国の財政を支える専売制の品はいくつかある。塩、鉄鉱石、煙草などがそれに当たる。もしこの振り子時計も国の専売品とするなら、商人にとっては蚊帳の外になりかねない。
「そのつもりはございませんのでご安心ください。私がこれで儲けさせていただくのはあくまで他国に対してですわ」
アリシア姫はにこやかに答えた。その言葉に他の商人達も喜びの表情を見せる。
「しばらくしたらレシピもきちんと公開しますので、皆様方の商会でも是非お取り扱い下さいませ」
「…ん?それじゃと、殿下の方に利がないとおもうのじゃが…」
レシピを買っておいて公開するとなればその価値は独占できずに価値は下がる。自分から利益を流出させる真似に長老は首を傾げた。
「ふふっ。それは考え方の違いでしょう。商人の皆様の考える利益と、王家の人間である私の考える利益とは、必ずしも同じとは限りませんわ」
「そ、そりゃどういう意味ですじゃ…?」
「お話はここまでにしましょう。私がいては堅苦しくなってしまいますわね。ここで先に失礼させていただきますわ」
姫は再び姿を変えて俺たちに手を振る。
膝をつき頭を下げて見送る商人達を後に、姫と護衛は会議室を出て行った。
扉が閉じて少しの沈黙が流れる。
「ほんに…」
沈黙を破ったのは魔女の声だった。
「ほんにやってくれたなぁ。まさか王家まで引っ張ってくるとは思いもよらへんかったで」
いくら商会が大きくても、王家の資金力には敵わない。一度に大量の資金を調達するなら王家一択だ。
「ワシらはお主の掌で転がされただけかのぉ。この歳になって若造にここまで弄ばれれば怒りも出んわい」
カッカッカッと笑いながら長老は腕を組んで大きく仰反る。
「しかし…。どうしても分かりません」
クロエが曇った声を出す。
「んん…?なんじゃ?」
「レイ様は我がクローバー商会を手中に収めるためだけにこれほどのことをしたのですか…?」
「「…っ!?」」
クロエの言葉に魔女と長老がハッとした様子で俺を睨んだ。
なかなか核心を突いている疑問だ。
「どないなことなんどすか…?」
「レイ様の目的が、最初から我がクローバー商会を手中に収めるためなら、こんな方法を取らなくてもよかったのでは…と思いました。画期的な新製品のレシピが三つ。100億Gのカラクリ時計のレシピ。それだけあれば落ち目のクローバー商会の会長の座なんて簡単に得ることができたはずです…」
商人の損得勘定で測るなら、確かに俺が支払ったものと得たものの天秤は釣り合っていない。これだけのカードを切って手に入れたのは、負債を抱えた落ち目の商会の会長の座一つ。むしろ損していると見えるかもしれない。
「っ…」
「ーー!?……ふふふっ。ふふふふふ。レイはん、あんさんまさか…。こりゃ敵わへんなぁ。ほんに楽しませてくれよるなぁ…」
声を出して笑い出す魔女の声に外野も何事かと驚く。
「ど、どういうことですか?」
「まだ分からんのどすか?レイはんはなぁ、わっちらから利益を吸い上げようなんて初めから考えておらんかったんや。もし利益を吸うだけやったら一個の商会と組んで黙って儲けとったやろうな。せやけど、わっちら三大商会のパワーバランス考えて、クローバー商会にはテコ入れしぃ、三商会共々最大利益になるよぉ動いとったちゅうこっとすかぁ。わっちらとは別の次元で商いをしてるようどすなぁ?これが殿下が言うてた利益の違いどすかぁ?」
「ご明察です。一商会一強の寡占は経済成長を停滞させます。より多くの資本による競争原理が最も市場を活性化させ生産力の向上へと繋がりますので。別に自分は商会を大きくして覇権が取りたい訳ではありません」
「国を豊かにする…ありゃ理想やのうて、本気じゃったんか!?」
「叶えられない理想を語る趣味はありません。もとより本気ですよ」
「ガハハハハッ。面白い!気に入ったぞ、大和の」
「ふふふふっ。こないな清々しい気分は久しぶりどすえ」
何が面白いのか、二人は声を出して笑った。
「では、今後も大和商会とは良き隣人関係を続けてくださると嬉しく思います」
「えぇよえぇよ。レイはんもおきばりやすぅ」
「勿論じゃよ。ワシに用があればいつでも顔出すけんの」
「それはそれは、ありがとうございます」
散々都合のいいように振り回したが、やはり大商人の器というだけあって切り替えも早い。
「それで、大和の。商談は以上かの?」
「ええ。おかげさまで滞りなく」
「それじゃ、ワシは商会に戻って例の鉛筆の生産手筈を整えようかの」
「わっちもお暇すぅ。今日ははばかりんさんどしたぁ」
二人と握手を交わして会議室を出る姿を見送る。
「私も一度商会に戻ります。レイ様は…」
「後日伺いますよ。色々そちらも手続きがあるでしょう。引継ぎの資料をまとめておいてもらえると助かります」
「承知しました。では失礼します」
ーーやっと終わったぁ…。
ぞろぞろと同席した商人達も出ていく中、俺は円卓の椅子に座って背もたれに思いっきり凭れて脱力した。




