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「2億と50%です」

「5億と4割で手ぇ打ちまへんか?」

「ほんじゃ、ワシは5億と4割5分じゃ」

「2億と55%出します」


 俺が自分の商会を大きくしなくても、利益さえ手に入ればいいということを悟った三人は、ひたすらライセンス料の価格の釣り上げ競争が続いている。

 もう三人とも分かっているだろう。例えこの儲け話を自分の商会に引き寄せても、自分達が提示している条件で飲んだら利益は殆どない。それでも相手に渡せないからと、相手の懐を削れるために不毛な争いが続く。




「じゃー…仕方ないのぉ。これは使いたくなかったんじゃが…」

 長老カルムが頭を掻きながら言う。

「三つ葉の。お主んところに貸付とる金の返済を要求するけんの。期日が過ぎても返済猶予してた金ちとばかし融通してもらえんかのぉ」

 ついにアルカナ商会が切り札ジョーカーを切った。


 アルカナ商会とクローバー商会との関係は微妙な関係にある。

 負債を抱え赤字経営のクローバー商会にアルカナ商会は、ステラ商会による一強を防ぐために資金援助していた。

 しかし、アルカナ商会にとっても今はクローバー商会が邪魔になっている。

 つまり、今まさに長老カルムはクローバー商会のクロエに「降りろ」と圧を掛けたのだ。

 それだけでなく、まとまった資金を蓄えていないアルカナ商会は金を必要としている。クローバー商会からの返済金をカードにステラ商会を制することができると考えてのことだろう。


「ま、待ってください、長老。それはっ…」

「すまんのぉ。期日の過ぎた額だけでええ」

「…し、しかし…。それでは我が商会…」

 クロエが唇を噛みながら長老(カルム)に訴える。


「ほんまに悪どいなぁ。うちの商会の当て馬にする為だけに薬漬けにしとったのに、こないな時に切りほかすなんて外道の所業やで」

 高みの見物というように、魔女(すず)長老(カルム)を突く。


 本来であればとっくに事業縮小しているはずのクローバー商会に金を貸して、今の規模で延命措置させていたのは事実だ。…それを薬漬けというのはなかなかに辛辣なことを言う。

「ワシも慈善事業じゃないからの。悪く思わんどくれ」

 クローバー商会に貸し付けている返済猶予の過ぎた金額が手に入れば、例えクローバー商会が潰れてもこの儲け話でステラ商会を抑え込めると判断したのだろう。

 商人としてはその計算は正しいと思う。


「…分かりました…。その代わり、一つお願いが」

 先ほどまでの気迫は消えてクローバー商会のクロエ会長は長老カルムの方を向いて言った。

「なんじゃ?言うてみ」

「…事業縮小に伴い解雇する従業員を…、そちらの商会で雇い入れていただけないでしょうか…」

 ーーおや、以外にも人情厚い会長さんだこと。俺のせいみたいで心痛いんだけど。


「三つ葉の、お主んところが切った人員はワシの方で面倒みたるからの。心配せんでええ。しかと承った」

 ーーこっちもいい爺さんかよ。俺が悪いことしてるみたいじゃん…。いやまぁしてるんだけど…。まぁ、結果的に丸く収まるから今は目を瞑ってくれ。


「ご配慮感謝いたします…」

 クローバー商会のクロエは頭を垂れた。そしてマジックバックから小切手を取り出してサラサラと記入して隣の長老に差し出す。


 ここにきてクローバー商会は脱落。代わりに、いくらかのまとまった資金の目処がたったアルカナ商会が有利といったところだろう。


「すまんの、ステラ魔女スズ。ここいらで決着を付けさせてもらうわい。10億と4割じゃ。これ以上はお主に譲るけんの。釣り上げてワシの財布を散らそうなんて考えん方がええぞ」

「大きゅう出たなぁ。そんないきると痛い目見んでぇ?ほな、わっちは5億と5割にするさかい、あとはレイはんの判断に任せんで」


 三人が俺の顔を見る。

 それが彼らが見込んだ価値と提示できる限界上限か。


「はてさて、これは単純比較はできませんね…」

 利益は、人件費や税などを抜かれた最後に手元に残るお金だ。その金額がどれほどになるかは想像もつかない。ならばまとまった金額で10億受け取った方が得な気もするなぁ…。という考えは意味はない。


「では、お二方にはその条件で以前お見せした()()()()()のレシピを購入するということでよろしいでしょうか」

 俺は確認を取る。

「うむ」

「ええよ」

「分かりました。ではギルドの方をお呼びしますね」



 商業ギルドの人に契約書を作らせる。

 現物の売買と違って、ただのレシピは一度知ったら価値はなくなる。契約の漏れは許されない。


 それぞれの2通の契約書ができて円卓に並べられる。


「…それで、お主はどちらと契約をするんじゃ?」

「両方ですよ」

 俺は端的に答えた。

「なんじゃと?」

「?」

 二人の表情が固まる。


「お主、阿呆か?相手も同じレシピがあるならこんな法外な価格で買う馬鹿はおらんじゃろ?」

 長老カルムは声を荒げて机を叩いた。

「おや?同じレシピとはなんの話ですか?」

 俺の返しに違和感を抱いたのか二人の眉が動く。

「何か勘違いされているようですが、自分がお二人に見せた品は別物ですよ?」

「…なに?」

 ここにきて、やっと同じ認識となる。


長老カルム様がご覧になったのは、こちらの品でしょう?」

 俺はストレージから鉛筆を取り出して見せる。

「うむ。そうじゃな」

「そして、魔女スズ様がご覧になったのはこちらの品ですよね?」

 二本の色鉛筆を見せる。

「そうどすえ?おんなじとちゃいますか?」


「こちらは鉛筆。こちらは色鉛筆。ぱっと見は同じですが、素材も作り方も全然違います。例えどちらかのレシピを知っていても、もう一方の品を作るのは不可能です」

「ふふっ。ふふふふふっ。やってくれおったのぉ。まんまと騙されたで。わっちらはすかたんな交渉をしとったちゅうことかいな」

「騙したとは人聞きが悪いですね…。自分は最初から首尾一貫して、「お見せした”文房具”の量産化と販売について、”こちらに利がある条件を示した人とだけ話を詰める”というお話をさせていただいていたのですが…?そしてどちらもこちらに利があるので話を煮詰めようと…。何か不備がありましたか?」

俺はとぼけながら自分の潔白を吐く。

「わっちのステラ商会とアルカナ商会の対立を煽って価格を釣り上げるとはええ度胸やなぁ?」

 法外な値段がつくのは、ひとえに互いのパワーバランスを利用して漁夫の利を狙うような真似をしたからだ。

「はて。自分はご挨拶の時に申し上げた通り、商会を立ち上げて久しい為、お二人の商会がどんな関係なのかまでは…。皆様は王都でも有名な商会なのでお声かけさせていただいた次第です」

 バレる嘘だ。でもここはこれでいい。

「ほんに、ええ度胸してますなぁ」

「大和の、お主もし今ワシが降りたらどうすんじゃ?」

「構いませんよ?どうなるかは…ご想像にお任せします」

 別にこれに全てをかけている訳ではない。むしろ、これは下ごしらえだ。



「さて。では契約の内容に同意される方はサインを。お帰りいただく方はどうぞあちらの扉に。ちなみに、ご提示された条件以外ではこちらは首を縦には降りませんのであしからず」

 レシピが二つあると分かれば、その価値は半分になりかねない。だからこちらは今から価値を下げるなら売らないと宣言する。これで乗るか乗らないかは50-50。乗らないのであれば別の方法を取るまでだ。どちらに転んでも損はない。

「…よかろう。契約成立じゃ。早ようレシピを出せい」

「ええ。そう焦らずに…。こちらです」

 契約書にサインをしたことを確認し、俺はストレージから一枚の紙を取り出して長老カルムに手渡す。

 たった一枚に記される鉛筆の作り方。16世紀に発明された鉛筆の作り方は、作り方さえ知っていれば紀元前でも出来る。

 長老カルムはさっと目を通して本物だと確認すると素早く自分のマジックバックに隠した。


「わっちもサインしたでぇ?」

 魔女スズには数枚の冊子となったレシピを渡して一段落する。


「のぉ、大和の。お主ワシらの商会との関係性を知らないとほざきつつ、なぜにこんな回りくどいことをした理由を言うてみよ」

 長老は痛いところを突く。

「そらあれどすえ」

 俺の代わりに魔女すずが答えた。

「最初から二つの品があるとウチらが知っておったら、一個しかあらへんと勘違いして価格の吊り上げが競争起きまへんどしたさかいね?…あらあら。これやとまるでレイはんが初めからわっちらを嵌めるために暗躍しとったみたいに聞こえてまいますなぁ。ふふふふふ」

 魔女すずは騙すような形で利益を吸われたことにご立腹のようだ。

 笑っているが目が笑っていない。


 いくら弁明しようが結果として俺が最大利益を得ている現状で、俺の言葉は言い訳にしかならないだろ。


「さて。一つ目の商談はおしまいです。二つ目の話題に移ってもいいですか?」

 俺は両手を合わせて、笑顔で新しい話題に切り替えていいかを尋ねた。

 三人とも視線だけこちらに向ける。


「二つ目の商談はクローバー商会についてです」

「?」

 ぴくっとクロエがこちらを向く。彼女にとっては俺のせいで自分の商会が九死状態だ。

 実際は、すでに負債を抱えていながら止まれずに走り続けていたことによる事故だが、そのトドメが俺であることは代わりない。

 銀髪の彼女は俺が次に何を仕掛けるのかという不安と期待を含めた目線で見ている。

 彼女は、自分は他の二人とは見た品が違うということをここまでの流れで既に知っているため、俺がこの先何かをしようとしていることだけは分かっている状態だ。


「このままではクローバー商会は良くて規模縮小、最悪倒産ですが…。お二人はそれについてどうお考えで?」

 俺はクローバー商会の今後の予想を明確に口にする。

「それが商いちゅうもんどす」

「冷たいのぉ。まぁ、お主にとっては朗報じゃろうて」

「外聞悪いこと言わへんどぉくれやすぅ?あんさんは貸付金返されずに潰れてもうたら困るさかい、そないな事言うてるだけどすなぁ?」

「それが商いなんじゃろ?」

 二人は遠回しに相手を非難する。

「つまり、お二人はクローバー商会は衰退止む無し…ということでよろしいですね?」

 俺は彼らの意思を問うた。

「けったいなこと言うのんどすなぁ。わっちらが手を差し伸べるとぉ?」

「いえ。ただの確認です」


 ーーさて。ここからが本番だ。


「クロエ会長。クローバー商会を今の規模で残す方法がありますが、どうしますか?」

「「!?」」

 俺の提案に三人が反応する。儲け話を嗅ぎつけた二匹の狼と、自分の家を守る一つ時の光明を見つけた兎。

「それは”アレ”のレシピ…ということでしょうか」

 クロエは言葉を選んで慎重に尋ねる。

 狼二人には知られていない紙の存在を隠し通すのは賢明だ。

「そう思ってくれて構いません」

「おもろい話をしてますなぁ。わっちにも聞かせとくれやっしゃ?」

 まだ自分たちが知らない話が、俺とクロエ会長の間にあることを悟った魔女(スズ)が手を伸ばす。

「構いませんよ?でも、おそらくステラ商会もアルカナ商会もこちらが提示する条件を飲めません」

「ほぉ?言うてみーなぁ?」

「条件は一つだけです。大和商会の傘下に入っていただきます」

「!?」

「な…!?」


 余裕の表情を出していた魔女すずも目を見開いて驚く。

 つい一週間前にできた名も無い商会が、仮にもトップ3に入る規模の商会を取り込むというのだ。身の程を知らなさすぎる。

 だが、その言葉は戯言と切り捨てるかはクロエ次第。


「…お主…。端からそのつもりで…。狙いはクローバー商会を取り込むことじゃったのか!?」

「はてさて。なんのことでしょう」

 俺は営業スマイルを浮かべる。

「よう考えたなぁ。わっちらから利益を貪るだけやのぉて、競売の余波でクローバー商会を崩し、レイはんだけが救える状況に仕組んだちゅーことかいな…。えげつないなぁ…。そやけどなぁ…」

 魔女スズの声のトーンが急に下がる。

「あんまりいちびてると潰しますえ?」

鋭い眼光が俺を捉える。まるで闇夜で獲物を狙う狼の様に、前髪で影となった顔にギラリと瞳が光った。

 ーー殺気!?…ではないな、なんだこの圧迫感は…。



 思わず息を飲む。商人系のスキルには精通してないが、交渉時に威圧するスキルでもあるのだろうか…。


 ーーどうする…?予想以上に怒り心頭だ。最終的な着地点に持っていくには、腰低く出ておくべきか?

 ーーいや、ここで下手したてに出たら()()クローバー商会との交渉が不利になる。一枚カードを切ろう。


「では、こちらの契約書は破棄いたしましょうか?」

 俺は手元に置いていたステラ商会との契約書に鉛筆で大きくバツ印を書く。

「「!?」」

 俺のあまりの奇行に全員が驚愕する。

 契約書の破損は契約の解消を意味する。この世界での契約書は、契約内容を反故にすればシステム的なペナルティを伴うが、契約書が読めなくなればその効力は失われる。

 レシピを渡している以上、今契約書を捨てれば損するのは俺だ。俺が契約書を破棄することは奇行にしか見えない。

「もし、本当にステラ商会が大和商会に牙を向くと言うなら、こちらも相応の対応を取らせていただきますが…」

 零細企業がグローバル大企業に喧嘩を売るようなものだ。相手が本気になったら終わり。だが、自分に利のある契約書を破棄するかのような真似をする奇人の思考までは読めないだろう。もちろん、本当に破棄する気なんてサラサラ無い。契約書の汚れは()()()のだから。

「…ふふふふっ。あんまり気にしいひんでくださいな。あくまで先輩商人からの忠告どすえ?」

「そうでしたか。早とちりして申し訳ありません。おっと…契約書に汚れが付いてしまいました」

 俺はおもむろにストレージから消しゴムを取り出してバツ印を消す。


「…」

「…」

「…」

 その様子を黙って食い入るように見つめる三人には気にせずに、消しカスを叩いて満足げに頷く。


 今日このカードを切る予定はなかったが仕方がない。だが、これでアルカナ商会とステラ商会への牽制が出来る。


「レイはん…。そらなんどすえ?」

「消しゴムですよ。鉛筆で書いた文字を消す文房具です。あ、ちなみにレシピもあります…が、まぁこれはーー」

「買取ろう。いくらじゃ?」


 最後まで発言する間も無く買収宣言を長老カルムが出す。

「いえ。これは売却予定はありません」

「む…。なぜじゃ?いい値で買うぞ?」

 俺は目を閉じて首を横に降った。


「…抑止力ののつもりどすか?わっちらがレイはんところにちょっかいかけたら、それをライバル商会に売るちゅうことかいな。抜け目あらへんなぁ。心配せんでもしいひんよ」

「なるほどのぉ…」

「いえいえ。単純にこれはまだ早いと思ったので。深い意味はありませんよ」

 俺は消しゴムをストレージに戻す。


 さて、一連の流れで自然と大和商会の価値が高まった。

 クロエから見れば、紙のレシピと消しゴムのレシピを持っていることを知っている。そして、無名商会ながらも、大手商会からの横槍が飛んでこない身を守るカードを持っていることになる。



「さて、では話を戻して…。クロエ様、クローバー商会買収の商談をはじめるとしましょう」


 俺はやっと本来の目的である話題について切り出した。

ここまでご愛読いただきありがとうございます。


年末のご挨拶をと思いましてここに少しばかり綴らせていただきます。

※読む必要は全くありません。


さて、今年はウィルスの影響もあり、これまでとは違う大変な年になりました。読者の皆様もこれまでとは変わった年末を迎えているのではないでしょうか。

かく言う私も、在宅ワークや外出自粛で生活スタイルがガラリと変わったことを実感しています。


家での時間が増えたことで、戸惑いながらも新しい趣味…と言える程のことではありませんが、”小説家になろう”での投稿に挑戦してみたところでございます。

初投稿から約4ヶ月…。見切り発車で書き始めた小説にも関わらず、多くの方にご愛読いただけていることに感無量の極みです。


恥ずかしながら、私は文系的な道を歩まなかったこともあり、文才がないことを自負しております。誤字脱字も多く、訂正報告にはいつも感謝にたえません。

ですが、物語の大軸の構成には時間をかけて組み立てました。その一点において、読者の皆様に納得のいく物語になりえるだろうと思っております。


なぜゲームに似た世界にいるのか、なぜ主人公は〈ゲームエンジン〉という不思議な力を持っているのか、宝珠とは何か、魔界や魔族、瘴気とはなにか…。


これまでにも、これからも、数多くの伏線を目にするかと思います。

パズルのピースを一つずつ嵌めていく様に、作中世界の真理が少しずつ分かっていく楽しさを感じていただけたら幸いです。


2020/12/27 記

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