儲け話と理想を語る商談会
登場人物の名前と所属は分かりやすさ重視で二文字被り(深い意味はない)
ステラ商会のスズ(星の魔女)
アルカナ商会のカルム(長老)
クローバー商会のクロエ
二日後。
今日は一大イベントがある。そう。我がハリボテ商会主催の商談会である。
満を持して迎えた今日だ。今更後戻りはできない。
商業ギルドで借りた会議室の扉の前に立って深呼吸する。自信はあるし手札は揃えている。けれど、商売という畑違いな分野で、歴戦の猛者相手に虚勢だけで丸め込もうというのだ。緊張もする。
俺が行うのはただの金儲けではない。ただ資金を調達しビジネスとして成立させるのならさほど難しいことではないだろう。
だが問題は、金儲けという次元だけではないのだ。ゆえに”調整”が必要になる。それを怠ればどんなビジネスも綻びを生じさせ、いずれ瓦解する。
俺は意を決して会議室の扉を開けた。
「おお、来たかのぉ?」
「そのようどすなぁ」
部屋の中央にある円卓に座る三人と、壁際に20人近くの人がいる。
部屋の中にいる人に注意を観察して安心する。明らかに腕の立つ存在感ある気配が二つ。第一関門はクリアのようだ。王国一の金持ちが来てくれた様だ。
円卓に着くのはこちらが招待したアストリア王国の三大商会から来た人たちだ。
壁際に座っているのは、噂を聞きつけて集まった人たちだろう。大物が出席する無名の商談会が公開で行われるとなれば聞きに来るのは当然だろう。
「お初にお目にかかります。大和商会代表の零と申します。」
国内外に勇者召喚の話題は広がっているが、商人達まで俺の顔が認知されている訳もなく、フルネームでも無ければ俺が勇者だとは気づかない。俺は会議室にいる人に挨拶をした。
「何者だ?」
「若いな…」
「あの顔立ち、王都の人間じゃなさそうだ。」
「どんな商談をする気なんだ…」
外野からヒソヒソと三大商会を引きずり出した俺の素性を知ろうとする声が聞こえる。
「ステラ商会のスズどすぅ。よろしゅうおたの申しますぅ。」
ステラ商会の会長、スズ・フォレスト。エルフ族という話は聞いていた。20代と言われても違和感もないプラチナ色の紙を靡かせ、妙に色っぽい口調で自己紹介する。実年齢は200歳を超える王国切っての才商。俺は彼女の10分の1も人生経験は無い。相手からしたら赤子同然なのだろう。
余裕の笑みと滲み出る大手の風格を醸し出していた。
「アルカナのカルムじゃよ。想像より若いのぉ。」
アルカナ商会の会長カルムは”長老”と商人の間でも尊敬されている白髪の人間。僅か一代で大アルカナ商会を立ち上げた強者だ。
「クローバー商会のクロエです。先日は当商会に足を運んでいただきありがとうございました。なんのおもてなしもできずにすみません…。」
「いえいえ、ほんのご挨拶に伺っただけですよ。」
クローバー商会の会長、クロエ。純血の人種なら年齢は俺と変わらないぐらいだろう。商人というより町娘と言われた方が納得できる雰囲気で、他の二人とは違った印象を覚える。
俺が招待した三大商会は、会長自ら足を運んでくれたようだ。代表代理が来ることも想定していたが、トップが来てくれるなら話は早い。
簡単な自己紹介も終わって席に付く。
「そやけど、おもろい面子を集めるんどすなぁ。可愛い顔してえげつないことしはるのなぁ?レイはん…」
含みを持たせて、ステラ商会のスズ会長が俺の腹を探ろうとカマを掛けている。
「…恐縮です。三大商会の会長御自ら足を運んでいただけるとは。」
「ほっほ…いけずでもおましたか。おもろい人どすなぁ。」
「はて。なんのことでしょう…?」
「まぁええどすえ?始めとぉくれやす。」
流石は”星の魔女”と恐れられているスズ会長。既に「この面子に声を掛けた理由を自分は知っているぞ」という牽制だ。俺が肯定するも否定するも、彼女の中で確定していると断言された時点で俺が何を語っても意味はない。
実際、三商会を選んだのは単に大きいからではないからだ。
この三つの商会は、複雑な関係にある。
まず、ステラ商会とアルカナ商会は国内の覇権を争ってバチバチの対立構造だ。まさに水と油状態。クローバー商会は三大商会とは言われているが、上記の二つに比べて規模は大きく劣る。
クローバー商会の主力製品は紙だ。しかし、ここ数年でステラ商会も製紙業を行うようになり、資金力の違いからクローバー商会は赤字経営を続けているという話だ。
それに危機感を覚えたのはアルカナ商会である。クローバー商会が潰れると、製紙産業がステラ商会一強となり、アルカナ商会とステラ商会のパワーバランスが崩れることになる。故に、アルカナ商会は赤字経営のクローバー商会に資金援助し、今の規模を維持させている。
そこに降ってきた今回の儲け話。
製紙業を主力とするクローバー商会に洗練された紙を見せ、覇権を巡って絶妙なバランスで争っているアルカナ商会とステラ商会に鉛筆と色鉛筆を見せたのだ。
俺の話題はただの儲け話ではなく、他商会との関係に絡まった複雑な勢力争いの厄介な火種という意味が強くなる。
「では、始めるとしましょう。まず、本日お集まりいただいたのは他でもありません。以前商会立ち上げのご挨拶時にお見せした例の文房具の量産化と販売についてです。」
「じゃろうな。」
三人は予想通りという顔で頷く。
「我が大和商会は設立間も無く資金も人材もありません。なので、皆様のお力を借りようとお声掛けいたしました。」
予定調和な話題だ。最も単純で、最も疑われない合理的な話。
「うむ、ワシが力を貸そう。」
「いんや、うちに任せとぉくれやすぅ」
「そのお話はクローバー商会で一任します。」
下手な探り合いもできずに即決して引き込むしかないから当然そうなる。
「…ではこうしましょう。こちらに利がある条件を提示した方とだけ話を詰める…。というのはいかがでしょう。」
慎重に言葉を選んで大局を誘導する。
「わっちらで競りどすかぁ。えげつないなぁ…。そやけど、かまへんで?」
こちらの望んだ通りの解釈をしてくれた。俺は肯定も否定もせずににこやかに笑う。
「ワシも受けて立つわい。けど、お主んところはええんかの?」
トップ二人は視線で火花を散らす。
「我がクローバー商会もそれで構いません。」
「「?」」
言葉には出さないが、クローバー商会が賛同したことに魔女も長老もピクリと驚く。
当然だろう。二つの商会には規模も資金力も劣るクローバー商会に競りでは勝ち目はない。魔女も長老も相手にこの|儲け話を渡す訳にはいかない。だから価格はどこまでも吊り上がる。行き着く先は、この話が相手に渡ってもライバル商会に1Gも利益に繋がらない条件になるまで…だ。
そんな不毛な競売に、クローバー商会が乗ったところで勝ち目はない。だから内心驚いているのだろう。
三人とも同じ席に着き、同じ話題に触れていると思っているのだろうが、実際見えている景色が全く違うことには気付いていない。
クローバー商会が見たのは”紙”だ。自分のところの主力製品にして、起死回生を計れるかもしれない代物。もしこれが別の製品なら話は変わっていただろう。
クローバー商会にも他の商会と同じく譲れない理由がある。
そしてまた、この話が紙なら、クローバー商会にも勝ち目があるとクロエ代表が思う理由もある。
「では、右回りでお一方ずつ条件の提示をお願いします。」
俺は話を進める。
「わっちからどすなぁ?ほな手始めに、無金利で10億G程貸付しまひょかぁ。条件は、返済まで素材の調達にステラ商会を贔屓にしてもらうちゅーことで。」
「無金利で10億!?…し、失礼しました…。」
外野の一人が驚きのあまり声を上げた。品を見ていない人からすれば、彼らがどんな品を見ているのか分からず、破格の提案にただただ驚く他ない。
「次はワシやな…。大和商会とアルカナが連合を組むのはどうじゃ?商会の商路も店舗も全部使えるけんの。初期投資金はアルカナ商会が負担するわい。商会加入金は純利の5%じゃ。悪くなかろう?」
ーーほぉ。面白い提案だ。だが、連合は俺の目指す終着点ではない。俺が目指すのは逆だ。
「囲い込みとは相変わらんとずっこい真似するのんどすなぁ。」
「合併もせんと潰すどこぞの商会よりよっぽどええじゃろ?」
長老は、ステラ商会が製紙業でクローバー商会を潰しかかってることを皮肉って言う。
一拍空いてクローバー商会のクロエに視線が集まる。
「クローバ商会からは、投資は致しません」
「ほぉ?」
「大和商会から完全委託という形で、生産から販売まで当商会が引き受けます。」
クローバー商会が他の二商会に勝る一点は、紙の生産プラントを持て余しているという点だ。
これまで一強だった製紙業を、ステラ商会に奪われる形で縮小を余儀なくされている。故に、生産工房と職人はいるが仕事がない状態。
新しい紙の生産方法さえ知ることができれば、それが直接的に自分達ですぐに儲け話に繋げれると考えているからだ。
「つまり、クローバー商会に全部任せて例の文房具のレシピを公開しろと。」
「はい。その代わりに、当該利益の30%を大和商会にお支払いします。」
「っ…。」
「!?」
ーー完璧だ。素晴らしい。
特許という概念がない世界で、レシピはただの情報としての価値しかない。しかし、レシピを公開する代わりにライセンス料を支払うという構図がこの世界に始めて生まれた。
まぁ、クローバー商会が他の商会を差し置いてこの話題を手にするには、それ以外の道はなく、そうなるように仕向けているのは他でもない俺だが…。どの道この路線になるように誘導したが、一発目から提案してくれるとはなかなかに良い着眼点だ。
「なるほど…。では自分はなんの苦労もなく、クローバー商会の集めた蜜を吸い上げるだけでいいと…。」
俺は言い換えて確認する。
「…はい。それだけ価値のあるレシピだと考えています。」
前時代的な金本位制のこの社会で、初のライセンス不労所得概念の誕生である。
「では、今の条件下ですとクローバー商会と話を煮詰めることになりそうですが、お二方はいかがでしょうか。こちらの希望を言うなら、まとまった資金が必要な理由がありまして、ご一考いただけると幸いです。」
「そうどすなぁ…。ほな、わっちも対抗してレシピを買いまひょかぁ。前金で5億G。それから利益の3割でどないどすか?」
流石は大商会。完全に被せる形で条件を吊り上げる。まとまった金もしっかり用意してくれるのはありがたい。
先立つ物は金である。
「それじゃ、ワシは前の連合の話に追加で、初期投資は全額負担の商会加入金は免除にするけんの。どうじゃ?」
あくまでもアルカナ商会は二人三脚を希望か。アルカナ商会の全国に張り巡らされている商路と店舗数は確かに魅力的だ。けれど、それは俺が望むものではない。
「それですと、ステラ商会に分がありそうですね。」
「でしたら、クローバー商会は利益の35%をお支払いします。」
長期的に見れば5億と3割より高いと踏んだか…。まとまった金額の捻出が難しいクローバー商会にとっては還元割合を上げる他ない。
「5億と4割でどないどすか?」
やはり大手ステラ商会の資金力でクローバー商会の上をいく。
「一つ聞くが、お主は商会を大きくすることが目的かの?それとも金儲けが目的かの?」
長老が尋ねる。
俺が自分の商会を大きくすることを目的にしているなら、長老の提案の方が魅力的に映るはずだ。しかし、ただ金を稼ぎたいという目的なら、自分の商会を大きくすることは必要条件ではなく、レシピを売って利益の一部を手に入れる二人の提案の方が魅力的になる。
”俺に利にある条件”というのが、俺の目的次第で変わる点を聞いているのだ。
「国を豊かにすることですよ。」
俺は営業スマイルを浮かべて答える。
「ガハハッ。理想は大きい方がええのぉ。そういうことにしておいてやるわい。」
長老は腕を組んで背もたれにもたれ掛かって考えた。
「その理念を有言実行するなら、ワシと組むのがええじゃろ。…上記の条件に加えて関税分はアルカナが全額引き受けるわい。」
「関税を商会負担に!?」
「長老様がそれほどまでに肩入れするとは…」
「どんな話の内容なんだ…何者なんだ……」
傍聴していた商人達が騒つく。
国内でも、領地や街ごとに関税がある。それを全て負担してくれるとなるとその価値は相当なものになる。
「…やはりステラ商会ですね。まとまった資金に安定した利益還元は他の二商会より魅力的です。」
まだ上がるか?これ以上は流石に相手側も採算度外視になるだろう。
「では、前金1億Gと利益の50%を支払います。」
「三つ葉の会長はん…。流石にあんさんのところじゃそれは無理とちゃいますか?」
「いえ。ご心配なく。」
認識の違いだろう。
当然だ。同じ交渉のテーブルについていても、見えているものが違うのだから。
ステラ商会の魔女は、色鉛筆という得体の知れないものを、右肩下がりのクローバー商会が利益の半分を支払って請け負うのは無理だと考えている。
逆に、クローバー商会のクロエが頭にあるのは紙であり、自分たちの十八番だと思っている。起死回生を図れるものだと確信している反面、それを他商会に取られれば未来はないと思っている。
だが、この認識の違いはもうしばらくバレないだろう。
商人が儲け話を、傍聴している他の外野商人がいる前で語りはしない。
俺が見せた”文房具”の詳細は円卓を囲む人らの暗黙の秘密として口には出されない。
ゆえに、この三人がまさか自分の見ている文房具が他の人が見ている文房具と違うなんて考えてもいないだろう。
わざわざこの商談会をギルドホールで公開設定にしたかいがあったというものだ。
三者互いに譲ることなく、交渉は続いた。




