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商売の種が餌なら、釣られる魚はなんなのか

 王都工業区にある工房に訪れている。

 手紙の差出人であるエドバンスという50代の小柄な男が取り仕切る小さな工房だ。


「それで、完成したという品は?」

 客間の椅子に座ってすぐ、お茶を出される時間も待てずに俺は聞いた。


「3人掛かりで1週間もかかってもうた品や。ちょっとぐらい勿体つけさせてもろうてもバチ当たらんのとちゃう?」

 手ぬぐいで首筋の汗を拭きながら妙な口調で男は返す。


「いや、たった一週間で大したもんだ。俺は一ヶ月はかかると思っていたが…。それで、品は?」

「へいへい。今持ってきますがな…。座って待っときーやー」

 エドバンスは工房から布のかぶった品を持ってくる。


「依頼の品、これでええか?」

「おぉ…」


 布が取られて顔を出した木箱。その表面には、見知った長針、短針、秒針があり、コッツコッツコッツと一定のリズムを刻む音を奏でる。


「しっかし、よおこんなカラクリ作ろうと思おたなぁ。なんと言うたっけ」

「振り子時計だ…」

 振り子の等時性を利用して一秒を正確に刻むこの世界初の機械式時計だ。


「せやせや。これを見させられた時にはチンプンカンプンやったけどな、ようできとるわ、ホンマに」

 本当にそう思う。振り子の法則を発見したガリレオ・ガリレイと、時計に応用したクリスチャン・ホイヘンスは悪魔的天才と言える。

 そしてその設計図を大学ノートに記した海崎もかなり常軌を逸してる。


 俺たちがこの世界に来てから数日、彼女が俺の部屋に泊まっていた頃、ノートに何かを書いているのは見た。それがまさか振り子時計の設計図を書いてるとは思いも寄らない。

 彼女曰く、祖父が時計職人で馴染みがあったからと言っていたが、それで設計図が掛けるのは素直に凄い。



「よく作れたな…」

 問題なく動く時計を見ながら感心する。

「そりゃ、あんだけ緻密な設計図がありゃ作れんきゃ職人の恥やで。けど、なんでこないなもんが時計の代わりになるんや?今でも信じられへんわ」

「原理は単純だよ。振り子の法則。長さ24.82cmなら往復にかかる時間が1秒って決まってるんだよ」

 厳密には、〈周期=2π×√振り子長さ/重力加速度〉という計算式から求めるものであるが…。

「ほーん…。けど、やっぱ不思議やな。これを時計と言われてパッと出されても、読み方知らんと分からへんで」

 ーーそういや、時間、分、秒という単位を使っているが、この世界にある時計は日時計と砂時計と水時計。時計盤の見方を知らないのは盲点だった。


「でも、秒単位で時刻を知れるのは画期的だろ?」

「せやで。せやからワイも驚いとるんや」


 問題なく機能することが分かった振り子時計から目を離し、俺はエドバンスの方を向く。


「それで、量産目処と制作コストは?」

「お、商売の話やな?聞きまっせ」

 俺はエドバンスと話を煮詰めた。



 小一時間ほどの交渉の末、俺は工房を出る。

 ストレージに試作品の振り子時計を入れて次の目的地へと急ぎ足で向かった。



「ようこそ商業ギルドへ」

「店を出したい。手続きを頼む」

 商業を取り仕切る商業ギルドを訪れ、受付嬢に手短に用件を伝える。

「個人商店ですね。少々お待ちください」

「いや、商会だ」

「ぇ…し、失礼しました。紹介状はお持ちでしょうか…?」


 SLIGエスリグの商いでも、商会を作るのには他商会からの紹介状か、既に商店を経営しており、商業ギルドへの納税額が一定を超えてからのどちらかしか商会を作ることはできない。


 当然、俺はどちらもない。だが、俺には心強い味方がいる。刮目して見よっ!魔法カードオープン!

 コトッ…

 俺は無言でカウンターにコインを置く。

 権威の象徴。王家紋章コイン。虎の意を借りる狐である。


「こ、これは…。失礼しました。すぐに手続きを行います」

 以前、国王との雑談の際、紹介状を書いてもらおうとした。その時にこのコインが代わりになると教わった。遠慮なく使わせてもらう。


「商会設立のご説明は必要でしょうか?」

「いや、必要ない」

 商業形態も納税方法もSLIGゲーム時代と全く同じだ。それなりに知識はある。

「では、身分証を提示の上、こちらの用紙に商会名と代表者名をご記入ください」

 ギルドカードを手渡し、俺は用紙に記入していく。

 ーー商会名を考えてなかったな…。何にしよう。


 少し考えていい案が思いつく。


「記入した」

「確認いたします。代表者はレイ・ヨコイチ様ですね。商会名は大和やまと商会…重複がないか調査いたします。しばらくお待ちください」

 自分の名前を入れる程自己顕示欲は強く無い。代わりに俺たち勇者の故郷の名前を借りる。黒い猫(クロネコ)の方ではない。

「お待たせしました。重複はありません。登録に移っても宜しいでしょうか?」

「ああ」

 手続きが終わり、登録手数料と初月固定納税金を支払う。

 ーーさて…。

 これで最低限の手駒が揃った。だが、骨組みだけの商会があっても、人も店もない。


 一から作り上げるというのは途方もない苦労だ。第一、俺に経営経験がない。 生産から流通、販売。一連のサイクルを取り仕切って事業を拡大させるにも時間はかかるし試行錯誤必須。そんなことに手間をかけられないしかけたくもない。

 だから少し頭を使おう。

 車輪の再発明をする必要はない。既にあるものを使った方が圧倒的に楽なのだから。


「一週間後に会議室を一つ借りたいのだが」

 商業ギルドに所属する商人ならギルドの部屋を借りれたはずだ。

「かしこまりました。こちらの用紙に記入をお願いいたします」

 用途や規模、主催者などの必要項目を記入していく。SLIGエスリグでは商人をした経験はないため新鮮で少し楽しい。


「確認いたします…。ええっと…用途が商談会で()()になっていますが…。お間違いありませんか?」

「ああ」

 受付嬢が申請書の不備かと思ってする質問に即答する。本来商人同士のやりとりは密室で行われるものだが、俺の計画上公開した方が都合がいい。つまり誰でもウェルカムなのである。

 尤も、ただのポッと出弱小商会の会長がなにを吠えようが、大手どころか誰も来るはずもない。


 だが、これでいい。


 交渉の会場の手筈を整えて、手札も揃えた。あとは、魚を誘き寄せる餌を撒くだけだ。



 俺は商業ギルドを出て、一つの商会へと足を運んだ。



「こんにちは」

「ようこそ。クローバー商会へ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 エントランスで受付嬢が笑顔で迎える。

「自分は大和商会会長の零と申します」 

 商人風の風格を漂わせて営業スマイルで自己紹介する。

「失礼致しました。奥へご案内いたします」

「いえ、お構いなく。今日は挨拶に来ただけです」


 ハリボテ商会だが商会の代表という肩書きがあればそれだけで一般人とは別枠扱いか。王家の紋章コインは出したくなかったからプレゼンする手間が省けた。


「これを会長殿に渡して欲しいのですが…」

 一枚の紙をカウンターに置く。

「こちらは…」

「見ての通り、新参者ですのでこちらの会長殿にご挨拶申し上げようと」

 紙には大和商会立ち上げの報告と、一週間後に行われる商談会への招待状の旨が記してある。

「…お預かりいたします」


 この世界の紙とは明らかに違う現代の洗練されたコピー用紙に記された文字。クローバー商会は国内でも三番目の規模を誇る。見る人が見ればその価値は分かるだろう。


 俺は挨拶だけ済ませるとそそくさと店を出る。行くべきところはここだけではないからだ。


 …

 …


「お待たせ致しました」

 二つ目に訪れた商会も王国の三大商会の一つ、アルカナ商会。ガラス張りの立派な本店に来ていた。


 ここでも、こんなハリボテななんちゃって会長相手に仰々しくも対応してくれる。いつものような冒険者風タメ口適当態度は場違いになるから真面目な口調で演じる。

「いえいえ。急に押しかけてしまって申し訳ございません。大和商会の零です」

 受付から引き継がれた執事服の40代の男ににこやかに挨拶する。


「それで、レイ様。当店にはどのようなご用件で参られましたのでしょうか」

「今日は我が商会立ち上げのご挨拶に伺いました。少ないですが珍しい品をお持ちしましたので是非こちらの会長に献上をと思いまして」

 そう言ってストレージから鉛筆をとりだす。

「こちらは…?」

「文房具です」

 ただの鉛筆だ。しかし、この世界には存在しないものだ。

「失礼ですが、紙を一枚お借りしても?」

「ええ、勿論でございます」

 俺は差し出された紙に鉛筆で文字を書く。その様子を執事服姿の男は黙って見ていた。

「この通り、ペンと同じく紙に書けます。その利点はインクを必要とせず、生産コストが非常に安い点にあります」

 この世界の筆記具は”付けペン”しかない。一応、石灰のチョークや、粘土と蝋のクレヨンの類はあるが、鉛筆のようなものはない。


「初めて拝見いたしました。いやはや画期的な筆記具でございますね。その品はどちらでーー…失礼。無粋な発言でございました」

 男はさっと自分の発言を取り消す。当然企業秘密だ。

「こちらの品はお納めください。よければ一週間後に商業ギルドで我が大和商会主催の商談会を開催いたします。差し出がましいですが、ご都合付つけば是非ご参加ください…と会長に伝えていただけると幸いです」


 当然喰いつかないはずはないだろう。


 次の予定を理由に早々に切り上げる。


 三大商会の最後の一つ、ステラ商会を訪れる。


 同じように、大和商会設立の報告をしつつ、向こうの世界の品を曝け出す。

 今回は悠希が持っていた色鉛筆12本セットを献上し、一週間後の商談会の話題を切り出す。「是非ご参加ください」と招待の旨を伝え店を出る。


 アストリア王国で三大商会に餌を撒いた。


 彼の商会が本気で潰しにくればいくら画期的な製品だろうが零細商会が生きる道はない。故に先手を売って障害になり得ないようにする他ない。

 面倒だがこの先のためにこの労力は惜しめないのだ。

 それに、うまくいけば()()()()()()()()()()()手に入れることができる。



 最低限のピースは揃えてたころにはすっかり暗くなっていた。

 俺は一日のやり切った感を出しながらゆっくりと王都を歩く。


 ーーさてさて。後は釣ってもいない魚が釣られてくれるかな?

 大きな魚を釣るときには大きな餌が必要だ。しかし、偶然にも小さな餌に喰いついた大きな餌が、より大きな魚の餌になることもある。


 人気のない路地に入り込み、急に走り出す。


 ーーやっぱりいるよな。

 今日は王城の通用門から歩いて城下町に降りてきた。アリシア姫の諜報員が俺の同行調査に追跡していることを認識し、満足げに頷く。


 表通りに戻って、俺は一週間後が楽しみのあまり鼻歌混じりに王城への帰路に着いた。

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