役立つ現代知識の片鱗
「おや、お二人さん。俺に何か御用ですか?」
姉弟を鍛冶屋の爺さんに引き渡して二日ぶりに王城に戻ると、俺の部屋に綾小路令嬢とリュートがいた。
「邪魔してるぞ。」
「待ってたわよ、零。知恵を貸しなさい?」
悪戯っ子のような笑みをしながら、綾小路令嬢は俺を部屋の中へと招く。
「…犯罪に手を貸すようなことはちょっと…。」
「勝手に歪曲して早とちりしてんじゃないわよ!」
机に置かれた”鉄パイプのようなもの”を見ながらジョーク混じりに言う。
「で、この鉄パイプのようなものは?振り回してデモでもするんですかね。」
「はぁ?」
最近の若いモンには、90年代の学生運動ネタは通じないか。これがジェネレーションギャップ…なんてな。
「ていうか、”鉄パイプのようなもの”なんて変な名前付けないでよね。」
「うむ。全くだ。それは〈冥界への片道切符〉通称OTVだ。」
ーーなんだその厨二病的なネーミングは…。…厨二病だったな。
「アンタも変な名前付けてんじゃないわよ!これは遺憾砲よ。」
ーーお前も大概変な名前付けてんじゃねーよ!?色々なところに謝罪しろよ!?
「で、名前なんてどうでもいいですが…なんなんですか?」
俺は手にとって熟視する。
「簡単に言えば水蒸気砲よ。”ア・タ・シ・が”設計したのよ。」
「へぇ、こっちが砲弾ですか。」
「聞きなさいよっ!」
転がっていたゴルフボール程の金属球を鉄パイプのようなものに嵌める。
「説明は…いるかしら?」
単純な構造のようだ。
長さ1m程度の鉄筒の底に、タンクが溶接してあるだけ。それと、ストッパー機能と連動した引き金代わりのグリップと持ち手。見た目はスマートとは言えない。
「ふむふむ…。砲弾を栓代わりに、タンクの水を気化させた圧力を溜めて、運動エネルギーに変えて射出する装置ですね…。使えるんですか?」
新しい武器を作るという試みは悪くはない。問題は実用性に足るかどうかだ。
ヒグマに拳銃の弾を数発撃っても倒せない。ましてや、熊より凶暴で瞬時に傷が再生するようなこの世界のモンスター相手に、低火力の遠距離武器では話にならない。
この世界で弓の地位が低いのは、単純に弓の攻撃では有効打になりにくいからだ。
「理論上は、200m/sくらいはいくはずなのよ。」
ばつが悪そうに綾小路令嬢は言った。
拳銃の弾速が350m/s程度。こちらは弾丸の重量が勝る分、理論値では十分な攻撃になりえそうだ。弓矢に比べれば5倍は早い。
「ん…?理論上は…ですか。じゃあ実測は?」
「……200km/hぐらい…。」
「ふーむ…って、数字合わせても単位全然違うじゃないですか!?」
秒速200mと時速200kmは全然違う。
「勘のいいガキは嫌いだよっ。」
「…いや…俺を騙しても意味ないでしょ…変なところで変なプライド出さないでもらえませんかね…。」
一瞬考えて3分の1以上威力低下していることに気づいて突っ込む。
「理論上はいけるはずだったのよ。」
「机上の空論だったということですね。それで、問題は?」
「アンタも知っての通り、この世界の技術力じゃ複雑な機構は作れないのよ…。だからなるべく簡略化して弾丸で砲身を直接密閉して、内部圧力を高める仕様にしたんだけど…。」
「なるほど、金属同士だと上手く密閉できないと。」
この世界の冶金工学レベルから言えば当然の結果だろう。
「ええ。弾丸を大きくしたら、射出の時に抵抗になって使えないし、今のままじゃ水蒸気が漏れ出て威力が全然ないのよ。」
俺たちの世界の銃でも、昔は銃身で発生した高圧ガスが弾丸より早く銃身を出てしまうため、爆発のエネルギーをロスして威力が低下する問題はずっと抱えていた。
解決策として、弾丸後部に鉛を使うことで、高温高圧で鉛が変形し隙間を埋め、効率的に高圧による膨張エネルギーを運動エネルギーに変換させる。
だが、この水蒸気砲を使うのに鉛弾を使ったところで、火薬を使っているわけでもなく鉛の融点まで全然届かないから意味もない。
だが逆に、火薬を用いた銃と違って高温に耐えれない素材が使える。
「ゴムを挟んで使えばいいんじゃないですか。近代の密閉容器の接着部にはゴムは必須アイテムでしょう?」
弾丸で栓をするというのはあまり賢いとは言えないが、技術レベルで言えば内部に密閉開口部品を作ることができないと考えれば妥協案としては頷ける。
弾丸と銃身との溝を一時的に塞ぐだけならゴムを使えば事足りる。
「はあ?ゴムなんてないじゃない。あったらとっくに使ってるわよ。」
「え?天然ゴムなんて樹脂と硫黄があればできますよ?3分クッキングでしょ…。」
「いや待て。「常識だろ?」みたいな言い方するなよ、普通に知らねーよ…」
ーー高校二年生のリュートはまだ習ってなかったか。
「ゴムの木から採れる樹脂に酸性の液体を加えると水が分離するから、そこに硫黄を混ぜて加熱。硬度は炭素を加えれば調整できますよ。」
「ソレよ!感謝するわ、零。それで、それはどこで取れるの?」
役立つ情報が手に入ったのか、早速次の行動に出ようと令嬢は席を立つ。忙しないな…。
「炭素は炭を粉末にすればいいですし、硫黄はこの近くだとボルホフ山脈で取れますね。酸性の液体は調理酢で十分です。樹脂は、ちょっと待ってくださいね…」
俺は植物図鑑をストレージから取り出し、挟まっていた紙を取る。
「ここにメモってある植物からならなんでも取れます。」
汚い字で殴り書きしたメモ用紙を綾小路令嬢に手渡した。
「え…メッチャ種類あるのね…。ええっとー?ユーカリ?ベンジャミン?ガジュマル?」
「理想はパラゴムノキですけどポリイソプレンを含む植物からならなんでも取れますよ。頑張ればタンポポとかイチジクからも取れるので、効率的な植物があったら俺にも教えてください。量産したいので」
「あ、量産する気なのね…。相変わらずぶっ飛んでるわね…。」
ーーそうか?ゴムの用途は幅広く、必需品だろう?
「そうそう。生息地を知りたいなら宮廷植物学者のジャスミンさんを連れて行くといいですよ。」
「…いや、なんで既にアンタが植物学者と知り合いになってるのか意味不明なんだけど!?」
「植物学者だけじゃないですよ?鉱石学者も地層学者とも面識あります。ドヤッ」
と、自慢げに語る。
自分の人脈を自慢する小物っぷりにリュートが可哀想な視線を送っている。いや、普通に人脈は武器だからな?俺はボッチゲーマーだがコネは重宝する打算的ボッチだ。
「…アンタいつもなにやってんのよ…。」
アリシア姫からも同じ質問をされたっけ。言う程のことはしていない。強いて言うなら情報収集だろう。
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず、ですよ。」
「孫子の兵法か。一理あるな。」
「そ。国内資源の把握は重要ってことだ。」
「情報は大事なのは同感だ。さて、では俺も行くとするか。」
二人は礼を言いながら足軽に部屋を出て行った。
「にしても、面白いものを作るな…。」
彼らが第五支援兵団の開発局で何かしているという話は聞いたが、まさか水蒸気砲を作っているとは思っていなかった。
火薬がまだ開発されていない世界で、超簡単な構造で銃に類する物を作る方法としては賢いのかもしれない。
火魔石を使えば燃料要らずで、どこでも楽々バーベキュー。この世界の原始的遠距離武器としては合理的…なのか。
SLIG時代にはない”世界の楽しみ方”が広がっている。理系の俺としては、不謹慎だがワクワクしてしまう。
これは、負けてられないな…。
勝手な対抗心を抱きながら、俺は遅い朝食を取りに食堂に向かった。
食堂では朝食の片付けまで終わってひと段落という雰囲気で、執事長のセバスとコットン料理長がテーブルについてお茶を飲んでいた。
「あ…。おはようございます、レイ様。ただいま朝食のご用意を致します。」
コック帽を被って立ち上がるコットンに、悪いことをしたなと思う。
南城壁での攻防が片付き、王城に戻って来て一週間と少し。俺は未だに海崎と星華さんとの間に言葉い表せない気まずい距離を感じていた。
食事の時間も無理に合わせることもせず、中途半端な時間に一人で食べることの方が多くなっていた。
食堂に置かれた水時計の水位が、10時と11時の間を示す。
「すまないね、コットンさん。こんな時間に。」
「とんでもございません。勇者様に私の料理を食べていただけるだけで光栄ですよ。」
厨房に向かうコットンさんに謝罪する。俺のストレージに備蓄している料理の殆どはコットンさんが作った物だ。俺は何かと彼に負担を強いているのだ。
料理が運ばれてきて手を合わせる。
「いただきます…」
だからいつもよりも深く、食への恵と作ってくれる人たちに感謝をしていただいた。
「レイ様。お食事中によろしいでしょうか。」
「ああ。」
控えていたセバスは、俺に声を掛ける。
「レイ様宛にお手紙が届いておりましたので、一応その旨をご報告申し上げようかと。いかがしましょうか。」
「お、差出人は?」
「エドバンス…と書かれておりました。」
「知人だ。手紙は?」
「すぐにお持ち致します。」
紅茶を啜りながら待ち人からの手紙を読むかのように、鼓動を鳴らしながら目を通す。
「実に結構。」
手紙に書かれた文章から吉報が伝わり、俺はつい声に出して喜んだ。
手紙の差出人は、木工職人からだ。
俺は南の国境での件が片付き王都に戻ってから、時間の空いている時に工業区にある工房に足を運んだ。そこで”あるもの”を依頼した。
それは、俺たちが国境での戦闘に行くまでの旅路で考えた”短期資金調達方法”の一翼を担う品。
これには色々な制約があった。
まず、この世界にはまだないが、俺たちの世界にはあった品を作って特許で稼ぐ…とはいうものの、そもそもこの世界に特許という概念はない。だから”オセロ”の様な誰でも簡単に模倣できる製品は論外となる。
…まぁそもそもオセロもチェスも存在しているのだが…。流石SLIG世界である。
故に、簡単に真似できないものである必要があり、それでいてこの世界に存在せず、この世界の技術力で作れるものという条件があった。
それを破ったのが海崎の案である。
彼女のアイディアは、俺の懸念する全ての条件を跳ね返した。一番の不安要素であった”この世界の住人が必要としているのか”という条件も見事にクリアしたのだ。
俺には無い発想と知恵で、この世界に影響を与える衝撃の品だ。俺たちの世界も、これにより変革を迎え、これは人間を縛る代名詞とも言える物を用意できるのは、一重に海崎のおかげといえるだろう。
俺はその吉報を手にしたまま、工業区の工房に足を運んだ。
誤字脱字報告ありがとうございます。
毎回大変お世話になっており、感謝してもしきれません…。
この場を借りて再度お礼申し上げます。
誤字脱字修正12/20




