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無責任な人助けは偽善に過ぎない

 二人の姉弟を連れてセトとシフのいる宿屋に入る。


「お帰りっす〜…あれ、どちら様っすか?」

 シフは二人の姿を見て首を傾げた。


「ちょっと訳ありでな。あの屋敷で捕まってたから拾ってきた」

「…そうっすか…」

 シフもドークリーバー伯爵に捕まっていた過去がある。思い出したくない過去がチラついたのか、耳が垂れて陰鬱さを醸し出す彼女に掛ける言葉は見つからない。


 彼女の俯く頭に手を置きワシャワシャと髪を乱す。

「な、何するっすか〜やめるっすよぉ」

「お前が気負うことじゃない。心配するな」


 シフを元気付けることもできないが、せめてこの姉弟を助けた手前、最後まで責任を持たなければいけないと肝に銘じる。


「さて、改めて俺は零だ。お前達の名前は?」

「エ、エリルです」

「オリクだぞ」

「そうか。で、単刀直入に聞くが、エリルの固有スキルはなんだ?」

「!?」

 姉のエリルを庇うように弟が俺との間に入る。


「…なるほど、やっぱりか。合点がいったよ。姉は稼ぎの為に自分の固有スキルを使って領主に雇われていたのか。弟はそれを知っていたから、「攫ったのは領主しかいない」と断言してたんだな」


 状況証拠も乏しい中、少年が冒険者ギルドで領主を犯人だと断定していたのは、狙われる理由が領主と姉の間に存在していることを知っていたから、か。

「固有スキルの話は他の人には秘密だから、憲兵にも依頼する冒険者にも言わなかった…と」


 姉には固有スキルがあり、その内容を知ってるのは領主しかいない…という情報があれば俺もそれなりに動いたが、まぁ今となってはどうしようもない。結果的にこちらで確保できたから良かったが…。


「大丈夫よ、オリク…。この人を信じよう?」

「!?……わかった…」


 ーーお?俺の無害さをアピールして味方だと講説垂れる必要もなく警戒を解いてくれるか。


「確かに私は固有スキルを持っています。そのおかげでこれまで領主様の下で働けていました」

 冷静に考えれば、10歳程の弟の姉が、領主の下でなんの能力もなく雇われるはずもない。彼が幼い時に両親を無くした時から姉の彼女が働いていたと考えれば、姉に特別な力があることは予想できた。

 今更ながら推察できるパーツは散りばめられていたのに組み立てられなかったことは、まだまだ未熟ということか…。


「それで、スキルは?」

「〈真理眼トゥルキュラス〉…です」

「…ふむ。…初耳だな。どんな効果だ?」


「え、えっと。見た相手のステータスが分かります」

「っ!?…それは…どこまでだ?」

 俺は予想以上のスキルの凶悪性に声を上げる。

「ぜ、全部です」

「…俺を信じたのはステータスを見たから…か」

 無言で頷く目の前の少女に、俺はどうしたものかと額に手を当てる。


 当然、俺のクラス項目に【勇者】があり、総合レベルは【100】と記載されていることは見えているのだろう。


「…悪いことは言わない。俺のステータスについては誰にも言わない方がいい」

「い、言いません。絶対…」


 さて、困ったことになった。

 問題は、”〈真理眼トゥルキュラス〉というスキルを持っている彼女を、敵が欲していた”という事だ。


 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは何を示すのか。火を見るより明らかだろう。”勇者がステータスを隠している”と察したから。


 実際に俺たちは召喚初日で固有スキルを過少申告し、以来王国にも真の実力を伝えていない。王国内にも内通者がいるため、隠しておくことで同意しているが、敵が勇者の真のステータスを把握する為に、彼女の〈真理眼トゥルキュラス〉を使って調べようとしている…ということだ。


 ーー流石に先の南国境での攻防戦でやりすぎたか…。

 目立っているのは俺の自称”空戦士スキル”での飛行術式だろう。これぐらいならと思っていたが、敵も案外聡いな…。


「どうしたんだ?」

「あ、ああ」

 考え込んで静かになった沈黙を、弟のオリクが破る。


「二人には王都に来てもらおうか。そのスキルについては今後は他言しない方がいい」

「で、でも…それだと日銭が…」

「あー…それはなんとかしよう。エリル。年齢は?」

「じ、15歳です…」

「成人済か。読み書き計算は?」

「あ、ある程度はできます。…母に習いました」

「ふむ。希望職種は?」

「え…わ、私にできるものでしたらなんでも…」

 ーーふーむ…。この世界の就職事情には疎いが、意欲低すぎやしないか…?

「はいはい!俺、鍛冶屋になりたい!最強の魔剣を作るのが夢なんだ!」

「オ、オリク!!あなたはまだ子どもでしょ!?今大事な話をしているの…」

「ちぇー…」


 ーーふむ。鍛冶屋か…。



 その晩は、宿屋に泊まる。翌日、日の出前に迷宮都市ウィッテルンを旅立つ。

 道化団の次の目的地が王都なのは分かっている。途中の同行はセト達に任せて、俺は拾った姉弟の生活を自立させる為に二人を連れて王都に飛んでいた。


「すっげー!すっげっすげー!超高い!超風強い!」

 ジェットコースターで騒ぐ子どものように、俺の〈ゲームエンジン〉で飛行する弟オリクははしゃいでいた。


 地平線から太陽が上り、俺たちを照らす。地上よりも高い俺たちは、地上よりも僅かに早く朝を迎えた。

「エリル、オリク」

 両方の手で引っ張る俺は、二人に声を掛ける。

「?」

「なんだ?」


「新しい街で生きるには、新しい名前で生活するべきだ」

 これまでの人生を捨てろ…そう言っているのだ。家族からもらった名前だろう。だが、彼女エリルの固有スキルも有用性が有る限り、敵は探し続けるだろう。少しでも手がかりとなりえる名前は変えるべきだ。

 非常にも、俺はそれを突きつける。



「名前…。兄ちゃんがつけてくれよ。かっこいいやつ!」

「俺が?自分で考えた方がいいぞ」

 ーー俺のネーミングセンスはお世辞にもいいとは言えないからな。

「わ、私もお願いします。ご利益ありそうなので」

 ーーいや、あるわけないだろ…。


 だが、彼らがそれで未来に向かって歩めるなら、それぐらいの後押しは俺にもできるだろう。

「ふーむ…じゃあミラとライってのはどうだ?」

 どちらもこの世界で聞いたことある名前だし、浮いてはないだろう。

「ライ?なんか…兄ちゃんの名前に似てていいな!兄ちゃんはレイだろ?」

 ーーまぁそれは偶然なんだが…。

「気に入ったか?」

「うん!」

「はい」


 不安を抱える彼らだが、それを吹き飛ばすかのような笑顔で笑う。

 無邪気な子どもは、大人にない不安を押しのけて諦めずに抗う力を持っている。勇者よりの勇者らしいライの行動が、俺の心に残っていた。



「なぁ兄ちゃん、これから俺たちはどうすればいいんだ?」

「ああ。王都でお前達の面倒を見てくれそうな人に心当たりがあってな」

「兄ちゃんの知り合いか?」

「まぁな。ライの将来の夢は鍛冶職人だろ?」

「あ、ああ。そうだけどよ?」



 …

 …

 …


 そして、俺達は王都の近くに降り立ち、目的地へとやってきた。


「つーことで、爺さん。二人を頼めるか?」

「ふむ…唐突じゃのぉ…」

 俺は行きつけの武器屋に来ていた。表通りから外れ、ドワーフ職人が一人で切り盛りしている鍛冶屋兼武器屋。

 鍛冶職人としての熟練度も高く、俺達の武器はこの爺さんの作品だ。


 今は、俺からの大量受注も合わさり、人手不足を嘆いていた。


「こっちはミラ。読み書き計算はできるし、店番はできるぞ?こっちは弟のライ。将来の夢は鍛冶職人だそうだ」

「…訳ありかの?」

「まぁ、そんなところだ。街を追われて出てきたからな。家もない」


 俺が”実は勇者だ”とは話していないが、勇者が召喚された時期に王紋の刻まれたコインを持って店に来たり、大量の武器を受注し、滑車複合弓コンパウントボウを作らせたりしている時点で彼も薄々察しているのだろう。


「人手不足で悩まされておったことには変わりない。お前さんの紹介なら断れんな」

「いいのか!?ドワーフの爺ちゃん!」

 両手を上げて喜んだのはライだった。

「馬鹿野郎!親方と呼べ!」

「お、おっす!親方!」


「こやつらの面倒はワシがみよう。家の二階も空いとるしの」


 どうやらすっかりその気のようだ。

 ここの爺さんが断ったらどうしようかと考えていたが、杞憂に終わった。


 とんとん拍子で話が付いて、俺は姉弟との別れをする。


「じゃあ、俺はいく。ミラ…くれぐれも、俺のことは」

「は、はい」

 俺もステータスが漏れるのは避けたい。しっかり釘を刺しておく。



「に…兄ちゃん…」

「っと」

 俺の後ろから少年が抱きつく。

「兄ちゃん、…行っちゃうのか?」

「ああ。俺にはやるべきことがあるからな。残念だが君たちと一緒にはいられない」

「オリk…ライ。ダメよ。レイさんを…困…ら…せて…は…」

 弟を引き離そうとする姉の瞳に涙が浮かぶ。

 たった二日しか一緒にいないが、泣くほど信頼されているのは嬉しい物だ。それはおそらく、彼らがこれまで誰に頼ることなく生きてきたという裏返しでもあるのだろう。

「う…うぐっ。ぅぅ…」

「ぅぅ…。レイ、さん。ありがとう…ございま…した。このお礼は、必ずするので…」



 武器屋の出口で振り返って屈む。いつも見ていた社会が高く見え、姉弟との目線が揃う。この不条理で残酷な社会で、親もおらず子ども達だけで生きていく大変さは、平穏な社会で生きてきた俺には想像できない程過酷なものだろう。


 たった二日しか関わっていない赤の他人だ。それでも、そこで一生懸命生きようとする彼らを前に、何も感じない程冷たくはなかった。

 かといって、俺が今後もずっと手を差し伸べることなんて不可能だ。そのもどかしさを強く感じる。


 俺は二人の頭に手を置いて語る。


「これから先、たくさんの苦悩も壁もお前達を飲み込むだろう。自分たちにはそれを払う力がないと思うかもしれない。世界は公平ではなく残酷で、理不尽に人生を狂わすかもしれない。でも、お前達には強さがある。絶対諦めないという強さと、自分を信じるという強さだ。その強さを忘れないで。お前達が諦めずに抗い続けるなら、勇者は必ずお前達の味方になるだろう。だから、決して諦めるな。泣いてもいい、弱音を吐いてもいい。だけど、必ず立ち上がれ。そうすれば、明るい未来がやってくる。分かったかい?」

「…ぅ…分かった」

「…ぐすっ…また、来ますか?」

「ああ。ここは俺のお気に入りの武器屋だからな」


 鼻声の彼らの頭から手を退けて、俺は武器屋を出て行った。


 これで最低限の責任は果たせただろうか…。目の前で起こる不幸を切り捨てられなかった甘さが招いた中途半端な解決だ。最善とは言い難く、鍛冶屋の爺さんに押し付けた形とも言える。

「はぁ〜〜」

 俺は王城への帰り道で、空を仰ぐ。

 〈真理眼トゥルキュラス〉が敵の手に渡ることを避けるために、俺の目の届く範囲に置いた。俺がやっていることは奴らと変わらないのかもしれない…。そんな憂患が、静かに俺の心を蝕んでいた。

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