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勇者なら…

 アリシア姫に宝珠を見せてもらってから二日。セトとシフが道化団を追跡しだして丁度一週間になる。

 今日の夜には道化団が目的地としていた”迷宮都市ウィッテルン”に着くだろうという知らせを受けて、俺は一足先に街に来ていた。


「おぉ〜。ここの迷宮は地下墳墓か」

 迷宮は、モンスターが蔓延る限定的なスポットを指す。塔だったり、地下だったり建物だったりと、密閉された空間で、最終地点にはボスがいるのがお約束。

 危険が高いが、敵とのエンカウント率も高く、狩場としては非常にいい場所だ。


 ーーっと、迷宮攻略に来た訳じゃなかったな。


 迷宮近くの都市は、冒険者が多く集まりやすく活気がある。そんな雰囲気に当てられてついゲーマー的な感覚でノリノリだったが、本来の目的を思い出す。


 ーーさて、街の下見をしておくか…。


 俺は道化団が到着するまでの時間を有効に使おうと歩き出す。

 街の中を歩き雰囲気を掴んでん冒険者ギルドに足を向ける。大抵の冒険者ギルドは酒屋が入っている。情報収集には打ってつけだ。


 ギルドの扉を開けて中に入った。


「お願いだよ!」

「悪いな、ガキンチョ。相手が相手だし、そんな端金じゃどうしようもねぇ」

「そ、それなら僕を奴隷商に売ってくれて構わない!」

「おいおい勘弁してくれ。だとしてもそんな危ねぇ仕事はお断りだ」

「そんな…。おじさん達は強いんでしょ!?だったら僕の姉さんをを助けてよ!」

「おい坊主。冒険者は正義のヒーローじゃねぇ。行くなら衛兵のところに行きな」

「頼むよ!誰でもいいから!頼むよぉ…」


 ギルドの中で10歳程の子どもが今にも泣き出しそうに騒いでいる。


「どうしたんだ?」

 SLIGゲーム時代なら子どものアバターを使ったプレイヤーが冒険者ギルドに出入りすることは珍しくもないが、この世界では珍しい。依頼を出しに来たのだろうが、口から出る単語が穏やかでないから受付嬢に話を聞く。


「いえ…。あの少年がこの街の領主様に姉が拐われたと言っていてですね…。冒険者に奪還の依頼を出そうとしているのですが、領主様を相手にする依頼を受ける冒険者がいる筈もなく…」

 そりゃそうか。だから直接ああして冒険者にお願いしようとしているわけか。


「ふむ…。一応聞くが、信憑性は?」

「え…?」

「本当に領主に姉が拐われた可能性だよ」

「人身売買を撤廃させた領主様が?ありえませんよ」

「人身売買を撤廃?王国法規で元々違法だろ?」

「ええ…それでも闇取引があります。領主様はこの街で行われる闇取引を徹底的に潰して綺麗な街にしました。この街にはスラムもないんですよ?領主様が誘拐に関与しているなんて考えられませんね」

「…そうか」


 受付嬢が語る領主像の印象からは、子供を誘拐するとは思えない。だが、必死に懇願する少年の姿も悪戯とは見えない。


「に、兄ちゃん!」

「…?」

 新しくギルドに入ってきた俺の存在に気づいた少年が、涙声を上げながら走ってくる。


「頼む。僕の姉さんを助けてくれ…僕の依頼を…。お金なら払う。一生かけても払うから…」

「いくらだ?」

「い、今払えるのは…銀貨40枚…」

「40,000Gゴールドか。論外だな」

 俺は金額を聞いて一蹴する。

 話の真偽はかく、俺が今他のことに時間を費やすことはできない。もう半日足らずで道化団がこの街に来る。悪いが、話の信憑性も薄い事象に構っている余裕はない。

 故に、俺も他の冒険者と同じく金額の低さを理由に断る。

「ぼ、僕を奴隷商に売れば20万Gゴールドは手に入るから!」

「坊や、民間人の人身売買は禁止されてます。ギルド内で犯罪を誘発させるような発言はしないでください」

 受付嬢が少年を諫める。

 村や街が行う公的な奴隷売買を除き、王国法規で禁止されている個人の人身売買は、ギルド職員としても見過ごせないのだろう。


「少年。憲兵のところに行ったか?」

 こういう話をするなら憲兵の詰所に行くべきだ。冒険者ギルドは警察機構ではない。

 領兵が雇い主の領主の悪事に目を瞑っていても、中央から派遣されている憲兵は領主や領兵の悪事を監視する存在。領主に忖度することは考えられない。


「行ったさ…でも「お前が見たわけじゃないなら証拠不十分だ」、「ここの領主様がそんなことするわけないだろ」って相手にしてくれないんだ!だから冒険者ギルドに頼みに来てるんだよ!」

「見たわけじゃないのか?じゃあなぜ領主が誘拐したって分かるんだ?」

「…僕の姉さんは領主様のお屋敷で働いてるんだ。でももう五日も帰ってこないんだ!屋敷に言ったら姉さんなんて知らない、ここにはそんな人働いてないって言うんだ…。おかしいだろ!?」

「どういうことだ?屋敷で働いてる訳じゃないのか?」

「姉さんは領主様のお屋敷で働いてるって言ってたんだ!毎月給金ももらってたんだよ…。でも屋敷の人たちは姉さんなんて知らないって。そんな人いないって言うんだ!でも絶対に領主様なんだよ!()()()()()()()()んだよ!信じてくれよ!」


 不可解だな。屋敷の使用人達が口裏合わせてるのか?流石にバレるだろ…。本当は領主の屋敷で働いていなかった?その可能性が高いか…。


「少年、親はどうした」

「二人とも俺が小さい頃に死んだ。姉さんと二人だけだ」

「…そうか」

 姉は二人の生活費を稼ぐために危ない仕事でもしていて弟には言えず、ついに消されたといったところか。

 いくら少年が騒いでも、社会の理不尽さはなくならない。


「悪いな少年。他を当たってくれ」

「…そん…な…」

 崩れる様に床に座る。

「勇者様なら…」

 ポツリと呟く単語に俺の注意がいく。

「勇者様ならきっと…」

 無力感にがれた様に座るこむ少年を見下ろす。


 ーー勇者なら…か。

 すでに国内外に勇者が魔王と戦う為に召喚されたという話は広まっている。その話を聞いて希望を持つところで、現実は変わらない。


 勇者は神ではない。両手に持てるものの数には限りがあるし、守れるものも守れないものもある。良かれと思った行動も裏目にでるし、命の取捨選択なんて当たり前にする。

 目の前の不幸に嘆く人を片っ端から救う程の力量はない。

 少年の持つ勇者像は、虚像に過ぎないのだ。


 俺が勇者だと知らせても、結果は同じだ。「姉のことは諦めろ」そう言えというのか…。五日も前に消息のたった女子供一人を探す為に勇者のリソースを割ける訳が無い。



「そ…そうだ…。王都に行って勇者様に…勇者様ならきっと力に…」

「甘えるな!」

 俺の声がギルド内に響いて他の人までも俺の方を見る。


「勇者に頼ってどうする!?勇者は憲兵じゃない!人類を守る最後の希望であって、個人を守る存在じゃない。お前がいくら勇者に頼ったところで、勇者が動くと思うのか?」

「…そ、それは…」

「お前の他に、勇者に縋りたい存在がどれだけいると思う?そういう人らに勇者は一つ一つ応えるのか?それで勇者としての役目が果たせると思うのか?勇者に目の前で起きた不幸を全部救えとでもいうのか?それで人類が守れるとでも言うのか?」

 ーー俺は何を怒鳴っているのか…。

 憤る感情と、それを冷ややかに見る俺が存在する。

 普段ならこんな声を荒げるなんてありえない。なのに、俺はどうしてこんな怒りを露わにして怒鳴っているのだろう…。


 少年の勇者に縋る姿に憤った?違うな。

 勇者に必要以上の期待を持つ姿勢に?これも違う。


 分かってるさ。薄々感づいてはいた。

 勇者でありながら、目の前の不幸を切り捨てなければいけない不条理を受け入れたくなくて、少年に当たったのだ。

 勝手に勇者に期待するな、俺にその後ろめたさを押し付けるな、と。



 人は皆、”善人でありたい”という願望がある。どんな悪事をする囚人でも、「本当は自分は良い人だ」と思っているという。

 人間が”善人”ぶりたい欲求は猛烈なのだ。それが否定される時、人は強烈なストレスを感じる。


 俺がここで彼に手を貸すことはできない。その選択をすることが、俺の心を抉る。

 目の前の不幸に目をつぶることへの罪悪感と、勇者である自分に縋る少年の想いを突き放すことへの抵抗を振り払うかのように、俺は声を荒げたのだ。


「い…いいだろ…」

 小さな声で噛み締める様に少年は唸る。

「いいだろ…別に…。勇者様に助けを求めて何が悪い!」

 親の仇を見る様な目で俺を睨んで叫んだ。

「勇者様なら絶対救ってくれるんだぁ!絶対絶対絶対なんだぁぁあああ!わぁぁあああん!ああぁぁぁああん!」


 歳相応の喚き声と泣き声がギルド内に響く。


 ーー勇者なら…か。



「…受付嬢、いくらならこの依頼が受けられると思う?」

「…え?」

 俺の突拍子もない質問に、受付嬢が一瞬固まる。

「この子の話を信じるというのですか!?」

「いや…。内部調査して、本当にこの子の姉が拐われているかを確認するだけでいい。あとは憲兵に任せればいいいだろ?調査費用にいくらかかる?」

「…Aランク相当の暗殺者アサシン盗賊シーフにお願いして、500万Gゴールドはしますよ!?失敗した場合の損害が大きすぎるので、それぐらい出なければ領主様相手にこのようなことをするなど…」

「ご、500万Gゴールド!?そ、そんな大金僕には…」

「分かった」

「はい…?」

「ここの領主の調査だ。報酬は500万Gゴールド

「しょ、正気ですか!?」

「ああ」

 俺はアリシア姫から受け取った小切手をストレージから取り出す。


「依頼内容はさっき言った通りだ。依頼主はこの少年で」

「…か、かしこまりました。すぐに発行致します」

 汗汗と作業に入る受付嬢から目を離して溜息をつく。どうしてこんなことをしているのか。


「兄ちゃん…いいのか…?」

 涙ぐんだ声で俺に声を掛けた少年を見ることなく俺は答える。

「…ああ。その代わり、約束しろ。これで何もなかったら姉は諦めろ。約束できないならこの話は無しだ」

「…うん…分かったよ…」

 兄弟が消息不明になって「諦めろ」と言われて納得できるものではない。だが、ここで諦めなければ少年は自分を売ってでも姉の後を追いかけるだろう。


 俺はそれを交換条件にするかの様に言い放った。


「お待たせしました。依頼内容はこちらでよろしいでしょうか」

 差し出された紙を受け取って目を通す。

「【誘拐組織と思わしき屋敷への潜入調査】依頼難易度A、推奨クラス暗殺者アサシン盗賊シーフ詳細はこちら…。ああ」

「依頼内容及び依頼遂行に生じる責任は、ギルド規定に基づき関与しないものとし、当ギルドは一切責任を置いかねませんのでご承知ください」

「…そう堂々言われなくても、分かってるよ」

 冒険者ギルドも領主屋敷に冒険者が潜入することを黙認するような依頼を出す訳にもいかない。あくまで依頼の仲介業者として、それ以上の火の粉が飛んでこない様にとする姿勢は流石という他ない。


「じゃあな、少年」

 ポケーとする少年を置いて俺はギルドを出た。


 ーーあー…。情報収集にギルドに行ったのに、結局何も聞けなかったな…。今更戻る訳にもいかないし…。


 俺は他の酒場を探しながら、街を歩くことにした。

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