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後味の悪い勝利の美酒

 南の国境での一件が終わって丁度1週間。

 他城砦に行った皆も王都に到着し、戦勝パーティーが開かれていた。


 今回の攻防では色々とあったが結果だけ並べれば大金星ということだ。


 戦場とは対極的な衣装に身を包み、金銀宝石を付けた高貴な人らが内地で戦勝を祝う。


「…どうかしたのかい?」

 俺のうかない顔に気づいた悠希が声を掛けた。

「いえね。戦場で命がけで戦った兵士は今日も砦で警戒。方や、何もしてない貴族共がそも勝利の美酒に酔いしれる。皮肉なもんだなと思って」

「ハハハッ…。世界なんてそんなものだよ」

 そう言って悠希は腕を組んで鼻で笑う。大人の余裕か、それとも世界は嘆いても変わらないという諦めか。


「それで、何があったんだい?」

 悠希はグラスを手に取りながら俺の心中を見透かす様に尋ねた。


「…何がって…。何があったかはもう伝えたと思いますが…」

 一連の騒動と、俺の失態も含めて彼らには海崎から伝わっているはず。悠希と大智が王宮に到着した時にすぐに”黙って囮にしていたこと”を謝罪した。

 大智も悠希も気にしてないと言ってくれたが、おそらく彼らも「なぜ言ってくれなかったのか…」という気持ちはあるだろうに、それ以上は言わなかった。


「僕の言い方が悪かったね。星華さんと澪緒ちゃんと何かあったのかなって」

「…あー…」

 流石はコミュ力チーター。まだみんなと顔を合わせてから半日も経ってないのに、もう察するのか。

「まぁ、心当たる節はあるんですが、どうしようもないというかなんというかでして…」

「なんだい?…その曖昧な回答は…」

「……悠希は…。悠希は人を殺せますか…?」


 悠希達も第八城砦で魔人種との戦闘をした。だが、敵は仮面族ペルソナシスだったと言う。仮面族ペルソナシスは、俺が屠った魔族とは違う。顔が仮面で出来ており、表情というものは存在しない。両目と口にポッカリ開く真っ黒な穴が恐怖を駆り立てる嫌な奴らだ。

 人とは非なる存在だと言える。


「零…」

 俺の質問に真顔で固まる。悠希の姿を見てハッと我に返る。

「…あ、いや…。今の質問はなしで」

 変なことを聞いたと笑って誤魔化した。


「零は誰かを…殺そうとしてるのかい?」

 俺の作り笑いとは裏腹に、悠希は真剣な視線で俺を視ていた。

「いえいえ、そういうつもりで言ったわけでは。気にしないでください」

 俺は空になった皿を持って料理を取りに行く。もうこの話は終わりだと言わんばかりにその場を去った。



「いいか?」

 羊肉のソテーを自分の皿によそっていると、隣にいた軍衣を纏った男が声を掛けた。

「…これはこれは。構いませんよ?」

 俺は気を張る。

 俺の飾られたコスプレのような衣装に付く徽章。これは師団級徽章と呼ばれる階級を示すものだ。相手は師団級より上の軍団級徽章を付けていた。つまり、王国軍最高責任者のジーク司令長官だ。


 俺たちが王国臣民でもなければ、王国軍人になったつもりは微塵もないが、公の場ではそれなりに敬意を払う必要はあると思っている。

 自分もこの徽章の権威を使って戦場では好き勝手やったこともあり、”権威は借りるが敬意は払わない”というクズにはなりたくはない。


「まずは見事な手際だったと讃えさせてくれ」

 そう言って二つのグラスにワインを注ぐ。

「…どうも」

 差し出されたグラスを手にとる。

「勝利に」

 ほろ酔い気分なのか、ジーク司令は上機嫌でグラスを掲げた。

「…仲間に」


 カランッっと小気味いいガラスの合わさる音が響く。


「で?軍に黙ってことを運んだ言い訳を聞こうか」

 王国軍に一言も言わずに勇者の配置変えを行ったことの追求だ。名目上、俺たち勇者が王国軍の指揮下にある以上、命令無視という形になる。


「…一言も言わずに勝手にやったことは謝ります。でも、結果は上々だったでしょう?報告書に、何もしなかった場合の損害試算も書き足しておいた方がよかったですか?」

「…ははははっ。言うじゃねーか。いらんよ、そんなもん。軍令部のメンツが丸潰れになっちまうじゃねーか。まぁなんにせよ無事に戻ってきてよかった」

 ガシガシっと俺の肩を叩いてその場を去る後ろ姿を見送る。

「…無事に戻ってきて…か」

 俺は空になったグラスを見ながら呟いた。




 その夜。

 俺たちは国王の執務室に呼ばれる。どうやら捕らえた魔族らに尋問して分かったことを教えてくれるようだった。


「揃った様じゃな」

 国王をはじめ、執政官のシモン、ジーク司令長官が俺たちがやってくるのを待っていた。


「改めて、皆の助力と活躍に心から感謝する」

 国王が胸に手を置き頭を下げる。威風堂々たるその様は、ただの言葉と所作にしかすぎないと分かってても見惚れるものがあった。それが国王の威厳というものなのかと俺の琴線に触れる。


「ではジーク、報告を頼む」

「了解です。今回捕らえた魔族ですが、一体は全く口を割らないとのことで要領を得ません」

 第八城砦でリュートが捕らえた仮面族ペルソナシスは、”感覚”がない。つまり、痛みによる尋問が通用しないということだ。

「もう一体は意思疎通が可能ならしく、一昨日までに聞き出せている範囲になります。奴らのリーダーはテディドという不死族アンデット、今回の侵攻もその者の指示によるものらしいです」

 魔人種の生態系はこの世界でははっきりと分かってはいない。ただ、群れることもあるということは分かっている。

 ”魔王”が誕生すれば、バラバラだった魔族が全て統率されて脅威の軍事力となる。逆に、魔王誕生前でもリーダー格の元に一致団結している集団もあるということだ。


 SLIGゲーム時代の感覚では、知能レベルも数も猿山と同じ程度だったが、SLIGゲーム時代の常識は通用しないかもしれない。


「テディドの下には30体の配下がいるとのことです」


「30体で魔物を3万匹…。数がおかしくはないかの?」

 国王の疑問は、魔族が一人で使役できる数は凡そ100匹が限度だという知識が正確ならば、今回の戦闘で動員された数は3万匹だ。通常の10倍はあったことは不可解極まりない。

「それはまだ聞き出せておりません。捕らえた魔族曰く、「テディド様なら朝飯前だ」と言ってはおりますが…」

「ふむ…」


「現在分かっていることはそれぐらいです」

「そうか。報告ご苦労じゃった。死ぬまでにできる限り情報を吐かせよ」

「了解です」


「死ぬまで?」

 俺は国王の言葉に疑問を持つ。

「なんだ?知らないのか?魔族が捕まってるのは人類領域側だぜ?聖気で長くは保たん」

「…そうか。そうでしたね」

 人類が境界を超えて魔界に留まり続けるようなもの。タイムリミットがあるということか。

 どうりでこれまで数度は魔族の生け捕りに成功しているのに、一体も残っていないわけだ。情報が入りにくいのはこれのせいか。


「さて、では次にワシから其方に聞きたいことがある」

 そう言って国王は俺の方を見た。俺は一応、俺の後ろに誰かいるのかと振り返って確認する。

「お主じゃよ、レイ殿」

「…?俺に何か」

「うむ。今回の奇襲的な防衛戦で惨事にならなかったのは其方そなたのおかげと言っても過言ではない」

「いえ、俺なんて。前線で命を賭して戦った王国軍人の成果ですよ」

「勇者殿がそう言ってくれるのであれば、英霊達も報われるじゃろう」

 国王は少しの間、胸に手を置き目を瞑り、戦没者への礼を尽くしているようだった。

「して、其方の働きが大きかったのは事実じゃ。そのことで二、三尋ねたいことがある」


 当然の流れではあったが、身構える。

 俺は今回の勇者の配置換えについて、完全な独断であった上にその説明もロクにしてない。それは勇者にもーー…。


 俺は言及されることを見越して先に報告書を軍令部に出しておいた。


 もちろん、移動には空戦士の”飛翔”スキルを使えると嘯き、

 俺が第六城砦に行ったことは”嫌な予感もしたから”という曖昧な動機を綴り、

 リュートが第六城砦に行ったのは、”二人が心配で万一に備えて”という理由。

 軍に言わなかったのは”根拠の薄い独断は認められないと思ったから”ということにして、

 一連のことをそれっぽく綴って書き記しておいた。


 当然〈ゲームエンジン〉による高速移動も、”嫌な予感”とはぐらかしている論拠も語っていない。


 だが、彼らを納得できる説明には至らなかったということか。


「まず一つ。こちらからも聞いても?」

「なんじゃ?」

「その二、三の質問の出どころは、軍令部ですね?」

 俺が逆に質問する。

「っ…」

 僅かに驚きの表情を見せる国王に、俺はため息をつく。


 ジーク司令をはじめ、軍令部の人は俺の出した報告書では納得しなかったのだろう。そして、先ほどの戦勝パーティーでジーク司令が深掘りしようとしていたことにも、俺は冗談まじりにしっかりとは答えなかった。


 だから、国王から直接聞いてもらおうと働きかけたのだろう。国王相手には、はぐらかされないと見越して。


「質問どうぞ?」

 俺は国王からの…いや、軍令部からの質問を受ける構えを見せる。


「う、うむ。感謝する。まず、なぜレイ殿は第六城砦に行ったのか…。知らせが届くよりも前に到着していると聞いておるが…」

「元々第六城砦に行く予定はありました。二人にあるものを届けるために」

「あるもの?なんじゃそれは」

「これですよ」

 俺はそう言ってストレージからスマホを取り出した。

「これは俺達の世界にある蓄音することのできる、所謂古代文明遺産アーティファクトみたいなものです」

 そう言ってミュージックアプリの再生ボタンを押すと、オーケストラ風のBGMが流れる。

「「おぉ…」」

 電子機器から流れる音色を初めて聴いた国王とシモンとジークは息を飲む。


 この世界のオーケストラは、何十人もの演奏家が大舞台やホールで行う高級な娯楽。こんな小さな箱から流れるとは文字通り魔法のようなアイテムだと認識される。


 ストレージに入れていると電池の減りがないとはいえ、既に12%まで減ったスマホを再びストレージに戻す。


「第六城砦の二人は暇そうなので、これを届けようと元々夜に行くつもりではありました」


 俺たちしか持っていない希少性のあるアイテムを引き合いにだして嘘をつく。嘘をつく時には相手にない概念を持ち出すとその信憑性を疑うよりも未知への学習が先立って信じやすくなる。

 その心理を巧みに使って誤魔化す。


「それに、100kmなんて空戦士のスキルを使えば3()()()で着きます。陛下が思っている距離感と俺の持つ距離感では差異があるので違和感があるのは当然かと」

 合理性を欠いた嘘は、あえてその違和感に合理的な解釈余地を生じさせて黙らせる。

 尤も、俺の中の100kmなんて、目と鼻の先とも言えるが…。


「そうであったか。うむ。よく分かった。もう一つ聞いてもよいかの?」

「ええ」

「其方が空を飛んで移動できることは分かったが、リュート殿はなぜ第八城砦におるのじゃ?」

 今回の一番説明に困る点だ。”同時に両砦にバックアップの勇者が偶然いた”なんてことは、敵の狙いが分かっていたからとしか解釈できない。


 俺は終着点を見据えて嘘を組み立てる。


「今回の侵攻で、敵の狙いが最初から手薄になった城砦ではないかということは予想していました」

「や、やはりか!」

 国王は少し興奮気味に言った。

「ならばなぜそれが分かったか是非教示して欲しい。今後のためにも」

「あくまでも勘ですよ。敵がこちらの動きも戦力も把握しているということは、ドークリーバー伯爵の一件で分かってます。なら、今回の侵攻で城壁を超えることができないというのは分かっていたはず。それなのに3万の軍勢で攻め入ろうとしたのは、それ以外に計画があったからなのではないかと思いました」


「我々軍令部の失態です。あちこち斥候を出し、3万以上の敵が存在しないことから主力で正面突破が狙いだと確信したところでの別城砦への少数奇襲。まさか3万の軍勢全てが陽動に使われようとは…」

 ジーク司令が拳を握って苦渋に満ちた顔を見せる。

「…一応確認です。ジーク司令は、敵の真の狙いはなんだったと思いますか?」

 俺はジークに尋ねた。

「城砦に備蓄された魔法石と勇者の暗殺だろう?事実、第六城砦の2000個あまりの魔法石を奪取された。二度はないが、この失態は軍にとっても痛手だ」

「…ええ。…そうですね。まんまとしてやられた訳です」

 俺は国王、シモン、ジークの顔色を伺う。


「…」

「…」

「…」

 少しの沈黙が流れて国王が切り出す。

「では其方そなたは3万もの軍勢が陽動に使われていると分かっておったということか?」

「陽動として…とまでは思ってませんが、大局が動いている時に何かしら仕掛けてくるとは考えてました」

「…それが別城砦への襲撃か…」

「それに確信があった訳ではありません。だから黙ってましたし、もし本当に来ることが分ってたら軍にも伝えてましたよ」

「うぅむ…。そうであるな」


 勿論嘘である。

 もし王国軍が俺の意見に耳を貸してそれに準じて動いたのなら、敵の尻尾は出なかっただろう。釣りをする時には餌が必要だ。餌を付けずに糸を垂らしても獲物は釣れない。


 …その結果、俺は星華さんと海崎からの信頼関係を壊してしまったのだが…。


 溜息を付きたい気持ちを抑えつつ、説明は終わりだと伝える。この表面的な説明で納得してもらわなければ困る。これ以上は”釣ろうとしている魚”に逃げられる。


 釣りはまだ終わっていないのだから…。



「うむうむ。よく分かった。そなたの意見感謝する」

 満足げに頷く国王の顔を見て安堵した。わ



 その後は、異世界生活一ヶ月超えの様子を国王自ら俺たちに聞き、俺たちの生活を随分と気にかけているようだった。高貴と威厳の権化たる国王も、プライベートでは随分と砕けた人で、親戚のお爺さんに話しているような気さえした。


 …

 …

 …


 国王執務室を出たのは、夜が更けたころになる。




 今回の侵略攻防戦は一区切りついたのだった。

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