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一つの節目は新しい始まりである

 翌日。

 深夜に働いたせいで若干の睡眠不足も否めないが、夜明けの静けさとともに、空へと上がる。



 辺りが明るくなる頃には俺は主戦場の拠点へと戻ってきた。



「エイロス隊長、どういう状況だ?」

 俺はここに来るまでに見た戦場の様子を尋ねる。思いの外、戦闘が行われていないから疑問に思っていた。


「ああ、勇者レイ様。探しておりました。魔王軍は日の出と共に撤収を開始した模様です。おそらく諦めてのことでしょう。今は残留勢力の掃討をしております」

 敵の本命だった計画が終わり、これ以上戦闘してもここを崩すこともできないなら、次の侵攻に備えて戦力を温存すべきと考えるのは当然か。

「この後は?」

「このまま敵が魔界まで撤退したことが確認されれば通常警戒になります。吾輩ら第七守衛隊は城壁の修繕と補強を行います。卿らはどうされますかな?」

「特にやることがないなら王宮に戻るが…」

「そうですな、事後処理は吾輩の隊だけでことたりますゆえ、ここで卿らにこれ以上助力を乞うことはありません」


 今回の戦闘は終わりという雰囲気か。


 俺たちは掃討戦と事後処理に加わる。戦場の遺体や死体の処理だ。ゲームの様に時間経過で光の粒子の様に消えたりはしない。

 血みどろの戦いの後には、凄惨な景色が残る。


 残党を適当に狩りながら、魔物の死骸をストレージに詰めていく。


 ドサドサドサドサ…


「おぉー!!」

「こんなに一度に!」

「流石勇者様だ」

「事後処理までお付き合いいただきありがとうございますっ!」


 戦場で回収した魔物の死骸を、城壁の内側に運び積み上げる。一回で魔物の大きさを問わずある程度運べるストレージ持ちの勇者は、魔法鞄マジックバックしか持たない王国軍兵にとっては眩しく見えるのだろう。


「構わんさ」


 素材的価値のある魔物や、強力な魔物は〈ゲームエンジン〉の構文コード


 //そのエンティティのプロパティを調べる

【this.Entity.Search.property;】

を使ってエンティティー名を把握していく。ここは今や戦場見本市だ。得られる恩恵は大きく、後処理の手間ぐらいはどうてことない。



「(零さん)」

「(…海崎か)」

 太陽も真上に上がるころ、いつもの定期連絡をいれてくれたようだ。俺は戦場を飛び回る足を止めて地面に降り立つ。

「(今さっき知らせが届きました。戦闘終了だそうですね)」

「(ああ)」

「(お疲れ様でした。私たちは、明後日王都に出立するそうです)」

 ここに派兵されてる第六守衛部隊の帰還を待って帰投という形だろう。

「(了解した)」

「(…あの、私…)」

「(ん?)」

「(…)」

「(…なんだ?)」

「(…いえ…なんでもないです)」

「(…そうか…)」


 …ーー…


 海崎の念話は用件だけを伝えて切れた。

 彼女が何を言おうとしていたのかは気になる。だが、それを聞き出す程の勇気はなかった。





 二日後。

 事後処理も終わり、撤収の手筈を整えた俺たちは、リサ副団長率いる近衛騎士団と王都に発つ。

「卿らに最大の感謝を」

「勇者様〜ありがとうございました〜!」

「女神様〜!またお会いしましょう〜!」

「女神様ぁ!女神様ぁ!」

「「女神様万歳ーぃ!女神様万歳ーぃ!」」

「また来てくださ〜い!」

「女神様さようなら!ありがと〜!」

「女神様〜!」


 様々な言葉を送られながら獣車が動き出す。


「…ってまって。なんで紅葉アンタの声援ばっかなの!?私超活躍したんだけど!?なんでこんな差別されてんの!?」

「…え、えっと…なんででしょうか…」


 無理もない。兵士にとって紅葉の存在は相当大きかったのだろう。ただ強い戦力より、自分の傷を治した本人の方が感謝されるというものだ。

 この2日で、運び込まれた全ての負傷者を完治させたのだ。そりゃ感謝されるだろう…俺たちの活躍なんて霞むほど…。


「シオン様、我々は勇者方皆に感謝申し上げております。もちろんシオン様にもです」

「リサ〜」

 綾小路令嬢は同乗するリサ副団長を抱きしめる。

「戦場で邪魔だからって投げ飛ばしてごめん〜!」

 ーー…おい!?何やってんだこのロリゲーマー…。あれほど邪魔をするなと釘を刺したのに…

「い、いえ。シオン様のおかげで助かりましたので」

 ーー…いやでもダメだろ。邪魔だからって投げ飛ばしちゃ…。

 そういえば、極灰死神グリムリーパーを討伐する時、俺も「邪魔だっ」ってつい叫んだ記憶があるようなないような…。




 日が暮れる前に街につく。帰りは時間に余裕があるため、野営する必要もなく宿場町に泊まれる。


「俺はここで一旦別行動します」

「「?」」

「え!?どちらにいかれるのですか?」

「ちょっと寄るところがあるので」

 俺はリサ副団長の質問に明確には答えず、街の中へと姿を消した。



 目的地はセトとシフが張り込みをしているゴブリンの居城。

 ここまで同行したのは、俺の目的地が国境付近にあると思わせないためだ。古城を知るのは俺たち勇者と密偵の二人のみ。これ以上他の人に言うつもりはない。軍にも悟られたくはない。


 夕焼けに紛れて俺は古城を目指した。





 古城には、セトとシフの二人が張り付いている。シフがパワーレベリングで最低限の隠密性を確保できたとは言え、諜報員としては素人。最初はセトと一緒にということで送っていた時に、今回の緊急事態だ。

 俺たちが王都から飛び立って丁度1週間。シフは大丈夫だろうか…。


 とは言っても、毎晩海崎と念話テレパスで定期連絡はしているだろうし、何か問題があれば分かる。


 古城の三階の窓から侵入し、塔への梯子を上る。


 ーーん?


 いつもいるところに姿はない。気配を消しているせいで隠れんぼ状態だ。


 ーー移動したか?仕方ない…虱潰しに探そう…。


 二人も、ここに住み着くゴブリン達に気づかれない様に張り込んでいるのだ。簡単には見つけさせてはくれない。



 俺は諦めて海崎からの定期連絡を待つことにする。海崎経由で彼女らに連絡し、居場所を教えてもらおう。


 俺は再度上空に上がり、ストレージから夕飯を取り出して食べる。

 ーーこれが本当の青空食堂…。なんてな。



 日が暮れ辺りが暗闇に包まれる頃、海崎から連絡が入る。


「(零さん、今よろしいですか?)」

「(ああ。待ってたぞ)」

「(やはりですか)」

 俺の状況を察している様な口調に疑問を持つ。

「(今、セトさんに定期連絡を入れました)」

「(おぉ、そうか。それで?)」

「(今日の朝にある一行が古城に来たそうです)」

 ーーそうか。ついに現れたか。…運び屋が。

「(二人は?)」

「(後を追っているようです。先ほどの連絡では、”ウォスト”という街に入ったと言う話です)」

「(ふむ…)」

 俺は地図を広げて街を探す。

 ここから北に約30km程行ったところか。

「(今から合流する。中継連絡頼む)」

「(分かりました)」


 …

 …

 …



 スマホも電話もない世界で、知らない場所で合流を図ることはほとんど無理だ。しかし、こと念話テレパスという連絡手段を持つ我々には、圧倒的な利点がある。


 幾度も思う彼女のチートなスキル。未だに〈ゲームエンジン〉でどうにか遠距離通話ができないものかと考えてしまう程羨ましい。


「ここか…」

 セト達が取った宿を見つける。二人張り込んでいたこのタイミングで、鳩の回収に来たことは幸運だった。交代で見張れるし、休息も取れる。



「久しぶりっす〜!」

「おぉ、シフ。セトに迷惑かけてないか?」

「掛けてないっすよ〜…」

 宿の前で俺を出迎えたシフが手を振って招き入れる。


 二人は運び屋を見張れる宿を取ったようだ。俺は部屋に入って二人を労った。

 そして張り込み期間中の報告と、いくつかの手に入れた暗号の写しを受け取る。これで暗号解読が進めばいいのだが…。


「で、運び屋は?」

「あれ」

 セトが窓の外を指差す。通りの向こうに、馬車が4台並んでいる。

「あれって…。行商人か?」

 荷物を見張っている男の加える煙草の火が薄暗い夜道でよく光る。

「違う。道化団」

 サーカス団か。通りで荷台から動物の泣き声がする訳だ。

「…輸送を任されてるのかな…?」

 俺の予想と若干ずれた運び屋の姿に力が抜ける。もっと闇に紛れて運ぶ運び屋のイメージを予想していた。

「多分、逆っすよ」

「ん?」

「道化団が運び屋をしてるんじゃなくて、運び屋が道化団をしてるんすよ」

「それは…」

 俺は息を飲む。

「ピエロと仮面の男が、古城でゴブリン達から伝書鳩を受け取ってたっす。道化団の皮をかぶった、…中身は人類の敵っすよ」

 つまり、そのサーカス団の一員が運び屋をしている訳ではなく、あの団自体が魔族の手先となって各地に伝書鳩を送り届ける運び屋として動いているということか…。

「…そうか…」

 確かに、サーカス団ならどこに行くにせよ大量の鳩を運んでいても不自然ではない。商人と違って足のつく現物をやりとりするわけでもないし、道化衣装は顔も姿も合法的に隠せる。

 ふざけた設定だが、実に理にかなっている。


「ここまでに鳩の受け渡しは?」

「まだ。目的地、知ってる。さっき、盗み聞いた。」

「流石セト。どこだ?」

「迷宮都市」

 俺は地図を広げて確認する。

 丁度、古城から王都までの直線状に”迷宮都市ウィッテルン”という街がある。通常の馬車ならもう1週間はかかるだろう。


「迷宮都市に直接飛んでもいいが、途中で誰かに接触するかも知れん…。このまま追跡任せていいか?」

「問題ない。〈追跡痕トラックマーカー〉付いてる」

 暗殺者のスキル、〈追跡痕トラックマーカー〉。一度触れた相手を術者本人が相手に認知されるか。戦闘状態になるまで数km離れていても24時間は追跡できる。彼女の能力を持ってすれば、気付かれないままに追跡痕トラックマーカーをつけることは造作もないだろう。見失うことはなさそうだ。


「流石だな…。じゃあ、二人に任せるよ」

「了解っす!」

「…(こくん)」

「あくまで追跡で、運び先の把握に努めてくれ。接触は最低限に。出来れば泳がせたい」

「大丈夫っす、分かってるっすよ」

「心配、ない」


 自信満々で二人は頷いた。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 ーーやっと掴んだ尻尾だ。引きずり出してやる。




「あとは…、二人にこれを渡しておくね」

 そう言って俺はストレージから二つのガラスの様な煌く笛を取り出す。

「なんすか?これ」

「綺麗」


「勇者一行は、こうやってアクセサリーにして付けてるんだけど…」

「あ!あの時のお洒落なアクセサリーっすね!」

 ”あの時の”、というのは安息日に星華さんと見たガラス細工のアクセサリーのことだろう。

「これはメイドイン俺の月桂樹ローリエだけどね。脆いガラスじゃなくてちゃんと水中一角獣ウォルタラムスの共鳴石を使ってる。意外と高かったんだよね…じゃなくて」

 話がずれてしまったことに気づいて矯正する。

「二人も大事な勇者の仲間だ。その証みたいなもの。密偵に光を反射するアクセサリーはどうかと思ってね。形はこれだけど。ちゃんと実用性もあるんだぞ?」

 俺はもう一つ取り出して笛を吹く。


 ーーーーーー…。


 …ピクッ。

 ピクンッ!!

 二人の大きな耳がピクリと反応した。


「夜豹族の特性を利用した笛だ」

「なんだか、筋の入った音色っすね」

「キーンって、した」

「そうやって聞こえるのか。人間の俺には聞こえんからな」


 犬笛ならぬ猫笛。

 人間の可聴音域は20Hz〜20000Hz

 犬は65Hz〜50000Hz

 そして猫は脅威の30Hz〜65000Hz

 夜豹族も猫と同じく超高音域を聞き取れる能力がある。ならば使わないのは勿体ない。


 本来の犬笛ならスライドで音域を変えれるが、そこまでは再現できなかった。これは改良の余地がありそうだ。


「これなら二人である程度内密に連絡取れるだろ」

「な、なるほど!これでモールス信号を使うんすね!」

「お、そうそう。まだ二人には渡してなかったと思うが…」

 俺はストレージから異世界対応モールス符号表を渡す。

「…師匠達に叩き込まれたっすからね…」

 そういって遠い目をする。

 …あの十日の訓練の間に何があったと言うのだ…。

「もぅるす?」

「師匠曰く、「げぇまぁなら知ってて常識」らしいっす。自分が教えるっすよ!任せてくださいっす!」

「ん、よろしく」

 本当に何を吹き込んでいるのかあいつらは…。



「お兄さんは今晩はどうするっすか?ここに泊まっていくっすか?」

「ここは二人部屋だろ…。俺は戻るよ」

「そうっすか」

「また海崎から頻繁に連絡入れる様に伝えておくから、何かあれば言ってくれ」

「ん(こくん)」

「了解っす」


 俺はもう数日は彼女らに任せて、獲物が網にかかるのを待つことにした。

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