気まずい空気は、謝罪して解消するものではない
光魔石で薄暗く照らされた無機質な廊下を歩く。
「零くん」
先に会議室を出た二人が、貴賓室の前で待っていた。
「え…ぁ、はい」
何を言われるのか不安になりながらも立ち止まる。いつもより距離を置いて…。これが俺と彼女らとの心の距離…。冷たい石造りの床と壁が、俺の心も冷やすかのような感覚に陥る。
「…ありがとね。来てくれて」
「ありがとうございました…。助かりました」
ぎこちない笑顔が、薄暗い空間の中に映る。
「…いえ…」
気まずい空気。俺が彼女らに何か言えるはずもなく、僅かな無言な時間が俺を押し潰す。
「で、では…。俺は朝には向こうに戻りますので…。おやすみなさい」
「え、ええ。おやすみ…」
逃げる様に俺は部屋に入る。彼女らから何かを言われることを恐れている。どう思われているかを考えたくもない。
扉を閉めて、扉にもたれ掛かった。心からも体からも溜息が出る気分だ…。
こんなことをしても問題を先送りにしているだけだと分かっている。直近でやるべきことも、伝えるべきことも謝るべきこともあることも…。
簡単なことだ。難しいことはない。だが、たったそれだけのことをする勇気も湧かない。
ーーゲーム世界でも人の本質は変わらない…か。
俺は扉に凭れ掛かりながら腰を落とす。”一零”ならなんでもできる気でいたが、それはあくまで武力的な強さでしかないことを思い知らされる。
「零さん…」
「!?」
扉の向こうから俺を呼ぶ声に驚く。唾を飲み込んだ。
「先ほど悠希さんに連絡しました」
海崎は扉越しに俺に語りかけた。魔族が言ったことを心配してのことだろう。第八城砦にも刺客を差し向けたと言う話を聞いて。
「リュートさんと一緒に魔族3人を討伐、うち一人は捕獲に成功し、みんな無事とのことです」
流石はリュート。首尾よくいったようだ。心配してはいなかったとは言え、報告を聞くと肩の荷が降りる。
直近でやるべき課題であった”海崎の念話で向こうの安否確認する”手間がなくなった。
…だから余計に彼女らに伝えるべき理由を一つ失う。
「…そうか…」
俺は短く返答した。
「報告は以上です。…おやすみなさい」
扉の向こうの気配が隣の部屋へと消える。彼女はそれ以上語らずに去った。それ以上は何も追求しないと言うかの様に…。
彼女はもう察しているのだろうか…。どこまで分かっているのだろうか。
聞きたいことも、問い詰めたいことも、怒りたいこともあるだろう。それでも、俺が憂うことない様に必要な情報だけを置いて去った…。
「君はどこまで…」
人としての格の違いを思い知らされた気すらする。
ーーあぁ…もう…。
俺は立ち上がり、扉を開け部屋を出た。
コンコンコン
「はい」
…
…
隣の部屋に入ってソファーに座る。机を挟んで正面に座る二人の姿を、目を見るのが怖い。
「…」
「…」
「…」
「えっと…、何か話があるんじゃないの?」
「……ええ…」
ボーッとしていたわけではないが、沈黙の空白に星華さんが切り込む。
「すいません。今回の件は俺の責任です。二人を危険な目に合わせて申し訳ないと思ってます…」
黙っていればバレない…そんな悪魔の囁きを振り解いて謝罪する。
「別に零くんのせいじゃないでしょ?」
「いえ…違うんです…。そうじゃなくて…」
俺は彼女らにちゃんと謝罪しなければいけない。
「…分かってたんですよね…」
「澪緒ちゃん?」
星華さんの横で下を向いたまま絞り出す様に呟く海崎の声に背筋が凍る。
「…はい」
「どういうこと?」
「…二人が魔族に狙われる可能性を考えてはいました…」
「え?」
俯き沈黙する海崎とは裏腹に、星華さんは顔を上げて驚いた。俺は目の前を漠然と前を見る。焦点を彼女らの瞳に合わせることができない。
「いつから?」
「…王都を出る時には可能性の一つとしては……確信を持ったのは今晩ですが…」
「嘘…。どうして!?」
「……魔族は王国軍の戦力事情を把握しています。王国軍の今回の対応も、規定通りの軍配でした」
第七城砦管轄の城壁に、魔物3万で侵攻。それに対し、両サイドの城砦から兵力を半数送った。それは王国軍の国境防衛戦略に沿った行動だ。魔族も十分に知っていただろう。
「今回の侵攻の目的は、城砦でも国境城壁の破壊でもなく、別の目的があることは予想がついていました」
「…それって……」
「……はい。魔族にとって勇者は目障りな存在。暗殺を企てたのでしょう。兵力を集中させて手薄になったところに勇者を誘き寄せ、各個撃破という方法で…」
「じゃ、じゃあやっぱりあの魔族が言ってたことは…。悠希くんのところにも!」
「それはもう大丈夫のようです」
俺が心配ないと伝えるより前に、海崎が答えた。
「え…?」
「先ほど私も心配になって悠希さんに連絡しました」
「そ…そう。無事なの?」
「はい…。リュートさんと一緒に魔族3人を討伐、うち一人は捕獲に成功とのことでした」
「え?でもリュートくんって零くん達と第七に行くって…」
本来であれば第六城砦には悠希と大智のみが行く予定だった。リュートが第八城砦にいることは俺たち3人しか知らない。
「俺がリュートに頼んで彼らについて第六城砦に行く様に頼みました」
「あー…あの夜に3人で話したのはこのことね」
王都からの移動の夜で、俺がリュートと綾小路令嬢にのみ話した内容だ。
「ええ…その通りです」
あれ以来、俺たちに同伴したリュートは、綾小路令嬢の固有スキル〈具現化〉を使った幻影。一言も喋れない幻影だが、そういうキャラということで押し通せた。”影潜り”ができるリュート本人は、誰にも気付かれずに第八城壁へと行けただろう。
「本当に襲撃があっても、俺一人で同時に二箇所は守れません。だから片方はリュートに任せました」
「…守れない…ですよね…」
ぴくりと海崎が反応し拳が握られる。
復唱されて気づく。守れていないということに。
〈空間隔絶〉の中で追い込まれる傷ついた彼女らの姿が蘇る。大口を叩き、彼女らを餌に使い、危険に晒して守り切れてもいない。
「……慢心していた俺の失態です…」
魔族がまさか城砦に強襲し、城砦内で二人を閉じ込め追い込めるとは思ってもみなかった。
確かに、〈空間隔絶〉と〈魔防結界〉は外側から壊すことは難しい。それで隔絶した空間を作れてしまう。
戦闘職クラスレベル3で習得できる〈斬撃〉程度でも、中からなら簡単に壊せるが、クラスレベル1の今の彼女らには有効な対抗手段がなかった。その盲点を突かれた。
海崎からの報告から10分もあれば駆けつけれる。何かあっても城砦の兵力と彼らの戦力を考えれば俺が到着するまでは余裕だろうと思った目算が甘かったのだ。
「…どうして言ってくれないんですか…。どうして言ってくれなかったんですか…」
ーーどうして…か。
不確定な情報で不安を煽りたくはなかった。
何かあっても俺が対処できると思った。
相手に悟られないためには秘密は最小限にするべきだと思った。
それに…。俺の予想が正しいのだとしたら…。それを伝えれば彼女らが心煩わせることになる。
そういう建前はいくらでも立てれるが、本当は違う。
俺がこの展開を予測できた理由は、誰よりも人を信用していないからだ。彼女らと親密な人でさえ、俺は疑いの目を持っている。それを仲間に知られたくはなかった。そんな自分勝手な自分をよく見せようとした結果がこれだ。
海崎達が怒るのは無理もない。当然だ。
「…伝える必要はないと思った。…すまない」
「……そう…ですか…」
掠れる様な小さな声が耳に届く。
「零くん!?その言い方はダメ!」
「!?」
対極的に急に声を荒げた星華さんの声で空気が震える。
「…そんな言い方は、…ダメよ」
ダメ、と言われても俺にこれ以外の回答は分からない。全て吐いても何も生まない。不確定要素に悩まされ、心廃るだけだ。根拠もない憶測では語れない。魔族の襲撃の件も、今回の件で信憑性が増した仮説も…。
「…すいません…」
俺はただ謝ることしかできない…。
「違うんです…。…すみません。今のは私の願望でした。忘れてください…」
「…澪緒ちゃん…」
「…」
「…」
「…」
謝るべきことは謝った。今説明できることは説明した。これ以上のことを言うべきかは俺には分からない。
沈黙が流れる。何をすればいいのか、何を話せばいいかも分からない沈黙。
「そんなことは気にしていませんよ。…もう遅いので戻って休んでください」
「あ…ああ。夜分遅くにすまなかった…」
それは許すという意味か。それとも早く出て行けという意味か…。
追い出される様な感覚も覚えつつも席を立つ。
結局一度も目を合わせることもできず、海崎が俯く顔を上げることもなく俺は部屋を後にした。




