俺ははただのSLIGゲーマーだ
俺は城砦の中に入り、貴賓室に通される。
「勇者様。状況整理が付き次第、お呼びしますのでしばらくお待ちください」
「ああ。…他の二人の勇者は?」
「はい。ただいまご入浴されていると伺っております」
「そうか」
俺も湯浴びをしよう。服を着替えて返り血はついてないが気分的に全身を洗い流したい。
「捕らえた魔族は地下牢に厳重に監禁しました」
「ああ、慎重にな」
俺の予想は悪い意味で的中した。あれは魔人種の中でも通常の魔族だろう。吸血族や悪魔族が人語を話すことはSLIGでもあったが、通常魔族があんなに流暢に話したことはない。
”原始的な欲求を持つ凶暴な存在”それが魔人種だ。
だからこそ、知能のある魔人種をまとめ集団戦術をしてくる魔王という存在が脅威だった。
だが、この世界の魔族はどうだ?魔王と変わらないまでの思考力を持っている…。
「…なぁ君。魔族が喋るって知ってたか?」
俺は案内してくれた兵士に聞く。
「え?あ、はい。そうですね、高位の魔族には人語を理解するものがいるという話は聞いています。あの強さ…奴らが言葉を話すと言うのも頷けます。魔人種の脅威を改めて実感しました」
ーー高位…?あの下級常魔族が?いや、この世界で言えばレベル80相当は高位なのか。
俺の知っている常識とは異なる。そもそも魔人種についての情報不足だ。
もし全ての魔人種が今さっき戦った魔族の様に知能が高い相手なら…。
人類は魔人種らといつのまにか、”生存競争による戦争”ではなく”侵略的戦争”をしていると言える…。「交渉の余地はない」というのは「言葉がそもそも通じない」という前提の元による結論。言葉が通じる相手であれば、その前提は崩壊する。
言葉を理解し、喋り、知恵を付け、自ら考え、感情を露わにする…。
それはまるで…
ーーまるで人類と同じ…。
俺の頬に冷たい汗が流れる。
止まっていた肺が限界を迎え、大きく息を吸う。
すぅ〜〜。
今俺が考えても仕方がない。分からないことに頭を悩ませても意味はない。
はぁ〜〜。
「報告は以上か?」
「あ、もう一つ。討伐された魔族の討伐品はいかがしましょうか」
「は…?」
俺は報告してくれている兵士の声にピクリと反応する。
「…?討伐された魔族の所持品がいくつかあります。戦利品は軍が一度全て回収する決まりですが、一応ご判断をいただきたいと守衛隊長がーー」
「待て。俺は二体しか相手をしてないぞ?」
「はい。ですから、討伐された一体の魔族の所持品についてですが…」
討伐?俺が?いや、俺は死なない様に加減した。回復しなくなる様に斬ったが、殺すまで至っていないはずだ。
「ぁ…」
俺の抱えていた違和感を思い出す。…そうだ…。あの大男はすぐに喋れるまで回復したが、もう一方の老人はピクリとも動かなかった。
ーー殺した…のか?
「…本当に死んでるか確認したか…?」
「はい。魔核を摘出しましたので間違いはありません。私もこの目で確認しました」
「…そうか」
「あの…大丈夫ですか?」
「…何がだ…?」
「いえ…お顔の色が優れない様なので…」
「…いや、大丈夫だ。下がってくれ」
「はっ」
バタンッ…
扉が閉まって部屋が静かになる。
手に残る肉を斬った感覚、耳にこびりつく歪んだ悲鳴、切っ先から飛び散る血飛沫と、切断された醜穢な断面…。
怒りと恐怖に歪んだ魔族の顔と、命乞いの様に縋った声。
「っ…」
体から体温が急激に抜けていくのを感じる。
ーー違う。あれは人類ではない。魔族だ。人類を害する存在であり、敵。
力が入らない拳に無理やり力を入れる。
「…何を臆している一零…。お前はただのSLIGゲーマー」
罪悪感じゃない。魔族への哀れみでもない。俺は他人を思いやる様な人間じゃないし、星の裏側で何人死のうが気に留める程優しくもない。
合理性と自己都合で、人に犠牲を強いれるし、4人を救うために1人を切り捨てることを厭わない。
ーーこれは、そう…。ただの自己陶酔。
トラックに轢かれた野生の豚を可哀想だとほざきつつ、夕飯に豚肉を頬張る傲慢な人間の考えだ。
「…何を心揺すぶられるというのか…」
相手が人間であっても、殺るべき時は殺る。魔族一人殺したからって、何を心引きずられている。
「…お前はSLIGerの一零だ」
徐々に俺の体に力が戻る。
「ふぅ…」
大量の冷や汗と手汗が出ていたことに気づく。今の一瞬、俺はとてつもない闇に引き込まれそうになっていた。
戦争で一方的な戦果を出した軍でも、多くの兵士がPTSDになる。どれだけ大義を掲げても、個人の感情が枷となる。
思えばセトを捉えた時に突き立てた短剣の感触、ドークリーバー伯爵を問い詰める時に刺した感触…。人を手に掛ける時には強力な心の抵抗があった。剣を突き刺すだけで…。
ーーもし、素面の状態で魔族と戦っていたら…。
今回の戦闘中、憤っていた。敵を倒すことに集中していたし、相手が話すことも気に留めていなかった。だがもしあの時奴らの言葉を聞いていたら…。俺は腕を斬り落とし、命乞いする相手に切りつけ、抵抗する間も無くHPを削った。あんな真似がまたできるのか…。
漠然とした不安が募る。
敵への恐怖心ではなく、自分が人の道を外れ始めているという感覚に…。
ベッドに仰向けに倒れる。
「…」
ーーそうか…。
ここにきてようやく、星華さんと海崎が俺に距離を置くような感じの態度を取った理由を理解した。
人と同じ姿をした魔人種らを一方的に切り刻み、命乞いする声に耳も傾けず、容赦無く断罪する。そこにあるのは闘いではなく虐殺。
そして事実、一体…いや、一人の魔族は死んだ。
彼女らがそれを目の前で見た衝撃は想像できない。
俺もこの世界で初めて狩ったゴブリンが、脳天を石で貫かれ血飛沫を上げて倒れるグロテスクな情景に目を逸らした。剣で斬りつけた肉を切り裂く生々しい感触に眉を顰めた。
人類と同じような魔族を相手を屠った俺は、彼女らの目にどう映っていたのだろう。微動だにせず、黙ってそれを見ていた彼女らの目に、俺の姿はどう見えていたのか…
今はもう、彼女らと目を合わせる方が怖い。
コンコンコンッ…
「ーー!?」
ビクッと俺の体が反応する。意識の外だった扉の音が、俺を驚かした。
「どうぞ」
「はっ、失礼します」
先ほどの兵士が扉を開けて入る。
「会議室で守衛隊長がお呼びです」
「…ああ。ありがとう」
俺は重たい足取りで案内役の兵士の後ろを付いて行った。
一つの大きな部屋に通される。
会議室と書かれた部屋では、12、3の人が机を囲い、星華さんと海崎の姿も見えた。
俺は無意識に目を逸らす。
「総員起立、敬礼っ」
俺達勇者が付ける師団級徽章は、ここのトップである守衛隊長よりも上位。公式の場では扱いも仰々しくなる。
「楽にしてくれ」
「はっ。失礼しますっ」
「我が第六城砦へようこそ…。遠路遥々ありがとうございまする。吾輩は第六守衛隊長のディーン・セルトですぞ」
「零だ。さっそくだが初めてくれ」
「はっ。副官のバーンズです。それでは状況報告会を始めさせていただきます。まずは現段階で分かっている今回の戦闘についての概要をご説明します」
バーンズが報告書を読み上げる。
…
…
…
報告を聞きながら唇を噛む。魔族らの戦術は、用意周到でよく練られている。完全にこちらの動きを把握しており、敵の狙いは明白だった。知能の高さが伺える。
「以上が一連の流れです。次に、今戦闘での被害報告です」
人的損害は少なかった。死亡2人、重傷13人、軽傷44人。戦闘時間が短いことが功を奏したのだろう。
しかし、被害は大きい。
敵の狙いは端からこの城砦でも、兵士でもなかった。
一つはここに備蓄する魔法石。4体攻め来た内の1体は、転移師だったようだ。転移師は、戦闘スキルはないが、予めマーキングした地点へ移動できる。制限が多くとても使えるものではないが、今回のような銀行泥棒には使えるな…。
おかげで、城砦内の保管庫に備蓄している高位の魔法石を根こそぎ奪われたようだ。
敵の懐に入り込み、二人の魔族が勇者の相手をし、もう一人が城砦内で撹乱。転移師が保管庫にある魔法石をマジックバックに詰め込み、二人の魔人族はそそくさと逃亡。
完全に弄ばれた形だ。
「奪われた魔法石は、およそ2300個になります…」
魔法石は、魔石を錬成して作られる。高位の魔物から取れる大きな魔石を使って、時間をかけて作られる貴重なものだ。
「おのれ魔族どもめ…」
「汚い手口だ。蛮族がぁ…」
苦渋を舐めさせられた第六砦の兵士達は歯軋りする。意表を突いた強奪…。二度は通用しないが損失は大きい。
そして、魔族の二つ目の狙いは…。…勇者の暗殺…。
「以上で報告を終わります」
「うむ、副官ご苦労。この件は明日の昼に再度会議を開く。夜分遅くにすまなかったな。解散っ」
聞きたい情報は手に入れた。俺は海崎達から逃げる様に退出する兵士に続く。
「あぁ、勇者レイ様。お待ちください」
ディーン守衛隊長に呼び止められて足を止める。
「…ん?」
「改めて、お礼申し上げるのですぞ」
「いや、構わん。勇者の仕事をしたまでだ」
「それで、なぜ第六城壁に?ジーク司令長官からの指令では、二人という話でしたが…」
そういやそうだったな…。昼間は主戦場にいて、100km以上離れているここに辿り着くには、ここでの状況を”何かしらの方法”で知って、”何かしらの方法”で移動してきたという以外に説明つかない。
当然、海崎の固有スキルも俺の固有スキルも話していないし話したくもない。
「…いや、嫌な予感がしてな。今日の夜に飛んできた」
「飛んで!?」
「ああ、空戦士のスキルでな」
空戦士の〈飛翔・極〉でも十分な速度も出せないし、100kmも移動できないが…。もう勇者パワーってことで…。
「そうでありましたか。それで、第七は苦戦を強いられているという報告を聞いておりますが…」
「いや、問題ない。それに、増援を送ってくれたのだろう?」
「うむ。そうでありまするぞ!我が第六守衛隊の虎の子を送りました。ご期待に添えれるのでありまするぞ!」
力強く拳を握り力説する守衛隊長に押され気味で頷く。
「それは…心強い…」
その手薄を狙われてりゃ世話ないわ…。とも思うがそれは言葉には出さない。
「今日はここで休ませてもらうよ。明日の朝には戻る」
「承知したのでありますぞ」
俺はディーン守衛隊長との話を終えると、周りも気にせず急ぎ足で自室へと向かった。




