最悪な状況
〜第七城砦の主戦場から西へ100kmの地点にある第六城砦でのこと〜
そこでは海崎と星華が到着し、昼間は何事もなく夜を迎えていた。
海崎と星華は同じ部屋のベッドに潜って明日に備える。主戦場から離れているとは言え、第六城壁の管轄の場所に魔物が攻めてくるかもしれないからだ。
もし、敵の狙いが第七城砦への攻撃が揺動なら、応援が来るまで既存兵力で持ち堪えなければいけない。
一抹の不安を抱えながらも、海崎も星華も勇者としての義務を自覚していた。
ドォーーーーーーン!!
爆音と振動が二人を睡眠から現実に引きずり出す。
「なに!?」
「分かりません…。爆発のようです」
窓の外に、暗闇に照らされたオレンジ色の煙が城砦を取り囲む高い城壁から出ているのが見える。
部屋を出て近くの兵士に問い詰める。
「敵襲ですか?」
「ええ。おそらくは…」
「おそらく?」
「はい、まぁ大規模な侵攻なら見張りが気付きますし、きっと少数の斥候かなにかでしょう。勇者様方が出るほどのことではありません。おやすみになられて大丈夫ですよ」
「…そうですか。…一応私たちも表に出ます」
冷静に海崎は応えて寝巻きから着替える。
「ここにも敵が来るみたいね…」
廊下を走りながら厳しい表情を見せる星華を安心させようと海崎は言う。
「大丈夫ですよ。城壁には守護結界がありますし。私たちは勇者ですから」
「そう…よね」
ドォーーーン!!
ドォーーーーン!!
ドォーーーーーン!!
ドォーーーーーーン!!
大きな爆発が城門から再び聞こえる。
二人が建物の外に出ると、すでに200名程の兵が隊列を組んで出撃する準備が整っていた。
「状況を教えてください」
第六城壁の守備隊長を見つけた星華が尋ねる。
「あ、勇者様。敵は”麒麟”に乗った騎兵が4体。人型であることから魔人種だと思われます」
「魔人種…」
人類よりも優れた身体能力と魔力を持つ魔物を操れる敵。つまりは真の戦争相手だ。
「小癪にも、城壁に向けて一撃を入れて逃げてます。この程度の攻撃でここの城壁が破られはしませんが、魔人4匹に麒麟が4匹。捻り潰してくれましょう」
「…勝算はいかほどですか?」
「麒麟はS級魔獣ですが、対雷獣装備の30人で確実に倒せますぞ。魔人の戦闘力は脅威ですが、一人に50人付けるので万が一はありませぬ。第七の連中にばかり手柄をやる気は毛頭ありませぬぞ!はっはっはっはっ。お二人には申し訳ないですが、手出し無用でありまするぞ」
第六の守備隊長の計算は正しい。
レベル90相当の麒麟に、平均レベル25の兵士30人いれば集団戦力は凡そ100レベ相当。互角以上になる。魔人種相手には対魔師を入れた精鋭20人で方が付くという目算も間違ってはいない。
誰もが飛んで火にいる夏の虫だと思っている。だからこそ、士気も高い。
「開門と同時に散開し、各隊陣形を整え討伐せよ!」
「「オオー!!」」
「勇者様は城壁から是非我らが雄志をご覧くだされ」
「敵はたった8体だ」
「魔人族だ。俺たちの前に出てきたことを後悔させてやるぞ!」
「「オォーー!!」」
「見張り兵!他の敵は見えるか?」
「地平線まで大規模な敵影は無しですっ!」
「ふははは。魔族どもめ、捻り潰してくれようぞ!」
勝負前から勝ったも同然の雰囲気が漂う城内とは裏腹に、海崎は不安を抱える。
「星華さん、行きましょう」
「え?行くって?まさか攻める気?」
「いえ、城壁上にです」
軽快に梯子を登って下を見る。
城壁の下は水の溜まった大きな堀があり、その向こうには鉄杭や柵、撒菱が敷かれている。
「…あれが魔族…ですか」
「あの光ってる馬みたいなのが麒麟ね」
4人の魔人種が麒麟に跨がり、騎兵の如く城門前を駆ける。
「くっそ!チョコまかと」
「慌てるな。牽制でいい」
城壁上からバリスタや魔法矢で狙うも、機動力が高い相手に集中放火は浴びせれない。弾幕を掻い潜っては城門に魔法を打ち込み、離れる。
「ヒット&アウェイですね…」
「あ、勇者様」
二人の勇者に気付いて城壁上の兵士が敬礼する。
「彼らの狙いはなんでしょう…」
城砦に結界師がいる以上、このまま城壁を攻撃してもほとんど意味はない。城壁の結界を壊すことならもっと人気のない場所を狙えばいいのに、と海崎は相手の意図を図れずにいる。
「嫌がらせッスすよ。ああやって俺たちのの神経逆撫でして、こっちが兵を出せば逃げ帰る。いつものことッスよ」
バリスタを再装填する兵士が海崎の疑問に答える。
「いつも…?以前にもこのようなことを?」
「ええ。数日前からちょくちょくと来てはああやっておちょくってるんすよ」
「…そうですか…」
「どうかしたの?澪緒ちゃん…」
「いえ…。一応零さんに連絡しておきますね」
「夜更けに大丈夫かしら。寝てるんでしょ?」
零のいる主戦場では昼間から動き回り活躍したことは想像に易い。たった8体の敵襲にいちいち報告するのは彼も休まらない…そう考えて報告は見送る。
敵数8に対してこちらは200。隊長の「万に一もない」という言葉もある。初めての戦場で少し気が立っているのだと海崎は自分の不安を沈める。
「そうですね。このまま彼らの手でなんとかなるならそれにこしたことはありません」
もし自分たちが手を貸すような状況になったら報告することにし、意気込む兵士達の出陣を見守った。
「開門ーーーー!」
城門が開き、堀に橋が掛けられる。
ヒューーーールゥゥ…
ドォーーーーーン!!
再び爆音を轟かせて隊列の戦闘に火の玉が直撃する。
「あっ!!」
身を乗り出す様に見る星華は、すぐに安堵した。
「あれぐらいの魔法攻撃じゃ、俺たち第六守備兵団じゃビクともしませんぜ」
近くの兵士が得意げに鼻下を擦る。
「対魔師ですか。話には聞いていましたが、凄まじいですね」
魔法攻撃からの攻撃を防ぐ謂わば魔法盾職。対魔師の優れている点は、吸収した攻撃から魔力を吸収することができるスキルを有す。
SLIGでは、決定打となる攻撃魔法がないため敬遠されがちなクラスだったが、パーティーにいたら対魔法戦では圧倒的な性能を見せつけていた。かく言う零も、ソロで魔法火力特化の魔殲師をメインで使っていたため、対魔師を抱えるパーティーには何度も血反吐を吐かされていた。
「やっちまえー!」
「うぉぉおーーー!!」
城壁上の兵士らが熱い歓声を送る。
「…?」
海崎の目に、隊列が持つ松明の明かりに照らされキラリと反射する粉塵を見つけた。
「あの粉はなんでしょう」
「ん?粉なって?」
すぐに重力に捕まり地面に落ちる。
「星華さん…あの一体だけなんだか地面の色が違いませんか?」
「んー?そうねぇ。そんな気もするけど。他は真っ暗じゃない」
闇夜で照らされた城壁の一帯から一歩出れば真っ暗だ。その光の範囲内の城門で、僅かに床の黒さに違和感を覚えた海崎が目を凝らす。
「キーーー!!」
「キューーーーーー!!」
独特の鳴き声を発しながら、麒麟が帯電する。暗闇に青い電光を迸せた神秘的な4つの塊が向かってくる。
「防御陣形!魔族を引き摺り下ろすぞ!!」
兵を指揮する隊長が声を張り上げる。
その様子を上から見て、海崎の脳裏で全てが繋がる。
「…まさか…。す、すぐに逃げてください!敵の狙いはーー!!」
城壁上から海崎が叫ぶ。
「キューーーーーー!!」
「キィーーーーー!!」
「キュェェェェーーーー!!」
「キキキーーーー!!!」
海崎の声は、麒麟の甲高い叫びで掻き消された。
バチバチバチバチ!!
ビリビリビリビリビリ!!
その瞬間、隊列の手前まで来ていた麒麟が同時に雷撃を放つ。
「「ぐわぁーー!!」」
「「あ”あ”あ”あ”あ”ーーー!」」
大勢の悲鳴が聞こえる。
「なんだ!?」
「どうした!?」
「星華さん、降ります。ついてきてください」
「え、ええ…」
すぐに海崎は城壁から途中の足場を伝って飛び降りる。
「(零さん!)」
城門に向かいながら零に連絡する。もっと前に連絡入れれば良かったと後悔するが、今は言っても仕方がない。
「(敵襲か。数は?)」
「(魔族です。数は4人と麒麟というのが4体です。城門をやられました。)」
「(…そうか。敵の狙いはーー)」
海崎は城門に辿り着き、視界の端に映った銀色の物体を紙一重で躱す。魔族の飛ばした剣が海崎の目の前を過った。
「澪緒ちゃん!!」
「大丈夫です。それより星華さん、最悪な状況です…」
「…っーー…そのようね…」
集中する必要がある念話が切れてしまったが、再び彼に繋げる程の余裕はないと考える。
「あなた方の狙いは初めから城砦内部に入り込むことでしたか…」
2mはある大柄の角の生えた魔人族の男は、手にした大剣を肩に担ぎながら我が物顔で城壁の中へと入ってきた。
海崎はダメ元で語りかける。城壁を出た兵の感電からの回復も、城砦内部の兵が隊列を整うのにも時間が必要だと考えたからだ。
「フハハハハッ。バレてた割には案外楽に入れたもんだ。」
魔族の男は豪快に笑う。海崎は魔族を相手に話が通じたことに驚くが、顔には出さない様に押し殺す。
「お前らが勇者だな?」
海崎と星華は自分達が第六城壁に来ていることを魔族側に把握されていることに漠然とした不安を抱く。
「…だったらなによ。」
「いや、所詮は劣等種。簡単に潰せそうだ」
海崎の心眼に映る魔族の男が、それをハッタリで言っていないと告げる。
だが、こちらはホーム。相手の数に対して圧倒的な優勢なことには変わりはない。
「…あの爆発は、砂鉄をばら撒くカモフラージュ…考えましたね」
海崎は、時間を作るために相手が語りたくなるような話題を切り出す。完全に意表を突いた魔人族らの戦法を称え、話を続ける。
「まぁな。いい作戦だったろ?」
「本来は地面に抜ける麒麟の雷撃を、地面に巻いた砂鉄に帯電させ周囲を感電させる…。これまでの派手な魔法も、この暗さで兵士達の足下への注意を逸らす為でしたか。」
「まあな。仕込みは重々ってやつだ。」
対雷獣装備や対魔師のスキルも限度がある。誘電率と帯電性の高い砂鉄の撒かれた上にいるなど、許容値を超えていた。
「まかさ、こちらの兵士で蓋をするとは…。一万の雑兵より知恵ある一人の兵ですか…」
感電して倒れた兵士が城門を塞ぎ、橋を上げることもできず、門を閉じることもできずにいる。
「ま、俺の考えじゃねーんだけどよ。大将の知恵だ」
「…まさか!?…魔王ですか⁈」
「いや違うな。大将は魔王じゃないぜ」
「…魔族の大将は魔王だと思っていましたが。」
「魔族も一枚岩じゃねーんだよ。」
装備を整えた兵士らが集まり、着々と体勢を整えている。海崎はストレージから短剣を取り出して身構える。
戦闘が始まれば星華が前衛を引き受けてくれるから、自分は後方からの援護に努めればいい。味方の数も揃ったと考える。
「そっちの時間稼ぎはもういいのかい?こっちももう十分だぜ?」
「っ!?」
「澪緒ちゃん!!」
二人目の魔人族が勢いよく迫る。海崎からは大柄の魔族の死角となった後ろから現れた別の魔族に、海崎の反応が一瞬遅れて防御する。
ガキン!!
「くっ!!」
「時間稼ぎしてるのはそっちだけじゃないんだぜ?”空間隔絶”!」
シュゥゥーーボウゥン…
城内に半透明な膜に覆われた空間が出来上がる。
”空間隔絶”は、大智の持つワールドガードと似た様なスキル。
効果は物理的な遮断。発動条件は、術者がその場で範囲を特定し、200秒動かないこと。物理攻撃や人や魔物の移動をも疎外する。大智が持つ〈ワールドガード〉は、物理攻撃のみを通さない盾の意味が大きかったが、これは檻を作る意味合いが大きいスキルだ。
「勇者様!」
「物理結界だ!!魔法師!構えろ!火球!」
「ホホホッ。”魔防結界”!」
二人目の老人風の小柄な魔人族が地面に足を突くと紫色の球体がエリアガードの内側に張られ、飛んできた火球を掻き消した。
「くそ!!やられた!」
”魔防結界”は魔法攻撃を遮断するスキル。弱点は、魔法現象しか遮断しないという点だ。
だが、ここに二つの壁が作られた。物理遮断と魔法攻撃遮断。二つが重なった空間は、鳥籠となった。
「さて、ボチボチと始めるか。骸骨ジジイ」
「ヒヒッ。さようさよう」
城壁の中で300人近くの兵に囲まれている圧倒的なホーム。だが、その中で隔絶された空間に、勇者が二人閉じ込められた。
「ヒャヒャヒャッヒャッ。オメーエらの相手はこっちだ人間ども!」
「どけどけどけ!!」
他の二人の魔族は無防備な門から中に入り、そのまま建物の方に走っていく。
魔人種は個体の戦闘力は人類よりも遥かに高い。王国軍は、隊列を組み、連携と戦術でそれに対応していたが、不意を突かれ懐に入られるのが一番厄介となる。
「…この二人は私たちに任せてください。皆さんはあっちを」
覚悟を決めた顔つきで、星華は指示を出す。
「あ、…ああ」
固まっていた兵士達の時間が動き出す。
彼らもまさか、魔人種が少数で敵拠点に乗り込んで来るとは思っていなかった。
「ま、任せてください!」
「大隊長!ご指示を!」
「う、うむ!ゼン小隊!褐色の魔人を討て!オルクス小隊は向こうを!中隊、勇者様の支援をしろ!」
「「はっ!」」
数十人の兵士が建物の中に魔族を追って走っていく。
唐突な展開に遅れを取ったが、王国軍兵士は我を取り戻し目の前の敵をしっかり見据え行動する。
「…勇者相手に1対1ですか。随分と強気ですね」
海崎は隔絶された空間の中で武器を構え直して目の前の敵に集中する。
「ヒヒヒ…1対1?”獣魔召喚”!」
「っ…!?」
老体が腕を前に突き出すと、麒麟が4体現れる。
「6対2じゃよ。ヒヒヒ。悪く思わんでくれよな、小娘共」
「…最悪な状況になりました…」
「ええ。…さっきよりね…」
集団戦力は[平均レベル×(人数×0.1+1)]
100レベルの勇者二人で120。
80レベルの麒麟が4体だけで112相当。そこに魔族の二人が加われば、劣勢なのは火を見るより明らかだ。
星華と海崎は覚悟を決めて武器を強く握り締めた。
誤字脱字報告をしてくださる読者様へ
大変助かっています。いつもありがとうございます。




