嫌な予感
日が沈むと魔物の侵攻も鈍くなる。夜行性の魔物は攻めて来るそうだが、昼間程の数はいない。
「貴公らが駆けつけてから戦況は好転しています。全軍を代表して感謝申し上げます」
天幕では俺、綾小路令嬢、紅葉がエイロス隊長に呼ばれていた。
「それは何より。とは言っても、目についた奴を狩ってるだけなんだけどね」
レベル上げには持ってこいな狩場だ。
「いえいえ、ご謙遜なさらず。勇者様方の勇姿は部下の口から耳にしております。…して、もう一方は…?」
「あ、あー…アイツはまだ駆けずり回ってるわ」
「さ、さようでしたか…。紅葉様の回復術により傷痍兵も前線に復帰できております。経過は順調と言えましょう」
「それで、状況は?」
「はい…。概算ですが、敵数1万。我が軍は戦死3000。紅葉様によって既に1000人余りが治療され戦線に復帰されています」
紅葉の固有スキルは、周囲20mに回復エリアを生成する。10分も彼女の近くにいれは手足が千切れていても完治するだろう。デメリットは魔力消費量と、範囲内なら敵味方問わずに回復するってぐらいか…。
「…半端ないわね。1000人?私の倒した魔物の数より多いじゃない…」
「え…そうですか?必死だったので…。沢山怪我をされた方が運ばれてきますし…」
通りで「女神様、女神様」だと言う兵士がいる訳だ。命がけの彼らからしたら文字通り戦場の女神だろうよ…。
「エイロス隊長。昼間の報告では昨日までで戦死2000だったはず。今日だけで1000人とは状況は悪いのか?」
「…は、はい。連日の攻防によりバリスタや魔法矢、ポーション類などの消耗品が底を尽きかけています。城壁の結界も崩れ、死戦を強いられているため損害が多く出ています…」
「…そうか」
人数比では敵1万とこちらは1万7000はいる計算だ。それに、紅葉のおかげでまだ8000人近くの負傷兵が復帰の余地があり戦力的には勝っているだろう。けれど、安堵はできないということか。
「まぁ、心配ないわよ。私たちがついているもの」
「心強いです。何卒よろしくお願い申し上げます」
「ええ。戦艦に乗ったつもりで任せなさい?」
「それは大船では…」
「大船より戦艦の方が強そうじゃない!」
…そういう次元の話なのか…。
食事を終えて用意された天幕で横になる。エイロスの話では、魔物は日の出と共に侵攻してくるという話だ。これまで最初の戦闘があってから6日になるとのこと。良くも悪くも慣れてしまっているのだろう。
「(零さん。よろしいですか?)」
海崎からの定期連絡が入る。
「(ああ。状況は?)」
「(夕刻に第六城砦に入ってから静かなものです)」
「(第八城砦に行った連中は?)」
「(悠希さんも問題ないそうです)」
ここ第七砦から東西に100km離れた第六と第八砦にも、勇者を万が一に備えて予備戦力として派遣しているが、向こうは何もないということか。
「(特に変わりがなければいい。何かあったらすぐ連絡してくれ。次の定期連絡は明日の朝だな)」
「(はい。そちらは大丈夫なんですか?かなり劣勢という話を聞きましたが)」
「(まぁ、大丈夫だろ。…ん?劣勢というのは兵士からか?)」
「(え?はい。ここの守備隊長さんが教えてくれました。主戦場は劣勢のため救援物資と追加の兵を1000人送るという話をされたので)」
確かに状況は好転しているとは言えない。勇者二人が来たから余裕が出て、増援と救援物資を送るというのは正しい判断か…。
「(その兵は既に出立してるのか?)」
「(はい。私達が到着してから間も無く)」
「(ふむ…。すまないが、悠希の方でも兵の出兵がされてないか確認とってくれるか?)」
「(分かりました。聞いてみます)」
元々各砦には4000人の常駐兵力がいるはずだ。今回第七城砦管轄への応援として、両砦からその半数の2000ずつを派兵している。さらに1000人を派兵するとなれば残り1000人で管轄範囲を守らなければいけない。いくら勇者の応援が到着したとは言え、個の戦闘力と集団の戦闘力では力の種類が違う。
「(聞いてきました。同じく派兵するそうです)」
「(…そうか。リュートに俺が”そっちは任せたぞ”って伝えておいてくれ)」
「(?…分かりました。何をするかは知りませんが、気をつけてくださいね)」
「(ああ。海崎もな。できる限り星華さんと一緒にいてくれ)」
「(分かりました。ではまた明日の朝に)」
「(ああ、おやすみ)」
海崎とのやりとりを終えて深呼吸をする。さて、どうしたものか。俺は寝袋から這い出て隣の天幕に訪れる。
「綾小路令嬢、紅葉、起きてるか?」
「え?はい」
無防備な寝巻き姿で紅葉が出てくる。
「う〜…外は肌寒いですね…どうぞ」
「あ、ああ」
天幕に入って気づく。
ーー俺とリュートに用意されたのより豪華じゃね!?なんか布団が木箱の上にあるんですけど!?毛布もあるし…。俺のところにあったのは雑魚寝の寝袋でしたよ!?お茶セットがあるじゃん!!俺のところには水魔石の欠片と軍用コップだけでしたよ!?
「どうかされました?」
「いや…世の中の不条理を嘆いてたところだ」
「え、えっと…本当にどうかされたんですか…」
これが一介の勇者と戦場の女神とのもてはやされる扱いの差か…。
「令嬢は…、もうおやすみか」
「はい。あ、あんまり女の子の寝姿を見てはダメですよ?」
「あ、ああ。じゃあ起きたら伝えておいてくれ、第六砦に行ってくるって」
「ええ!?」
驚いた様に紅葉は声を上げた。
「ん〜どうしたのよ…紅葉」
ベッドから気怠そうに起きる令嬢の姿を傍目に捉える。
「…」
「お、起こしてしまってすみませんね」
「…何よアンタ。夜這い?」
「令嬢…寝言は寝てる時だけに…うわっ!!」
ノーモーションで放たれた真空の斬撃が俺を掠める。
「ちょっと…マジ今の当たってたら絶叫してますよ!?」
勇者からの攻撃なら相応のダメージが通る。怖い…。
「大丈夫よ、紅葉がいるもの。それで、なんの用?」
「え、ええ。今から第六城壁に飛びます。なのでこちらは令嬢にお任せすると伝えにきました」
「作戦決行?」
「いえ、まだ分かりません。ですが、動くなら今日かなと。何もなければ朝には一度戻ります」
「そう。こっちは任せていいわ」
「ええ、お願いします。最優先は…」
「紅葉の安全の確保よね、分かってるって」
俺と綾小路の視線が紅葉に集まる。
「え、えと…。私も精一杯頑張ります。零さんが何をするのかは分かりませんが、気をつけてください」
「ああ、ありがと」
俺は天幕を出て暗い空へと落ちていった。
時速100kmで飛んで約1時間。城壁の灯りに沿って西を目指す。
空を飛びながらステータスを見ると、クラスレベルが5に上がっていた。半日それなりに強敵と言える相手を倒しまくってまだ5か。
無理もない。ゲーム時代は時間の流れは60倍だった。クラスレベルを100まで上げるのには1ヶ月は必要。この世界で言えば5年に相当する。
久しぶりにスキルツリーのタブを見る。ここには自分が習得したスキルが表示される。
「まぁ、レベル5ならこんなものか」
【斬撃】や【刺突】といった基本的なスキルが並んでいる。そして、目的のスキルが見つかる。
【夜目】。それは、夜間戦闘をするために必須のスキルで、レベル5で習得できるものだ。とは言っても、その効果は【夜眼】や【暗視】に遠く及ばない”夜でもちょっとよく見える”程度のものだ。
「ほんと、微々たるものだな…」
【夜目】を通して見る景色を見て呟く。
10kmおきにある防塞を超えて目的地を目指す。何もなければただの無駄骨だが、胸騒ぎがする。
俺には暗闇の静かな一時が、嵐の前の静けさの様な不気味さに感じていた。




