戦場はいい狩場
「見えてきました!!」
怪俊馬を引く御者の兵士が叫ぶ。
「あれが…魔界!?」
俺と綾小路は馬車から身を乗り出して前を見た。
「ええ。その手前にあるのが城壁でしょう」
前回、ゴブリンの古城から飛び立つ黒死鳥を捕まえるために、魔界との境界を超えた時は上空だったこともあり、城壁の存在には気付かなかったが…。高さ20m近くある巨壁が東西に続いている。
「あの壁、ウォールなんて言うのかしら。巨大な魔物に壊される未来まで見えたわ」
「いや、普通に一重しかないですからね!?巨人が中に入ってたりしませんからね!?」
「それはそうと、あれはオーロラかしら。不気味な色だけど綺麗ね」
「同感です…」
壁の向こうの空は、昼間なのに薄暗く、紫や濃藍、紅黒といった光のカーテンが揺らいでいる。同じ星とは思えないような色の空模様に、綾小路は見惚れていた。
「あ、あれが城砦ですか?」
顔を出した紅葉が指差す先に城壁に城がついている。城壁のさらに上に塔が伸びている。
「あれは防塞です。第七城砦は西に20km程行ったところにあります。城砦は100kmごとにしかないので、その間をあのような防塞が設けられております。普段は見張りと砦間の狼煙などの中継地点として使われています。」
リサ副団長の説明をしながらマジックバックから黒塗りの箱を取り出す。
「こちらが皆様の徽章です。ここからは勇者様方のお顔を知る者はおりませんのでお付けください」
銀細工の剣と鳥と花からなる掌よりやや小さいバッジを手渡す。
「ああ、ありがとう」
戦闘にこのサイズの固形物が服についていると動きによっては邪魔だな…。だがまぁ仕方がないか…。そう思いながら俺は服に留めた。
俺たちは城壁に付く防塞の手前にある天幕が並べられた平原に到着して、獣車を降りる。
すぐ目の前には、石造りの巨壁が聳え立ち、その大きさに圧倒されながらも興奮する。ゲームではこの規模の城壁や要塞が出たイベントはなかった。だからゲーマーとしての血が滾るのだ。
出迎えた男に案内されて、大きな天幕の中に入った。
「吾輩は第七守備隊長エイロス・アーネストであります。して、貴公らが勇者様でありますかな?」
30代後半の風貌の軍服のような衣服を纏った凛々しい男がいた。
「近衛兵団副団長リサ・ローズ旗下200名、現着しました。これより貴軍の指揮下に編入します。こちらが勇者様方です」
「零だ」
「詩音よ」
「あ、紅葉です。よろしくお願いします」
「…」
「あー…こいつはリュート。ちょっと無口だけどよろしく」
口を開かないリュートに代わって俺が紹介する。
「貴公らのご助力に感謝申し上げるのである」
「状況は?」
俺の質問に、エイロス隊長が机に広げられた地図を使って説明してくれた。
ここを中心に、東西に2km程に渡って魔物が迫っている。それを、王国軍兵士が城壁手前で応戦しているという状況だ。
城壁の守護結界や、魔法師らの遠距離攻撃が有効打になっていることもあり、前線は持ち堪えているらしい。だが、守護結界もところどころ崩れ始めているということだ。城壁が頑強な作りとは言え、一度破壊されれば修復には時間がかかる。城壁なしに大群との戦闘に勝ち目はない。
「戦力比は?」
「敵戦力は3万、損耗率は4割程度で今は2万といったところでしょう。対して、こちらは予備戦力がほぼ結集して3万。これまでに死亡2000、負傷9000…損耗率はおよそ3割であります…」
同数の魔物を相手によく耐えている。城壁の存在のおかげだろう。
「…このままいけば、城壁の死守は可能だと判断しております」
その戦果に、どれだけの屍が必要か。
1万の敵を倒すのに2000人失っている。3万の敵を倒すのには6000の兵を失う計算だ。許容できる数ではない。
「とりあえず、負傷兵は紅葉の回復術式で順次戦線に復帰できる。彼女にはこの辺りの防衛と治療を任せよう」
俺は紅葉の方を向いて言う。彼女の固有スキルは、広範囲内に最高位の持続回復術式を展開できる。手足を失っていても回復できる程の効果を持つ。傷痍兵を戦線復帰させることができえばそれだけ戦力的優位は確保できる。
「は、はいっ!頑張ります」
「そ、それは心強い!すぐに野戦病院へご案内しましょう」
「俺らはここの防塞を挟んで東西に別れて各々魔物の殲滅といったところか」
綾小路令嬢に地図を指しながら役割分担を提案する。
「それがよさそうね」
ざっくりとした作戦とも言えない配置が決まった。俺は再び地図に目を落として、魔界と聖域の境界を分断する城壁を見る。
「エイロス隊長、人類が足を踏み入れれる範囲はこの線か?」
城壁より10kmほど南に記された赤い線を指していう。
「はい。デッドラインを越えれば30分と活動できませぬ。デッドライン付近にはトラップや遅延兵器が埋めてありますゆえ、お気をつけくだされ」
「ああ。令嬢もあまり出過ぎないように気をつけてくださいよ。あくまで城壁の防衛を優先で」
「分かってるわよ」
「では、行くとしよう」
「そうね、日が暮れたらまた戻るわ」
「…」
「き、気をつけてくださいね」
俺はエイロス隊長や紅葉らと別れて戦場へと向かう。
バーン!!
ドーン!!
バシュー!!
ギャオー!!
グオォォ!!
城壁に近づくと魔法の爆発音や金属がぶつかる音、それから魔物のけたたましい咆哮が聞こえてくる。俺は20mはある壁を上る。壁の上では兵士が忙しくバリスタや投石機を動かしていた。幅6、7mはある城壁の上から、魔物に対して一方的に遠距離攻撃ができているようだ。
壁を守るために下で重装歩兵の戦列を敷き、近接攻撃職が近くの魔物に攻撃、その向こうを遠距離職が城壁上から狙う構図だ。
相手に近づかれたら困る遠距離職にとっての安全地帯があるとかいうヌルゲー。実に羨ましい。ゲーム時代では絶対に運営が許してくれないだろう。
「ここは大丈夫そうだな」
安定した前線を維持しているここは後回しに、城壁上を俺は西を目指して走り出す。
「ぐわーー!!」
「神官!回復を!」
「小隊長!持ち堪えられません!一度退却を!」
「ダメだ!!ここの城壁の結界は崩れかかっている!!こいつを壁に近づけさせる訳にはいかない!」
「うぉおおおお!!」
500m程移動したところで、前線が崩れているところを見つける。
ーーガーゴイルか。
レベル70相当のガーゴイルは、石でできた怪物だ。大型バス程の巨体を持ち、4本足に翼が生え悪魔の面を持つ。そしてなによりその硬度が一番の特徴だ。
ただでさえ自然回復力がチート級の魔物が、剣の斬撃が通りにくいガーゴイルともなれば、狩りにくいのなんの…。
「…と、ここで愚痴を言ってもダメだな」
俺は城壁から飛んでガーゴイルと重装歩兵の間に降り立つ。
ドーーーーン!!
俺が降り立つところから土煙が上がる。重力制御で華麗に着地できるが、こう言う時は演出的に派手な方がいいと思った。
「!?」
「誰だ!?」
「なんだ!?」
「勇者の零だ。こいつは俺が引き受けるからー!?っと」
ガンッ!!
ピキッ…。
ガーゴイルの斧のような尻尾が薙ぎ払うように迫る。俺はそれをストレージから取り出した剣で防いだ。だが剣にヒビが入る。流石に大斧を鞭のようにしならせて仕掛けてきた尻尾を、こんな細い剣で防ぐのは無理があったか。
「勇者様!?」
「来てくださったのか!!」
「君らは下がれ。こいつは俺がもらうよ」
「しかし…!」
ーーいやー、正直邪魔なんだよね。今の横薙ぎ攻撃も、俺一人なら飛んで躱せたし。君らがいてもやりにくいだけなんだよ…。とは言えないよな…。
ーー仕方ない、一瞬で片付けるか。
俺はヒビの入った剣を捨ててストレージからオリハルコンの剣を取り出す。これなら多少は保つだろう。
ガーゴイルの嵌め込まれた赤い石の目が、俺を映して光っている。石の怪物のくせに一丁前に警戒しているようだ。
「では遠慮なく」
タッ!!
地面を勢いよく切って突っ込む。硬度極振りのガーゴイルは俊敏性が低い。
「GUOOO!!」
「よっ…」
尻尾の先端についた斧が上から縦に振り下ろされる。
ーーそれは悪手だな
避けても他の兵に当たることはない。ならば最低限の回避行動で避け、そのまま懐に潜り込む。
「せぃ!!」
ズガーーーーーン!!
「GYAAAAAAA!!」
「おいっ…嘘だろ!?」
「ガーゴイルを斬った!?」
「剣一本で馬鹿な…」
「ぱねぇな…勇者ってのは…」
首と胴体を切り離されたガーゴイルが、力なく倒れて地面を揺らす。
ピキッ!!
甲高い音と共に剣にヒビが入った。
「あーぁ…流石に耐えれなかったか…」
力技でガーゴイルの首を切り落としたのだ。オリハルコンソードでも無茶が過ぎたようだ。
辺りを見渡して強そうな魔物がいないか確認する。他は低ランクの魔物ばかりだ。これなら俺がいなくても大丈夫だろう。
「あとは君たちに任せるぞ。俺は他のところに行く」
「は…はっ!!ありがとうございました!!隊列を組み直せ!!」
流石に敵の数も数だ。戦況を覆すような規模の術式はない。地道に一体ずつ狩っていくしかないだろう。
俺の勇者クラスのレベル上げも行えるしちょうどいい。
「お?」
遠くで狼煙が上がる。強敵が来ているということだろう。
「いくか…」
//重力制御
【System.useGravity = 】
を使って狼煙の上がる方向へ落ちていく。
「ほぉ、極灰死神か」
30人近くの兵士が取り囲んでいる。そのうちの8人程が真っ赤な血を地面に広げて倒れて動かない。
黒い覇気を漂わせ、荒れた羽織る黒布が強者の風格を醸す死神。巨大な鎌から繰り出される攻撃に、その風圧だけで取り囲む兵を弾け飛ばされた。
「ギギギ…」
「や、やめろ!!」
「ガガッ」
死神が倒れた兵士の一人に近づき鎌を振り上げる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
//このゲームオブジェクトに次の効果を付与する
this.gameObject.Add;
{
//自分の右手から離れた時をトリガーに
OnTriggerExsit(playerRightHand)
{
//インパルスモードで力を加える
AddForce(ForceMode=Impulse);
//位置方向指定”正面”
Transform.Rotaition ”forward”;
//速度は1ミリ秒で2m
System.speed.ms =2.0 ;
}
}
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ストレージから取り出された短剣を死神目掛けて投げつける。
バシューーーー!!
バギン!!
音速を超える速度で短剣が飛翔し、50m程先の死神の鎌を砕く。
「なんだ!?」
「新手か!?」
「ギギギ…」
死神の赤い目が俺と合う。
さて、極灰死神はレベル85相当。固有スキルを使えば負ける要素はないが、クラスレベル上げのためにもここはゲームエンジンを使わずに倒したい。しかしそれには相当骨が折れそうだ。
「総員壁まで退却!こいつは俺が引き受ける。その間、他の雑魚が近づかないようにしてくれ」
「だ、誰だ?所属と階級を言え!」
俺の存在に気づいた金髪の男が見上げて俺に声を張り上げた。この隊の小隊長というところか。
「ギギギ…ガ!」
その声に反応した極灰死神が、再構築された大釜を振り上げて迫る。
「くっ…化け物め!かかってこい!」
ーーチッ。世話の掛かる…
レベル差から奴の攻撃を一人では防ぎ切れないだろう。盾の性能次第では真っ二つにされかねない。
バシューーーー!
ガキン!!
今度は飛ばした短剣で極灰死神の腕を砕け飛ばす。胴体に当てれば極灰死神であっても即死させかねない。腕だけを狙って壊した俺のコントロールの良さに自惚れる。
「す…すげぇ…。助かった…」
迫り狂う極灰死神の手が粉々に砕け、俺から距離をとるように離れて腕を再生させている。
「全員下げろ!邪魔だ」
おっと、つい本音が出てしまった。彼らも命がけで城壁を守っているのだ。低ランクプレイヤーを馬鹿にするのはSLIGerとして情けない。今のは失言だった。
「すまない。俺は勇者の零だ。これまであいつの足止めご苦労。倒れている仲間を率いて一度下がって体勢を立て直せ。それまでは俺一人で十分だ」
俺は服に付けていた徽章を投げ渡して伝える。
「こ、これは師団級徽章!?…一度引くぞ!!エルバ隊、倒れている仲間を連れて先に戻れ!ベル隊、カイサル隊、周囲の魔物を近づけさせるな!」
「「了解っ!!」」
「ギギギ…」
取り囲んでいた兵士が男の指示で一斉に散る。その後ろを極灰死神が回復した腕で襲う。
「お前の相手は俺だよ」
その間に入り込んで、捉えようと伸びた腕を掴んで押し留める。
「リーパーを素手で!?」
「勇者様、ありがとうございます!!」
「構わん、早く行け」
「はっ!!」
極灰死神は、肉体的なステータスは高くない。だが、問題がある。
「ギガーーーー」
掴まれた反対の腕から鎌を再出現させ、物凄い速度で斬りつける。
「っと」
あの鎌は危険だ。闇属性の派生系である死属性が付与されていることもあり、擦り傷でもクラススキルの使えない俺には厄介極まりない。
「ギギギ」
「さて…どうしたものか…」
五歩ほどの距離で相対する。他の人がいなくなりこれで俺しか狙われなくなったから簡単にはなったものの、先ほどのガーゴイルを倒すためにオリハルコンソードを失った。こいつの核を一撃で壊せるような武器は手元にない。
「ギガ…」
「おっと」
ガキン!!
鎌の攻撃は剣で防ぐことは難しくない。落ちている王国兵の使っていた剣を拾い上げてそれを防ぐ。
ガキン!!
キンッ!!
「ギガガ!!」
数度の攻防ですぐに剣がダメになる。武器の格が違いすぎるのだ。
「勇者様!!其奴は聖属性でなければ倒せません!今聖騎士部隊を向かわせてます!!もうしばらくーー」
先ほどの隊長格の男が壁際から叫ぶ。
「いらん!!」
その声に一言返す。こいつは集団戦になる方が動きが複雑になって面倒だ。それに、聖属性が弱点ではあるが、物理攻撃によるゴリ押しをすれば関係ない。
「ギギギガガガ」
「ゆ、勇者様!増援をーー」
「いらん。そこで待っていろ!」
俺は鎌を躱しながら、極灰死神にやられた兵が使っていただろう血が着いた剣を回収する。
「八本か…まぁ足りるだろう」
周りの落ちていた剣をストレージに入れて極灰死神から一度距離を取る。
「さて、反撃の時間だ」
ーー朱雀流剣術、崩れ型 十六夜。
ダッ…。
地面を蹴って間合いを詰める。
「ギギガ!!」
「勇者様!!」
「あっ!!」
「危ないっ!!」
俺の突進に合わせて振り回した鎌の軌道を紙一重で躱す。
「ギギギ!?」
鎌の内側に入ればこっちのものだ。
ーー1撃目
突っ込んだ勢いを剣に載せて、極灰死神の腹に斬りつける。
「ガッ!」
パキンッ!!
死神の腹部の黒衣を切り裂いて僅かに刃が通る。しかし同時に剣が柄から砕けた。
極灰死神の目の前で地面に付けた足を軸足に、回転ながら新しくストレージから新しい二本目の剣を取り出す。
ーー2撃
バキンッ!!
同じ場所に当たった剣が再び破砕音と共に欠けらが飛ぶ。
逆足を軸に回転しながら新たな剣を出現させ
ーー3撃
ギンッ!!
ピシッ!!
手応えがあった。極灰死神の腹に埋まる魔石。鉄の剣で砕くには剣の強度が圧倒的に足りない。それを力技で砕こうというのだ。
ーー4
ーー5
ーー6
ピシッ!!
ピキッ!!
パキッ!!
「ギギギ!!」
一瞬のうちに、鉄の剣が砕ける勢いの6撃を極灰死神の腹部に叩き込んだ。相手は距離を取ろうと後方に跳ぼうとしている。
「逃すかよ」
飛びかかった極灰死神の鎌の柄を掴んで逃さない。
ーー7
ピキピキピキッ…
荒んだ黒衣が斬られて露わになった腹の中に埋まる丸い魔石核に無数のヒビが入り、ボロボロと欠けらが崩れている。
ーー8連撃!
ピキッ
ピキピキ…
最後の一撃が、堰き止めていた水が流れるかのように、極灰死神の魔石がボロボロと砕け落ちた。
「ギギ…ガッ…ガ…」
極灰死神は壊れたブリキ人形のような動きをし、しばらくしてその場に倒れた。
「オォォォォォォォ!!極灰死神が倒れたぞ!」
「勇者様!!ご無事ですか!?」
「S級魔物を一人で一方的に!?凄まじい!!勇者様がいれば魔王軍など恐るるに足らぬ!!」
「オオォーーー!」
壁際で見守っていた兵士達が喜んでいる。彼らにとっては強敵だったのだろう。
「徽章を返してくれ。あとは任せるぞ」
先ほどの金髪の隊長格の男に近づく。
「勇者様…ありがとうございます。仲間の剣で極灰死神を倒してくれて。これであいつらも報われるでしょう」
「あー…うん。そうだな」
徽章を受け取るために差し出した手を、男は両手で掴んで力強く振った。
今更手持ちの武器がなくて丁度いいところに落ちていたから使ったなんて言えない。
「あとは任せたぞ」
「はっ!お任せください!」
辺りの魔物は雑魚だ。ここはもう彼らに任せればいいだろう。俺は徽章を受け取り、新しい武器をもらいに防塞に一旦戻ることにした。




