備えは肝心
王都を出立して3日目。
二つ目の駅都市を超えてから舗装された街道ではなくなり、揺れる馬車の上で《SLIG基礎講座》が開催されていた。
ことのはじめは、悠希のある発言になる。
要約すると
「君たちがSLIGをプレイしていてくれて良かった。これで僕たちは君たちからいろいろなことを学べる。ちょうど時間もあるしいろいろ教えてくれ」
と言うことだ。これは悪魔を前に「魂をあげるよ」と言っているのに等しい。
SLIGerにゲームのことを聞いたら最後、何時間でも語ってしまう。
「なるほど」「さすが」「へぇ、そうなんだ」とコミュ力チーターともいえる星華や悠希の相槌も相まってリュートも綾小路も得意げに語りまくる。
まるで水を得た魚である。
俺も若ければ同じように、まるで教典を説く狂信的布教者の如く舌が回っていただろう。
だが、俺は大人だ。ニッチすぎる知識は人を引かせ、時には二度と近寄らなくなると学んでいる。
中学生のあの頃。隣の席の木下さんがゲーム好きだということで一瞬盛り上がりを見せたが、その後に訪れた氷河期。
高校生のあの頃。
同じSLIGコミュニティだからと安心していたところにいたにわかファッションSLIGerどもの反応。
俺は悟った。
霊長類だからって、人とチンパンジーは違うし、ましてやテナガザルやキツネザルとの会話は無理なんだって。
俺は学習できる猿である。だから俺は黙ってる。
そうでなければ、それは終業式前の校長先生の話のように、どれだけいいことを言ってようが1ミリも記憶に残らないし、むしろ邪魔なノイズにしかならない。
…
…
…
と、思っていた。うん。そう思って俺は聞かれたことだけしか答える事しかしないつもりだったんだ。
なのに…
いや、これは俺は悪くない。聞き上手すぎる奴らが悪い。気付けば戦術理論や連携の各種型やSLIGerの挟持などを、日が暮れるまで話し込んでしまった。
「勇者様、今晩はここで野営となります。夜警は我々が行いますので、ご安心ください。天幕とお食事のご用意が整いますまでもうしばらくお待ちください」
「至れり尽くせりね…。ありがとう」
ビシッと敬礼してリサ副団長は持ち場に戻る。
しばらくして宿営用天幕が二つ用意された。
「今日は野宿だと言うから覚悟してたんだけど、思ってたのと違ったね…」
悠希の覚悟は無駄になった。無理もない。テントに布団、掛け布団まで用意されている。
「テントは用意も片付けも面倒だから私たちは使わないけど、近衛兵がやってくれるならありがたく使うわ」
マジックバックは便利ではあるが、口の大きさより大きいものは扱えない。だから、彼らも天幕を用意するのに組み立てが面倒だっただろうに…。
「お食事中のところ失礼します」
リサ副団長は、俺たちの元に来て明日の展開について語った。
「明日は三班に別れ、本体は戦場に、二班はセイカ様とミオ様を連れ第六砦に、三班はユウキ様とダイチ様を連れ第八砦へと向かいます」
王城の軍令室でジーク司令が言ったように、魔物の大群に応戦しているのは第七城砦管轄の場所。その左右にある第六、第八砦から応援を送っていることもあり、両砦は手薄になっている。そこに勇者を予備戦力として二人ずつ送るということだ。
「ええ、聞いてるわ」
食事を終えて、俺達は街道から少し離れた野営地の光が届かない満点の夜空の下にやってくる。
海崎の提案で、異世界天体観測をしようということになったのだ。
次8人が揃うのがいつになるか分からない。長引けばこのままずっと会えないという可能性もある。
こんな時だからこそ、ひと時の心の休息を取らせようとの心遣いか。
「おぉ〜まるでプラネタリウムだな」
澄んだ夜空に散りばめられた星屑が、一面に小さく煌く。
「…零さん、それは比較が逆では…」
そういやそうか。
「流石異世界ね…。こんな星空が見れるなて。ロマンチックね。あの星、すごい光ってるわね」
星華さんの指差す先に一際輝く星がある。
「宵の明星ですね。金星ですよ」
「え…そうなの!?じゃああれは?」
「ここは北半球なんで北極星じゃないですか」
ゲームSLIGの舞台は、仮想量子演算技術によって生み出された原始レベルで現実と同じ仮想世界。この世界がSLIGと同じ設定の世界観なら、ここは地球だろう。当然夜空に煌く星も俺たちの知っている星だ。
「あそこのは?」
「ベガですね。今の季節なら夏の大三角と秋のなんちゃって四角形がみれますよ?デネブとその下のアルタイルの中間あたりから西側にいったところのペガスス座から上にアンドロメダ座と魚座を結ぶとできますね」
「…な。何気に詳しいのね…。零くんが星に造形があるとは以外だったわ」
「あー、まぁちょっと前に銀河戦争で飛び回ってましたからね。地球から見える宇宙なんて庭みたいなもんですよ」
「まぁーたゲームなのね…もう流石としか言えないわ…」
それは褒めているのだろうか…。
俺たちは一列になって腰を下ろす。ただ夜空をみんなで見上げるなにもしない時間が、長いようで短い。1分1秒を刻む感覚が、俺の中で崩壊する。
「あ、そうだ。カモミールティーがあるので就寝前にいかがですか?」
「ね、眠れなくなりませんか?」
「心配ないわよ紅葉、カモミールは完全乾燥花を使うわ。カフェインは含まれないわよ」
そう言いながら綾小路は自分のストレージからマイティーカップを取り出す。そしてこっちに差し出した。
入れろというようだ。
「…流石お嬢様です…。溢れる貴族の知識と風格ですね…」
「アンタ、馬鹿にしてるわよね!?」
そんな…。7割は褒めたのに…。
「すいませんね。みんなの分のティーカップまでは用意してなくて」
「それはいいんだけど、…なんでお茶は用意してあるのよ…」
「せっかく海崎がいれてくれたので」
「「…!?」」
「まぁ、宵越しの茶は飲むなと言いますが、ストレージの時間経過的にはまだ3分経ってないので宵越しじゃないということで」
「あ、あの時のお茶ですか。なんでわざわざ…」
「勿論飲むためだぞ?海崎、お茶を飲む以外に何に使うんだよ…」
「い、いえ…そういう意味ではなくてですね…」
「あ、あの…私本当にいただいていいのでしょうか…。せっかくなので、その、零さん一人でいただいた方が…」
「は?何言ってる紅葉。全員で飲まなきゃ意味ないだろ」
「わ、私も遠慮しとこうかな…。れ、零君だけで楽しみなうよ…」
なんだ、星華さんまでやけにどもって。
「いや、こんな貴重なものを俺一人で飲めないでしょ!?せっかくメイドイン海崎ですよ?みんなでいただきましょう」
俺は力説する。
「…うむ、お前がそういうならいただこう」
「じゃ、じゃあ僕も…」
各々の形も不揃い、色も違うカップが出揃う。
勇者の印として胸につけていた月桂樹の共鳴石が、俺の手元を明るく照らす。
「美味しいわね」
「うむ。満天の星空の下、風に靡かれながら啜るお茶というのも趣がある」
「ごちそうさま。澪緒ちゃん」
「お、お粗末様です…」
ーーはっはっは。計画通り。
俺はあかりが消えて真っ暗になった夜天の下で笑う。
既成事実の出来上がりである。
俺たちのお茶係は海崎になりました。おめでとうございます。
こういうのは、大抵最初にやった人がなんやかんやで定着して、その後もずっとやる続けるパターンのやつだ。あれだよあれ。学生の委員長とか大抵同じ奴がやる感じの流れ。PTA役員とか、民生委員とか、大抵最初にやった人がもうその後もやっちゃうあの法則。
ーーいやぁ、ずっと王城から離れると、食後のお茶を煎れてくれる人がいなくて物寂しかったんだよなぁ。水じゃ味気ないし、かと言って溜め置きというのは興醒めだ。
しかし、これからは彼女がいればもう彼女に任せればいい。実に素晴らしい。
俺の深刻な食後水不足問題を解決する手段を得た。
「さて」
空になったティーカップをストレージにしまって立ち上がる。
「リュートと綾小路令嬢に相談したいことがあるんで、ちょっと来てもらえますか?」
「ん?…いいわよ」
「うむ」
俺は二人を連れて奥へ連れて行く。残る彼らは、それが内密な話だと察して尋ねては来なかった。
人気のない場所で俺たちの3つの影が薄ら地面に映る。俺たちゲーマー3人による謀の打ち合わせだ。
念には念を、有事には備えを。
翌日、俺たちは3班に分かれる。
俺、リュート、綾小路、紅葉の4人は近衛兵200人と共に主戦場に向かう。
星華と海崎は、二班の50名と第六城砦へ、悠希と大智も50名と第八城砦へ。
半分減って広くなった獣車には、リサ副団長も同乗していた。
「今更ですが、きちんとしたご挨拶がまだでしたね。レイ様、シオン様、リュート様。改めてよろしくお願いします」
近衛兵団副団長ということもあり、一緒に訓練している紅葉達とは知り合いのようだが、俺たちとはあまり関わりがなかった。
「あら、リュート様はお休みですか?」
「…あ、あぁ。そうみたいだ。昨日は夜番をしてくれててな。寝かしておいてあげてくれ」
ガタガタと揺れる獣車の荷台でスヤスヤと寝ている。
「そうでしたか。夜警は我々で恙無く行いますが、ご協力感謝いたします」
「ははは…。まぁこいつが好きでやったようなものだからな」
二、三言を交わしてこれからのことについて話す。
「到着しましたら、まずは第七守衛隊長に会いに行きます」
「誰よ。その隊長ってのは」
「はい。第七城砦責任者です。我々近衛兵団も指揮下に入ります。あちらでの指示は守衛隊長より聞いてください」
「了解だ」
「まぁ聞くかどうかはわからないけどね」
ーー綾小路令嬢…ここは一応従うところですよ…。
「私たちは適当に突っ込んで暴れていいのかしらね。周り味方がいると邪魔ね。」
「綾小路令嬢…それは構いませんが、くれぐれも味方に迷惑はかけないでくださいね…」
「ちょっとアンタ!?私をなんだと思ってるのよ!?しないわよ、そんなこと!!」
勇者が半分になっても獣車の騒がしさは変わらない。
俺たちは砦を目指して道を進む。
三日目の夜を、国境から50km程離れた街で迎える。
「(お疲れ様です。海崎です。今いいですか?)」
「(おぉ海崎どうした?)」
俺は部屋で一人寝る前の支度をしていると、海崎からの念話が繋がる。
「(はい。先ほどセトさんに連絡を入れました)」
人類の生存圏から魔界に送る手紙の中継地点となるゴブリンの古城に、今はセトとシアが一緒に張り込んでいる。その彼女らと、1日1回、海崎が定期連絡を入れて報告をもらっていた。
「(ほぉ。何かあったか?)」
「(はい。今日だけで伝書鳩が2羽、黒死鳥が3羽来たとのことです。今日だけで5通の手紙がやり取りされているのは…」
「(この魔物の進軍のことに間違いないだろうな)」
「(3通の暗号の控えは取れたそうです)」
「(そうか。近いうちに取りに行く、よろしく伝えておいてくれ)」
「(わかりました)」
「(あー、海崎。散々言ったけど…)」
「(はい、散々聞きましたよ。明日から、朝昼晩と零さんに定期連絡ですね)」
「(ああ、それから…)」
「(何か状況に変化があればすぐに連絡する、ですよね)」
「(…そ。分かってるならいいけど)」
「(過保護すぎですよ。まぁ、心配してくれるのは嬉しいので、素直に応じますが)」
「(リュートと悠希にも頼むぞ)」
「(はい。…あ、でも、なんでリュートさんもなんですか?一緒ですよね?)」
「(あー…まぁな。でもまぁあいつとはちょっと別行動させる予定だから)」
「(そうでしたか。大丈夫です。任せてください)」
「(頼んだぞ。星華さんのことも)」
「(はい)」
海崎との連絡を終えて明日に備える。
明日は勇者としての初の仕事だ。聞いた話では、敵の数は脅威だが、レベルは低いし強敵が多いわけではなさそうだ。だが、これが終末の混沌の一環だと言うなら、油断はできない。
それは、終末の混沌が生半可なものではないと、俺たちは知っているからだ。




