安息日
シフを諜報員として迎え入れてから10日。
俺は再度リュートらを迎えにオルカの森林帯奥地へと来ていた。
「また試験という名の”だるまさんが転んだ”があるかな?」
日が沈む時間。辺りが茜色に染まる合流地点で、俺はその場に座ってストレージから本を開く。最低限の周囲への警戒はするが、これぐらにのハンデはないとダメだろう。
『魔術スキル全集』
この本には、この世界で認知されている魔術師の習得できるスキルが記載されている。
「ふむふむ…」
魔術師クラスレベル20程までに習得できる大凡のスキルは網羅されているようだ。ところどころ、〈習得条件不明〉とされているものもある。掲示板や攻略サイトで情報共有ができないこの世界では致し方ないことだ。
クラスレベル30を超えたあたりから、著しく数が減る。
ーーやはり、プレイヤーとしての記憶頼りだな…。
分かってはいたことだがこの世界の攻略ガイドブックは当てにならないことに溜息を付く。
ーーそういえば、魔法学院があったな…。
魔法職が研究する機関…だったか?よくあそこからの納品依頼のクエストが出されていたことを思い出す。この世界でもSLIG同様の研究機関があるなら、本に書かれている情報より質のあるものがあるかもしれないな…
ーー!?
体の表面に僅かな電気が流れる様な感覚に、背筋の後ろが刺激される。
「っ!!」
座った状態から地面に手を付き軸にして回転し、その場から離れた。
「…シフ…脅かすなよ…」
溜息まじりに肩の力を抜く。
もう一歩二歩で手の届く範囲まで後ろに来ていたシフが短剣を振り上げていた。
あれは間違いなく殺気。
「あちゃ〜やっぱり殺気はバレすっすねー…。でもどうっすか?2mまで気づかれなかったっすよね?なかったっすよね?」
「ああ。そうだな。見事なもんだ」
流石に本を読みながら散漫とした注意力だと、殺気も敵意もなく無心で気配を消されて近づかれると気付かない。それほどまでに彼女の隠密性の技術が上がったと言える。
「シフ〜どうだったのよ〜!!」
遠くから綾小路がやって来る。
「2mまで行きました!!どうっすか!?どうっすか!?」
「すごいじゃない!!後ちょっとだったわね。次はざっくりいけそうね!!」
「はいっす!!お師匠!!」
おい待て、ざっくり殺る気だったんかお前ら…。俺を試験相手にするのはいいが、実験道具にはするなよ…。
薄暗い空を飛んで3人を運ぶ。
訓練の成果を意気揚々に語るシフの苦労に、心の中で冷や汗と涙を流しながら彼女の健闘を称える。
もちろん、今回の4日間に及ぶ修行内容も門外不出だと念を押す。
「それで、シフのレベルは?」
「32っす」
「上がったなぁ〜」
「ふっ。スパレベしたからな」
スイッチパワーレベリング。
SLIGでの経験値分配は、戦闘に参加した人数に分配されるが、最後のトドメを刺した人に少し多く入る仕組みがある。
つまり、リュートがあるモンスターを一人で瀕死にし、同時に綾小路も別のモンスターを瀕死にする。そしてシアが二体にトドメをさせば、シフがどちらも討伐経験値を手に入れ、ボーナスも付く。
SLIG時代で複数人なら最も効率の良いパワーレベリング方法だ。
リュートも綾小路も総合レベルは100で経験値は必要ないから採用したのだろう。
「クラスレベルは?」
「10っす!!」
「前回7だったから上がったな…」
俺なんてまだ2だし…。
「ふっ。俺にかかれば造作もない。最低限の隠密性スキルは習得させてある。ゴブリン相手では悟られることはないだろう。まさに闇に潜る夜の豹だ」
「流石リュート。ぴったり10日で仕上げるとはな」
「なに。あいつが頑張っただけだ」
お?リュートが他の人を褒めるとは珍しい。シフの健闘に乾杯だな。
「ヘイト管理にいい餌になってくれた」
「…おい…」
前言撤回。こいつら自分のクラスレベル上げのヘイト調整役として使ってただろ。
まぁ、リュートや綾小路が人を育てるなんて端から無理だと分かってはいたが、シアの苦労に涙が出そうだ。
明日は休息を取らせ、明後日、セトと交代させよう。明日の安息日から1週間ごとに交代できるシフト制にすれば一人当たりの負担も多少は防げるだろう。
セトが張り込んでから昨日の定期報告までで2羽の伝書鳩が来ているという。そろそろ運び屋が鳩を回収しに来てもいい頃だと思うのだが…。
そんなことを思いながら俺たちは王城の中庭へと降り立った。
翌日。
今日は安息日。俺にとってはゲーム世界にいる時点でもう毎日が休日感覚なのだが、流石に方々を駆け巡り色々手を回していることもあり、たまにはなんの行動もせずに意味もなくぶらつくのもいいかもしれない。
そんなことを思いながら王都を歩いていた。
「ん?」
武器屋に向かう途中で、建物と建物の間の路地で数人の影を捉える。
ーー見たが最後、見逃すは同罪…か。
一人の女性が二人の男に連れられて建物の間から裏路地に連れ込まれている。
「はぁ〜異世界テンプレ乙だな…」
…
…
…
「ちょっとお茶しよって言ってるだけじゃん」
「だからお断りしているのですが…」
「何をそんなに怖がってるのさ?別に俺たち変なことしようなんてこれっぽっちも思ってないからさ」
「用事があるので離して下さい」
裏路地で女性を囲む二人の男に声を掛けた。
「おい君たち」
俺は紳士的な男である。力があるからといって暴力で解決しようなんてことは考えない。力で解決するというのは原始的で動物的な発想だからだ。まずは話し合いで解決しようとする人類の鏡である。
「そこの女性を離してはーー…」
男に腕を掴まれている女性と目が合う。
「…何してんだ海崎…」
「…私が聞きたいんですが…」
俺に気づいて男が振り返る。
「なんぁんだぁ?お前この娘の男か?邪魔すんなや」
「俺たちの方が絶対いいからよぅ、一緒に行こうぜ?」
「だ、そうです零さん」
「…なぜそこで俺に振る…」
割と余裕そうな海崎である。
むしろ彼らの命が心配だ。というか、海崎が手加減ということを知っているのか?勇者のパラメーターで一般人を思いっきり殴ればミンチになるぞ?ここが血の海に染まり肉塊が飛び散る未来が見える…。ちょっとナンパしたからと言って挽肉になるのは流石に可哀想だ…。罪と罰のバランスが崩壊している。
「お、おい。君たち。今すぐ彼女を離した方がいい」
「あ?まだいたのかよ。お前。しつけ〜な」
「この娘は俺たちと遊んで行くからさっさと帰ってな」
ーーいやいや、命で遊ばれるからね?君たちが天界に帰っちゃうからね?
ここは王道の手口で華麗に行こう。
「彼女は俺とこの後予定があるんだ。悪いが連れて行くぞ」
「え…そんな約束をした記憶はありませんが…」
「…海崎さぁ、あのさぁ…あのさのさぁ…」
ーーそこは話を合わせろよ。俺が変なやつじゃん!?
仕方がない。強硬手段だ。
彼女の腕を掴む男の腕を握る。
「イデッ…」
「おい!!お前!!」
同時にストレージから銀貨を取り出す。
「これで酒でも飲むといい」
「「!?」」
4000G程落すと、チャリンチャリンと心地いい金属音がする。銀貨の煌めきとその音に、人は心を奪われる。これがSLIG流人間撒菱である。
「いくぞ」
海崎の腕を引っ張って裏路地をそそくさと出る。銀貨を拾うことに夢中な男達は後を追っては来なかった。
「はぁ〜」
人助けをした後の空気は美味しい。今日ここに俺は二人の若い男達の人生を救った。流石は勇者、俺である。
「ありゃりゃ?お兄さんと澪緒さんじゃないっすか〜!!」
路地を出て大通りを向こうから歩いてきたシフと星華とばったり会う。朝からシフを連れて星華さんが王都に買い物に行くと言っていたな。
「あ!?お兄さん、デート中っすか!?」
「…夜豹族の視力はヒト種よりいいと聞いていたんだが…」
「あたぼうっすよ。耳は遠くの噂を聞き、目は真実を見るっすよ!!」
耳をピンと張り、目を凝らす。
ーーなんだそれ、可愛いな。じゃなくて…。
「ポンコツじゃねーか」
「はぅ…!?」
「その割に、手なんて握っちゃって。状況証拠から…黒ね」
星華さんの指摘に俺の右手に掴まれていたままの海崎の腕を見る。
「あー…。なるほど…。これは…あれです。そういうプレイですよ」
「ちょっと零さん?その言い訳はむしろ逆効果になってますよ…」
4人で商業区に向かいながら海崎が星華さんに説明をしている。
クスクスと何が面白いのか星華さんは笑いながら聞き、誤解は解けたようだった。
特に予定もないので俺は彼女らに付き合う。そしてある宝石装飾店に入った。
「ねぇ、これなんてどうかしら?」
「星華さんなら何でも似合うでしょ…」
「あら、ありがとう。でも私じゃないわよ?みんなによ」
「?」
「なんか仲間の印、みたいな?」
「なるほど。…でも、だとしたらあまりおすすめはできませんね…。なんの効果もないアクセサリーを、リュートや綾小路令嬢は付けないでしょうから」
「…そう…だったわね」
「…」
星華さんは手にとっていたアクセサリーを戻した。
その表情を見て俺の回答が失敗だったと気づくにはもう時既に遅し。
「お兄さん、お兄さん」
「ん?」
「これちょーすごいっす!!金ピカの馬っすよ!!」
「おぉ、金細工か。見事なもんだな」
キラキラとした宝飾が並ぶ店内では、シフは物珍しそうに見ていた。やはり年頃の女の子というのは、こういうものに興味を示すのだろうか…。何がいいのか全く理解できんが…。
魔石には属性効果がある。炎魔石なら炎を出すし、水魔石なら水を出す。一方、ただの宝石にはなんの効果もない。
まぁ、アクセサリーにしたときに魔石と違って誤作動しないという利点はあるが、魔石のアクセサリーの方が利便性から考えて圧倒的に高いと思うのだが…。
そんなことを思いながら、俺は宝飾店を後にした。
王城への帰り道で、最近の訓練の様子を聞く。
星華さんや海崎らを放って俺たちゲーマー組は勝手に動いていることもあり、経験者としての責任というものもあるだろう。
「私は零さんに教わった明鏡流?でしたっけ。弓術を反復練習です。師匠が土嚢を用意してくれたので壁を壊さなくてすみます」
「あー…射つ場所考えないと使えんからな…あれは」
「それから、短刀術も師匠から教わってます。「弓兵でも間合いを詰められたら接近戦になるから覚えておけ」としごかれてます」
「そうだな。いいこと言うじゃん。流石ジーク司令。星華さんは?」
「私はレイピアを使っているんだけど、師匠は門外漢みたいで、その代わりキリアさんっていう金髪美人の騎士様に教わってるのよ」
「金髪美人って必要な情報ですか…。それで、どうなんです?習得の具合は」
「んー。師匠やカイルさん相手にはまだまだね。力押しなら勝てるけど、剣術勝負じゃヒヨッコよ」
「まぁ、彼らはプロですから」
「そんなこと言って…。この前師匠相手に手加減して勝ってたあなたは何なのよ…」
「いやぁ〜あれはなんて言うか。ほら、俺らゲーマーなんで」
「ゲーマーが本職より上ってどういうことよ…。師匠、落ち込んでるのよ?」
「え…そうなんですか?」
「ええそうよ。人種最強って言われていたのに、手加減されて瞬殺されたらそりゃ落ち込むわよ。おかげで私たちがいい迷惑だわ」
「ん?」
どういう関係性があるというのか。俺は頭を傾げる。その疑問に海崎が答えた。
「私たちは師匠の弟子ということなので、「弟子がレイ殿に勝てば、それはもう師匠の俺が勝ったってことだろ?お前ら、頑張れよ!!」とのことです」
相変わらず地味に似ている海崎のモノマネ…。そして勝手な闘争心。実に良い迷惑である。
「なるほど…それでビシバシと鍛えられていると」
「そうよ。最終試験は零くん相手にされてるからね。覚悟しときなさい?」
「はっはっは。いいですよ。皆さんの努力は認めますが、俺に勝つには100年はかかりますよ」
「言うわね。私たちも連携訓練してるもの。負ける気はしないわ」
連携?え?
「ちょっと待って?1対5?」
「もちろん」
それはなかなか…。クラススキルなしじゃ厳しいかな…。ゲームエンジン(チートスキル)は反則だろうし…。俺もクラスレベル上げしないと…。
「それにしても、連携訓練ですか…」
その言葉に俺も考える。SLIGでは連携は重要だ。この世界の連携というのがどれほどのものか、俺も調べる必要があるだろ。
「零さん、なんだか楽しそうですね」
「え?」
俺の表情を覗き込むように横を歩く海崎が言う。
「そうか?まぁ…そうだな。ゲーマーとしてはこういうのはつい浮かれてしまうんだよ。それに…」
「それに?」
「海崎達がジーク司令らといい感じで訓練できてるようでなんだか嬉しくてな」
「師匠や近衛兵団の皆さんには感謝ですね」
「そうね。師匠には剣の握り方から教えてもらってるものね」
強く、優しく、リーダーシップがある軍の最高責任者か。ゲーム時代では気にもしなかったが、この世界には魅力的な人が多くいるのだろう。
ーー彼の率いる王国軍には、期待だな。
俺たちは王城に辿り着き、息つく安息日の終わりを迎えた。




