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戦闘の座学、偉大なモールス

「哨戒基地からの報告は以上になります」

「ご苦労様です。次、補給部隊からは何かありますか?」

「はっ」

 …

 …

 …



 勇者、ジーク司令長官をはじめ、各軍団長のトップが揃っている。


 20人近くの人間が、大会議室の机を囲んで各軍の情報をやりとりしている。


 王国軍戦略会議だ。



 王国軍は、

 第一陸戦兵団(主戦力)

 第二海戦兵団(気持ち程度の海軍)

 第三近衛兵団(王城と王室の警備と護衛)

 第四衛守兵団(各街の守衛、憲兵、国境警備、警察機構)

 第五支援兵団(補給や伝令、治療、武具の調達など)

 からなる。


 海軍はあってないようなものだ。西側を海に面しているため一応海軍を持っているようだが、魔族が船で海から攻めてくることもなくほとんど無意味だ。海賊対策程度の役割しかない。



 前線の城砦からの報告で、国境付近で魔物と数度の小競り合いがあることは聞いた。それでも、未だ大規模な戦闘には繋がっていない。

 それは、まだ敵も本腰を入れて攻め込もうとしている訳ではなく、様子見といったところだろう。


 人類の生存圏と魔界との国境は、大陸の中央辺りを南北で分けるように横に引かれている。


 人類は、その国境沿いに城壁を築き、約100kmごとに城砦を設けて国境を超えてくる魔物軍団に対して迎撃をしている。



 まだ、小競り合い程度の戦闘ですんでいるのは、魔王が出現する前であるということと、あちらもこちらの防御の薄いところを探っている段階だからなのだと軍は解析している。俺もその線だろうと思う。


 問題は、防御兵力を上回る戦力が一点に集まった時だ。それはおそらく魔王誕生後になるだろうとはいえ、警戒を怠ることはできない。




「以上で報告を終わります」

 一通りのやりとりが終わったようだ。


「他に何かある方」

「…」

「…」

「…」


 誰もいないようなので、遠慮なく俺から少し話をさせてもらおう。

 手を上げた俺を進行役の兵士が気付く。


「勇者様、何かありますか?」

「ええ、どうも」


 俺は席を立って注目を集める。

「俺からの議題は、意思疎通の方法についてです」

「意思疎通、ですか」

「ええ。聞くところによりますと、王国軍ではハンドサインを使っていないとのこと。戦闘中の連携はどうやってとっているんですか?」

「はんどさいん?なんだそりゃ。戦闘中の指示は口頭と、大規模戦闘によると狼煙と笛だな」

「ふむ、やはりないですか」


 ハンドサインは、SLIGエスリグの連携で必須のコミュニケーションツールだ。


「ハンドサインは手の形で意思疎通を図る方法です。例えば、リュート、これの意味は?」

 俺は狐の形を示してリュートに見せる。

「ふむ、18番か。”自分以外”を意味するな」

「「?」」

「正解。じゃあ、綾小路令嬢、これは?」

 手を広げ、薬指を畳む。そして3本を示し、人差し指と薬指を畳む。それから人差し指に入れ替える。

 ぱっぱっぱっと切り替わる指の形は見慣れていないと意味も分からない。

「31-23-14-4-1ね。”カウント5で支援職が左から回り込み一度攻撃のち距離を取れ”ね」

「な、なんだぁ?それは」

「ハンドサインですよ。指の形で予め戦術を割り振っておいて、その形で即座に連携を取る方法です」

「なるほど…。確かに口頭で伝えるよりも意思疎通の速度は早そうですね…」

 早速理解を示すのは近衛兵団長のカイルか。

「我が海軍の手旗信号のようなものですな」

「お、そうそう。片手でできる分戦闘中でも出来て便利なんですよ。まぁハンドサインの最も優れている点は、声に出さなくていいという点ですね。相手が人語を理解する魔族を前に、戦術を口頭で伝えるなんて馬鹿な真似は出来ませんからね」

「「!?」」

「あー…やっぱり…。ハンドサインもなく魔族と戦闘するなんて馬鹿げてますよ。知能のある吸血鬼や悪魔なんかを相手に集団戦を仕掛けるならハンドサインぐらい覚えてくださいね」

 PVPでの連携で言葉に出すなど初心者かよ…と思ってしまうのはゲーマー脳だろうか。

 俺は用意していたSLIGエスリグ流ハンドサイン31手を記した紙をストレージから取り出す。


「いくつあるのだ?その合図は」

「基本形は31種類。大体2-4-6みたいにやるので、組み合わせでだいたい三万種類ってところですかね」

「「さ、三万種類!?」」

「あー、覚えるのは31個だけなので簡単ですよ。指の形も二進数なのですぐ覚えれると思います」

「う…うむ。さっそく全軍に通達しよう」

「よろしくです」



 ハンドサインは上級レイドからはもはや公用語と化している。ボイスチャットをつけていないことを責められることはなくとも、ハンドサインを理解していない奴には人権がないまであった。


 俺は手書きのハンドサイン仕様書を各軍のトップに渡す。覚えるだけで集団戦力が上がるのだ。安い苦労だろう。


「他に何かある方はいませんか?」

 俺の話が片付いて再度司会の男が問う。その問いに、再び俺が手を挙げる。


「ゆ、勇者様。まだ何か…」

 その言い方だと、まだ何か自分たちに課題を押し付ける気なのですか?と聞こえるのは気のせいだろうか…。いや、気のせいではない。


 そして、その通りである。


「砦間のやり取りに光魔石を使った発光信号を使ってると聞きました」

 俺の仕事にジーク司令が返した。

「うむ。速達伝令方法だ。昼間は狼煙、夜は光。狼煙は赤、白の2色を使って敵の進行や伝令を伝えてる。昼間なら鳩と馬も出すがな」

「砦の距離は100kmはありますよね」

「ああ。城砦は100km程度離れているが、10kmごとに防塞がある。そこで隣の城砦まで繋いでいる」

 俺の聞いた話もそうだった。そして、これからが本題。前提を確認した上で重要な提案だ。

「その発光信号は、2種類しかないとか」

「む?ああ。敵襲を指すの点滅。異常なしの点灯だ。隣の防塞が点滅したら、城砦から兵が出動する手筈になってる」

「もったいない…」

「ん?」

「あ、いえ。こっちの話です。せっかく発光信号が届くなら、モールス信号を送ろうと思ってですね」

「もーるす信号?」

 やはりこの世界の人は知らないのか…。


「これは模型ですが…」

 そういってストレージから取り出す木の板と光魔石で出来たランドセルサイズの箱。

「中に光魔石が入ってます」

「ああそうだな…。それをどうするんだ?」

「この入り口の蓋を開け閉めすると、光が出たり入ったりしますよね」

「ああ、そりゃそうだ」

「その光でメッセージを送ります」


「なに?」

「なんと!?」

「馬鹿な、光で言葉を送るなど…」

「うむ…信じられんな…」


 ーーうーん…バイナリ信号もない世界でモールス信号を理解させるのは難しいか。


「実演しましょう。リュート、頼む」

「ふんっ。いいだろう」


「では、失礼して」

 俺はジーク司令の傍まで行く。

「何か、好きな単語でも言葉でも、俺にだけ教えて下さい。実際に向こうにいる彼に光信号で伝えましょう」

「うむ…ではヒソヒソヒソ」



「わかりました」

 -・・・ ・・・ ・-・・ ・・ ・ ・--・ -・

 カタカタと箱の入り口を開け閉めする。

「ハラカ゛ヘツタ…おい、くだらない文を送るな」

「いや、ジーク司令だからね?…と、まぁこのように光だけで文章を送ることができます。合ってますよね?」

「あ…あぁ…。正直届かないと思って恥ずかしいことを言ってしまったな。はははっ」


「おぉ!!」

「ではこれを使えば文字が送れるというのか!!」

「で、一体どんな仕組みなんだ?古代文明遺産アーティファクトか?」

「いえ、ごく普通の板と光魔石ですよ」


 俺はストレージから一枚の紙を取り出してジーク司令に渡す。


「ふむ…。なるほど。文字を二つの記号に見立て、光が見える長さで二種類の記号を表現…それを組み合わせて言葉にかぁ…」

 ーーあ…これを最初から見せればよかったのか…。


「ええ。サミュエル・モールスさんの発明、モールス信号です」

 向こうの世界では19世紀に電信機がはじめて発明されたときに一緒に作られたモールス符号。簡単で画期的だ。これが19世紀まで体系化されなかったのは不思議でならない。


「…なるほど、ふぅむ…」

「確かにこれだと言葉を光に変えることはできますな…」


 俺が作った異世界文字にも互換性のある和文符号表を回し読みして納得している。


「しかし、別に敵襲と増援要請が送れればいいからな。これを見るに少ない文字数でもかなりの長い時間信号を送ることになるだろ?文字を送るなら鳩がある。昼間は使えんし、今からこれを覚えて使うとなると伝令兵への負担もあるからなぁ」

 確かに一理ある。信号を覚える必要があるし、昼間は使えず、送信にかかる時間は長い。敵が来たことが知らせれればいい今の体制でわざわざモールス信号を一から習得するのは理にかなっていない。


 だが、これは発光信号のためだけに使うものでもない。だから、今のうちに伝令兵には身につけさせておきたいのだ。



 ドンッ!!

 ドドンッ!!


 テーブルの上に銀色の鉱石を二つ置いた。


「なっ!?︎」

「おぉ!?」


 合理性で説けないなら、餌で釣るまで。

「ここにミスリル魔金属が100kgあります」


「やはりミスリルか!!」

「そんな希少魔金属をそんなにどこで…」


 ーーもちろん、俺の錬金術(ゲームエンジン)で生み出した魔獣からの採掘だけど。


「モールス信号を採用するのでしたら差し上げます」


「おぉ!!」

「それはすごい!!」


「むぅ…。うむ。分かった。別にそれで戦力が削られる訳でもない。今の信号が使えなくなるわけでもないだろう?」

「ええ。そのまま使ってもらって構いませんよ」

 点滅と点灯しかないなら被りようもない。一度モールス信号を習得すればすぐに今の伝令形式なんて廃れるだろうし。


「分かった。あとは伝令兵達の自主性に任せるとしよう」

「それがいいですね。では、餌…ではなく、報酬として最初に習得した城砦にはさらにミスリル50kgを贈呈するという話も付けて通達してください」


 ゴトッと床にもう50kg程の塊を出して言う。


「はっはっはっはっは。そのように伝えよう。これでは一番を逃した城砦の伝令兵は血祭りだな」

「死ぬ気で頑張って欲しいものですね」


 これが後の布石となる。習得させておいて絶対に損はない。



 俺が支払った代価はミスリル150kg。ミスリルはもう使い道もなく持て余していたところだ。どの道軍に寄贈する予定でもあった。ちょうどいい。


「では、以上で戦略会議を終えますが…よろしいですね?」

 司会進行役の男が俺の方を見る。俺は深く頷いて会議が幕を閉じた。





 食堂で遅い昼食を食べながら俺の正面に座っていた星華が聞いてくる。


「零くんとリュートくんはどこでモールス信号なんて覚えたのよ」

「どこって、SLIGエスリグですよ」

「ゲームで?…どんなゲームよ…」

「皆さんも目下その世界で活動中ですけど」

「どうやったらゲームでモールス信号を覚える状況になるわけ!?私の知ってるゲームとなんか違うんだけど!?」

「いや、普通に覚えますよ?ねぇ、綾小路令嬢?」

「そうね」

「…」


 星華さんのその沈黙は、呆れか驚きか哀れみか…。


「いやだって、まずハンドサインは必須科目でしょ?」

「そうね。あれ分からないとただの寄生害悪クソ雑魚なめくじプレイヤーになりかねないわ」

「そしたら、目で見ないと分からないハンドサインだけでは連携とれないレイドやダンジョンに行くと、今度は耳で聞いて分かるモールス信号が必要になるでしょ?」

「そうね。ボイスチャット禁止エリアで他のプレイヤーと意思疎通できないじゃない」

「そしたら次は水中戦用に、単音信号も覚えるじゃないですか」

「私は、先にバイナリ信号を覚えたわよ?」

「あ、そっちから系です?」

「そうよ?」

「あー、じゃあ010弾幕世代ですね!!」

「あはっ!!そうよ?bitテロね。懐かしいわね」

 思わぬところで化石古参プレイヤー発見!!


「ごめん…私勇者やれる自信なくなったわ…」

 星華さんが遠い目で力のない声を出す。

「え?なんでですか!?」

「アンタが変なこと言うからでしょ!?」

「はい?全然覚えないんですけど!?」

 星華さんの隣に座る海崎が彼女の肩に手を乗せる。

「星華さん、あの人たちと一緒の次元に立ってはいけませんよ」

「澪緒ちゃん…ええ、そうよね…そうだったわ」

「彼らはもう…手遅れ…ですから…」

「…ええ。……ええ…本当そうね…」


「ちょっと海崎さん?人を末期症状みたいに言うのやめてもらっていいですかね…。君らもハンドサインは覚える必要ありますからね」

「そうよ?」



 なぜか避けるようにそそくさと食堂を出ていく彼女らの背中を見送り、残った俺と綾小路とリュートは、SLIGエスリグの過去トークで盛り上がりながら、ゆっくりと食後のデザートまで頬張った。

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