俺に餌を与えないでください
「セトはどこだ…」
俺はシフやリュートらをオルカの森林帯に送り届け、そのままセトのいる南の国境近くにあるゴブリンの古城の上空に来ていた。
「流石セト…。遠くからじゃ気配も感じねぇ」
自分に完全な隠密処理をし、蔓延るゴブリンから身を隠しながら古城の仲を探す。
ーーお…。
古城に突き出る塔の屋根裏に行く梯子を見つける。上から見渡せ、ゴブリン達も足を運ばない場所ならセトが隠れ潜むにはもってこいだろう。
梯子を静かに上り、屋根裏で目を凝らすとセトの姿を見つけた。自分に掛けた不可視化の処理を解き、周囲へ防音の処理を施す。
「よ、セト。ご苦労様」
「!?」
セトは急に現れた俺の姿に素早く反応し、腰につけていた短刀を抜いて身構えるが、すぐに警戒を解いた。
「驚いた。何か、用?」
「いやね、物資の運搬と陣中見舞いというところかな」
「ありがと」
俺たちプレイヤーの持つストレージに入れた食糧は腐ることはないし、保温もされる。だが、この世界で使われるマジックバックには、そのような効果はない。だから、セトが持っている食糧も保存のきく薫製や発酵パンなどで味気ない。
俺は自分のストレージから新鮮な食糧をセトのマジックバックに移す。
「暗号文を預かろうか」
定期報告で、これまで2羽の鳩が来て魔界に送られたことは聞いている。そのうち一羽は、セトが粘着スライムで捕獲し、暗号文の写しを手に入れている。
「ん」
「それにしても、よく当てれたな」
レベル50程度の彼女が空を飛ぶ黒死鳥に粘着スライムを当てるのは難しいだろう。運が良ければと思って渡していた粘着スライムが役に立ったようだ。
「投擲スキル。4発投げて、運良く」
「なるほど、暗殺者のスキルか」
セトから暗号のコピーをもらって関心する。
「引き続き頼むよ」
「…(こくん)」
「今日明日は俺が変わるから、近くの街で休憩してくるといい」
「ぇ…いい」
「時には羽を伸ばすことも必要だからな」
「夜豹族に、羽、ない」
「…いや、比喩表現だから…。とにかく、交代だ。英気を養うのも重要な仕事」
「…分かった」
渋々納得するセトを近くの街道まで運び、送り出す。
「明日の日没ごろに戻ってきてくれ」
「…(こくん)」
セトを送って俺は古城の上空で横になる。
ここからなら、古城に近づく人がいれば上からよく見下ろせる。
下の様子に注意を払いながらも、俺はストレージから図書館で借りた本を読む。魔法を使うのに、本を読んだ冊数が習得条件になるものがあるからだ。
この世界にきて2週間程。まだまだ世界への理解が浅い俺たち勇者にとって本から学ぶべきことも多くて丁度いい。
俺は空に浮かびながら、本のページを捲った。
…
…
…
「(零さん、よろしいですか?)」
「(おお、海崎。ありがとな)」
日没と同時に海崎からテレパスによる念話が繋がる。
太陽が落ちると読書はできない。手持ち無沙汰になることは分かっていたから海崎に事前に頼んでおいた。
尤も、「暇になるから話し相手になってくれ」なんてことは面と向かって言えない。訓練の成果や俺が事前に伝えた明鏡流弓術の習得具合いなどの進捗などの確認も取れるし、…時間を効率的に使うためだ。
「(いえいえ、私の方こそお忙しいのにわざわざすみません)」
「(あー…いや、ちょうど手が空いてて一人だしな。身動きも取れん。時間の有効活用だ)」
「(そうでしたか)」
「(それで、どうだ?速射術の方は)」
「(目下練習中です。三本に一本は矢筈に…あ、矢の後ろの弦を掛けるところです。そこに弦がかかった状態でストレージから出せるんですが、まだまだ外れてしまいますね」
「あー…最初はそうなるよ。練習としてはーー」
…
…
…
なんやかんやで夜が更けるまで話し込んでしまった。
弓術の話、新しく密偵に迎えたシフの話、それだけなく、魔王軍との戦争についてや、この世界の未来についても。
だが、4年後の俺たちの話については、俺も彼女も話題にはしなかった。
そこには、避けては通れない”誰が帰るのか”という問題があるからだ。帰ることができるのは8人中4人。まだ4年後ということで、誰も切り出していないが、いつかはその話題に触れないといけない。
それでも、今じゃなくてもいい…。皆もそう思っているのだろう。
翌日の夜、俺はセトとの交代も終えて俺は王都に戻っていた。
「…相変わらずここを談話室かなにかと勘違いしてませんかね…皆さん」
俺の部屋に複数の気配を感じて扉を開ける。
「あら、おかえり」
「お邪魔してるよ」
「こんばんわ」
星華、悠希、海崎、紅葉、大智が俺を迎える。リュートと綾小路はレベル上げの遠征中だ。
そして、いつものメンバーとは違う珍しい客人がいた。
「お久しぶりでございますわ。レイ様」
「これはこれはアリシア姫殿下。こんな遅くに何用ですか?」
公務というには20時を廻っている。私的な用件か、火急の用件だろう。
「貴方様のお帰りをお待ち申し上げていましたのよ?」
「…俺…?」
ニコリと微笑む彼女の笑顔に、俺はあまりいい思い出がない。
「…とりあえず、聞くだけ聞きましょう」
空いた席に座って姫の話を聞く。
…
…
…
「なるほど、滑車複合弓のレシピと製造許可ですか」
彼女は、近衛兵団の修練場で海崎が使う弓の話題を聞きつけて、そのことについて聞きにきたという。それを俺が作ったという話から、俺にその設計図を聞こうということらしい。
「はい。近衛兵から噂は聞きましたが、今日私自身も見て驚きました。弓があのような威力を出そうとは…。ミオ様のお話ではその弓に秘密があるそうなので、是非王国軍でも新調したく…」
「構いませんよ?」
「ほ、本当ですか!?」
予想外の回答のように、立ち上がって喜ぶアリシアの様子を不思議がる。
「ええ、別に独占する気はないですし。人類軍の戦力が上がればそれだけ勇者が楽になりますからね」
「ありがとうございます〜!!」
「これが設計図です。ちなみに、海崎が使っている滑車合成弓は、魔金属のオリハルコンを心軸に表に竹、裏に妖犀獣の角を張り合わせた三重構造です」
「オ、オリハルコンですか…」
貴重な上に加工できる職人が少ないオリハルコンを使っているとなると量産は難しいだろう。姫はそのことに声のトーンを下げる。
「そこで、こちらにあるのが、オリハルコンを使わないで作った滑車複合弓です」
そう言ってストレージから取り出した一つの滑車合成弓を渡す。
海崎に渡した弓とは少し色が違うが、同じ形をしている。
「ベースには彗星弓を使ってます。彗星弓は、竹とカバノキを利用した弾性と剛性が強い弓なので、滑車を付けるにはもってこいです。そして、こちらがその設計図。今なら白金貨500枚で両方差し上げますよ」
「…お金とるんですか…。大人気ないですね…」
「いやいや海崎、何事もタダはよくないだろ」
「買いますわ」
「毎度ありがとうございます」
俺はアリシア姫に設計図と見本を手渡す。
姫はそれを受け取ると、急いで手配すると言って部屋を慌ただしく飛び出していった。
「…すべては零の手の上で、かい?」
その一連の流れを見て悠希が俺に語りかける。
「人聞き悪いですね、俺はこうなることを見据えて準備していただけですよ」
「こうなることって、アリシア姫様が来るのが分かってたんですか?」
「いい質問だ、紅葉ちゃん。まぁ誰が来るかまでは予想してないけど、遅かれ早かれレシピを教えてくれと来ることは分かってたさ。勇者が見たこともない形の弓を使ってれば噂になるのは当然だ」
「だから、見本も設計図もすでに用意していたんですね」
「そ。付け加えるなら、海崎に渡したのは勇者の力に合わせたオリハルコンっていう貴重な魔金属を使った特別使用。汎用性に欠けて大量生産できないだろうから、大量生産用に彗星弓っていう弓をベースに作れる改良型のも作っておいた」
「す、すごいですね…そんなことまで考えていたんですね!!流石零さんです!!」
「はっはっはっ」
紅葉の煌く期待の眼差しに愉悦に浸る。ゲーマーの三大称賛ワードは「すごい!!」「さすが!!」「頼りになるぜ!!」。俺は有頂天になる。
「紅葉さん、あまり零さんをおだてないでください。調子に乗ってしまいます」
「海崎…俺を都会の鳩みたいに言うなよ…」
鳩に餌をあげないでください…みたいなニュアンスで聞こえるのは俺の気のせいだろうか…いや、気のせいではない。
「でもなぜ零くんから売り込みに行かなかったの?戦力増強に一役を担うならわざわざ待たなくてもよかったじゃないのかしら」
「星華さん、いい指摘ですね。そうですよ?でもまぁ、何事も人に言われて受動的になるより、能動的に掴みにいったことの方がいいでしょ?」
「これがいいよって渡されるものより、あれは良さそうねって自分たちから求める方がいいってことね…。考えてるのね」
ーーまぁ、その方が値段を吹っかけやすかったという裏事情は伏せておこう。これで俺は数ヶ月分のセトとシフの給料を賄うことができる。
王城から彼女ら密偵の活動資金を調達するには、申告しなければいけない。だが、彼女らの存在は王国にも伏せておきたい。敵から隠すにはまず味方からだ。国王や姫が魔族に内通してるとは思っていないが、国税を注ぎ込む以上足がつくルートでの資金調達は避けた方がいい。
だからこうして副業的に稼げるのは、ありがたい。
餌はもらうものではなく、自分からもらいに行くものだ。
俺はその後、新しく採用した密偵のシフの話を伝える。
…
…
…
「その元気溌剌で笑顔が素敵な女の子はどこに?」
「星華さん…夜豹族で口が固く、密偵に長けた女の子です」
「ええ、そう言ったわね」
「…そうとしか言ってませんよ…。てかよく今の文脈からシフの性格が分かりましたね、超能力ですか…」
「女の勘ね」
「似非科学乙ですね…。それで、彼女は今リュートの下で修行中です」
「いきなり実戦!?大丈夫なの?」
「ええ、彼女に必要なのは戦闘技術ではなく、隠密性と諜報力ですからね。レベル上げと必要なスキルの習得さえできれば皆さんと違って前線で戦う必要はないですから」
「そう…。あまり無茶はさせないでね」
「それは俺ではなくリュートと綾小路令嬢に言ってください」
「あー…うん…。すごく心配なのは気のせいかしら…?」
「……俺も心配になってきました。海崎、悪いがリュートに繋いでくれ」
「え?あ、はい。なんと?」
「シフは大丈夫か、どんなことをしているのか、彼女の調子はどうだ、ってところだな」
「分かりました」
…
…
…
「問題ない、全て任せろ、だそうです」
すごく心配になってきた。大丈夫だろうか…。
星華さんが俺の方に無言の圧力を掛ける。
「だ、大丈夫ですよ。リュートと綾小路令嬢がいて万が一もありません」
「私が心配しているのはそっちじゃないんだけど?ないんだけど!?」
「…だ、ダイジョウブですよ」
「零くん、シフちゃんが戻ったときの状況次第じゃ責任問題だからね…」
「待ってください星華さん、それは俺の問題ではなくリュートと綾小路令嬢の責任です」
「ゲロったわね。大丈夫って話はどこにいったのよ」
「ダ。ダイジョウブですよ?ええ。なんの問題もありませんが、もし万が一も問題があった場合には、契約に同意したシフと、監督責任があるリュートの問題であって、私にはなんの責任もないことはご理解ください」
「語るに落ちたわね。どこの政治家よ…全く…。三食抜きで土下座ものね」
星華さんの冷たい目を向けられながら、俺はリュートと綾小路令嬢にシフのことをくれぐれも頼むと海崎を通じて伝えた。




