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感情と合理性の境界

 今日は朝から服を正して離宮を訪れる。そして、一室の扉の前に立った。


「ふぅ…」

 緊張の一瞬。


 昨日、夜豹族の全員にある話をした。セトが俺に雇われ密偵として働いているということと、セト一人では負担もあるだろうからもう一人、彼女の相方が欲しいと言う話だ。


 危険もあるし、過酷な仕事だ。でももし我々やセト、ひいては人類のために力を貸してもいいという人がいたら、今日ここに再度来るように伝えて解散した。


 正直、期待はしていない。セト自身もあまり乗り気ではなかった。なぜなら、人質となっていた12人は、皆ドークリーバー伯爵に暗殺者としての素質が認められなかった者達だからだと言う。


 総合レベルもせいぜい10程度。クラスの選定も受けていない可能性もあると言っていた。


 だが、それでもやる気があるなら俺は彼ら彼女らの手を借りたかった。

 なぜなら、彼らの一族同士の絆が何よりも堅いと知っているから。そして何より、セトを知る者達だからだ。


「すぅ…」


 ガチャッ…


 僅かな期待と、裏切られたときの心の準備も終えて扉を開く。


「おはようっす〜。扉の前で何してたっすか〜?」

「シフ…か…」

「そうっす、シフっすよ〜?」


 部屋の中には俺が助け出したセトより少し大きい17、8歳ほどの明るい夜豹族の女の子がいた。

 俺はとりあえず、部屋の中央にある椅子に座って対面する。


「…お前、分かってるのか?命の保証はないし、危険も多い。仕事は過酷だし、長期間家にも帰れないぞ…」

 誰かが手を貸してくれるのを期待はしていた。だが、それは彼女らをまた危険に晒すことに他ならない。

 彼女がここにいることには戦略的には喜ぶべきことだろう。だが、同時に形容し難い感情も湧く。

「昨日聞いたっすよ〜。お兄さんの命令に絶対服従、時には命を顧みずに行動し、人を殺せと命令されたら躊躇せず、どんな理不尽な命令でも死力を尽くせ…っすよね」

「……ああ…。それで、お前はそれに納得して俺に雇われるというのか?」


 昨日、俺は絶対に飲み込めないような要求をしている。ブラック企業も発狂。厚生省に通報するレベル。こんな求人を出せば10分で炎上確定だ。

 それでも、納得して棺桶に足を突っ込むというのか…。

「そうっすよ」

「…なぜだ?」

「なぜって言われると、困るっすね〜。…自分はもう家族もいないっす。だから、あの中では一番適任なんすよ」

「…適任だとか、義務感でやることじゃない。俺に恩義を感じる必要もない。この話はなかったことにしよう」

 どれだけフェアな関係で聞いてくれと言ってもやはり、世界を救う勇者であり、自分たちの恩人という意識の片鱗が残ってしまうのだろう。

 俺の立場から彼女らに勧誘するのは卑怯だったか。


 俺は椅子から立ち上がる。残念だが撤収だ。正攻法の冒険者ギルドから暗殺者アサシンを雇うことにしよう。


「待つっすよ!!」

 彼女は俺と扉の間に回り込んで出口への進路を塞いだ。

「?」

「昨日、私達に無茶な条件を突き付けたのは、私たちを巻き込まないためっすよね」

「…残念、はずれだ。そうなら初めから声をかけたりしない」

「そうっすか〜?手を借りたい、でも巻き込みたくない。頭で分かっててもやらなきゃいけないから、あんな条件を出したんじゃないっすか?」

 俺の顔を覗き込むように下から近づく彼女の顔に半歩下がる。

「…」

「沈黙は、肯定ってことっすよ」

「それは深読みだ。他意はない」

「昨日から察しは付いてるっすよ。猫の手も借りたいんすよね?でも私らを巻き込まないために無茶な条件を突き付けて、断らせようとしていた…っすよね。頭で考えて私たちを使った方が合理的、でも心ではそれを拒んだって見えたのは、私の気のせいっすかね?」

「…気のせいだ」

「そうっすか。でも簡単に考えるっすよ。お兄さんは猫の手も借りたい。そしてドドン!!」

 そう言って俺に彼女は両手を俺の目の前に突き出した。

「ここに 二本の猫の手があるっす」


 ーーあとは、俺の気分次第か…。


 分かっている。彼女ら夜豹族が隠密行動に優れた種族で、種族特有の固有スキルがあることも知っている。だから、訓練すれば並みの暗殺者クラスよりも戦力になる。

 一族の絆は強く、裏切られることもない。セトを知る者でもあり、信頼関係がすでに出来ている。

 戦略的な視点から彼女らから採用することが最も理にかなっていることは理解している。


 だが、彼女らがこれまでされてきたことを考えると、この道に足を踏み入れさせようとする気にはなれない。国王からすでに補償金も家も用意されている。それを投げ出してわざわざ危険な道に足を入れさせるというのは、どうしても抵抗があった。


「ずっと地下で日の光も浴びることもなく鎖に繋がれてたっす」

「?」

 唐突に語り出す彼女の声には、初めて聞く陰りがあった。

「お兄さんが私たちを連れ出す時、初めて空を飛んだっすよ。4年ぶりに見る大空と真っ白な太陽に、あぁ、世界はこんなに広いんだなって思い出したっす。…それまで私の世界は石の壁の中でしたっすからね…空の青さも忘れてたっすよ…」

「…だったら、お前は余計にこれからの人生は楽しむべきだ。自ら危険に足を踏みーー」

「違うっすよ!!世界は広いんすよ!!そんな世界の中心の、しかも勇者っすよ!!」

「…はぁ?」

「その勇者が力を貸して欲しいといってるんす。私にはセトみたいな才能はないっすけど、この広い世界の中心で起こることに関われるんす!!命を張る価値はあるって思うっすよ!!」

「…お前は馬鹿だ。馬鹿だよ…」

「そうかもしれないっすね〜!!でも、もう世界の広さを知ったら立ち止まることなんて出来ないっすよ」

「…そうか」


 俺よりも、彼女の方がよっぽど志を持ち、未来を見据えて行動しているのだろう。そういう姿には、俺のような吹けば飛ぶ信念もない生き方をしている奴にとっては憧れる。


「…分かった。よろしく頼む」

「やった〜っす〜!!」


 俺は複雑な気持ちだが、目的である夜豹族の手を借りることができた。



 夜豹族の彼女の名前はシフ。総合レベルは12、クラスは選定なしでノービスだ。セト並みに密偵として活動するにはレベルも経験値も足りない。

 だが、この問題はリュートが解決してくれる。ゲームでも暗殺者として活動していた彼なら、彼女シフを密偵に必要なスキルを片手間に育てることは可能だろう。



 王城内の礼拝所に行き、宣誓をする。これは、宗教的な意味ではなく、職業の選定をするための儀式だ。

 教会で自分の目指す職業を宣誓することで、そのクラスになることができる。もっとも、勇者や神官、国王や、俺がゲーム時代に使っていた魔殲師ルーンウォーカーのような特殊職と呼ばれるクラスには、条件があるが、シフがなるべき”暗殺者(アサシン)”は一般職だ。


 シフのクラスがノービスから暗殺者へとなり、これから彼女には暗殺者としての訓練が待ち受けている。



「ーーということで、リュート。しばらく彼女の面倒を頼むぞ」

 俺はシフを連れてリュートの部屋で彼女を任せる交渉をしていた。

「…納得はいかんが俺が適任なのは理解した」

 もちろん、事後報告である。


「まぁ、オルカの森林帯までの移動が面倒なことは事実だ。お前が運んでくれるなら効率もいい。勇者の専属の密偵がいることも都合いい。面倒だが引き受けよう」

「さっすがリュート。話が早くて助かるぜ」

 俺が支払う対価は、王都から馬車で二時間は掛かるオルカの森林帯までの輸送を提案し、それで納得してくれた。リュートも勇者専属の密偵がいることへの重要性は理解しているだろう。

「うっす!!よろしく頼むっす師匠!!」

 とりあえず、セト一人に任せきりの心配はなくなった。


「で、どれくらいでセトとの交代要員として働けるようになる?」

「ふむ…2週間、いや、10日だ」

「十日でいけるか?」

「相手はゴブリンだろ?暗殺者のクラスレベル10で習得できる隠密スキルと、夜豹族の固有スキルも合わされば悟られることはない」

「そうか…。じゃ、頼むよ。それまでは俺がセトと交代で張り込むとするか」



 もう1週間近く任せきりにしている。セト自身は問題ないと言っているが、そろそろ休息を取らせてやりたい。



「リュート、行くわよー!!」

 扉を開けて入ってくる綾小路令嬢は、シフと目を合わせる。

「こちらがさっき言ってたシオン師匠っすね!!よろしくっす!!」

「な、なに?どういうこと!?」


 戸惑う綾小路令嬢に一連の話をする。


「そういうことね。任せて頂戴!!」

「いえ…任せるのはリュートですから…」

 綾小路は猫派らしい。セトの耳でも遊んでいたが、シフの耳でも遊んでいる。

「いい?あんたの師匠がリュートなら、リュートの師匠はアタシよ?アタシのことは大師匠と呼びなさい?」

「誰がお前の師匠だ。適当なことを言うな」

「あら?この前〈光撃鉄ライトトリガー〉のスキル習得方法を教えてあげたのは誰だったかしら」

「お前こそ、短剣術を聞いてきただろう!?」



「わぁ、お二人は仲がいいんすね!!」

 これを見てそれを言えるなら大丈夫だろう。

「シフ…」

 俺は彼女の肩に手を置いて語る。

「なんすか〜?」

「…まぁ、そのなんだ…。頑張れよ…」

 俺は遠い目をしてシフの健闘を祈った。

「ちょっとお兄さん!?今ものすごく不安になったんっすけど〜!?」


 そんなドタバタの顔合わせを終えて、俺たちはオルカの森林帯に辿り着く。


「しっかし、アンタの固有スキル、相変わらず便利ねー!!」

俺のスキルで空を飛びながら、綾小路令嬢は俺のスキルを羨む。

「令嬢の〈具現化リアライズ〉も十分便利ですよ」


 彼女の固有スキルは〈万華鏡カレイドスコープ〉と〈具現化リアライズ〉。〈具現化リアライズ〉は、最近まで不明な固有スキルだったが、彼女の試行錯誤の上おおよその能力の把握が出来た。


「私のは曲芸の一種よ」

 〈具現化リアライズ〉は術者の思い描く物を魔力をリソースに具現化する魔法のようだ。最も、実際の物理的な具現化とはならない。幻惑魔法に近く実体はない。だが、俺の知る幻影系魔法より遥かに精度が高い。何より、匂いや音、振動などの臨場感があることで、それに触れないと、間近で見ても蜃気楼だとは思わない程のクオリティーだ。


「使い方次第ですよ。偽装工作は戦争でも大事な作戦ですからね」

「…分かってるわよ」


 俺は彼女らをオルカの森林帯の奥地まで送り届け、小高い丘の上に降り立つ。


「では、帰りは五日後の日没でここですね」

 座標をメモして帰りの確認を行う。

「そうよ。よろしく頼んだわよ」

「ええ。シフのこともよろしくお願いします。…というのはリュートに言うべきだな。頼んだぞ」

「ああ。任せろ」


 リュートらは三人パーティーとなることで、長期間の狩りができると喜んでいる。


 ーーさて、俺はセトへ追加の物資を届けにいくか…。


 俺は進路を南に向け、広い空を渡った。

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