伝書鳩とネズミ取り
日の出と共に、俺は宿屋を出た。
それから数時間、伝書鳩の後を追い、南の国境付近に来ていた。
「なんだ!?あれは…」
地平線がどす黒く黒紫色に染まっていく。
高度100m程を飛んでいるから、地平線は30km程先だろう。
「あれが…魔界…」
おおよその場所からそれが魔界ということは察しがつく。だが、あんな演出を見たことはない。
”生物が暮らせない瘴気が満ちた不毛の大地”
図書館で読んだ本で、それを魔界と呼ぶと知っているが、予想以上の禍々しさに鳥肌が立つ。
「ーーお…」
ポッポが進路を変えて高度を落とす。自分の家を眼下に捕えたのだろう。
ーーあそこに行こうとしているのか…。
魔界との国境から数km手前。深い森の中に石の建造物が見えた。周りに他に建物がないことから間違いないだろう。
城…いや、古城だ。人の住む気配はない。道もないこんな山奥に、放棄された城砦というのは実に怪しい。
喜ぶべき点は、伝書鳩の行き先が明らかな怪しさ満点で、次の手がかりに繋がりそうだということ。
悲しむべき点は、俺はポッポを処分しなければいけないということ。
ポッポについていた手紙は、軍が暗号解析をしているが意味はまだ分からない。手紙もない伝書鳩が届くのは怪しまれる。
俺はポッポを空中で捕まえて、ひとまずこの場を離れることにした。
ーーさて、お前を家に返すわけにはいかない。かといって、ストレージに入れれないこいつを連れ回すわけにもいかない。
「お前は同じ釜の飯を食って一つ屋根の下に寝た仲だからなぁ…。鶏肉にはしたくはないんだけど…。とりあえず、しばらくここで待っててくれ」
俺はポッポを籠に入れ、目印になりそうな木の幹に載せる。野生生物や魔物に襲われるかも知れんが、幸運を祈る。
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//自分に次のエフェクトを付与する
player.addEffect
{
//透明化をON
System.Transparent = ture ;
//足音をOFF
Syetem.Sound.Footstep = false ;
//匂いをOFF
System.Odor.BodyOdor = false ;
}
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完全に気配を断って城へと足を向ける。丸い塔と3階建て建物からなる小さな城だ。過去の戦争で作られ放棄されたというところか。現在使っている形跡はなく、所々崩れて廃墟となっている。
「ぉ?」
建物の外に人影が見える。だが人の気配ではない。
ーーゴブリンか!?
緑色の肌にギョロギョロとした目、裂ける様な口に鋭い牙を持つ小柄な人型のモンスター。
廃墟や廃村をゴブリンが住処にすることは珍しくない。
ーーだが、なぜ伝書鳩の行き先がゴブリンの住処となる…。いや、住処なのか?
本来であれば容赦無く狩るところだが、今回は偵察だ。脳裏を過ぎる不安を押しどけて、外にいるゴブリンに気づかれないように建物に入る。
ーーこいつは…。
建物の中には、部屋をまるごと鳥小屋にした部屋がいくつもあった。中には、黒死鳥が数羽いる。鷲のような魔物だ。戦闘力は低いが、数で襲ってくると対処が面倒で、近接職のソロだと空を飛ぶ大量のこいつに苦戦することがある。
次の部屋では鳩の小屋。ここがポッポの巣だろう。
「ギャギャギャ、グギャギャギャ」
「グオグオグオ、ギャギャギャ」
「…」
息を潜めてゴブリンが廊下を通り過ぎるのを回避し、建物を回る。ゴブリン集団に鳥を飼うなんて高度なことはできない。おそらく統率を取るゴブリンロードやキングがいるだろう。
「!?」
外から鳥の羽ばたく音が聞こえる。
「ギャオギャオギギギ」
「グギャギャッグギャ」
建物の中にいるゴブリンが興奮しだした。
ちょうど、伝書鳩が帰ってきたようだ。一匹のゴブリンが鳩小屋に入って足についた黄色い紙を不器用ながらも取っている。
「?」
ゴブリンは、その手紙を開きもせずに隣の部屋に持っていく。隣の部屋には黒死鳥がいる。ゴブリンは、黒死鳥の1匹の足に、その手紙を付けた。
ーーまさか…。
鳥小屋の小窓が開いて、黒死鳥が外に飛び出る。
ーー逃すか!
俺は別の部屋の窓から飛び出て空を飛んで追いかける。方角は南。つまり魔界へ届ける気だ。
古城から離れ、見えなくなったあたりで黒死鳥に近づく。
「攻撃してこない!?」
俺に気づいた様子はあれど、距離を取る様に滑空する。
ーー暴れるなよ。
粘着スライムを投げつける。鳩と違って近づいて触るのはごめんだ。粘着スライムが翼につき、片側の揚力を失ってフラフラと落ちていった。
ーー念のためにもう一発。
ニチャ!
両方の翼を封じて地面に落ちた黒死鳥の足についた手紙を広げる。
「同じ暗号か?…ハァハァ」
ドークリーバー伯爵の私邸から出た暗号と同じ様な記号が並ぶ。
紙から目を離し、自分の息が上がっていることに気付いた。
いや、息苦しいのだ。
ーー酸欠か?
息をしているにもかかわらず、まるで激しい有酸素運動をした時の様に酸素を欲している。
顔を上げて、眼前に広がる淀んだ紫色の大地が1kmもしないところに広がっている。瘴気というやつか?異様な匂いもする。
ーーーーーーーーーーーーーーー
//自分に次の処理を行う
player.AddEffect
{
//エリアダメージを無効にする
System.AreaDamage = false ;
}
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「あれ…?」
ーーーーーーーーーーーーーーー
//自分に次の処理を行う
player.AddEffect
{
//バッドステータスを無効にする
System.BadStatus = false ;
}
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「なぜだ?」
コンソール上にエラーは起きていない。実行されているのに、息苦しさも頭に血が上る感覚も治らない。
ーーエリアダメージでもデバフでもないのか?…ダメだ、ここにこれ以上いるのは危険か。
俺は黒死鳥の持っていた暗号を、ストレージにある大学ノートに写して再度黒死鳥の足に結ぶ。ストレージから水袋を出して粘着スライムにぶっかけ剥がすと、黒死鳥はすぐに空に上がり、さらに南を目指して魔界の奥へと進んでいった。
「俺も撤収だな」
黒死鳥とは逆方向に、来た方角に向かって飛ぶ。とりあえず、収穫はあった。
砦まで戻って砦の上空で地図を開く。地図とコンパスだけで現在地を探すのは至難の技だ。地図の精度も悪く、目印になるものもない。
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//コンソール上に表示する
Console WriteLine ;
{
//自分のX軸Z軸のローカル座標
Player.Transform.Position(WorldLocalPosition) = x ;
Player.Transform.Position(WorldLocalPosition) = z ;
}
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【X=37.7412,Z=-25.6755】
ーーこれには伊能忠敬もブチギレだな…。
俺は古城に再度来れる様に座標をメモする。そして、ポッポを回収し、王城へと戻った。
ポッポを連れているせいで飛行速度に制限がかかる。そのおかげで王都まで数時間を要した。
近衛兵団の詰所にポッポを預け、自室に向かう。
ーー結局鶏肉にはできなかったなぁ。まあ、いつか役に立つだろう…。
自室の扉の前に立って扉に手をかけると、中から話し声が聞こえる。
ガチャ…。
「あら、おかえり零くん」
「ただいま戻りました。…相変わらず部屋主がいない部屋に勝手に入ってなにやってるんですか…」
「女子会よ、雰囲気から感じ取りなさいよ」
「…いや、綾小路令嬢…リュートも大地も悠希もいていて女子会だと思いつく奴がいたらそいつだいぶヤバイですよ…」
綾小路の無茶ぶりに呆れながら返して、俺も席に加わる。
「それで、女子会なるものはまだ続きそうですか?」
「別にだべってただけよ?何か話があるのかしら?」
「では遠慮なく…セト、地図は?」
「「!?」」
急に存在感を顕にするセトに五人が驚いている。
「セトちゃん、ずっといたの?」
「…(こくん)」
星華さんの問いかけに無言で頷く。
「なんだ、気づかなかったのか?俺たちが入ってきた時からずっといたぞ?」
「そうよね。気配抑えてるからスルーして欲しいのかと思って声かけなかったわよ」
リュートと綾小路は流石に気づいていたようだ。認識阻害系のスキルを使っていたのだろう。こういうのは慣れが必要だ。
お使いで頼んでいた大きい地図を机に広げる。
「なんでセトさんが零さんの部屋にいるんですか?」
紅葉の疑問に、そう言えばみんなに伝えてなかったと思い出す。
「ああ、一昨日雇ったんですよ」
「セトさんをですか!?」
「ああ」
俺は地図のメモリを合わせながら、古城の座標の場所に印をつける。
「セト?アンタいいの?あんな奴に仕えるなんて。こき使われるわよ?」
綾小路令嬢、お前は俺をなんだと思ってる。
「問題、ない。高給、約束した」
「ちょっとアンタ。金で釣ってんじゃないわよ!!」
「誤解ですよ。言い出したのはセトの方ですし」
「(こくんこくん)」
セトの肯定で俺への言及は一旦は止まる。
「まぁ、そういうことでお願いします」
「お願い、します」
まだ何か言いたげな皆を制して脱線した話を戻す。
「昨日今日で、例の伝書鳩の目的地を特定してきました」
「相変わらず仕事が早いなぁ。感心するよ」
「どうも。それで、この辺りに古城がありました。石造りの要塞ですね。おそらく過去の戦争なんかで使われたものかと。そこにゴブリンが住み着いて、鳩と黒死鳥を飼っていました」
「黒死鳥っすか?なんなんすかそれ」
「まぁ鷲や鷹の魔物バージョンかな」
「モンスターっすか」
「そ。で、ここのゴブリンは、人類の生存権から来る伝書鳩の情報を、黒死鳥に付け替えて魔界に送ってました。ちょうど俺が行った時に届けられた暗号がこれですが…。伯爵の家からの暗号の記号とも共通点があります」
「これは、奪取したんですか?」
海崎は俺とおそらく同じことを考えているのだろう。
「いや、心配ない。コピーを取ってスルーした。俺たちがこの古城のことを知らないという認識でいてくれた方が、後々逆手に使えそうだからな。この手紙を届けなくした方が困るのは確かだけど、見逃したよ」
「私もその方がいいかと思います。暗号の情報が増えれば解読の可能性が上がりますしね」
「それで、問題が二つあります」
「なんだい?」
「この手紙の黒死鳥を捕まえるために魔界との境界に足を踏み入れたんですが、皆さんは魔界と瘴気についての認識はどうですか?」
以前、情報共有の時に魔界と瘴気については触れた。
「えっと、”植物の育たない不毛の大地”、とか”瘴気によって生物が生きれない環境”って言われているところよね。人類の生存圏には聖力があって、魔界には瘴気がある。人類と魔族では互いのテリトリーでは生活できない。だから魔王軍は大陸全土を魔界にしようとしている…っだったかしら」
「星華さん、解説ありがとうございます。俺も魔界に近づいて確かに危険を感じました」
「何?お前魔界に入ったのか?」
「ああ、まぁ入ってはない。先っぽだけだよ先っぽ」
「はぐらかすな。SLIGerなら常備豪快は鉄則だろう」
「「?」」
リュートの言葉に皆が疑問符を浮かべる。
「私たちSLIGプレイヤーの心得みたいなものよ。常備不懈であり豪快奔放であれ。つまり、まぁ準備できる時にはできる限り入念な準備をして、いざという時には思い切って行動しろってことね」
皆の疑問に綾小路が解説する。
まさかリュートに叱られるとは思わなかったが、確かに未知に対して警戒心が薄れていた。これは勇者であるという安心感と、ゲームエンジンという文字通りのチートツールを過信していたからだろう。
「心配をかけたのならすまない。確かに迂闊だったかもしれない」
即死しなければなんとかなる。陸続きで境界線もない場所に一歩足を踏み入れて即死するなんてことはないだろうと思っていたのは事実だ。
「お前の判断を否定するつもりはない。…気をつけているならいい」
「…話を戻します。魔界に近づくにつれて、呼吸が苦しくなりました」
「息が?」
「ええ。それを”瘴気”と言っているようですがすごく厄介です」
「…厄介ってどういう意味だい?」
「勇者でも魔界には入れないということです。正直、俺の固有スキルでゴリ押しできると思ってましたが、その手段はとれなくなりました。最悪魔王城に単独で突っ込んで斬首作戦もありかなと思ってたので…」
「き、君はなかなかぶっ飛んだことを考えてるんだね…」
「でもそれができないことがわかりました」
地形ダメージでもデバフでもバットステータス扱いでない以上、ゲームシステム上でカウントされていない物理現象だということだ。原理も分からない事象を相手に手を打つことはできない。
「で、ここからが問題です」
「「?」」
「魔族と人類の戦いは、領域を分けて白黒ついています。しかし、終末の混沌に関係ない通常モンスターもいます。奴らは領域の縛りがありません。なので、古城にいたゴブリンは聖力の領域で生活できていたことを考えると、間違いなく終末の混沌に関係ないノーマルモンスターです」
「待って!?じゃあ、魔王軍はノーマルモンスターを使って人類の情報を集めて魔界に送るネットワークを構築してるってことじゃない!それじゃあ、こっちの情報は筒抜けで、向こうの情報は何も分からないじゃない!!」
綾小路が圧倒的な不利を察して声を上げる。
「そうなんですよ…。さらに付け加えるなら、魔界の情報を仕入れる手段が人類にはありません」
「や、やばいんすか?」
「とんでもなくヤバイ。情報の優劣で戦局が覆されるのなんて当たり前だ。むしろ、情報を制した者が勝利するとまで言える。でも、こちらにも切れるカードがある」
「なんなんすか?」
「魔界と人類の領域との中継路を知っているという点だよ。そこでこれから行き交う情報を全て記録させてもらう。そうすれば、そのうち暗号解読もできるだろう。あとは、偽情報を流したりできるし、向こうがこちらが知っていることを知らないのは大きなアドバンテージだ」
「では、お前はその古城に張り込むというのか?」
「いや、勇者がそんなことに時間をかけてちゃまずいだろ。張り込むにしてもどれだけ時間がかかることか」
「それはそうだが、空を飛ぶ鳩や黒死鳥を捕まえるのは勇者でもなければ無理だろ。それともなにか?その古城を制圧してゴブリンに取って代わるか?」
リュートが腕を組みながら言う。
「それはダメですよ。伝書鳩は往復する訳ではありません。帰巣本能で目的地を目指すので、誰かが届けているはずです。ゴブリンに変わって中継点の役割をしても、必ずバレます…ぁ!?…まさか、零さん」
「お、流石海崎。気づいたか?そうだ。黒死鳥は分からないが、伝書鳩の原理から察するに、誰かが古城からドークリーバー伯爵みたいな内通者の屋敷まで鳩を運んでいる奴がいるはずだ。魔界には同じゴブリンが運び屋として行けるとしても、人類の生存権にゴブリンが鳩を届けに来るなんてありえないだろ。同じ人類が運び屋をやってるはずだ」
「…!!」
「…考えたわね。名案よ!そいつをふん縛って吐かせるのね!!」
綾小路は水を得た魚のように拳を突き出す。
「いえ、有効活用します。ということで、セト。悪いが古城で張り込みを頼む。運び屋が来たら尾行し、伝書鳩の届け先の把握を頼みたい」
運び屋に吐かせるより、その足でどこにいくかを調べた方が確実だ。それに、こちらが暗号を解読さえしてしまえば、そのネットワークはそっくりそのまま利用できる。
「ちょっと、セトちゃんに頼むの!?」
「星華さん、何か問題でも?軍の諜報部より腕はいいですよ?それに、ドークリーバー伯爵が向こう側についていた以上、他にも内通者がいると考えるべきですね。軍を動かせばそいつらに悟られる可能性が高くなります。この話は軍にもしません」
「それはそうかもしれないけど…」
「問題、ない」
「…と本人も言っていることですし」
セトが言うなら大丈夫だろう。
「…気をつけてね」
「…(こくん)」
その後すぐにセトを派遣する用意をする。
「魔法鞄持った?」
「…(こくん)」
「食糧持った?」
「…(こくん)」
「着替え持った?」
「…(こくん)」
見送る星華さんが、初めて小学校に登校する前の母親の如く心配している。
「あなたはセトの母親ですか…。心配しすぎですよ。追加物資も俺が10分もあれば届けれますし。一日一回は定期連絡を海崎がするので」
「そんなこと言って…。もしものことがあれば…零くん許さないんだからね?」
「はいはい、犬派から猫派にクラスチェンジしてるのでご心配なく。もう血塗れにして投げ飛ばしたりしませんよ」
「何の話!?」
「いくぞ」
俺はセトを引き連れて空へと落ちていく。
「帰りは朝になりそうだな…」
昨日今日で何往復か。セトがいることで速度が出せないこともあり、俺は風切音が激しくなる中、慣れ親しんだ飛行姿勢で寛ぐことにした。




