事後処理
昨日は夜豹族を救出し、ドークリバー伯爵を捕らえた。
国王をはじめ、貴族院にも伯爵を強制連行し断罪したことへの説明責任がある。俺は一連のあらましを文章にしてまとめあげ、昨晩シモン執政官に渡した。
そして今日、王国執務室で、セトと人質となった夜豹族の十二名、ルード尋問官、それから重要参考人の俺が集まっていた。
話を終えた頃には昼過ぎになっており、それから夜豹族の人らに散々のお礼を言われた後開放された。
だが、部屋で俺を待ち受けていたのは勇者達。
そこで俺は、再び説明責任に問われている。
「ーーというのが、昨日の概要ですね。さっき国王執務室では、国王は夜豹族に国の主人として謝罪し、生活の保証と一族復興を全面的に支援すると約束しました。ドークリーバー伯爵は極刑に処されるそうです。勇者暗殺未遂、夜豹族の拉致監禁脅迫殺人強要、暗殺命令、魔族との共謀その他洗えばキリがありません。同情の余地なしですね。今情報を聞き出している真っ最中です」
「その夜豹族の方はどちらに?」
星華さんらはセト以外の夜豹族には会っていない。
「今は離宮にいます。ドークリーバー領は没収ですから、その一部を夜豹族に貸し与えるとのことです。故郷は失ってしまってますが、これからの居場所はとりあえず心配ないかと」
「そう。一安心ね。それにしても、お手柄だったね4人とも」
「私はお飾りだったわ。出番もなくずっと木の上で待機よ」
「まぁまぁ、バックアップは必要だったので…。綾小路令嬢のおかげで俺たちは安心して行動できましたから。縁の下の力持ちってやつですよ」
「そ、そうかしら?そうよね」
チョロいな…こいつ。
「それで、伯爵が自白した情報で、魔族との関係がやはりありました。4年前、国境付近で吸血族と接触していたようです」
「吸血族って、あの吸血鬼かい?」
SLIGプレイヤーでない悠希達には馴染みがないが、一般的な吸血鬼のイメージと同じと言える。
「はい。ゲーム時代でもいましたが、確かに吸血族なら会話はできなくもないかも知れません」
「できなくもない…っすか?随分と曖昧っすね」
ゲームを知らない大智には見当もつかないのだろう。
「ええ。ゲーム時代では、人語は喋りましたが、「血を寄越せ!」ぐらいなもので、交渉の余地もありませんよ。目があったら殺るか殺られるかですね。でも、この世界の吸血族は人間に対して交渉をするということですね。これは厄介です」
「そうね、なまじ知恵のある相手は一筋縄ではいかなくなるものね…」
星華さんは深刻に頷く。
「ちなみに、ドークリーバー伯爵は、魔王が大陸制覇した暁には、魔王軍の幹部になる約束をしていたそうです」
「…それは…、その約束は守られるのかい?」
半ば呆れながら悠希が問うた。
「いや、100%反故されるでしょうね」
「だよね…」
「典型的な無能な売国奴というやつだな」
リュートの言葉に激しく同意する。その約束を信じて魔族に協力してしまうのだから救いようがない。
「それと、さらに愚かなことですが、今回勇者暗殺を提案したのは伯爵からだそうです」
「…どこまで愚かなのよ…」
「なんでも、勇者が殺害できたら自分の領地には手を出さず、魔王軍が大陸制覇後でも自分のものとして残して欲しいと」
「呆れた…」
「本人は、「領主として領地を守るために行った統治者として正義の行為だ」と豪語しておりますが…。まぁ、国王が「それは詭弁だ」と一蹴して終わりましたよ…」
伯爵の領地や財産、伯爵自身の処分などはこの国に任せればいい。夜豹族にも王国からの賠償が約束されていると言うならもはや俺が口を挟むことはない。
「早朝、ルート特務官から報告ありました。伯爵は極刑が決定したことを告げると、潔く自白しているそうです。魔族についての情報も聞き出せるでしょう」
流石ルード尋問官である仕事が早い。そりゃ、どうせ死ぬなら楽に死にたいだろう。伯爵が魔族への忠誠心があるとも思えないし、拷問に耐えて秘密を守る意味もない。
「極刑は死刑ですか?」
海崎の言葉に俺はなんて答えようかと一瞬迷う。
「…そうだ」
「そうですか」
俺は肯定したが、俺の聞いた話とは違う。三等親まで処刑、それがこの国の極刑。だが、族誅制度は現代人である俺たちには馴染みのないものだ。
世襲制の封建制度が敷かれる社会で、族誅制度は間違ってはいないというのは分かる。貴族という特権がある以上、それに伴う責任と犯罪行為への抑止が厳罰にあるという法があり、それがこの国の秩序だというのも理解している。だが、ドークリーバー伯爵の悪事と関係ない家族まで処されることを、俺たちの感覚では許容しがたいものがある。
それを彼らには伝えず黙った。
「国王は、情報を吐かせたのち厳粛に刑を執行するようです。情報が出揃うのは、もう少し後になりそうですが…。また何か分かったら伝えますよ」
伯爵家の使用人も取り調べを受けているというが、ゼタンといったか、あの執事は白か黒か…。
ここで考えても仕方がないことではあるが、情報は徐々に揃うだろう。伝書鳩の行き先も調査が必要だ。
情報の共有会は終了し、彼らは食堂へと向かう。午後からまた訓練をするらしい。彼らは彼らで早く戦力になりたいという思いがあるのだろう。いくら勇者のパラメーターがずば抜けているとは言え、経験と知識が乏しければ、それは純粋な力であり、戦力ではない。
「俺はレベル上げにでもいくか…」
「私も行くわ。アンタには負けないからね」
「ふんっ。望むところだ。」
リュートと綾小路は再び王都の外に出るようだ。
ーー俺もクラスレベル上げもしないといけないなぁ
食事を終えて、午後の予定を考える。伝書鳩の行き先の把握が必要だな…。そんなことを考えながら、食後の時間をゆっくりと自室で過ごしていた。
「ん?」
外のベランダから気配を感じとる。ここは4階のはずだがと思いながら振り返ると、窓の外にセトが見えた。
窓を開けて中に招き入れる。
「どうした?みんなのところにいなくていいのか?」
夜豹族は王城と隣接する離宮でしばらくは王国が面倒見ると言う話だ。伯爵の悪行の被害者であり、重要参考人でもある。彼らにも事情聴取がなされているだろう。
「大丈夫」
「そうか。で、俺に何かようか?」
「お礼、言いに、来た」
「ははっ、律儀だな。約束の履行だ。気にするな」
「…もう忘れた」
「おいおい、忘れたのかよ…。飼い主の情報を履けばお前を開放して仲間も助け、他の暗殺者の罪も無罪にするって約束だ」
首を傾げるセトに半ば呆れのため息が出る。
「…覚えてない」
大丈夫かいな、この娘。
「心配するな。夜豹族が強要されて行った罪は無罪にするように伝えてある。その仲間というのはどこにいるんだ?」
「約束は、もういい」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
「もういい」
「…何を…」
「…もう、いない…」
「ん?どういうことだ?」
「もう、処刑、されてた。無罪、意味ない」
「…そうだったか…」
伯爵の命令で暗殺しているとなると、狙うのはそれなりに位の高い者になるだろう。それも、国の重鎮や他国の要人など、魔族にとっていない方がいい人物が狙われるのは想像に易い。
当然、捕まれば重罪が待っているだろう。彼女の仲間というのは、すでに捕まり有罪として裁かれてしまっていたのか。
「…お前、だから忘れたふりを…」
セトは顔を逸らす。
重たい空気が流れる。その重圧に心の支えが潰されそうだ。
「セト!!」
「⁉︎」
まとわりつく空気を振り払うように声を上げる。
「まだ約束は不履行といえる。俺はお前に代替条件を提示できる」
「…?」
「要は、なんでも言うことを聞いてやると言ってる。…なんでもではないがな」
「必要、ない。私たちは、助けられた。満足」
「確かに、セトが俺にもたらした自白した情報より、俺が夜豹族を救い伯爵を断罪した方が明らかに価値が高いなぁ」
「…」
「でもな。交渉とはそういうものだ。かならずしも等価交換ではない。お前はあの時、俺を信じて喋ったんだろ?俺はお前の信じた俺の価値を下げたくないだけだ。だから、約束は履行する。履行できないなら代替条件を飲む。遠慮しないで言え」
これは俺の自己満足かも知れない。だけど、このままセトが泣き寝入りするようなことはさせたくない。
俺を信じて交わした約束だ。俺のちっぽけでろくでもない信念だが、できる限り守りたいのだ。
セトは顎に手を当てたり、上を向いたり、首を傾げたり、忙しそうに考えてピコンと何かを思いついた様子だった。
「決めた」
「お…おう、俺にできる範囲にしてくれよ…」
自分で言っておいてなんだが、セトの考える長さに不安を隠せない。臓器を売れとか言わんよな…。
「やとって」
「…雇って…?」
「…(こくっ)」
「…それは…俺に雇われるということか?」
なんの要約にもなっていないが、予想の斜め上をいく要求に俺も思考が停止している。
「…(こくこくっ)そう。雇い主、いなくなった。生活、困る」
「…まぁ、理屈は分かるが、それなら金をやるぞ?こう見えて俺は一瞬で稼ぐ方法を知っている」
魔物を自分で作り出せる時点で、金は無限に手に入ると言える。
「なら、高給、期待」
目を輝かせて迫るセトの姿に、断る理由を失う。
「まぁ…確かに諜報員はいて損はないか…」
隠密性に長けていることは知っている。戦闘スキルもそれなりにはあるのだろう。この世界の住人にしてはハイスペックというのは事実だ。
「交渉、成立?」
「ああ、よろしく頼むよ」
こうして俺は、猫の手を借りることになった。
「じゃあ、早速で悪いんだけど、お願いしていいかな」
「暗殺?」
「物騒だな、おい…。ただのお使いだ。ちょっと待ってよ、今メモする」
俺はリストと金貨を渡す。
「釣りはいらない。好きに使ってくれ」
ベランダから飛び出て街に行く背中を見送り、俺も外出の支度をする。
海崎が粘着スライムで捕獲した伝書鳩の入った籠を近衛兵団から受け取り、鳩を空へ飛ばす。
「さて、どこに行くか」
本来であれば、遠隔知覚や追跡系の魔法を使って追跡するのだが、残念だが俺が使える魔法は一つもない。早くクラスレベル上げとスキルの習得をするべきだろうが、万能すぎる〈ゲームエンジン〉があるせいで今のところ代用手段が取れてしまうから後回しにしてしまっている。
伝書鳩は王城の上空で大きく二度旋回し、南西方向に飛んでいく。
「さて、俺もついていくか…」
慣れ親しんだ重力方向制御式で伝書鳩を追う。
「ポッポッポ、鳩ぽっぽ…♪金が欲しいか、そらやるぞ〜♪」
時速100km程度で何百km移動しないといけないのか。暇すぎて変な歌を歌い出す。
日が傾くと鳩は地上に降りる。続きはまた明日か…。
鳩を回収して街を探す。
ーーこれは…俺がこいつを抱えてここまで飛べばよかったのでは…?
そう思ったのは、日が暮れてからだった。
近くにあった川が流れる街を見つけて、宿を探す。
「お客さ〜ん、うちは動物お断りなんですよ〜」
王都と違って外からの来訪者が少ないのか、宿屋も少ない。やっと見つけた宿屋の女将さんに、手にする鳩の籠を指差される。
「鳩は動物ではないぞ?鳥類だ」
「同じことだよ、鳥もお断り〜」
生きてる生物をストレージには入れれない。これは困った…。
「そこをなんとか。鳩の宿代も払うから」
「…金貨二枚。部屋を汚すんじゃないわよ」
俺は鳩の分の宿代を払ってなんとか部屋を借りる。
部屋に入ってベットに寝転ぶ。
「お前、…金貨一枚もすんのかよ。鶏肉にしてもそんな価値ねぇだろ…」
「クルルックルルル」
ストレージから夕飯を取り出し、鳩の籠にパンを入れる。俺はいつから鳩と話すようになったのだろう。一人で食べる夕飯が久しぶりか、会話の相手を求めているようだ。
「見ろ、ポッポ。これ何か分かるか?」
「クルックルッ」
俺の話になんの興味もないご様子。パンを夢中に突いている。
「これはな、鴨の照り焼きだ」
俺はコットン料理長に作ってもらった鴨肉を頬張る。
「お前、役に立たない情報なら今日の分は体で払ってもらうからな」
…決して卑猥な意味ではない。言葉通りの意味である。
俺は月が上がる夜に、鳩と愉快な晩餐を楽しんでいた。




