本日の天気は晴、ところによりミノタウロス
食堂で近衛兵団に訓練に付けてもらっている星華、悠希、海崎、大智、紅葉がいる。
「お疲れ様です〜」
心なしか疲れ気味な五人の姿を見て声を掛ける。
「やぁ、零。王都はどうだったんだい?」
隣に座る悠希が尋ねる。
「なかなかいいところでしたよ」
最後の襲撃者を除けば満喫したと言える。
「そっちは…お疲れのようですね」
「ははは…」
疲れ気味の笑顔が肯定していた。
「訓練は何を?」
近衛兵団の組んだ訓練というのは気になる。
「ひたすら型の練習よ。肉体的な疲労はないけど、精神的には辛すぎるわ」
俺の質問に星華さんが答える。
「それは…お疲れ様です…」
形稽古は確かに重要だ。俺らSLIGゲーマーでも、新しい技や動きは何度も繰り返して習得する。スキルや魔法は発動すれば勝手にできるが、生身の動きは反復練習が効率的なことは身に染みて知っている。
「しばらくは剣の素振りをするよ。僕らは素人だからね」
「まぁ、それがいいかもですね」
SLIG初心者がハマりやすいのは、クラススキル依存による戦闘だ。基礎戦闘力を鍛えずに成長すると、格上相手には絶対に勝てない。
逆に言えば、基礎戦闘技術を身につければ、クラススキルを使わなくとも、勇者の動体視力と身体能力を持ってすればかなりの戦闘力になるということだ。継戦能力を確保するのには必須とも言える。
料理が運ばれてくる。
「リュートさんと詩音さん、まだ戻らないのでしょうか…。もう遅いですが…」
紅葉が心配そうに水時計を見る。水位からおよその時間が分かるが、20時頃だろう。
「彼らなら心配しなくていいと思うよ。二人ともかなりのやり込み勢だろうし」
心配無用と俺は伝える。
「そう…ですか…?」
「まぁ、二人の性格を考えれば不安になるのも分かるが、ああいう奴は現代社会にいるから心配な奴であって、この世界では水を得た魚状態だ」
「ど…どういうことですか…?」
「あれだよ、あれ。猿が人間社会にいたら馴染めるか心配になるのは分かるが、野生の中にいたら心配する必要なんてないだろ?そういうことだ」
「あなた…随分な言いようねぇ…」
「例え話ですよ?星華さん。彼らが猿とは一言も言ってません」
「ものは言いようね」
実際、戻る気が一切なく、定住する気満々の彼らはこっちの世界の住人だろ…。
俺も人のことが言えた義理ではないが…。十分ゲームの世界の住人だということは自覚している。
「ま、徹夜でレベル上げでもするんじゃないですかね。今日は戻らないかもですね」
「て、徹夜!?︎」
「え?ええ。移動時間考えたらまとめてやった方が効率的ですし」
王都の北にあるオルカの森林帯に行くという話だった。馬しか移動手段がない今、往復4時間はかかる。
「す…すごいわね…」
「徹夜狩りなんて日常茶飯事ですよ」
「日常茶飯事なの!?︎」
「二日目の夜ぐらいからが正念場ですね」
「…あなた達はゲームで修行でもしてるのかしら?」
「レベル上げは修行に近いかもですね。完全に寝落ちすると強制ログアウトになるんで、ウトウト半覚醒で狩りを続けて三徹ぐらいまではやりますねー」
「イルカのようね…」
右脳と左脳を片方づつ休めて起き続けられるイルカは羨ましい。
「まぁユニーク個体やエリアボスでもなければ半分寝てても狩れますからね。だから二人は心配する必要はないと思うよ」
「そ…そうですか」
「みたいね」
紅葉の不安は解消されたようでなによりだ。若干俺から体を遠ざけるように避けているのが気になるが…。
「明日は零はどうするんだい?」
「うーん…そうですねぇ。レベル上げですかね」
「リュート達と合流かい?」
「いえ、もっと近場にソロでいきますよ」
「そうか…気をつけてな」
「ご心配どうも」
食事を終えて一息つく皆に、襲撃者の話をする。
「ーーということがあったので、一応気をつけてください。よほどの相手でもなければ、勇者の体に致死性の攻撃を加えることはできないと思いますが、毒の固定ダメージを入れ続ければどれだけステータスが高くても理論的には殺せますからね」
「そう…か…獣人種が…」
「獣人種自体が敵とは言えませんが、警戒するにこしたことはありません」
「分かったわ」
まぁ、王城にいればその心配はないだろうし、今の彼らでも負けるとはとても思えないが一応の報告と警戒の旨を伝えて食堂を後にした。
翌日。
俺は王都から出て近くの森に入っていた。
「魔物…いないかなぁ…」
王都の周りは比較的に魔物の発生率が低いという話だ。レベル上げには向いてはいない。だが、俺は近場を選んだ。
「おっ!」
森の中で動く影を三つ見つける。子ども程の背丈で緑色の肌を持ち、ギラギラの目に裂けた口。
ーーゴブリンか。まぁいいだろう。
俺は近くに落ちている石を投げる。野球選手顔負けの速度で30m程離れたゴブリンの頭に辺り、真っ赤な地を辺りに撒き散らし力尽きる。
ーーうわ…グロ…。
SLIGはD指定ゲーム。血肉といった過激な表現は規制されており、光のエフェクトで誤魔化されていたが、リアルすぎる描写に思わず顔を顰める。
「いや、現実か…」
現実に「リアルすぎる」というのは矛盾していた。
慌てふためく残りの二匹にも、同じく頭を目掛けて容赦なく石を放つ。
クラスレベルが2に上がる。やはり、クラスレベルを上げるには各職種で必要な経験値を上げることだということは間違いない。
勇者クラスでの経験値とは、魔物の討伐だ。
俺は地面に血を広げるゴブリンの元に来て、その屍に触れる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
//コンソールに表示する
Console WriteLine ;
{
//プレイヤーの右手に触れたら
OnTriggerStay.player.OnCollision(RightHand)
//そのエンティティのプロパティを調べる
this.Entity.Search.property;
}
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〈詳細〉
名称:ゴブリン
種別:第六種
分類:魔物
状態:死亡
エンティティ名:Goblin_1
固有ID:j3g3Fnh2e6ryWTMrr5b
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「Goblin_1ね」
俺が欲しかったのは、魔物の名前。
エンティティの名前が判明したところで、次の実験。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
//プレイヤーの正面10m先に
player.front(x=0,y=0,z=10)
{
//ゴブリンを作成する
Create.entity(String entityName=”Goblin_01”);
}
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
エンティティを作れるかどうか。
「!?︎」
「GYAUUUU!!!」
実行と同時に現れたゴブリンが、こちらの存在に気づいて威嚇する。
「はは…マジかよ…。魂の冒涜だな、これは…」
迫ってくるゴブリンを蹴り飛ばす。車に撥ねられたように体が中を舞い、地面を砂煙を上げて滑る。
「GU…GYAGYA…」
一撃では死なずに、地面を這って俺から逃げるように遠ざかろうとする。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
//プレイヤーの右手の上に
player.RightHand.on(x=0,y=0,z=0)
{
//Stone_212(光魔石)を作成する
Create.gameObject(String objectName=”Stone_212”);
}
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺の右手に光魔石が出現する。
「おや…」
次の実行式を実行したのにゴブリンの姿は消えていない。前回の検証では、一つ目の実行式によって得られた効果は、二つ目の式を実行すると消失するという法則だっがた、エンティティを一度生成したらエンティティは別エンジンに移り変わるということか…。
俺は手に入れた光魔石を逃げるゴブリンの頭目掛けて投げつける。
「すまんな…」
勝手に作っておいて殺すなんて、なんという外道の所業。まぁ、魔物は生物ではない上、凶暴で原始的な欲求しか持たず自我はないとは言え流石に罪悪感がある。
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//指定ユニットを蘇生する
【revive.entity(String UnitName=”j3g3Fnh2e6ryWTMrr5b”);】
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
[Solve:Error [This entity is disable]](このエンティティーは無効です)
「流石に蘇生はできないか…」
前回海崎に、ユニットID指定で回復や俊敏性ブーストなどのエフェクトを直接付与しようとしてもできなかった。そのことを加味すると、やはり他ユニットを指定した処置は不可能だと言えよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
//指定範囲内で次の処理をする
Range.space(x=±2,y=0,Z=5)
{
//蘇生
revive.useEffect ;
}
ーーーーーーーーーーーーーーーー
[Solve:Error [Not executable]](実行不可)
「ふむ…。空間に対しての蘇生処置もダメか。ゲームエンジンによる蘇生がダメなのか、蘇生システムそのものがこの世界ではダメなのかわからんな…」
まぁ、これだけ分かれば十分だ。魔物が作れるということだけ分かれば後はどうとでもなる。
ゴブリンには魔石以外価値はないが、屍を放置するわけにもいかない。ゲームでは放置すれば勝手に消滅してくれたが、ここでは討伐後の死体の処理は討伐者の義務である。
だが、土葬も火葬も面倒だからとりあえずストレージに入れておく。
どんどんと山奥へと進み、少しずつ魔物の質も上がっている。
「ほぉ、ミノタウルスか。王都周辺では上出来だな」
牛頭の3メートル近い巨体で、棍棒を振り上げながら迫ってくる。
琥珀流徒手格闘術を使えば間違いなく俺の手が文字通り血まみれになる。汚れたくはない。
武器を持っていないこともあり、悪いがチートツールに頼らせてもらう。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
//指定範囲内で次の処理をする
Range.space(x=±10,y=±10,Z=±10)
{
//重力を上方向にする
System.useGravity = (y=1)
}
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「GA!?!?!?!?」
周囲の重力が反転し、俺とミノタウロスの体が空へと落ちていく。
上空10mをすぎると、効果エリアから外れて自然の重力に捕まり減速する。
そこに再度、重力反転式を実行。
それを10回繰り返せば、地上が遥か100m先に見える。
「さぁ、ジェットコースターの時間だ」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
//自分に次のエフェクトを付与する
player.addEffect
{
//落下ダメージを無効にする。
System.Falldamege = false ;
}
ーーーーーーーーーーーーーーーー
上空へ落ちるために実行されていた重力反転の事象式が、次の式が実行されたことで消え、俺とミノタウロスの身体が地面に目掛けて吸い込まれるように落ちていく。
100m上空から落ちれば新幹線に迫る勢いだ。
バーーーーン‼︎
上空に落ちていった砂や土と一緒に、爆音と砂煙を上げ地面に激突する。
落下ダメージを無効にした俺とは違い、地面に叩きつけられたミノタウロスは肉塊となって動かない。
「さてと」
ミノタウロスの死体に触れて、エンティティ名を把握する。
「予想通りか」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〈詳細〉
名称:ミノタウロス
種別:第六種
分類:魔物
状態:死亡
エンティティ名:Minotaur_1
固有ID:rTeuGigiwj23L9urytH93te8f
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ミノタウロスはレベル50近いモンスターだ。初期のレベリング用のモンスターとしては使える。
俺は上空に再度飛んで行く。
空間に作用する事象式は半径10m四方という縛りがあり、10mごとに式を再度実行する必要があったが、俺本体にY=+1方向にかければ、解除するまで上昇し続ける。
さっきの倍あたり、200m近く上空まで落ちて、ミノタウロスをクリエイトする。
クリエイト
クリエイト
クリエイト
クリエイト
クリエイト
クリエイト
…
エンティティは、一度出現させれば2体目を生成しても1体目は消えない。さっきゴブリンを作成した後に光魔石を生成してもゴブリンが消えなかったからいけると判断した。
空からミノタウロスが雨のように降る。
ミノタウロスを作成するために式を記述するせいで、俺自信が飛ぶ式を維持できない。
ゆえに俺も自由落下してしまう。
100m以下まで落ちると、そこから生成した屈強なミノタウロスなら即死しなさそうで一旦やめる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
//自分に次の力を加える
player.AddForce
{
AddForce(ForceMode=Force);
{
//重力と等しい力をY軸上方向に加算
System.Gravity = (y=+1) ;
}
AddForce(ForceMode=Impulse);
{
//現在加わっている慣性速度を徐々に0にする
System.moveTime =0(0>0.1f)
}
}
ーーーーーーーーーーーーーーーー
これで重力に逆らい、さらに現在の落下速度を0にして空で停滞できる。事実上の飛行魔法だ。
俺はステータス画面のクラスレベルの値を確認して、溜息をつく。
「さすがにそんな甘くはないか…」
クラスレベル2の俺がレベル50違い相手を10体も倒せば上がるはず。しかし数値に変化はない。
おそらく落下による自然死という判定なのだろう。
俺は血の海と化している地上に降りて再び溜息をついた。
「どーしよ…これ…」
山積みに重なるミノタウロスの屍。
錆びた鉄の腐った匂いに我慢しながら肉塊に近づき、ストレージに収納する。
「あとで冒険者ギルドに届けるか…」
俺はクラスレベル上げを効率的にどうやったら行えるのかを考えながら、王都に戻ることにした。




