王都で見つけたもの
夕食を食べ終え、部屋に戻って明日の予定を考える。
厨二病と綾小路は、王都の外に出てレベル上げをすると言っていた。他の人は、戦闘の基礎を近衛兵団から教わるらしい。
俺は一人、街の様子を見に行くと言ってある。まぁ視察は建前で、本音は遊びに行きたいわけだが…。ちゃんと調査もするし、嘘はついていない。
コンコンコンッ
「勇者様、よろしいでしょうか」
セバスの声が扉越しに聞こえる。
「開いてるぞ」
セバスは国王から勇者に活動資金とは別の報酬を毎月渡してくれるようで、セバスはその代理で来たようだ。
「こちらが一月の給金でございます。活動に必要な武器や魔石、回復薬などの品は、別途こちらでご用意いたします」
セバスが出て行き、渡された白い布袋の中を確認する。
「こりゃ凄い…」
袋の中には白金貨が200枚以上。
金貨の種類は国ごとに違うが、金、銀、銅、青銅などから作られ、価値は各国共通だ。
単位はG。1Gは1セントだから、約1円と考えても差し支えない。
数えるのも面倒だ。
ステータス画面のストレージタブを開き、白金貨をしまう。
袋は消え、代わりにリストにアストリア王国白金貨×250という文字が出る。
「250万G…。衣食住完備、生活費負担に、物資は全額支給の月収250万か…」
高いのか安いのか分からんな…。
現代社会的な感覚で言えば、完全なインフレだ。しかし、ここでは世界で8人しかいない世界を救うと言われる勇者。それぐらいの代価はあってしかるべきとも言える。
明日、街でさっそく買い物ができることに喜びながら俺は寝ることにした。
俺は久しぶりに部屋で一人で気兼ねなく休むことができる。今日からは海崎も自分の部屋で寝てる。
ハニートラップを仕掛けてきた黒幕のアリシア姫には釘を指してあるし、勇者が協力する以上これ以上の懐柔は必要ないだろう。
やはり寝るときに女性がいるのは精神衛生上休まらない。
朝食を皆で食べ、それぞれの今日は別行動。俺は王宮を出る。
王宮は王都の中央にあり、高台にあることもあり城下を見下ろせる。
透き通る空、行き交う人、色鮮やかな街並み。
ゲーム内でも無限の仮想量子演算能力によって原子レベルで描写されるアリストリア王国王都の街並みは現実さながらの絶景だったが、実際にその世界に入って見る景色というのは息を飲む美しさがある。
街を物珍しさに見ながら回る。
「おーぃ、兄ちゃん!ちょっと見てきなよ!」
露天のスキンヘッドのオヤジさんに声をかけられて足を止める。
「兄ちゃん、王都は初めてだろ?」
「…ああ」
俺が街を珍しそうに見ながら歩く様子は、さながら都会に初めて出てきた田舎者の姿だろう。
「だろー?そんな兄ちゃんに、いいものを紹介するぜ?」
オヤジの露天に並ぶ品々を見て俺は心の中でため息をつく。
「王都に不慣れな兄ちゃんには、まずこれを紹介してやるぜ」
そう言って見せられるのは、ガラスのコップ。
「どうだ?綺麗だろ?宝石でできたコップだ」
この世界では、ガラスは貴重品だ。王城や教会などの一部にはステンドグラスなどもあるが、工業的な生産能力がないためガラスのコップは貴重と言える。
「これで飲む酒は格別だぜ?」
「…いくらだ?」
買う気はないが、値段は聞いておく。市場調査の一環だ。
「本来なら4万Gのところ…王都に初めてきた兄ちゃんへのプレゼントだ。今なら2万Gにまけておいてやるぜ?」
「高すぎる。俺はいい」
ゲームでもガラス製品はそれなりに高価だったが、カップ一つで1万Gもしない。
俺は背を向けて先を進もうとする。
「おいおい、待って。本命があるからもう一つ見てけよ兄ちゃん!」
「…本命というのは、そこに並ぶ壺じゃないよな?」
店に並ぶ大小の壺。塗装もされていることからそれなりの価値は認めるが、露天で売ってる壺なんて地雷臭いしかしない。
「流石兄ちゃんだぜ?そうさ、この壺さ。これは幸運の壺って言ってな。家においておくだけで幸せをーー」
「他を当ってくれ」
声をかけられた時から予想はしていた。田舎者だと思って壺商売をしてくるとは。まぁ、無理もない。キョロキョロと王都に不慣れな動きで彷徨えば、彼らにとってはいいカモだ。
「おい!兄ちゃん!本当だぜ?この壺を買って成功したって人は多勢いるんだぜ?」
後ろで俺を呼び止めようとするオヤジは無視して、再び歩き出す。
「そこのあなた!この石はね、運命のーー」
「おい、坊主!この腕輪をつけると金運がなーー」
「旦那!ここの水は祝福されてるんでさー。ですから、一杯飲めばたちまちーー」
なんだ、この市場。霊感商法ばっかじゃねーか!?
市場を抜けて商店街に来る。ここなら胡散臭い露天とは違って、しっかりとした店頭が並んでいることだし少しはまともだろう。
俺は大きな商会に張られたガラス窓に映った自分の姿をふと見つける。
そこには世間を知らなそうな小綺麗な衣服を纏った金を持っていそうな男の姿。王城では気にも止めなかったが、王都の住人の服装とはかけ離れている。
「…。なるほど、どうりで」
普段から服装に頓着しない非リア充廃ゲーマーの片鱗が露見してしまったようだ。
適当な服屋に入って着替えを探す。
「どのような服をお探しですか?」
女性店員が服を漁る俺に声を掛ける。
「私服が欲しいんですよ。この服装では目立つので」
「…こちらの棚は女性用ですが…」
…そうなのか…。女性用の服を漁る俺は相当変態に見えるのだろうか…。穴があったら入りたい。
「これは失礼…。適当に見繕ってもらえますか?男性用の一般的な服を」
冷静を装って棚から手を引き下げる。
「少々お待ちください」
それ以上は何も言わずに、彼女は別の棚で数着持ってきた。
「こちらはいかがでしょうか」
正直、服の良し悪しやセンスは俺には分からない。
「一番のお勧めは?」
プロの意見を信じて服を購入し、店を出る。
ーーん?
視線を感じる。向かいの建物の屋上から、こちらを見ていた気がした。
この感覚はゲームにはなかったが、召喚の際一零に追加されていた加護や祝福の効果の一端なら不思議はない。
俺は気にすることもなく散策を続ける。
王都は賑わっており、祭りでもないのに屋台が出ているし、街頭演奏もしている。
俺は屋台で適当に昼食を食べ、西の商業区から南の工業区へと足を運ぶ。
工業区では、近代的な工業プラントがあるわけではないが、鍛冶屋や製鉄所、資材所などがある。
俺は様々な王都中の鍛冶屋を回って腕利きの職人を探す。
SLIGでは生産職レベル100に武器を作ってもらっていた。けれど、この世界の住人のレベルは高くても50程度。
勇者のクラススキルは戦闘職ではダントツに優秀だが、八人とも勇者では武器の生産ができない。
生半可な武器では最大限の力は出せない。ゆえに、腕利きの職人は必須だ。
道行く冒険者に尋ねながら、様々な鍛冶屋を回った。けれど、レベル50を超える鍛冶職人はいない。
半ば諦めモードになり、最後にしようと小さな鍛冶屋に訪れる。
「なんじゃ?お主。ここに来るとはの、ひよっこ…ではないようじゃな」
うーん…手当たり次第に訪れてるからなぁ。完全な偶然なんだが…。
物造りにたけた種族のドワーフは鍛冶屋に多い。ここもドワーフが職人らしい。白髪老齢の筋肉質で小柄な男が、手槌を持って俺を迎えた。
「そこにあるのはオリハルコンか?」
俺は冒険者を装ってドワーフに尋ねる。
「よく分かったな。自慢の一品じゃ」
鉄や銅といった鉱石からではなく、魔物から採取できる魔金属がある。それがミスリル、オリハルコン、アダマンタイトのようなファンタジー物質。
俺は手にして質と重さを確かめる。
「悪くない」
「おいおい、そりゃそうじゃぜ?渾身の一振りじゃ。王都にそれ以上の剣があってたまるか」
「そうか、いくらだ?」
「150万Gじゃ」
「は?ぼったくるなよ。20万G程度だろ」
「馬鹿言え!素材のオリハルコンだけで100万Gは掛かっとるわ!!」
そうか…。そもそも冒険者でも40レベルに満たない者が多い中、強力な魔物から取れる希少魔金属は簡単に手に入らない。ゲーム時代の所謂S級レイア素材的なものは、市場価値が青天井ということか。
これは、素材を自分で集めて依頼するのが一番だな。オリハルコンの武器が作れるなら、ここの職人は最低限のスキルはあるだろう。
「また来る」
俺はそう伝えて店を後にした。
日が傾き、西の空が茜色に染まる。そろそろ帰路に着くとするか…。
工業区を抜ける頃には、建物の影は暗く夜に近い闇に包まれる。
俺は王城までの近道となりそうな裏路地に入り、ゆっくりと歩く。
ーー!!
背筋を撫でるこの感覚。ゲーム時代でも幾度も経験した奇襲の兆候だ。体感的なものではなく、直感的な何かがそれを伝える。
意識に上らない小さな音や、僅かな空気の流れ。相手の心理や状況。そんな些細な情報から、その勘とも言えるシステム上に存在しない要素を俺たちトッププレイヤーは手にしている。
命を刈り取る相手の意思と呼吸。ーー即ち殺気。
ゲーム時代ではなんとなくだった感覚も、今はしっかり感じることができるのは勇者の力だからなのだろうか。
背後から音もなく降ってきたフードを深く被った人影に、振り向いて短剣を持つ腕を掴む。
「…くっ…」
「!?︎」
その腕が予想以上に細い。
「暗殺とはいい度胸だな」
スチャッ
相手は掴まれた腕に持っていた短剣を逆手に素早く投げ、俺の横首に向けて刃を振るう。
「狙いは悪くない」
「っ!!」
だが、その剣先が届くことはない。両腕を封じられた相手が次の行動に入る前に、そのまま琥珀式徒手格闘に持ち込み地面にうつ伏せに押し倒し、その上に乗って動きを封じる。
「…!!」
技量の差もステータスの差も歴然。わざわざ固め技を決めなくても力だけで抑え込めたな、そう思いながらも相手の腕を背中に回して締め上げる。
「で?なんのつもりだ?」
抵抗しても無駄だと悟ったか、相手の全身から力が抜ける。
「…」
「ずっと俺を狙っていたな。魔族…ではないだろう?なぜ狙う」
「…」
相手の持っていた短剣には液体が付着している。毒だろう。普通の暗殺では毒まで使わない。俺が勇者だと知っての処置だ。このまま逃す訳にもいかない。危険な芽は摘み取る。
「…そうか。ならお前はここで死ね」
「…」
短剣を拾い上げ、ゲームエンジンを起動する。
//そのオブジェクトに付与された効果を無効にする
【this.gameObject.AttachEffect false;】
これで死ぬことはないだろう。毒の要素が消えた短剣を振り上げ、相手の太腿の裏に突き刺す。
「ぅ〜〜〜…!!」
「さて、毒が回るまで何分か。正直に答えるなら助けてやる」
もちろん、毒の効果は消えているが…。
黒ずくめの衣装。ズボンの黒い布が血で余計に黒く染みていく。
「誰からの指示だ」
俺が勇者だということを知っている人は少ない。召喚の儀式にいた中の誰かが魔王軍に情報を流したと考えるのが妥当だ。そして、こいつを使って暗殺を企てた。
「…」
忠誠心のお厚いことで。
「早く、殺せば、いい」
ーーお?
喋ったことにも驚いたが、その声が異様に高い。俺は地面に伏せて動けない相手のフードを剥がす。
「女か?」
通りで腕を掴んだときに細いと思った。乱れたゴワゴワとした黒髪に人間にはない耳。
「だったら、なんだ…」
「…いや、驚いただけだ」
相手が女であってもやった罪は同じ。少女だからといって許す気はない。だが、魔族ではないということは分かった。
「なぜ獣人種が魔族に組みする」
「…」
だんまりか。まぁ、後は衛兵に任せるとしよう。
魔法が使えないので仕方がなく物理的に眠らせた。
王城まで運んでいき、衛兵に引き渡す。まさか、同じ人類から命を狙われるとは思っていなかった。
もしも、この戦争が人類対魔王軍といった明確な線引きができなければ、最悪な状況となりえる。
俺は重たい足取りで、王宮の中に戻って行った。




