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それぞれの思惑

 王宮 王族居住区画


 星華はアリシア姫に連れられ寝室に来ていた。彼女は自分が他の勇者達の代表として、アリシア姫から帰還方法を覚えて戻らなければと意気込んでいた。


 アリシアは侍女達を人払いし、小さな部屋で二人きりになる。


「勇者様、お名前を伺っても?」

「あ、そうですね。桐生星華です。星華と呼んでいただければ幸いです。…殿下」

「まぁ、そんな緊張なさらずに。まずは休憩いたしましょう。落ち着きますわよ?」

 姫は優しい笑みを浮かべて用意されたハーブティーを勧める。

「え、ええ。いただきます」

 星華はすぐにでも本を見せて欲しい思いを沈めて、姫の勧めに従う。


「セイカさんは、魂の契約についてどれほどご理解されていますか?」

 姫は自分の持つカップの波紋に視線を落としてポツリと呟いた。

「いえ…私は何も」

「…先ほど行った魂の契約は、破れば契約者の命を失うものです」

「ぇ…」

 星華は、この世界にそのような非現実的な効果のある契約があるなんて知らないし、目の前で淡々と執り行われた契約に、そんな意味があったなんて思いもよらない。


「勇者方の中で一番帰りたいと思っているのは…あなたですね?」

 アリシアは、動揺する星華に畳み掛けるように言う。

「…なぜそう思うのですか?」

 星華は零の言葉を思い出して、冷静を装う。

「勘…ですわ」

 そう言うアリシアは、初日の夜のミーティングの内容を知っていた。彼女は密偵に部屋の中の様子を探らせていたからだ。


 何も答えずに星華は紅茶を啜る。


「私からセイカさんに一つ契約を持ちかけたいのです」

 その言葉に、星華は警戒する。自分がなぜ呼ばれたかを察して。

 同時に零の言葉を思い出す。”帰りたいという欲求がある以上、それがこちらの弱点だ”という言葉だ。


「それは、後にしましょう。まずはその本を見させてください」

 星華は一気にティーカップを空にして、勢いよくテーブルに戻す。


「ええ…そうですわね」

 アリシアは余裕の微笑みで静かにカップを置く。

 アリシアも想定していた。このタイミングでは絶対に乗らないと。しかし、今切り出したことが重要だった。

 それは、この本の内容を知ったらなお、自分の提案に乗る確率が高くなると確信していたからだ。


 アリシアと星華は手を繋ぎ、魔力共有をする。

 秘伝書は、王族の魔力にしか反応しない仕組みが施されている。魔力を共有することで、他の人でも見れる仕組みだ。


 星華の目に、真っ白なページに文字が浮かび上がってくる。

 心眼を持つ海崎澪緒が何も言わなかったということは、この本に書かれていることは本当なんだろうと星華は思っている。だから目を凝らす。


 分厚い本だが、紙自体が厚紙で厳重に保護されているためページ数は少ない。

 星華は全てのページを読破するのに30分もかからなかった。


「…ここに書いてあることは…本当なんですか?」

 震える声を抑えて星華はアリシアに尋ねる。

「…はい。事実です」


 勇者召喚も、帰還も難しいことはない。ただ、宝珠が必要とのことだった。

 宝珠とは、膨大な魔力を溜めることができる古代文明遺産アーティファクト

 自動で魔力を吸収して溜めるとの記述も星華は見つけるが、その膨大に必要な年月に目を閉じる。


「使える宝珠は…後いくつですか…?」

 本の中でも記されていたが、星華は間違いだと願って尋ねる。

「…4つです」

 アリシア姫は星華から顔を背けて小さく言った。

「…」

 つまり、帰還できるのは8人中4人。


 星華の頭の中で様々な考えが廻る。


 アリシアは、固まる星華を見て息を飲む。彼女にしてみれば、ここで彼女を取り込む以外に道はないことは重々承知だ。


「星華さん。先ほどのお話の続きです」

 視線だけ向ける星華の姿を確認して、話を続ける。

「私とあの殿方との魂の契約は果たしました」


 契約内容では


 アリシア側は

 [勇者召喚と帰還に関する情報を伝え、その情報が記載された秘伝書を勇者の一人に見せること]

 零側は

 [その本の内容がどうであれ、勇者一行は王国と友好的である。この友好とは、その関係において互いに協力し合い、決して敵対はしない。必要であれば、戦力の提供をする]

 というものだ。


 アリシアは、勇者らに敵対される可能性にも怯えていた。一方的に呼び出して、その半数は二度と元の世界に戻れず危険な世界に取り残されることになる。それに気付かれれば新たな火種になりかねない。だから秘伝書を見せる前になんとしても協力を誓わせたかった。

 けれどもそこに至る前に、”見せなければ敵対する”可能性を示唆してきた。

 アリシアにとっては完全な誤算だった。

 それでも零は妥協点を示した。


 それが上記の契約。


 友好的であり、一定の協力は確約し、敵対はしないと誓った。だからこそこうして勇者の一人に秘伝書の内容を見せている。

 だが、この内容が全員に知られたら、はたして契約上の”その関係において互いに協力し合い”がどこまで適応されるかは未知数だ。

 もし万が一、勇者一行が「こんな関係はその程度のものだ。つまり協力する必要はない」として行動した場合、それが契約の裁定がどうなるか分からない。


 アリシア自身、そこまで無謀な挑戦を彼がするとは思いたくないが、同時に彼ならやりかねないと思ってしまう。


 だからこの情報は彼女までで止める必要がある。


「ご覧の通り、帰還には宝珠が必要で、帰れるのは天体の動きから4年に一度です。けれども、一つだけ私のお願いを聞いてくださるのでしたら、すぐにでも送還致します」

「本当!?」

 一瞬アリシアの言葉に目を見開いた星華はすぐに戻る。

「…そんなことができるのですか?」

「はい。星の力を借りれないので膨大な魔力を必要としますが、宝珠は4つあります。2つも使えば可能ですわ」

 アリシアは星華の反応に手応えを感じる。

「…なぜそんな提案を…」

「…不思議ですか?これが最善ですわ。この本の内容を他の勇者に知られる訳にはいきません。貴方様さえ向こうの世界に送ってしまえば、真相は闇の中…。私は契約通りに勇者様のお一人に本は見せたので、他の勇者様方にはその対価となる協力をお願いできます」


 アリシアは席を立って星華の座る目の前に行く。

 目の前の勇者を陥すのはもう少しだと言わんばかりに。


「貴方様は元の世界にすぐに戻れます」

 覆いかぶさるように顔を近づけるアリシアの顔が星華の瞳に大きく映る。

 その魅力的な内容に星華の心は動く。

「ですから、このまま元の世界で、元の日常に戻りませんか?それを貴方様が一番望んでおられたでしょう?」

 星華の脳裏に向こうで待っている人の姿が過ぎる。

「決断してください。今帰還して貴方様のいるべき世界に戻るか、4年間…いえ、その先もこの世界に残ることになるかも知れません」


 星華の鼓動が早まる。帰りたいという想いと、この情報を他の皆に知らせずに一人だけ帰っていいかという葛藤。


「他の勇者様方のことを心配なさっているのでしたら、それには及びません。どの道宝珠の数は足りませんわ。それに、魔王軍の脅威がなくなれば勿論正直にお教えいたします」


 星華の耳に都合の良い言葉が次々に入ってくる。

「貴方様以外の方は、さほど元の世界に未練があるようには感じられませんでしたわ。貴方様がお戻りになられてもそれを責めるような方はいないと思いますの」


「…っ…」

 星華の揺らいでた瞳が真っ直ぐアリシアを見る。

「?」

 星華は、海崎澪緒が向こうの世界でしか慣れない将来の夢があることを語ったことを思い出す。

「帰りたいのは私だけじゃないよ…」

 ポツリと呟いて覆いかぶさるアリシアの体を退ける。

「え…えと…?」

 キョトンとするアリシアに星華は微笑む。

「その提案はお断りします」

「なぜ…。いえ……そう…ですか…」

 星華の表情を見て、アリシアは悟った。彼女はもう揺れ動かないと。

 よろよろと自分の席に戻って震える手で冷たくなったハーブティーを口にする。


 完敗だった。交渉も、苦肉の策で取り込もうとした最後の提案も弾かれ、彼女は自分の無力感と絶望に襲われる。


 その様子を見る星華は、居た堪れない気持ちになる。先ほどまでの混乱は治り、平静さを取り戻して気づく。


 本の内容でなぜ4年に1度しかタイミングがないかを。


 星の力を借りて魔力を節約できるというのは副次的な理由だった。本来の理由は、“術者のリスクを減らす”こと。


 指定日以外で強行した術者は、皆生き絶えたことも記してあった。

 もし、星華を星のを借りずに無理やり今帰還させれば、その術者となる姫命はないことを星華は理解する。


「死ぬ気…だったんですか?」

 空になったカップを持ち遠く朧げにを見つめるアリシアに星華が問う。

「…私の命ひとつで七名の勇者様との友好関係が保たれるのでしたら安いものです…。それに、どの道この情報が知られればお怒りになられるでしょう。この牢獄と言う名の世界に、勝手に呼び込み拘束する罪は、私の命一つで許してくださるでしょうか…。その怒りを私以外に向けないでいただけますでしょうか…」


 全てはアリシアが計画し行った。だからこそ、その罪の重さは一番理解している。そして勇者たちから見れば、アリシアの独断でもこの国の総意であっても同じことだということも分かっている。



「ふふっ…ふふふふふっ!」

「!?︎」

 重たい空気を蹴散らすように、陽気に星華は笑った。

「ごめんなさい?でもおかしくって」

「な、何がですの?」

「んー、口で説明するより、一緒に行きましょう?」

 星華は立ち上がりアリシアの手を取る。


 星華の目には、一国の姫殿下と言う姿にはもう映っていない。元の世界で待つ、唯一の家族である妹の姿と重なって見えていた。

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