交渉と契約
朝を迎え、朝食を食べるとすぐに”玉座の間”に招かれる。
王国側の人にとっても、俺たちがどうするかというのは死活問題だ。前のめりにもなるのだろう。
金銀宝石の装飾が施された大きな扉が開く。
「おはようございます、勇者様方。昨日は十分にお休みいただけましたでしょうか」
国王の側近、シモン・ラルード執政官が第一声を投げかける。
「ええ。その辺のことはセバスさんから聞いてるとは思いますが…。実に有意義な休日をすごさせていただきました」
「…それは結構」
こちらが昨日何をしていたのかということぐらいは、セバスから報告が上がっているだろう。
「では、前置きはこの辺りにして…」
シモンは国王に視線を送る。
ここからが本題だ。
「うむ…。勇者殿、一昨日にも問うたが、我々に助力をしてはくれんか・・・」
会場に無言の緊張が走る。
ーーさぁ、交渉の始まりだ。
「まず、俺たちは同じ人類として可能な限りの協力はするつもりです」
「「おぉ!!」」
俺の答えに会場にいた人から期待の声が上がる。だが、喜ぶのはまだ早いと思う。
「しかし、本当に協力するかは、俺らが帰還できるという保証がされてからです。それまでは、協力するつもりはありますが、動く気はありません」
「ふむ」
それは向こうも想定していたはずだ。
まずは、無条件に「帰還させろ」と言わないことにホッとしているだろう。
せっかく呼べた勇者が、いきなり「魔王なんて知らん!帰る!」と言い出せば徒労に終わる。
かといって、こちらが帰還する気なのか、本当に情報だけ聞いて協力してくれるのかというのは向こう側には分からない。
協力するつもりだといいつつ情報を聞き出し、さっさと帰還する可能性を当然警戒しているだろう。
「一昨日も言うたが、帰還できるのは4年後じゃ。それまではこの世界に留めることを申し訳なく思う」
「ええ。それは聞きました。では、勇者召喚と帰還術式、あとはその術の発動条件などの詳細情報をください」
「それは…、王家に伝わる秘儀じゃ。他言はできん」
「それでは、協力はできません」
「…なぜじゃ…それは困る。そなたらは帰還を望むというのか?」
帰還の情報を条件に協力するというのは、帰還の情報を聞き出したら向こう側にとっては俺たちを繋ぎ止めるカードがなくなる。
かといって、俺たちが向こう側の言い分を信じて協力しても、実は帰還できません。なんてことにもなりかねない。
そして実際、俺たちとしても帰還方法を知って実行できるのであれば、星華さんをすぐにでも帰還させる気満々だ。
これは相手をどこまで信じれるかというチキンレース。
チキンな俺は当然こちらに手札が揃わない限りは応じる気はない。チキンを舐めるな。
「いえ、帰還するつもりはありませんよ。俺たちにしてみれば、帰還方法が本当にあるのかということ自体が疑問です。帰還方法があるというならその証拠を知りたいだけです」
知りたいだけではないが、知ってしまえばこっちのものだ。細かいことは気にしないでくれ。
「ふむ…。そうじゃな…」
国王は一度目を閉じて思案を巡らす。そして、重い口を開いた。
「分かった。30分後に執務室に来られよ」
俺たちは場所を変えて謁見の続きを行うこととなった。
国王の執務室の扉の前に立つ。
「陛下、お連れいたしました」
セバスの声に扉が開く。
そこには国王と、16、7歳ほどの金髪少女の姿。娘…ではないな。孫だろう。
「お初にお目にかかります。勇者様方。私は国王の孫娘、アリシアと申します。皆様を召喚した召喚主でございます」
ドレスを摘んで優雅にお辞儀をする姿は、まるで姫。…いや、リアル姫か。
「私が母より勇者召喚の秘術を受け継いでおります。勇者様方が望まれるのであれば、その秘術を教えることも厭みません」
割とあっさりと教えてくれそうなことに安堵する。
向こうがこちらを信じてくれるというなら話は早い。
「皆様は、帰還がされるのかどうかという確証が得られればよいのでしょう?勇者召喚のことについては、こちらの秘伝書に記されていますわ」
そういって、手に持っていた革と金具で厳重に守られた茶色い本を見せた。
「あ、ちなみにですけど、この本に書かれたインクは私が魔力を流さないと読めませんので奪っても無駄ですよ?」
ニコッと可愛げに笑う少女の姿に、俺たちもそんなことはしないと笑顔で返す。
「その本に、勇者召喚に関してと、帰還の方法が記されているんですね?」
「はい」
俺の質問に真っ直ぐ答えた。
「それは、あなたの信じる神と、良心に誓えますか?」
「はい」
海崎にチラッと視線を送ると、彼女は小さく頷く。嘘はついていない…か。とすると、その本に書かれているということは信憑性が高い。
「ちなみに申し上げますと、この本を読めば、皆様自身でも帰還ができます」
「ーー!?」
さっきと変わらない笑顔で、にこやかに言う。
話の分かる姫様だ。…いや、ここまでいくと逆に分かりすぎる。
「皆様は、それを知りたがっていると思いましたが…違いますでしょうか?」
何を考えているのかさっぱり分からない。奥にいる国王とシモンの方が互いに視線を交わし動揺している。
「いや、その通りです。それで…いいんですか?…俺らにそれを教えて」
こちらを信用して帰還の方法を教えてくれると言う。それは、俺たちがこの世界を見捨てて逃げれるという意味だ。
いくら「協力するよ」と言っても、危なくなったら逃げる。当然だ。その手段を無条件に渡すというのは俺としては信じられるものではない。
ーー何を企んでる…。
海崎も口に手を当て考えている。彼女とて、予想外の展開だったのだろう。
「私は、あなた方勇者が私たちに助力してくださるという言葉を信じ、王国の秘儀である勇者召喚の書をお見せします。なので、この本を見た暁には、必ず助力してください」
俺が言ったのは、協力する条件に、帰還の情報を寄越せと言う話だった。
けれど、彼女の言い分は、帰還の情報を見せるから、協力しろというものだ。
これは同じように見えて全然違う。
俺たちはあくまで協力して”あげる”側であって、帰還の情報を人質に協力を強いられる構図は間違いだ。
「姫様。逆ですよ。協力するのに、その情報を俺らの手に入れるというのが前提条件です」
「同じことでしょう?」
「違いますよ。その情報次第で協力できないかもしれないので、見たから協力するという契約は成り立ちません」
「…私の見解では、あなた方が帰還するには私に送還されるか、この本の知識を得る必要があるのですよ?」
「ええ、そうみたいですね。ですが、それが俺たちを協力させる対価にはなり得ません」
「なぜですか!?あなた方の中には帰りたいと思っている方もいるでしょう?この世界に残るのであれば、魔王軍との戦いは避けれませんよ!?協力を拒んでも行き着く先は同じですよ!?」
彼女は先ほどの笑顔は消えて訴えるように投げかける。俺たちが愚かな選択をしているかを心配するかのように。
ただ、俺とこの国の人では持っている情報が違う。だから、俺たちは必ず協力すると思っていたのだろう。
「昨日、図書館で世界地図を見ました」
「…?」
唐突に変わる話題に皆が小さく驚く。
「この国で使われている地図には、大陸の全ての国が記されていましたね」
「え…ええ。そうですわ…?それがどうかなさいましたか?」
「でも、書かれていたのは中央大陸の地図だけです」
「?」
「地図に載っていない場所がまだいくつもありますよ」
「「!?」」
ゲームの隠し要素として広域マップに表示されていない秘境や島はいくつもある。
「し、しかし、中央大陸を魔族に占領されればいずれ世界中が…」
「アフロディア」
「ー?」
「聞いたことはありませんか?浮遊大陸アフロディア。遥か天空を移動する浮島のことを」
「あ…あれは伝説ですよ?」
「実在します。ちなみに場所も知ってます。それがどういうことか…お分かりいただけますね?」
大陸を魔王に占領されようが、俺たちは大陸から離れた浮遊大陸に逃げるという手段もある、と暗示する。
「そんな伝説を持ち出しても…」
彼女はそこまで言って止める。
そう。これは事実かどうかという問題ではない。俺がそう信じているなら、彼女が期待している”一緒に戦うしかない”という選択肢は交渉カードになりえない。
「お、お主らはアフロディアに逃げるというのか?」
今まで黙って俺と姫の会話に口を挟まないようにしていた国王も、ついと言った感じに言葉を投げる。
「いえ。そんなつもりはありません。ただ、この交渉においてどちらが優位にいるかと言うことは明確にしておくべきかと思いましたので」
そんなつもりはない…今のところは、ということは伏せておく。尤も、行こうと思って行けるような場所ではないのだが。
俺のハッタリを信じてくれたのか、姫から余裕の笑顔は消えて唇を噛んでいる。
「し、しかし、私たちを見捨てて浮遊大陸に逃げると言うのであれば、一生帰還は叶わないかも知れません…よ…?」
当然こちらが見捨てるというのであれば、相手側にも相応の態度を取られることになる。しかしーー。
「ほぉ?つまり、今まで「協力してくれ」と言っていたのは、「協力しろ、さもなければ返さないぞ」という意味だったか。そうならそうで、俺たちの敵は魔王軍ではないように思えますね」
「ーーっ…!?」
俺は一歩近づいて見下ろすように圧をかける。
「ち、違う。そのようなーー」
国王が割り込むように間に入るが、その体を姫が制す。
「お爺さま」
「?…ぅむ…」
国王は大人しく下がった。どうやら力関係は姫の方が上らしい。
「脅迫するつもりはありませんでした。そのような形に取れる発言、謝罪いたします。けれど、勇者様方の協力が得られるのであれば、私は悪魔にでも魂を売ります」
姫様は真っ直ぐとした瞳で対抗するように俺の目を見る。力強い信念のある眼だ。
だが、残念。最初から立場は決まっていた。
「どちらが困ると思う?帰還手段は得れないが、魔族とは関係ない浮遊大陸で暮らす俺たちと、勇者の協力を得れずに魔王の脅威に立ち向かうこの国と。天秤の針はどちらに傾いてる?」
「っ…」
この天秤の片方には、浮遊大陸を見つけると言う手間と、浮遊大陸に行くという手段を揃える必要があり、当然そんな目処は1ミリも立っていない。さもできるかのように語っているが完全なるブラフ。
どちらが困るか?当然俺たちだ。
だが、向こうが知らなければ天秤は反対に傾く。
それがバレないうちに、妥協点に誘導する。
「まぁこちらとしても、最初から見捨てる気はありませんし、できる限り協力するつもりはあります」
「…」
「ですので、その情報を見させてください」
もはや、立場が明白になるを越して逆転している。
”帰還の方法を見せろ、さもなくば協力はしないぞ?隠すのであれば、敵対する可能性もあるのだぞ?”と。
元々の計画では敵対を示唆するような手段には出る予定ではなかったが、その本の内容さえ解れば、この国に頼らずとも帰還ができそうなので、多少の強引な手段も取れる。
「それは…確約いただけないのであれば…できません…」
苦渋の決断をしているようだ。だが、その選択は解を自白している。
「…なるほど」
俺の独り言に姫は視線だけを俺に向ける。
ここまでの流れでおおよその予想はついた。
完全に追い詰められた姫。逃げ道を用意すれば必ず喰いつく。
「では、条件を追加しましょう。“その本の内容がどうであろうと、私たちは王国と友好的である”と誓います。この友好というのは、その関係において互いに協力し合い、決して敵対はしないと言う意味で。必要であれば、戦力の提供もします」
「それは…期間を定めず…ですか?」
「はい」
後ろで国王とシモンが顔を合わせて目を見開いている。言葉通りに取れば向こうにとってはこの上ない好条件だ。
「……分かりました。お爺さま、契約書の作成をお願いしますわ」
苦渋の決断をするかのように、奥歯を噛み締めながら静かに承諾した。
国王が顎で使わされるとはこれ如何に…。シモンが忙しなく紙や印を用意している。
「あ、そうですわ」
すっかり交渉は終わり、暗く曇らせていた表情とは打って変わってニコやかに手を合わせて詰め寄る。
こうやって表情を一変させ取り繕う時は、必ず裏がある。
「この本をお見せするのはいいのですが、先ほど申し上げました通り、特殊なインクで書かれてますの。私の魔力を共有して見ていただく必要があるのですが、魔力の質によっては共有できませんので、ご了承下さいませ。皆様の中では…、貴方様が私の魔力との親和性が高いので、代表としてご覧いただいてよろしいですか?」
そういって星華さんの手を握る。
「え…私?」
「ええ、構いませんよ」
驚く星華さんには気にせず俺が返事をする。
二通契約書が出来上がって一枚が渡された。
SLIGの契約システムにはいくつかあり、そして今回行うのは、魂の契約。通称死神契約。約束を違えれば問答無用で即死するという恐ろしくてゲームでは殆ど使われなかった契約だ。
「この契約を破れば命は保証できません」
「ええ…知ってますよ」
契約の内容に目を通して俺は冷静を装うが、姫の肝っ玉に感服する。
「契約者は私と貴方様でよろしいですの?」
「ええ。俺で。」
姫は名前を書いて、ペンの先で親指を指す。赤い血液がジワリと湧く。
ーー命を掛けた契約か…。
十分血が出て、名前の上に赤い線を引く。ゲームではアバターは勝手にやっていた契約モーションだ。
俺も真似るように同じく捺印した。
契約が済んで、早速情報をもらう手筈となる。
「魔力共有には時間がかかりますの。私のお部屋でゆっくりしましょう。本を読むにもそれなりに時間がかかるでしょうし…」
「構いませんよ」
「その…自室に殿方を招くのは恥ずかしいですわ。貴方様だけお越しくださいな」
姫は星華さんの手を握って微笑む。
ーー彼女の悪巧みはまだあるか。いいだろう。乗ってやるよ。
「…そうですね、では星華さんお願いします」
「え、ええ」
俺たちは国王に挨拶をし、執務室を後にする。
出来は上々、後は星華さんにお任せだ。…俺の予想が正しければ、彼女はきっとやってくれるはずだ。
そう信じて、俺たちは先に部屋に戻ることにした。




