1章[一狩りされてみようぜ!!]
「……実を言いますと我らの国、ヤハテス国は現在あまりよろしい状態とは言えません【十八年前の戦争】で敗戦こそ免れましたが、その後の魔王様御不在の中行われた不利な状況での戦後処理により国土の大半を失い……大変申し上げにくいのですが現在は亡国寸前の弱小国家となり果てております」
和やかな旅の空気を一変させるメイガスの発言に私は静かに耳を傾けていた。
十八年前、それはつまり私が【現実】で産まれた年。
単純に考えると魔王である母は戦局を察し、国よりも我が子の身を案じてこの世界を棄て別世界に逃げた。
そう思わざるを得ない話の流れだ。
私はうっかり聞いてはいけない事を聞いたのかもしれない。
知りたくなかったことを知ってしまったのか?
いや違う、早い内に過去にあった重大な事実を知ることが出来たのは良かったのかもしれない。
「メイガスはそんな今の国に……いや今の魔王に不満は無いの?」
普通なら敗戦を察し国を見捨てた様な魔王が今更ノコノコ帰ってきたとしてら下手すれば極刑の対象……そんな事になったら!
「まさか!お母さんは魔王の娘である私が罪から逃れられる様にここへ転移させたの!?」
そうだったらとんでもなくまずい事だ!今すぐ戻らないと!!!
「まぁまぁルイ様落ち着いて、それは無いと思いますよ」
「何故そう言い切れるのよ!!!」
私の不安や焦りとは裏腹にメイガスの反応は冷静そのもの、私を落ち着かせる為の演技という訳でもなく、それは絶対にあり得ないと確信めいたものであった。
「魔王様は先の戦争の最大の功労者でして罪に問われるなど有り得ませぬ……あっ!いえ、これ以上は第一種国家機密に該当いたしますので……申し訳ないのですが私の立場で発言する事が出来ません、ご了承ください」
国を棄てた敗戦の将が最大の功労者?
いまいち納得のいかない話だがこの事についてメイガスにしつこく聞こうとしても彼女は口を堅く閉ざし「国家機密ですので」の一点張りで何も話してくれなかったので諦めざるを得なかった。
その話は機会があれば母から直接聞くしかなさそうだ。
「……それにしても亡国寸前の弱小国ねぇ」
溜め息交じりに私はそう呟く。
そんな大問題、今の私が母の前に再び戻って行ったところでどうにかなる問題でもない事は分かっている。
「あーですが! しばらくの間は心配はいらないかとおもいますよ~魔王様不在の空白期間はかな~り危なかったですが、魔王様が君臨なされている今、チョッカイを出してくるような命知らずの輩はまずいないと思いますよ~それに少し自虐的にはなりますが……周辺国からすると特質する資源もロクに残されていない小国など大国間の中立地として放置しておいた方が何かと都合は良いですしね」
私の不安な気持ちを察してか、メイガスは慌ててフォローに入る。
確かにそれはある程度納得のいく理由ではあるが大国の間に挟まれている小国というのは吹けば消し飛ぶ様なか細い存在でありいつ何が起こっても不思議ではない……。
――メイガスはすっかり重くなったこの場の空気を変えようとしたのか敢えて明るい態度を取り話題をこの場所についての説明に変更してきた。
「そっそれよりもですね、ルイ様はなんでこんな穏やかな平原が危険地帯なのかって気になりませんか? 気になりますよね~?」
「ん~確かにねーそれは気になったわ、ベルガの狩場?だっけか、物騒な名前の割には今の所大人しそうな生物しか見かけないし、肉食獣が活発になるっていう夜になるまでは本当に平和そのものって感じだし」
別にメイガスを疑っているわけじゃないが確かに危険地帯と念を押された割には平和過ぎていた。
現に今もこの場所で危険なものに出会う、そんなイメージが一切湧かない。
どこかの牧場の想像させるのんびりとした時間の流れる平原。
――その一方で実はかすかにではあるが違和感の様なものは感じている。
この平原を歩き続けて数時間、一つだけ疑問に思った事があった。
私達が歩みを進めていけばいくほど、道中で見かける生物の数が少なくなっている気がするという点だ。
あれほど動物たちの鳴き声で騒がしかった筈の平原は何かから隠れるかの様に静まり返っている……。
景色自体は殆んど変化が無いのが却ってこの状況を気味が悪く感じさせる要因の一つであった。
危険地帯との事で周囲を警戒してはいたのだが今現在大型動物どころか小動物や鳥の気配すらあまり感じないのは明らかに異常だ。
そんな事ってあり得るのか?いや、流石にあり得ないか、こんなに広く見晴らしの良い平原で生物の気配を殆ど感じる事が無いなんて……。
「雰囲気が変わった……?」
「おやおや気が付きました? ――さってと、そろそろベルガの狩場の仕組みをお教えしましょうか」
「仕組み?」
突然のメイガスの意味深な発言に私は少しだけ身構える。
「この平原は先程の地図で見たら分かると思いますが、肥沃な緑地帯がほぼ円形上に広がっていますよね?草食獣は通常このオアシスの円の中心部を本能で避けています、何故だと思いますか?」
「そんな事、分かんないわよ……そうねゲームとかだと中心部には他よりも強いユニークモンスターでもいるんじゃないかしら…………あっ!」
自分で言っておいてアレだがそれはかな〜りマズイ事になる。
だったら尚更この不気味な平原から一刻も早く出るべきであって、必然的に歩くスピードが自然と早くなる。
「まぁまぁルイ様落ち着いて、そういや一つ忘れてましたが平原の赤石には近付かなければ基本的に大丈夫……らしいですよ?……まぁもう遅いんですけどね(笑)」
「忘れてた?……赤石、メイガスッ!まさか!?」
「ふふーん」
私はゴクリと生唾を飲み込む。
視線の先にはぼんやりと見えている岩――。
メイガスと私の視線の先には【例の岩】があった。
「ねぇメイガスさんちょっと聞きたい事があるんだけどまさかと思うけどね、絶対に逃げなきゃいけない赤石って……」
「ええ!多分あれですよあれ!ドウシヨーマズイコトニナッタナー」
「……途中から棒読みになってるわよ」
ワザと、だよね。
メイガスは知っててこの状況を作り出した、そう思わざるを得ない。
そうする理由は分からないが一つ言える事がある、間違いない彼女は頭のネジがぶっ飛んでる……。
先程から気になってはいた。
緑一面の平原にポツン置かれた奇妙な赤い岩。
何も無い平原の目印として旅人の誰かが分かりやすい様に大きな岩に色を塗っていたのかなと思っていた。
でもそれは私のとんだ勘違いであった。
あれは岩なんかじゃない。
近くに来るまでは気が付かなかった、あの岩は……アレは動いている。
「メイガス……まさかとは思うけど一応聞いておくわ、あれって岩でしょ? まさかと思うけど大きな魔物だったりとか……そんな事ないわよね~」
メイガスは私の問いにニヤリと笑みを浮かべ、とんでもない事を口走った。
「そうです!アレこそがこの平原の主にして狩場の絶対王者! 危険度A級の魔物、憤怒の赤猿ベルガ! そしてルイ様が最初に討伐なさる記念すべき獲物です!!!」
岩だと思っていた……いや思いたかったソレは全身鋼鉄の鎧の様な筋肉に身を固め、憤怒の赤猿の名に相応しい燃える様な赤の体毛に覆われた大猿がだらしなく寝ている姿であったのだ――。