1章[旅のお供]
別れとは唐突なものであるとは言うがこれはいくら何でも唐突過ぎである。
辺りには見えるのは草、草、草、たまに木。
周囲にはさっきまでいた屋敷はおろか小さな人工物すら一切存在しない天然の大自然。
「――ここは?」
――たしか、お母さんに世界を見てこいとか……そんな感じな中二っぽい事を言われた後に魔法陣が足元に……。
ポケットの中には一つのメモ書きが入っていた。
装備と旅のお供はサービスよ、母より。
水溜まりに反射する自分を見てみる。
ふむ、中々イケてる。
白を基調とした旅人風衣装にフード付きマント。
青のインナーカラーが所々に入っている灰色のストレートヘアーに片方の目が隠れているいつものヘアースタイル、細身長身でスラッとしている体格だからこそ目立つ、奥ゆかしさを隠しきれていない胸。
あれ、私こんなにおっぱいあったっけ?
とはいえ一番驚いたのは服やマントと言った装備が羽根のように軽い素材で出来ているため、重量感が全く無い上に着心地が最高な所であった。
「ポーチの中には金貨と食料、よく分からない薬品……武器は無しか」
はぁ~っとため息を一つ。
「状況的にはお母さんに転移魔法で飛ばされたと考えるのが妥当かな……」
異世界で奇跡的な再開を果たした母に出会って小一時間後には問答無用で転移魔法を使われ、知らない土地にぶっ飛ばされるなんて前代未聞の急展開すぎるよ……まったく。
しかしだ、この状況に思った以上に落ち着いていられるのは、多分短い人生の中で無駄に蓄えてきたアニメやゲームの予備知識がある所為か……。
あるいは驚きの連続でだんだんと感覚が麻痺しているだけなのかもしれない。
それよりまずはこの場所について考えよう。
再度今いる場所の周囲に目を向け俯瞰的に観察してみる。
しかしあれだな……この平原は……RPGでいうところの旅の始まりのテンプレの様な場所だな。
太陽は燦々と輝き、雲一つない青空の下、躍動する生命。
木々は騒めき、風は踊る。
鳥はまるで自分達だけの専有地かの如く空を自由に飛翔し、動物達の群れは気持ちよさそうに木陰で昼寝をする。
「……【安寧の平原】そう名付けよう!! 早速探索してみようかな!」
正直、未知の世界を冒険していくっていうのは多少なりとも憧れはあったし、そこまで悪い気分ではない。
そんな新米冒険者の高揚感に浸る私に水を差す一言が丁度私の真後ろの辺りから聞こえてきた。
「ふふふ、ここは【ベルガの狩場】と呼ばれる場所ですよ〜」
「うおッッッ!!??誰や!?」
「ベルガの狩場はですねぇ〜昼間は草食獣達の憩いの楽園ですが、夜になると環境は一変しまして、ただっ広く遮蔽物は存在しないこの空間は肉食獣達にとっての恰好の餌場となる場所でして――ギルドの適正ランクはB+に指定され新米冒険者には場違い感半端ない危険地帯ですよ~」
私は咄嗟にオタク特有の早口の様なスピードでこの平原の説明をする声の方向から距離を取り、振り返る。
――そこにはメイド服風のヒラヒラ衣装に大きな魔法使いの帽子を被り自身の背丈より大きい錫杖を持つ変わった格好の私より少しだけ背の低いミステリアスな少女が立っていた。
ひょっとすると彼女が母のメモに書いてあったお供なのかな?
少女は何処となく怪しい雰囲気を醸し出す紫の髪を平原から吹く爽やかな風に靡かせながら、アメジストとサファイアを思わせる光沢と透明感のある紫と青の二つの色違いの瞳でこちらを見つめる。
「あの?あなたは?」
「初めましてルイ様~私はメイガスというものです、魔王様より貴方様のお供を申し遣わされたメイドにございます」
メイガスと名乗った少女は丁寧なお辞儀で私に挨拶した。
やっぱりそうなのか、しかしずいぶんと可愛い感じのお供だな。
彼女の事はまだよく分からないし、信用は置けないが何も分からなくて土地で一人で生きていく自信は無い。
それに彼女からこの世界での母の事を聞きたいというのもある、なのでここは大人しく彼女と共に行動するのが吉か。
「えぇ、こちらこそよろしくね、私はまだこの世界の事を右も左も分からなくて一緒に行動してくれる人がいるのはとても助かるわ」
私はメイガスに手を差し伸べる。
「おおーありがとうございます!私もしかしたら断られるかと思い内心ドキドキしてたんですよ〜」
「まぁねその線もあったのは否定しないわよ、でもそんな事したって現状は変わらないわ、ならいっそ信じた方が良いんじゃないかなって、そう思ったのよ」
「……なるほど、ルイ様は【人】を信じられるのですね、素晴らしい事ですよそれは」
メイガスは少し意味深な発言の後に私の握手に応えた。
「それで早速で悪いけどメイガス……さん? ちゃん? さっき言ってたここが危険地帯っていうのは本当なの?」
メイガスは何言ってんの当たり前でしょ? と言わんばかりの顔で私の問いに答えた。
「私の事はメイガスでかまいませんよ~、ま~はっきり言って、戦闘経験の無いルイ様のみでしたら残念ながら冒険の書は初日で終了って事にもなりかねません、魔王様も随分ととんでもない場所を旅の出発地点に選ばれたものですね、あれですか~獅子は子を崖から落とすってやつですかね~」
うーん、メイガスの少し気の抜けた様な表情と口ぶりのせいで彼女の話は冗談か本気なのか掴めない部分がある。
本当にこの場所は危険なのか?
そうは思えないが。
「少なくとも私はそんな教育方針で育ったつもりはなかったのだけれど……」
「はぇ〜、まっ私がお供として付き添う限りルイ様は危険な目に合う事なんてほぼ無いと思いますけどね~」
「へーメイガスはえらく自信があるのね」
「ええ!!!もちろん!! …………逃げ足には!!!魔界最速の帰宅部!コーナーで差を付けろですよ!!!」
「…………………は」
「……あのー、一応言っときますが冗談ですよ?」
あー今のは冗談なんだ……。
この会話で大体察するにメイガスは絶対メイドには向いてないな。
うん、間違いない、主を不安にさせる冗談を言うメイドなんてすぐにクビだよ。
「んで、旅のお世話してくれるって話は正直凄く有難いんだけど、一体全体これから私はどうすりゃいいのよ? なんか分かるメイガス」
異世界での冒険探索といえば聞こえはいいが流石に何か目的が無いと締まらないものである。
どんな冒険にも目標の一つや二つは無いと虚しいものだRPGならはクリア後にクエストが一つも無くなった様なものだしね。
しかし母は旅をしてこいと強制的に私を送り出した。
きっとそれには何か重要な意味があるに違いない。
……のだが、どうやらその目的とやらはメイガスにも分かっていないらしく
「私もよく分かりません!ただルイ様に付いて行けと!!」
「マジで?」
「本気です、ほんきと書いてマジって読むくらいマジです!…………あっ!ちょっと待ってください」
「ん?」
メイガスは腰に付けていたポーチを漁り、一枚の紙を取り出した。
「……とりあえず~~地図はありますので~、行きたい場所でも探してみます?」
おっ、それは中々の名案かも、知らない土地を手掛かり無しで歩き回るよりは遥かにマシだ。
「オーケー、ちょっと見せて」
メイガスは四つ折りにされていた地図を私の方へと差し出す。
私はそれを受け取り、地図に目を通す。
……
…………
………………
……なるほど、さっぱりわからん……あれだ、そもそもこの世界の言語が分からない。
熱い所、寒い所、色分けされた魔界と人間界? 斜線は中立地?
この地図からはそう言う断片的な物しか読み取れなかった。
結局。
「メイガス~まず現在地から一番近い町に行こうよ」
まずは今後の旅の方針をゆっくり決められそうな街への移動を提案した。
決して地図がよく分からなかったわけではなく!
「……とりあえずルイ様は言語の勉強をしないとですね~」
「うっ!」
メイガスにはバレてたか。
「まぁズルは出来ますがね、汝にカイドクの知を与えん」
メイガスは小声でそう呟くと彼女の掌には青白い光を放ち始める。
そしてそのままその光り輝く手を私の額へと掲げた。
「ちょっ、メイガス何を?」
「ーールイ様に知の加護を与えました、これでこの国の言語やある程度のこの世界での常識が分かる筈ですよ」
本当かな?と半信半疑で再度地図に目を通す。
「……よっ、読める!読めるぞォ!」
さっきまでは何かの記号でしかなかった物が今は文字としてはっきり読める加護ってスゲェ!!
「まぁ流石に文字が読めないのは困りますからね……少しだけ頭を弄っちゃいました〜」
「その言い方は怖いからやめて!!」
(こんな簡単に頭が弄れるなんてとんでもなく恐ろしい世界だなここは!?)
「あーそれはそれとして……ルイ様の案については賛成です、それが無難ですしね~、ん~それでしたら北東のルミンの町がよろしいかと、ここからであれば危険度がマシマシとなる日没前には辿り着けるでしょう」
ルミンは……あった!確かにこの平原を北東に抜けたすぐ先に小さな街がある。
確かに地図に書かれている距離なら平原のどの場所からでもルミンには日没前には着きそうだ。
「分かった決まりね、それじゃルミンまでレッツゴー!!!!」