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プロローグ:悪夢

〈ガイアウルフの群れの侵入を確認。F-1地区に誘導します。担当守護者ガーディアンは、速やかに守備配置についてください〉


「よしきた! 俺たち新米守護者の初任務。やる気出していこーぜ、ランド!」

「う、うん。頑張って、アッシュの盾になるよ……」

 赤髪短髪の友人、アッシュ・ランフォードは魔導銃を使う狙撃手スナイパーだ。

 僕のような盾役タンクの背後から、迫り来る敵を撃ちたおす役割を担っている。

 嫌な言い方をすれば「安全な位置から攻撃を仕掛ける、陣形の要」。

 魔導マナを扱う才能が卓越した、生まれながらに恵まれた者だからこそ、「死」から一番遠くで戦うことができる。

 巨塔盾タワーシールドを両手に、ガタガタと震える僕なんかよりも気楽でいられるは、それが理由だ。

 僕は魔導が使えない。魔導の源を体に宿していない、というのが正しいだろうか。

 攻撃役にはなれない僕は、肉壁同様の盾役に抜擢された。だから他四人の仲間を守るために、体を張らないといけない。

(これはみんなのため。僕一人が死んでも、悲しむ人はいないんだから)

 家族も、アッシュ以外の友人もいない。

 いつだって僕は一人。命を危険に晒す守護者の職を選んだのも、死に場所を求めていたから。

 でも、いざ初任務の通達がくると体が震える。今では、死にたくないと思ってしまっている。


 しかし時間は刻一刻と経過していく。

 アッシュも含めた他のメンバーが守備配置につき始め、いつの間にか僕は、F−1地区のゲート前に一人で残されていた。


「ランドくん。盾役じゃないけど、前衛は私と二人だから、何かあったら助け合いましょうね?」

 優しい少女の声音。振り返ると、魔導剣使いのライラ・アンドリューさんが、優しく微笑みかけてくれていた。茶髪ミディアムヘアで、大きな黄色い瞳。五人メンバーの中では、僕の次に弱い魔導を持っている十七歳の最年長少女。

 僕はそんな優しい言葉につい泣きそうになってしまう。

 今すぐに盾を放り投げて、ライラさんの大きな胸に飛び込みたい。

 どうせ死んでしまうのなら、最後くらい誰かに甘えたい……


〈ガイアウルフの誘導を完了しました。ゲート開門まで、3、2、1……〉


「ランド! 構えろ!」

「は、はいぃっ!」

 指揮官からの指示を受け、僕は盾を構えた。

 放送後、ゆっくりと鋼鉄製の扉が開き始める。

 人類最後の住処、巨塔『バベル』に攻撃を仕掛けてくる『悪魔獣』たちを上手く塔内へ誘導することで、敵勢力を分散しつつ、的確に処理をする。

 五人一組で一地区。戦いやすい地形になっているこの『戦場』。

 ゲートからの一本道で、盾役、そして魔導剣使いで敵の足止め。両サイドの高台の上から、狙撃手の二人が狙撃。もう一人の指揮官が、一本道の奥にそびえる壁上から指示を出す。

 研修では、七体の擬似敵を相手取るのには問題はなかった。

 そして現在、ゲートの向こうからやってくるのは……


〈敵数:十二。殲滅を開始してください〉


『ガウッ、ガウッガウッ!』

 

 茶色い体毛と赤い眼光。十二体の『ガイアウルフ』の群れが、一斉に体毛を硬質化し始める。【岩弾丸ストーンバレット】と呼称される、ガイアウルフの遠距離攻撃の予備動作だ。

 プラン通り、ガイアウルフ全体の注意ヘイトは僕に向いている。

 本物の悪魔獣の力が、どれほどの物なのか。正直、全ての弾丸を防ぎきれる自信はない。

「ランド! ライラを盾裏に隠せ!」

「りょ、了解です!」

 指揮官の指示に従い、僕は巨塔盾を構え、ライラさんを背後に隠す。 

 すると左右の高台からアッシュと、もう一人の狙撃手が同時に射撃を開始した。

『ギャウウウウン……⁉︎』

 目にも止まらぬ速さで、白い魔導の光弾が、二体、四体、六体のガイアウルフの頭部をテンポよく貫いていく。

 しかし残りの六匹は、硬質化した体毛を散弾銃のごとく射出。

 盾に着弾したひとつひとつの弾から、巨大なハンマーで殴られているかのような衝撃受ける。耐久力に優れた巨塔盾が、少しずつ変形を始め、僕の体ごと少しづつ後退させた。

「うっ……耐えられるかな」

「頑張って、ランドくん」

 僕の背中に手を当ててくれたライラさん。僕は少しだけ、踏ん張る力を強めた。

 自分の構える盾で誰かを守っている。初めて体感するその感覚は、不思議と僕に力をくれた。

『ガウガウっ!』

 残党の内、端の二体が突進を開始した。

 残る四体は、第二射の【岩弾丸】の予備動作に入っている。

「走り出した二体をライラ。残りの四体をランドが足止めし、狙撃手が仕留めろ。狙撃のタイミングはこちらで指示する」

「「「「了解!」」」」

 的確な指示に従い、僕とライラさんは散開した。

 指揮官の意図通り、無防備なライラさんを二体が狙い、残りの四体に向けて僕は駆け足で前進する。

 重量のある巨塔盾を持ちながら進むのはかなりしんどい。しかし、そうも言っていられないのが戦闘中。

 僕は、四体のガイアウルフの10メドルほど前方で再び盾を構えた。

「はぁああ!」

『ギャウウウンっ⁉︎』

 背後から響く一体のランドウルフの断末魔。

 これでライラさんの担当は残り一体。

 目の前の四体も、予備動作の間に早く狙撃手の二人が仕留めてくれないだろうか。

 僕は、いつくるか分からない弾丸の雨に怯えつつ、しっかりと盾を構え続ける。

「残存ガイアウルフの攻撃直後、狙撃手は射撃を開始。それまでは現状を維持しろ」


 え……?


 意味不明な指示を耳にした僕は、思わず身を固めた。

 さっきは、敵の予備動作中に六体を難なく撃ち抜いていた。

 それがなぜ、敵の攻撃を待てというのか。

 僕は一瞬背後へと視線を向け、残る一体のガイアウルフと交戦中のライラさんの姿を確認。このままでは、注意ヘイトを向けられているライラさんがガイアウルフの一斉射出に巻き込まれてしまう。

 今この場を離れて、ガイアウルフの注意を僕から逸らせば、高台の狙撃手二人が危険に晒される。でも、何もしなければライラさんは確実に……

「おい、指揮官! なに言ってんだ、俺は撃つぞ?」

 アッシュが怒鳴った。

「ダメだ。ガイアウルフは【岩弾丸】での攻撃後が一番身が柔らかくなる。さっきのように上手くいくとは限らない。もし一撃で仕留められなければ、狙撃手に注意が向くことになりかねない。それはバベルの守護者として最も避けるべき事態だ」

「そんなこと俺は気にしね……」


「死にたければ死ねばいい。だがその後のことも考えろ、アッシュ・ランフォード。今お前が死ねば、我々五人、全員が死ぬ。私は指揮官として、確実に勝てる道を選んでいるだけだ」

 

「…………」

 アッシュの返事はなかった。

 そして、ライラさんからの個人通信が僕に届く。

「ランドくん。私のことは気にしないで、そのままみんなを守ってあげて。私、実はもう魔導切れみたいで、倒すのもうちょっと時間かかっちゃいそうだから」

「だったら、僕がそっちに……」

「それだけはダメよ。私みたいな魔導剣使いは、狙撃手の何分の一も価値がないんだから。いくらでも換えはきく。指揮官さんの言ってることは正しいの」

「……じゃあ、早く。出来るだけ早く僕の後ろに……」

「うん、もちろん。すぐに倒してまた隠れさせてもらうからn……」

「ライラさん? ライラ……さん?」


 ドドドドドドドド。


 四体の体毛射出が始まり、ライラさんとの通信が途絶える。

 僕は自分の盾を押さえるので精一杯だった。

 岩の弾丸に負けて、どんどん形を変えていく巨塔盾。

 あと二発。いや、一発でも着弾すればもう……

「射撃開始!」

『『『『『ギャウウウウン……⁉︎』』』』』

 残りの五体のガイアウルフは、二人の狙撃手の光弾でいとも簡単に絶命した。

 確実なタイミング。確かにそれは間違いではないのだろう。

 だけど、誰にも見られぬように顔を隠している指揮官は、後方の一番安全なところで踏ん反り返っているだけだ。

『死にたければ死ねばいい』

 そんな言葉を容赦無く吐ける権利が、果たしてあるのだろうか?

 仲間を道具としか思っていない、魔導の保有量だけで全てを決める。


 僕たちは盤上の駒ではない。

 

 皆平等に生を受けたのだから、犠牲のない結果を求めるべきだ。

 

 僕たちは、守護者も含めてみんなを守る、守護者なのだから。


「もっと、強くなろう」


 また同じ悪夢を見た。

 初任務で、一人の仲間を失ったあの時の光景。

 魔導無しで、みんなを守れる最強の守護者になる。

 そんなアホらしい夢を抱き始めてから早二年。

 僕は、とあるモットーを胸に日々の任務をこなしている。

『死にたければ死ねばいい』

 あの時の指揮官は誰か分からない。というより、そんなことはどうでもいい。


〈ランド・バークレイ指揮官、五分以内に守護長室までお越しください〉


「はいはい。また怒られに行きますか」


 人は僕を、死にたがりの指揮官と呼ぶ。

 だけど絶対に仲間を犠牲にしたりはしない。

 死ぬのなら僕だけでいい。

 もう、あんな思いをするのはいやだから。

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