08 疾駆
鬱蒼とした針葉樹が所狭しと点在する森の中。
蓮斗は森の奥深く、僅かな日光しか通さぬ仄暗い道なき道を疾走する。
後方には複数の黒い影。
妖しく輝く紅色の一本角が特徴の、野犬の魔物だ。
木々の間を縫い、野犬の魔物の群れが蓮斗を逃がすまいと殺到する。
蓮斗も捕まるまいと、その俊足で森を駆けるが、やはり野犬に地の利があった。
「…チッ! 囲まれた」
前方にも唸る黒い影。
爛々と揺れる幾つもの視線。
群れのリーダーだろうか。一際大きな体躯を誇る大型犬サイズの魔犬が後方に控え、先ほどから指示を出しているようだ。
両手で握った片手剣に手汗が滲む。
ついに業を煮やした一匹が、口の端から垂れる唾液とともに跳びかかってきた。
「セアアッ!!」
一閃。蓮斗は教練通りの、正しい軌道を描きながら剣を振る。
どす黒い血が飛び散り、無骨な針葉樹を染め上げた。
胴体を斜めに斬られた一匹は、その傷が致命傷に至ったようだ。
それを見た他の数匹は後退るが、数の利では勝っていることを思い出し、再び牙を剝く。
蓮斗は苦々しく顔を顰めるが、何かを決心したように、口を開いた。
そこから紡ぎだされるのは、炎の魔術だ。
「【震える火の粉よ、飛び散り咲け、波紋火円流】!」
次の瞬間、蓮斗の指先から出現した魔法陣を中心に、球状の炎が全方位へと放たれた。
目が眩むような明るさと熱気に魔犬は恐れ慄き、体を一瞬硬直させる。
しかし、蓮斗は止まらない。
地面に着弾し燃え上がる炎の中を猛然と駆け、跳躍。
蓮斗は空中へ身を投げ出し、呆然としている数匹の魔犬を飛び越える。
「狙うならァ! 一番ーーーーーーーーー」
後方で油断していた魔犬の長は動けない。
そこに上空から降ってくる、刃の残影。
「ーー強い奴!!」
体重を乗せた全力の一撃が、すれ違いざまに魔犬の長の首を撥ねた。
鈍い音とともに返り血が蓮斗の左半身に飛び散る。
沈黙。
魔犬たちは疾うに硬直から回復しているが、動けない。
指揮系統の麻痺。
リーダーが殺された今、彼らの頭は混乱している。
そこに蓮斗は、血に濡れた片手剣を見せびらかすかのように持ち上げた。
そして、怖気づいた一匹がその場を走り去る。
それを皮切りに恐慌が爆発し、蜘蛛の子を散らすが如く魔犬の群れは逃げ出した。
蓮斗は一つ嘆息し、魔犬の死体を見る。
鉄の匂いが鼻腔を満たす。
生き物を殺した。ただ漠然とその事実が壁のように立ちはだかる。
殺した。俺が殺した。
吐き気が体の奥から込み上げるのを何とか耐えられず、しばらくその場に膝をついていた。
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