24 この世界ってやつは、どうしようもなく。
「大丈夫か~? 樹、見舞いにきてやったぜ」
「長谷川くん」
フレイオン先生が去った後、聞きなれた声が耳朶を打つ。
変わらない寝癖と口調になんだか肩の力が抜けたようだった。長谷川くんの後ろには気難しそうな顔をした半田くんがついてきている。何気に実はこの二人、仲がいいんじゃないだろうか。
「容体はかなり回復したと聞きましたが」
「お前なんかヤバかったんだろ? 人間爆弾がどうたらって、ユーミィルの奴が言ってたぞ」
「ユーミィル? 誰それ?」
ユーミィル…。全く聞き覚えがない。
それに人間爆弾とは…、もしかして森人の女の子だろうか?
「あなたまさか名前聞いてなかったんですか?」
「うん。…もしかして、森人の子?」
「そうそう。初めて見たときビビったぜ。マジもんの森人だもんな。しかも美少女」
「確かに、コスプレとかじゃないくらい存在感あった。やっぱ異世界だよね」
「うんうん。異世界だよな」
「どこで意気投合してるんですかあなたたちは」
一つため息を吐いた半田くんは、ずれた眼鏡を指で整える。
まあ、異世界に馴染みがない人にはわからないのも当然だろう。エルフが見目麗しいのは絶対と言っても過言ではない。
「それで、退院はいつなんですか?」
「このまま行けば一週間で終わるって。けど退院したらまた地獄の訓練か…」
「仮病はなしだぜ! 俺たちだってもう始まってるんだからよ」
「この筋肉バカと延々と組み手する辛さがわかりますか? 全く加減というものを知らないんですから」
「それついては悪かったって。けど、筋肉はそんなにないだろ。細マッチョだぞ俺は」
珍しく蓮斗が謝っている。今までだったら罵り合ってただろうに。
「謝ったら済むとでも…、って日比谷さん? なんで急に目頭を抑えてだしてるんですか」
「いや、二人とも成長するんだなって…。ずっと喧嘩を仲裁してたから、仲良くなってもうそれがなくなると思うと、急に涙腺が…」
「いや、おかんかお前は!?」
「そうですよ! それにこいつと仲良くなった覚えはありませんから」
「こ、こいつ? 今俺のこと、こいつって言った!? なんかキャラ設定崩壊してない!?」
「労働なんて考えはこの世から滅びればいいんですよ……」
いやまだ働いてはいないだろ、というツッコミがとぶ。
笑い声は窓の外へと、風のように流れる。
日常だ。ありふれた日常は今、僕たちの手に確かにあるのだと、その思いを噛みしめる。
「ごめん。空気壊しちゃうかもだけど。聞きたいことがあるんだ」
「…どした」
「あの後、僕が倒れた後、どうなったのか。それをちゃんと知っておきたくて」
二人の表情が、曇る。
心なしか空気も重くなって、やはりこの一言が決定打になったのだと理解する。
それでも。
「ロキロキには結局、手も足も出ないくらい実力差があって。僕たちは、確かに負けたけど。…それでも得たものもあったんだ。結果だけが全部じゃないよ。みんな、努力を形にしたいから頑張るんだ。結果が良かろうと悪かろうと、その前提には努力がある。
だから、もう諦めたりなんてしない。何回挫けても、そのたびに立ち上がるれるように」
そこで一息つく。
…まさか本心をさらけ出すってのが、ここまで恥ずかしいとは。
「…っていうのは、一人じゃできないと思う。そのために、また力を貸してほしいんだ。まあ、具体的に言うと……友達になってほしいって、いうか…」
何だか急に怖くなってしまって、目をつむる。
いや、違う。変わるということは、捨てるということ。過去の自分を切り捨て、新たな一歩を踏み出すための儀式だ。
そう決意して、目を開く。恐る恐るでも、少しずつでも。
「…あのさあ、お前、友達いないの?」
「へ?」
「なんつーかさ、言葉にするもんじゃないだろ、そういう関係は」
言われてみれば、友達になってくださいなんて創作でしか聞いたことがない。
これは…もしかしなくても、失敗した?
「けど、俺はいーぜ? そういうの。俺はずっと前からダチのつもりだったし」
「そっか、うん。…ありがとう」
「おうよ。これからも、よろしく頼む」
そう言って彼の差し出した手を僕は握る。芯のある、硬い感触。
それがなんだか嬉しくて、つい頬が綻んだ。
そして、半田くんを見る。
「ま、まあそれくらいなら、なってあげなくもないというかなんというか。これからも永い付き合いになるのだからそういう側面で見れば友人になっておいて損は無いというか」
「お前さては、照れてるだろ」
「照れてません」
「いやだから」
「照れてません」
「…さいですか」
うん。取り合えずすごく挙動不審だったと言っておこう。
「よろしくね」
「は、はあ…」
そんな彼とも握手を交わす。長谷川くんのようながっしりとした安定感はなくとも、擦り切れた肌から伝わる努力の痕跡。
「まあ、つっても俺らもあの時のことはよくわかんないんだよな」
「わからない?」
「ああ。デケー竜になったロキロキが『いずれまた会うでしょう』って捨て台詞吐いて飛んでっただけだからな」
うん。わけがわからないよ。
何故わざわざ手間をかけて僕たちを追い詰めたのに逃がしたのか、そもそも最初から捕まえる気などなかたのか。
思い返してみれば、シュルクも結局なんだったのかわからず仕舞いだ。
「ほんっと、わけわかんないし死にかけるし、世界ってほんとに理不尽だけど」
土産の果実を奪い合っている二人を見る。
居場所だ。自分はここに生きているのだと、はっきりわかった。
「悪くないんだ、この世界も」
ここまで読んでくださった読者様、ここまでこんなつまらない小説にわざわざ時間を割いてくださって、本当にありがとうございました。今思えば完全に見切り発車で書き始め、今後の展開を考えていなかったことに絶望し、自分の文才の無さにやさぐれ、それでも感想を見て気力を取り戻し、悩みながらもここまで続けてこれたのは、一重に読者様のおかげです。
本作、『混沌世界』は二十四話を第一章の最終話とし、完結とさせていただきました。物語としては中途半端も甚だしく、自分の根性の無さにはほとほと呆れ果てるばかりです。理由としましては、起承転結の『起』しか考えていなかった本作を続ける気力が尽きたことと、新作に取り掛かりたいという意欲が湧いたので一章で一区切りをつけておこうという浅知恵でございます。
ここまで付き合ってくださった読者様に申し訳ないのですが、次回作は必ずこれよりも面白いと言わしめる完成度を目指していく次第です。本作を己への戒めとし、これからも諦めずに執筆を続けていきます。
最後にもう一度、本作を読んでくださった方、感想を下さった方、ブックマークをつけてくださった方に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございました。




