23 独白
病室の窓から見える景色には、活気のある中世の街並みと傭兵社を区切る煉瓦積みの外壁が見える。
こびりついた赤の絵具のような古風でくすんだ色の屋根。それがどことなく僕にこの町の歴史を感じさせていた。
空を見れば、地球では見かけない不思議な鳥が舞っている。
左右対称の四つの翼。鋭角なフォルムを描く嘴と胴体。瑠璃色のくりくりした目が愛らしい。
更にその奥を見通せば、煙突から流れるため息のような煙。
地平線には霞むような海が広がり、目を凝らせば貿易船のマストが揺れている。
何だか、すっかりこの町になれてしまったような気もする。
確かに家は恋しい。時々言い表しようのない郷愁の念が、胸に押し寄せるように滲みていくのがわかる。
それでも。
もう少しだけこの町にいたい。そんな思いも確かにあるのだ。
どれだけ世界が変わろうと、文化が違おうと、人の命が軽くても。
心の繋がりは消えない。
自分はここに居ていいのだと。始めてそう思えたから。
扉を開こうとする、木材の軋む音がした。
まだじんじんと痛む首を動かして、部屋に入ってきた炎髪を見つめた。
鉄面皮の如く、その無表情は崩さない。細身だが確かに存在感のある佇まい。
伏せられたまつ毛の奥の、水晶の双眸。
「調子はどうだ」
「やっとこさ全身を動かせるようになったところです。やっぱり魔法ってすごいですね」
寝台近くの椅子に腰かける先生。
あの一件のあと、フレイオン先生とも心なしか気安く話せるようになったと思う。
瞼の裏にはまだあの炎と剣閃が焼き付いている。先生が否定しようとも一度命を救ってもらったという事実は変わらない。
「魔法ではない。あれは魔術だ」
「…ああ、すみません。元の世界の名残で」
「自分が“渡り”だという発言は極力控えろ。命取りになる」
取り付く島もない、というか。あそこまで無表情で言われると怒られている気にもなる。
だが、めげない。
僕は変わった。もっと積極的に話しかけたいと思い、息を吸い込む。
「強い順に魔法、魔導、魔術でしたよね。先生が使っていた炎も魔術ですか?」
「そうだ。俺が使うのは魔術。接触した相手の魔力を喰らう術式だ」
「その節は、森で助けてくれて本当にありがとうございました。あのままだと拉致されていたかもしれませんからね」
「礼には及ばん。責務を果たしたまでだ」
「理由はどうあれ、僕は命を救われました。助けてくれて、本当に感謝してます」
先生の形の良い眉毛が、僅かに上がる。
やっぱり、そんなに悪い人じゃない。
「いいのか。俺はお世辞にもいい教師ではなかったと思うが」
「最初は怖い人かと思いましたけど、先生は良い人ですよ。さっきの注意も僕を気遣ってくれていたものだし」
「そうか。…すまない。今まで俺は、お前たちに対して見当違いな八つ当たりをしていた」
「何か、あったんですよね。そうなってしまった理由が」
ふ、と嘆息するように先生は脱力してうなだれる。
「俺は孤児院出身でな。幼少からそれなりに腕が立ったから、孤児院の借金を返すために用心棒紛いの仕事で食い扶持を繋いでいた。…犯罪にも手を染めた。俺はそうするしか借金を返済するしかないと思っていた。そんなときに、今の社長に出会った」
閉じられた瞼からは伺い知れない感情。
それは追憶だろうか。それとも、後悔だろうか。
「ちょうどその頃が最も落ちぶれた時期でな。野党に交じってとある馬車を襲撃したんだが…」
「乗っていたのが社長だった?」
「そうだ。それはもう完膚なきまで叩きのめされた。それで、衛兵に突き出される直前に取引を持ち掛けられてな。人手が足りないから傭兵社で働かないかとな」
「な、なるほど…」
「人手不足というのも恐らく建前だろう。当時傭兵社は設立から数年だったが人材は揃っていた」
「でもちょっと想像できないですよね。社長ってあんまり強いイメージないんですけど…」
「俺も最初はそう思っていたさ」
…やっぱり想像できない。
あの事務仕事に忙殺されかけている姿からは、ブラック企業に勤めているサラリーマンにしか見えないからなあ…。
「それから俺は傭兵社で一般教養を身に着けて訓練に取り組んだ。ちょうど今のお前たちと同じ立場だ。その時の同期が、イベリオルだった。二つ名を破獄。その名の通り脱獄の達人だった。十六回目の脱獄中に、社長と曲がり角で出くわして傭兵社に入社したらしい」
「破獄のイベリオル……」
クセが強そう、と言おうかと思ったがやめておく。
きっと大切な友人だ。
「逃亡において奴の右に出る者はいなかったな。ただ、それ以外の技能は平凡で、入社する前は盗みで生計を立てていた。俺と同じ孤児だったからな。それで何度も捕まるうちに、自分には脱獄の才能があることに気付いたらしい」
「ご友人、だったんですよね」
「ああ。馬鹿で陽気で臆病で、仲間思いな性格だった。結局最後の最後まで、俺を見捨てなかった。一人なら逃げられたものを………。イベリオルが殉職した任務を持ち込んできたのが、セトだ。本当にすまない。俺は、イベリオルの死に対する憤りを、セトとお前たちにぶつけていただけだった」
「いいんですよ。人って変われますから。過去の遺恨より、未来を目指すって、僕は決めたんです」
なんだ。結局先生は、良い人じゃないか。
人なんて簡単に間違える。だから大切なのはその間違いと、どう向き合うか。
「樹、お前……少し変わったな。以前の卑屈さが消えたか?」
「あ、やっぱりわかります? 男前になったでしょ?」
他愛ない冗談に、ふ、とその鉄より硬い口角がほんの少し上がった気がした。
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