18 決着の行方
竜。
見る者全てを畏怖させる、その生来の威圧感。
ぎょろりとした深緑の眼を縁取る、無数の巨大な棘のような鱗。
重厚な存在感と神秘的なまでの流線形を描く、左右対称の翼。
雄々しく天に伸びた二本の角と、噛み合う凶悪な顎。
前肢には無骨な四本の爪が生えているが、後肢はその巨体であるが故に正面からでは目視できない。
今度こそ、自分の心が折れるのが分かった。甲魔のときの比じゃない。
生物の本能として、これには勝てないと刻み込まれている。
体も疲れ切って動かない。見えない鎖に体を雁字搦めにされているようだ。
「やはリ、絶えられませンでしたカ。予定通り、その身柄を頂くトしましょウ」
「まだだ…! まだ終わっちゃいねえ!!」
僕の後方。震えながらも蓮斗が剣を構えている。
なけなしの勇気を振り絞るように、詰まる呼吸のなか、咆えていた。
「…くそっ、クソがァ!! 動け、動けよ体ァ!!」
その表情には、ありありと恐怖が浮かんでいた。それでもなお自分を叱咤して立ち向かおうとしているのか。
だが、それでもこの状況は絶望的なのには変わりはない。
僕たちには絶対に敵わない。奇跡など起こらない。
そう、僕たちには。
「大人しく降伏して頂きたイ。こちらとしてモ時間は有限なのデね」
「降伏すれば、僕たちは殺されるのか」
「いエ、我々は、その魂と肉体に刻まれタ魔法について研究したいだケです。決して、悪いようにはしませんヨ」
軋む体と、焼けるような肺を落ち着かせる。恐怖で声が掠れる。
ここでしくじってはいけない。
「降伏するよ。命だけは、命だけは助けてください。もうたくさんなんだ…。痛いのも苦しいのも」
嘘には真実を混ぜることが肝心だ。見破られてはいけない。
「おいっ!! 何言ってんだよタツキ! 勝手にあきらめてんじゃねえ!!」
「だってしょうがないじゃないか。僕にはどうしようもない。僕のせいじゃないだろ……」
僕は二度と後悔したくない。他人に流されてばかりだった僕の人生に、今度こそ終止符を打ちたい。
「すみません、体が疲れて動かなくて。どうすればいいでしょう」
「問題ありませン。今かラこちらで運びまスので」
竜と化したロキロキのかぎ爪が、ゆっくりと迫ってくる。
近くで見れば、爪の一本一本が僕の腕くらいある。怯えで体が縮こまろうとするのがわかった。
もう距離は一メートルほどだ。近づいてくる。
まだだ。巨大な双眸が、僕をじっくり見詰めている。恐ろしい。
吐き気のようなものが込み上げる。本能が全力で忌避しようとしている。
恐ろしい。だがまだ耐えろ。もう少し、あと少しなのだ。ああ、恐ろしい。
恐ろしい。あの眼が。このおぞましい爪の先端が。どうなるのだろう。
どうなってしまうのか。今すぐにでも気絶したい。全てなかったことにしたい。
恐ろしい。
恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。
無理だ。もう耐えられない。
恐怖の奈落に意識が堕ちる瞬間、声がした。
「タツキっ!! 頑張ってください! 諦めないで!! まだあなたは戦えます!!」
瑛貴の張り裂けるような叫びに、辛うじて思考を取り戻す。
ロキロキからすれば、諦めずに自分と戦ってくれという意味で捉えるだろう。
「……そう、だ。こんなものをこっちの世界に来るときに、よくわからない場所で拾ったんですけど…」
「ム? それは…………」
腰のポーチからそれを手に握り締め、震える腕を突き出す。
巨大な爪に触れる。冷たく、ひんやりとした感触が指を通して伝わった。
「こっちの世界に来てから、やっとわかったんだよね。僕は弱い。あなたみたいな強者には及ぶべくない」
ロキロキのその大きな目が、怪訝そうに歪む。
「だから、強者を倒すには、同じ強者をぶつければいいんだって」
その巨大な顎が大きく開き、ロキロキは驚愕とともに伸ばした爪と腕を引こうとする。
だが、もう遅い。
「く、くくくくくカッ!! 魔眼地獄に一名様、いっラシャイ!!」
掴んだその物体はカタカタと揺れ、ハスキーともコケティッシュとも言える声音で叫んだ。
その声が蘇り、頭の中で響く。作戦会議のときだ。
『俺様の必殺技の条件ハ、相手と〝接触″していルことだゼ!! だからそのためにモ、全力でロキロキを油断させまくってくレ!』
ロキロキはかなりの速度特化だとシュルクは見抜いていたので、接触という条件はあまりに困難と思えた。だが、それでも。
「作戦、大成功っ!!」
蓮斗がにやりと笑って呟く。そうか、僕は役に立てたのか。
力が一気に抜けそうになる。まだだ。最後まで見届けるんだ。
ロキロキは驚愕に目を大きく見開いたまま硬直している。
動く気配はない。これは勝ったと言っていいのか。
安堵の溜息を吐いた、次の瞬間。
ぎょろり、とその再度蠢き始めた眼と、目が合った。
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