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混沌世界  作者: 狼嵐
第一章  召喚失敗
18/24

18 決着の行方


 (ドラゴン)

 見る者全てを畏怖させる、その生来の威圧感。

 ぎょろりとした深緑の眼を縁取る、無数の巨大な棘のような鱗。

 重厚な存在感と神秘的なまでの流線形を描く、左右対称の翼。

 雄々しく天に伸びた二本の角と、噛み合う凶悪な顎。

 前肢には無骨な四本の爪が生えているが、後肢はその巨体であるが故に正面からでは目視できない。


 今度こそ、自分の心が折れるのが分かった。甲魔(ゴーレム)のときの比じゃない。

 生物の本能として、これには勝てないと刻み込まれている。

 体も疲れ切って動かない。見えない鎖に体を雁字搦めにされているようだ。


「やはリ、絶えられませンでしたカ。予定通り、その身柄を頂くトしましょウ」

「まだだ…! まだ終わっちゃいねえ!!」


 僕の後方。震えながらも蓮斗が剣を構えている。

 なけなしの勇気を振り絞るように、詰まる呼吸のなか、咆えていた。


「…くそっ、クソがァ!! 動け、動けよ体ァ!!」


 その表情には、ありありと恐怖が浮かんでいた。それでもなお自分を叱咤して立ち向かおうとしているのか。

 

 だが、それでもこの状況は絶望的なのには変わりはない。


 僕たちには絶対に敵わない。奇跡など起こらない。

 

 そう、()()()()()


「大人しく降伏して頂きたイ。こちらとしてモ時間は有限なのデね」

「降伏すれば、僕たちは殺されるのか」

「いエ、我々は、その魂と肉体に刻まれタ魔法について研究したいだケです。決して、悪いようにはしませんヨ」


 軋む体と、焼けるような肺を落ち着かせる。恐怖で声が掠れる。

 ここでしくじってはいけない。


「降伏するよ。命だけは、命だけは助けてください。もうたくさんなんだ…。痛いのも苦しいのも」


 嘘には真実を混ぜることが肝心だ。見破られてはいけない。


「おいっ!! 何言ってんだよタツキ! 勝手にあきらめてんじゃねえ!!」

「だってしょうがないじゃないか。僕にはどうしようもない。僕のせいじゃないだろ……」


 僕は二度と後悔したくない。他人に流されてばかりだった僕の人生に、今度こそ終止符を打ちたい。


「すみません、体が疲れて動かなくて。どうすればいいでしょう」

「問題ありませン。今かラこちらで運びまスので」


 (ドラゴン)と化したロキロキのかぎ爪が、ゆっくりと迫ってくる。

 近くで見れば、爪の一本一本が僕の腕くらいある。怯えで体が縮こまろうとするのがわかった。


 もう距離は一メートルほどだ。近づいてくる。


 まだだ。巨大な双眸が、僕をじっくり見詰めている。恐ろしい。

 吐き気のようなものが込み上げる。本能が全力で忌避しようとしている。


 恐ろしい。だがまだ耐えろ。もう少し、あと少しなのだ。ああ、恐ろしい。


 恐ろしい。あの眼が。このおぞましい爪の先端が。どうなるのだろう。


 どうなってしまうのか。今すぐにでも気絶したい。全てなかったことにしたい。

 恐ろしい。


 恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。


 無理だ。もう耐えられない。


 恐怖の奈落に意識が堕ちる瞬間、声がした。


「タツキっ!! 頑張ってください! 諦めないで!! まだあなたは戦えます!!」


 瑛貴の張り裂けるような叫びに、辛うじて思考を取り戻す。

 ロキロキからすれば、諦めずに自分と戦ってくれという意味で捉えるだろう。


「……そう、だ。こんなものをこっちの世界に来るときに、よくわからない場所で拾ったんですけど…」

「ム? それは…………」


 腰のポーチからそれを手に握り締め、震える腕を突き出す。

 巨大な爪に触れる。冷たく、ひんやりとした感触が指を通して伝わった。


「こっちの世界に来てから、やっとわかったんだよね。僕は弱い。あなたみたいな強者には及ぶべくない」


 ロキロキのその大きな目が、怪訝そうに歪む。


「だから、強者を倒すには、()()()()()()()()()()()()()()()()


 その巨大な顎が大きく開き、ロキロキは驚愕とともに伸ばした爪と腕を引こうとする。


 だが、もう遅い。

 

「く、くくくくくカッ!! 魔眼地獄に一名様、いっラシャイ!!」


 掴んだその物体はカタカタと揺れ、ハスキーともコケティッシュとも言える声音で叫んだ。

 その声が蘇り、頭の中で響く。作戦会議のときだ。


『俺様の必殺技の条件ハ、相手と〝接触″していルことだゼ!! だからそのためにモ、全力でロキロキを油断させまくってくレ!』


 ロキロキはかなりの速度特化だとシュルクは見抜いていたので、接触という条件はあまりに困難と思えた。だが、それでも。


「作戦、大成功っ!!」


 蓮斗がにやりと笑って呟く。そうか、僕は役に立てたのか。

 力が一気に抜けそうになる。まだだ。最後まで見届けるんだ。


 ロキロキは驚愕に目を大きく見開いたまま硬直している。

 動く気配はない。これは勝ったと言っていいのか。




 安堵の溜息を吐いた、次の瞬間。



 

 ぎょろり、とその再度蠢き始めた眼と、目が合った。


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