16 死闘の熱源
今回はちょっと長いです。
「ほら、立てよ」
差し伸べられた手を取る。その確かな温かみと力強い手応えに、どことなく安心感を覚えた。
「さて、どうやって勝つかね。俺が考えるにあいつは…顔がない」
「見ればわかるでしょうが、そんなもの」
勝利。あの化け物に勝つイメージは湧かないが、三人という、この可能性を僕は信じてみたい。
何か逆転の策はないか。
「…顔がないのに、どうやってものを見てるんだろうね」
「だってよ、瑛貴。どうにかしてくれ。考えるのはお前の役目だ」
「いやいや、分かるはずないですよそんなこと! 無茶ぶりにもほどがあります!」
ぶんぶんと首を振って応える瑛貴くん。その仕草に思わずクスリと笑ってしまう。
「ちなみに、あのロキロキとかいう奴はどんだけ強いんだ? 樹」
「少なくともフレイオン先生と同等か、それ以上はあると思うよ」
「む、無理ゲーじゃないですかそんなの…! 理不尽を具現化したみたいな、あの人以上なんて」
フレイオン先生の恐ろしさは僕たちが一番よく知っている。日々の訓練では常に容赦なく、どこまでも隔絶した差を思い知らされるばかりだ。
…どうやったら三方向からくる攻撃を、余裕でいなしきれるんだろうネ。
「何か起死回生の一手は…」
「あ、そいうえば今思い出した」
蓮斗君は唐突に腰に下げたポーチを探り出した。
不思議に思ってそれを見ていると、やがてその手に一つの白い包みが握られる。
…なんか既視感があるというか、なんというか…これ……まさか。
包みを捲って中の物を取り出すと、案の定それは甲高い声で騒ぎ立て始めた。
「ン、カァッカッカッカ! 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!! 俺様、参、上!!」
漂白されたような滑らかな、山羊の頭蓋骨。
言うまでもなかろう。シュルクネス・ヴォーンガルである。
「どーおうやら!? 困っているようじゃーないか! ここは俺様が一つ手を貸してやろう。まあ、手なんてないんだけどな!」
「おう! 今の俺たちは骨の手も借りたいぜ! よろしく頼む」
ちなみに蓮斗くんは初対面でビビりまくっていたくせに、今ではすっかりシュルクと仲良しである。こういうところが憎めない。
「いや、そもそもあなた戦えるんですか? どう見ても骨だけなんですけど…」
「いんや? まァ、戦えるっちゃ戦えるけど、あれだな。一発限定の切り札みたいなもんだな」
「いや虎の子かよ! ないよりマシだけど!」
「威力はあいつを倒せるくらいあるの? そこが鍵になってくるんだけど」
「おう! ばっちりよ! 超必殺絶対即死技だゼ! 威力だけは保証する」
自信満々といった様子で威勢よく答えるシュルク。
不安でしかないんだけど。
「問題はどうやって当てるかですね。ていうか、いっそのこと逃げたほうがいいんじゃ…」
「そいつは無理だなァ! 多分奴の手下が周りにゴロゴロしてやがる。闇雲に逃げて袋小路になるよか、一か八か戦ったほうがいいと思うがな!」
「となるとやっぱり相手を罠にかけるとかかな」
「いんや、俺様が思うにあいつ、転移魔術の使い手だなありゃ!」
「転移魔術?」
「平たく言えば瞬間移動みたいなもんだなァ。お前らも一回喰らっただろ? これがある限り当てんのはかなーり難しい…、がな」
そういえば急にこちらに来るとき、魔法陣に包まれた。あれが転移魔術だとすると、他者にも自分にも使えるということだろう。
「もしそうならば、何かしらの制限があるはずです。そこを突けば勝機はありますよ」
瑛貴が二ヤリと笑う。
何だろう、死の淵にひんしているというのに、全く恐怖が湧いてこない。
僕たちなら勝てる、そんな予感が。
◇◇◇◇◇
塵埃が霞の如く辺りに漂い、空は分厚い壁のような曇天である。
地面から突如として襲撃してきた〝根″の軍勢。しかし、おびただしい数の災害じみた攻撃には、既に動きはなく、一度のみの荒業だったことがわかる。
地形は深く抉れ、所々が陥没した大地には樹木が一つの巨大な生物のように絡み合っている。
「全く、勘弁してほしいものです。服が汚れてしまうところだった」
一本の巨塔の如く、傾きながらも未だ屹立した大樹の頂上。
一人の道化の姿がある。あの大攻勢のなか、一粒の土埃すら身に纏うことなく。
ふわり、と動作の予兆を感じさせる事無く、そのすらりと細長い右腕を宙に向ける。
「【刹那遊戯】」
誘うように、たった一言。蜃気楼のように、その長身が掻き消えた。
瞬きよりなお速く、次の瞬間には地面に着地している。
「いるのでしょう。こちらとしても手早く済ませたいものです。かかってきなさい」
シルクハットを優雅に抑えながらも、ロキロキは臨戦態勢に入っている。
返答は閃光と爆裂だった。
迷路の如く絡み合った樹木の隙間から、数発の魔術が飛来する。
両手で抱えるほどの大きさの火球だ。
しかしロキロキはそれを、当然の摂理のように緩やかに躱す。
無駄のない極めて流麗な動きだが、隔絶した実力を持つロキロキのようなものにとっては児戯に等しい。
今の狙撃から相手の位置を特定しようと視線を向けた瞬間、周囲が灰色に染まった。
「これは…」
朦朦とした煙が辺りに立ち込める。
煙幕だ。最初から当てる算段ではなく、攪乱を目的とした狙撃だ。
しかし、ロキロキにとっては何の問題もない。そもそも視覚が存在しないのだから。
ロキロキの得意とする魔術は転移魔術である。自らの魔力が応じる範囲内ならば、自身をどこでも移動させることができるという、卓越した技術を必要とする魔術。ただし、連続して使うことはできず、発動後には数秒の時間をおかなければならない。他者にもまた然りだが、その場合さらに長い硬直時間が存在する。
前方から接近する魔力反応を感じ取り、煙の中で腰に下げた鞘から、一本の剣を引き抜く。
装飾のない、極めて質素な作りの刺突剣だ。
コオン、という金属と金属が重なり弾き合う音が響いた。
片手剣を持つ少年の斬撃が縦に半月を描き、煙幕を裂いた。刺突剣でその刃を剣身に沿わせるように逸らす。迷いのない、いい剣筋だ。才気を感じるが、あまりに軽い。
剣撃をいなされ大きく態勢を崩した彼に、刺突剣を突き込もうとする。
しかし、突如として後方からの魔力反応を感じ、振り向きざまに刺突を放つ。
「む……!」
ぐ、と放った刺突に対して、横からの力を感じた。すぐさま剣身を引き、距離を取る。
現れたのは、徒手空拳の少年。黒い前髪がはためき、踏み込みと同時に強烈な前蹴りをロキロキに見舞う。
後方に飛び退き、それを躱す。
「ほう、格闘術ですか。それもまた良し」
先ほどの刺突をこの少年は、いなした。力任せの攻撃ではなく、そこには確かな技があった。
やはり、この少年たちは殺すには惜しい、とロキロキは思う。
「【纏い纏われ絡み合え、炎剣紅蓮】!」
ぶわり、と熱気が辺りに充満する。恐らく片手剣の少年の魔術であろう。抜き身の鋼鉄に紅蓮の炎が纏わりついている。
「やはり、戦いになるのですね。ああ、世界はなぜこんなにも救いが無いのか…」
表情の無いその顔から、残虐な闘気が発せられる。
それを見て三人は悟った。
「それでも私は、足を止める訳にはいかない」
本当の戦いは、これからだ。
感想、ご意見を心よりお待ちしております。…本当に。




