14 勧誘
周りの景色が鈍い灰色に染まっていく中、思考だけが溶岩のように熱く沸騰している。
『人を傷つけてはいけません』
…他人だ。自分には関係ない。僕の世界なんて所詮は主観だ。この世界で地球の常識は通用しない。
『人を殺めてはいけません』
それでも。ただ自分の哀れみを押し付けるだけだとしても、そんなことがあっていいのかと思う。
機械の電源を落とすように、プツリと光が消えて暗闇が辺りを濃く満たす。
視界は曇り硝子を通して見るようにおぼつかない。光で開いた瞳孔が闇で閉じようとしているのだ。
ピントが合えばそこは、さきほどの薄暗くも生気があった森とは様相が違う。
異様な雰囲気と霧に包まれた空気を、這うような風が吹き抜ける。
木々は、でたらめに引き延ばされた粘土、あるいはのたうつ蛇のように捻じ曲がっており、なんというか、これは、非常に。
気味が悪い。
自然に成長した木ではない。木に生えた葉はなく、湿った地面には病んだような色の残骸が打ち捨てられるのみである。
これは意図的に変形させられたのだと、体中の皮膚が粟立つ。
如何なる生物ならば、人間の胴の何倍もある大樹をこのように裂き折り捻じ曲げることが可能なのだろうか。巨人か、それとも竜か。
その声が聞こえなくとも、捻じ曲げられた無数の大樹の悲鳴が木霊しているようだ。
「…んだよ、ここ。なんていうか、気持ち悪いな」
僕の声ではない。すぐさま振り向くと、そこには怯えの混じった表情の長谷川蓮斗と半田瑛貴がいた。僕の少し後に連れてこられたのだろう。
何故気付かなかったのか。…一拍おいて、その事実がわかった。
平静を保てていないのだ。後ろに立った人の気配も分からぬほどに。
「確かに、嫌な気分です。一体ここは…」
二人も僕と同じで動揺している。
何かがおかしい。ここは危険だ。
そう感じて口を開いた僕だったが。
「急いで撤退を…」
「その必要はありません」
正面。変形した大樹の梢。何かが忽然と、最初からそこにいたように立っている。
…否、ように、ではない。最初からそこにいたのだ。
「ふむ、子供の〝渡り″と聞いていたからどのような者かと思えば…予想外ですね」
黒く、光沢のあるシルクハット。
その下の顔面には、あるべき感覚器官が存在しない。
能面のような白い肌に舞い散る花弁の紋様。
「なかなかに見込みがある」
痩せぎすの体を包む紳士服。
針金のように細い指。
「どうです?こちら側になる気はありませんか?」
「…どういう意味ですか」
少なくとも、尋常の人間ではない。
「わかりませんか?まあ、平たく言えば…」
直観でわかる。動きに隙が無い。
こいつは、強い。
「勧誘ですね」
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