12 闇を喰らう炎獄
暗く、どんよりとした重い空気に包まれた森の奥深く。
ただ、恐ろしいほどの静謐が横たわっている。
そして、まるで生の気配のない、病んだ枯れ木の上に忽然とその男はいた。
いや、男かどうかというより、人間かすらも怪しい。
異様な姿形を持つ人型の何か。
ひょろりとした細長い体躯は、あらぬ方向へと捻じ曲がった木の枝のような不気味さを持ち合わせ、頭部には質のいいシルクハットのような形状の被り物をしている。
しかし、本来、目、鼻、口、といった感覚器官があるべき場所にはそれが存在しない。
のっぺらぼうのような風貌についているのは、花弁を模した紋様のみである。
薄い膜を破るように、男は一つ、尖ったため息を吐いた。
「…面倒ですね。傭兵社がそれなりの戦力を有していることは把握していましたが…」
無機質な針金を思わせる指で帽子を撫でる。
その動作一つ一つにどことなく品があり、道化師のような恰好とは説明がつかない。
「まさか、ここまでとは」
心底煩わしい、という言外にして怠惰な雰囲気を醸し出す。
しかし、そこに乱雑さや下品さはなく、むしろ優雅なほどの調和を感じる。
「ですが、準備は整いました」
ズ、と怪しげな魔法陣が地面からゆっくりと浮かび上がり、その鈍い輝きを増す。
「始めましょう」
◇◇◇◇◇
鬱蒼とした木々の合間を黒い疾風が駆け巡っている。
辛うじて目で追える速度。
この人たちは本当に人間なのだろうか。
燃えるような紅い髪が残像の如く霞む。
漆黒の上着がはためく音と、ただただ金属が擦れ、火花を散らす音だけが響いている。
フレイオン先生と短剣使いの暗殺者の戦いは拮抗していた。
…違う。僕を守りながら戦わないといけない分、先生は不利だ。
こちらへ縦横無尽に飛来する短剣を的確に両手剣で弾きながらも、僕に被害が及ばないよう考慮した戦い方をしている。
完全に足手纏いだ。
短剣の嵐を正確無比に叩き落としている先生だが、敵に距離を詰めようとすると逆に弱い僕が狙われる。決着をつけようにもこの場から離れられない。まさにジレンマだ。
というより、敵の狙いは完全に僕だと思う。
見る限り実力では先生のほうが上だ。つまり僕を切り捨てれば先生は暗殺者を秒殺できるはず。それなのに撤退しないということは、別の狙いがある。
理由は僕が異世界人だからだろうか。
こちらの世界では渡り鳥だか渡り人だか呼ばれていたが、狙われる理由は所詮これぐらいしかない。
…そのどれもが推測の域を出ないのだけど。
そもそも相手も相手だ。
あれだけの量の短剣を投擲しているにも関わらず全く尽きる様子がない。
時折、黒い袖の内側から紫の淡い光が漏れることがある。恐らく、何等かの魔術だ。
既に弾かれた短剣の数は百を超えているだろう。
辺りには黒く滑らかな刃が、所せましと地面や樹木に突き刺さっている。
目を凝らせば、木陰などの見つかりにくい場所にも散乱していることがわかる。
…なんでだ? あの暗殺者は最初の奇襲のとき、恐るべき命中力の投擲を見せた。
それなのに、明らかに不自然な場所に、それも先生が剣で弾いたものではない短剣が落ちている。
だとすれば、まさか。意図的に隠しているということにはならないだろうか。
何のために? ーー縦横無尽ーーーーーーーー短剣の嵐ーーーーーーーーあれだけの量ーーーーーーーーー魔術を使えるーーーーーーーーーー隠すようにーーーーーーーー意図的にーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー罠。
「…っ、先生! 罠です! 落ちている短剣にまじゅーーーーーー!」
言葉が終わらないうちに、暗殺者は小さく舌打ちをすると何もない、虚空を引っ張るかのような動作をした。
それに連動するかのように、四方八方から短剣が浮き上がり、僕と先生を囲むかのように移動した。
先生はすぐさま僕の近くへと後退し、様子を伺う。
何だろう。剣の火花に照らされて、一瞬、何かが見えたような…?
よくよく見ると何か細いものが、短剣の持ち手側の先端に絡みついている。
…糸だ。針金ほどもない、極細の糸。
それが木の枝や他の糸と絡み合い、変則的な直線の動きで空中を移動しているのだ。
蜘蛛が巣を作るように、短剣と糸は目まぐるしく位置を変える。
全く動きが読めない。
「【紫水晶の光を這い、闇糸を繰る者よ。蛇の目に応えるがいいーーーー翼を食む紫蛇の閃】」
底冷えするような冷たい声が響く。
紡ぐは魔術の詠唱だ。
マズい。このままでは相手の策略に嵌ることになってしまう。
短剣が激しい紫電を纏い、こちらの視覚を容赦なく奪おうとする。
雷光が乱舞し、視界が明滅し、平衡感覚が失われる。
無理なのか。抗うことは。
諦めるのか。生きることを。
誰の声だろう。
違うーーーーーー違うだろう。
お前の生きてきた今までが。
こんなもので、終わっていいはずがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ふつりと、意識が暗闇に閉ざされる直前、凄まじい熱気が肌を舐めた。
強引に、されど頼り強く、意識が取り戻される。
炎だ。絶望という名の暗闇を、轟轟と赫々と圧倒的に照らし尽くす、炎獄である。
「【炎よ。業を喰らい、罪を啜り、欲を溶かす炎轟の龍よ。今は唯、滅びをーーーー魔業劫滅なる赫鬣よ】」
感想、ご意見を心よりお待ちしております。
樹とか蓮斗とか瑛貴とか今誰とどこにいるか分かりにくいですかね?
新キャラ増やし過ぎたかも…。




