10 作戦
実戦訓練から、数日程前。
ギルド本部の中央に位置する、ギルド長専用の執務室。
そこに、積み上げられた書類の山に黙々と向かう一人の男の姿があった。
磨き上げられた丸眼鏡と、色素の抜けたような灰髪が奇妙な老成を感じさせる男性である。
傭兵派遣会社、エギユースの社長を務める、ギーティ・ワーニウスだ。
不意に、木製の扉を叩く軽やかな音が部屋に響いた。
「どうぞ」
扉を礼儀正しく開けて入ってきたのは、燃えるような赤髪が目立つ蒼眼の青年だ。
言わずもがな、フレイオン・クロニクルである。
暫く、書類と万年筆が擦れる音だけが静寂を支配する。
「…それで、様子はどうだい? あの三人の」
「精神状態に不安定な様子が見受けられるものの、ここでの暮らしにも慣れてきたようで、概ね良好です」
「概ね良好、ねえ。どうやら噂によると随分警戒しているようじゃないか」
「それは、必然です。今まであの悪魔が運んできたものは、破滅や災厄だけだった。あの北方海賊掃討戦も、あいつが詳細を持ち込んで来やがったんですよ! あの案件は海帝がケリをつけるべきだった!」
悪魔、というのはセトのことだろう。
フレイオンの言葉は怒気を孕んでいる。
対するギーティは冷徹な瞳でフレイオンを見詰めた。
「任務に私情を持ち込むとは、君もまだ未熟だ。セトさんはともかく、あの不運な子供たちに罪はない」
「…申し訳ありません。今後、留意します」
「君の友人が北方海賊掃討戦で亡くなったことは知っている。それでも、命の危険を伴うのが傭兵だ。その友人も生半可な覚悟で傭兵になった訳ではないだろう」
ギーティはそこで一度手を止めた。
「それで、行けそうか?」
「例の実戦訓練ですか。はい。実力的には申し分ありません。下位の魔獣なら倒すことは容易いかと。ただーーーー」
「ただ?」
言葉を濁すフレイオンに追及の言葉をかけるギーティ。
フレイオンはどこか目を泳がせながら答える。
「シュルクに加護や呪いがかかっていないか確認させたところ、他の二人には問題なかったのですが、ヒビヤタツキに気になる点がありまして。そのーーーーシュルクが言うには『狂化』という半分呪いで半分加護のようなものが彼にはついていると」
「なるほど。聞いたことのないものだな。まあ、それは保留しておくとしよう。支障がないようならね」
はい、と歯切れのよい返事を返すフレイオン。
しかし、彼にはまだ一つ疑問があった。
「その三人のことなのですが、その、〝渡り人″というのは本当のことなのでしょうか」
「…ああ、彼等は何者かによって意図的にこちらの世界に呼び出された」
渡り人。それはこの世界では有名な話だ。
童話や民謡などにも伝わっており、広くその存在は知れ渡っている。
古くからこの世にはいくつもの世界が存在していると伝わっている。
それぞれの世界は、根本から違うらしい。
その別の世界から、稀にある日突然こちら側の世界へと来てしまうことがある。
この世界とは異なる、もう一つの世界より現れる者。
別世界の文化を伝来し、時に繁栄を呼び、時に不吉を運ぶ、稀なる役目の来訪者。
異世界より転移する者達。それは渡り人と呼ばれている。
「本題に入ろうか。魔導教会の過激派が三人を狙っている」
魔導教会。この帝国ドルクーラに古くから根強く浸透している、魔法の真理を探究することを目的とした巨大な組織である。この国の魔術師の八割はこの魔導教会に所属していると言っても過言ではない。
ただ、一部の過激派は組織的な犯行を繰り返し、犯罪に手を染めているという噂もある。
その組織が、何故〝渡り人″である樹、蓮斗、瑛貴の三人を狙うかと言うと、これには魔術師の宿願が関わってくる。
魔なる術には、三つ段階がある。
人の力で起こしうる最小規模の魔なる術が、魔術。
限られた者だけが辿り着ける、人間の範疇を超える大規模な魔なる術が、魔導。
世界に干渉し、法則そのものを書き換えるほどの、神の御業に等しい超大規模の魔なる術が、魔法。
古今東西、魔術師は、自らの魔術に魅せられる。
一度魔術に人生を見出した者は、その技をより美しいものへと磨き上げたいという欲求に駆られ、魔術に誇りを持つ。
それ故に大半の魔術師は、自らの魔なる術を、魔法へと昇華させるために血反吐を吐きながら人生を賭けて自らの魔術を鍛える。
しかし、魔導、ましてや魔法に手が届く者は、無限の砂漠からたった一粒の宝石を見つけるような途方もない道を乗り越えた者のみである。
無論それは、有象無象の魔術師には悠久の時間があったとしても不可能だ。
故に皆、別の方法を模索する。
その方法の一つが、渡り人なのである。
渡り人は、こちらの世界へ渡るとき、魔法に触れることができるらしい。
世界を移動するという、人智を遥かに超越した魔なる術、それ即ち魔法。
つまり、渡り人の謎を解明することができれば、おのずと魔法に辿り着くことができる、と考えたわけだ。
いずれも真偽は怪しく、仮説の域を出ない与太話である。
しかし、一縷の望みを捨てきれない魔法に魅せられた狂人は、渡り人を追い求める。
「つまり、これから三人をつけ狙う輩が現れるわけですか」
「そういうことになるね。こちらでも三人が渡り人であるという噂は、極力口止めをしていたつまりだったんだけど…はは、人の口に戸は立てられないというかね。
だから今回の実戦訓練で、そういう魔術師どもをおびき出す」
つまり、根も葉もある噂を逆に利用する。
ギーティの口角が吊り上がった。
「一度一網打尽にすれば、暫くは他の魔術師も手を引くだろうからね。焼け石に水だろうけど、魔導教会の尻尾も掴めるかもしれない」
「了解しました。…その、これは何と言いますか、自分の勝手な憶測なのですが、三人を助ける理由、本当にそれだけでしょうか。確かに、エギユースと魔導教会の確執は深い。だからこそ奴らの犯罪の証拠を掴めれば、こちらにとっては有利な状況に持ち込める。しかし、その」
「これだけでは納得しないかい?」
「…はい」
「なに、私も君のことを未熟者だのなんだの言ってはいたものだが。自分と同じようなことに巻き込まれた子供たちに、どうやら共感しているらしい。これはあくまで私的な意見なんだが、彼らのことを助けてやってはくれないだろうか。私も立場上、そう簡単に会いに行ける訳でもないしね」
そう言って頬を人差し指でぽりぽりと掻くギーティ。
フレイオンはその言葉を聞いて、自分も本音を話したくなった。
「自分は、良く分からないんです。あの三人と、どう接すればいいのか」
「フレイオン君。君は幼少の時から戦いに身を置き続けてきた。そのせいで、人の感情に疎いところがある。でも、大丈夫。君が彼らに真摯に向き合えば、きっと向こうも打ち解けてくれるはずさ。表面上を見るんじゃない。その裏に目を凝らしてごらん。きっと今まで見えていなかったものが、鮮やかになってくるよ」
「自分に、できるでしょうか」
「自分を信じるんじゃない。相手を信じなさい。それが理解への第一歩だ」
「・・はい。精一杯、努力します」
フレイオンが執務室から去った後。
ギーティは一人、心の中で呟いた。
(彼にも変化が訪れたね。きっと彼も、これから成長するだろう)
立ち上がり、砂色のコートを羽織る。
その灰色の目には、固い決意が浮かんでいた。
(ーーーーだからこそ。この平穏を乱す不埒な輩には、天誅だ)
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