01 僕の始まりと死と日常
初めまして、狼嵐です。狼嵐と書いて「ろうらん」と読みます。初投稿です。
まだまだ未熟な身ではありますが、日々精進していく次第です。
揺らめく夕焼けが、灰色の古びた建築物を幻想的に照らしていた。
「はぁ、はぁ……はあ、あぁ、クソっ!」
細く、入り組んだ遺跡の路地裏を、文字どうり“必死”にならないように全力疾走する。
かさばる制服を脱ぎ捨て、瓦礫を踏みこしつまづき、歯の奥を食いしばりながら。
一度だけ後ろを振り向き、追跡者の姿を確認しようとするにも無駄だった。
それは、自分でも分からない道を進んだ代償。
自分と相手の距離すらつかめないようでは囮失格だ。
腹の奥が沸騰するような重低音が、遺跡全体に轟き続けている。
まさに、人ならざる叫び声なのだ。
次の瞬間、熱風が右半身全体を、何かの前兆のように飲み込む。
ヤバい、と思考するより先に、左の路地に横っ飛びで転がり込んだ。
頭蓋を揺るがす、爆音。それは朽ちかけの建造物が、熱線によって倒壊した音だろう。
粉塵の中を上手く動けるはずもなく、瓦礫の山に突っ込む。
「痛っ…痛てぇ…くっ」
ゆらりと、塵芥の煙幕をかきわけるように、《それ》は姿を現した。
死ぬのか。
無機質なその眼で僕を捉えた《それ》は躊躇なく、その巨大な鉄拳を振り下ろす。
圧倒的な質量。当たれば、即死。
「…っ!」
火事場の馬鹿力、というほどのものでもなく、這いずるように瓦礫の山を転げ落ちる。
前後も分からなくなるような、まるでミキサーにかけられたような頭の中で。
「嫌だ」
その意思だけが、ぽつりと心に佇んでいた。
「…嫌、なのか? 死ぬのが……」
◇◇◇◇◇◇
いつしか、回る理由を忘れてしまった風車みたいに。
記憶は、数時間前に回想する。
窓から見える青空には巨大な入道雲が浮かんでいた。
無遠慮に、ただそこにあるだけで見る者に不思議な感慨を抱かせるが如く、雄大でもあった。
ガタンゴトン、と電車が揺れる。
朝の空気を切り裂き、青空を螺旋状に駆け上がる。
非日常。
年頃の少年少女が惰性のような日常の中で夢想する、ありふれていて、しかし現実では絶対にありえない光景。
そんな三文小説のようなシーンを見かけるどころか、当事者として立ち会うことになろうとは。
まあようは何が言いたいかと言うと、飛んでいた。
この電車は空を走っていたのだ。レールも無しに。
明らかに物理法則やら、重力を無視した異常な軌道を描いている。
このあり得ない現状に不運にも乗り合わせてしまった乗客達は、絶賛大絶叫中である。
乗客、それは桜ノ中学校、1年生の全員だった。
なぜこんなことになってしまったのか。
自他共に認める、目立たない、喋らない、盛り上がらないの陰の三拍子を揃えた少年、日比谷樹は、心底理解に苦しんでいた。
こんなに周りが騒がしいのは、修学旅行のバスにスズメバチが迷い込んできたとき以来である。
彼はおもむろに視線を列車内に移すと、中はやはり阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
変声期前の、少しかさついた声で呟く。
「…どうでもいい」
どうでもいいはずがない。
そんなこと、わかってるはずなんだ。
さらに記憶が巡り戻る。
早朝。
まだ微かに夜の香りを残した朝の空気を吸い込み、吐き出す。
ため息を吐きながら、ゆっくりと脱力。
まだ電気をつけずにいるこの部屋では、レンジの明かりだけがほんのりと照っている。
綺麗に家具が整えられたリビングで、僕は瞼を閉じる。
幼い頃に母が他界し、父さんと二人暮らしである自分の仕事は、常に家事である。
父さんはまだ寝ている。そのうち起きてくるだろうと考えながら立ち上がり、レンジでチンし終わった朝食を机へと運んだ。
数時間後、校外学習という名の元に、駅までの道のりを進む集団があった。
蟻のように規則正しく列を作り進むその中に、僕はいる。
学校というものは理不尽だ。特に中学校からはその傾向が強い。大人の尺度で作られた制度を子供に押しつけ、受験という名の元に選別する。
社会科見学などと騙ってはいるが、はなっから子供に選ぶ権利などない。大人の階段とは出来レース、いわば進む意思がなくとも昇るエスカレーターなのだから。
数分後、駅。
点呼も終わり、二分遅れで着いた電車に乗り込んだ。
電車の匂いが嫌いだ。人々の混沌とした思いが濃密に絡み合い、閉所に渦巻いている感じがするから。
僕は手頃な椅子に座り、ぼんやりと反対側の席から見える窓の風景を見つめることにした。
そして、眠気。
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン、ガターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
◇◇◇◇◇◇◇◇
閃光が、瞼の裏を焼いた。
何が起きた、と理解する前に、瞳孔が光を調節できず目まいに襲われる。
ようやくまともに機能するようになった瞳で辺りを見回せば、電車内は淡い光に包まれていた。
幻想的な光の粉が空中を彷徨い、そして塵と消える。
異常な光景に、僕は先生からの指示を仰ごうと、視線を漂わせる。
が、いない。
あの一瞬で、まるで何かの手品のように、綺麗さっぱり、何もなくなっている。
「……先生は? ていうか、大人は?」
誰かが呟いた。
そう、いないのだ、大人が。
残されたのは中学一年生の子供たちばかり。
しかし、悪夢はこれからだった。
「ねえ、なんか、動いてない? …いや、違うって。上にだよ」
地面が揺れる。
次の瞬間、徐々に列車が上へ上へと引っ張り上げられるように動き始めていた。
見えないレールを引いたように、螺旋状を描きながら。
「何!? 何が起こってるの!?」
「運転手さんは!?」
「落ち着け! とにかく今は何か掴まるものを…」
「夢か…」
もうそこからは、ひっちゃかめっちゃかてんてこ舞いの大騒動である。
あっちこっちからとんでくる奇声やら怒声やらで、僕の頭はキャパオーバーだ。
「なあ、お前、日比谷だっけ? ヤバくね? 何かのアトラクションかな」
そんな時に僕に話しかけたのは、何と言ったか、そう、長谷川蓮斗だ。
茶髪に少し茶色の混じる目。なかなか整った顔立ちをしていて活発な印象がある。寝癖が酷いが。
無論、たまたま隣に座っていただけで、僕とはほとんど接点がないことは明白なのだが。
「死ぬかもね」
「……は? それはないっしょ。たぶん」
どうやら自分が思うより、僕も余裕がなかったらしい。
これじゃあまるで、僕が鬱病みたいなセリフじゃないか。
電車がとうとう雲に突っ込んだ。
窓から見える景色は灰色に染まり、機体は激しく揺れ、椅子に捕まることを余儀なくされる。
電車の中で生徒達の騒ぎは大きくなるばかりである。
思ったより揺れが強くて、体を支えていた手が滑る。
焦ったような顔の蓮斗を横目に見ながら、僕は衝撃で意識を手放した。
そこから先はよく覚えていない。
最後までお読みいただき有り難うございます。
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