#007 Self poker
『心配性の依頼者の代わりに、その依頼者が家を出るときに駆けつけ、鍵を閉めることを促したり、自ら鍵を閉めたりするバイト』とか『痩せファッションモデルのバイト』とか、そんなことはたとえ給料が高かったとしてもやりたくないが、温泉に入る関係のアルバイトなら、多少変なやつでもやりたいと思ってしまうくらいいいお湯だった。
小説のタグに『新語』と書かれていても特に見たいと思わないし、『隠れ意味』と書かれていても『想像をくぐる』と書かれていても別に興味を持つことはないと思うが、温泉の説明書きに『美肌』というたった2文字があっただけなのに、興味は全部持ってかれてしまっていた。
「元気くん、私の肌ツルツルになってない?」
「そうだな。みんなツルツルしていて輝いてるよ」
「元気くん?髪乾かしてよ」
「オッケー!」
研磨剤と同等の成分が入っていない限り、数分温泉に浸かったくらいで肌が急にツルツルになることなんてあり得ないし、前からかなりかなり仲良くなっていない限り、髪を乾かし乾かされる関係にはなり得ないし、私が昔から言ってみたかった一言である『あなたたちの存在に気付かなかったです』という言葉を、少し経ってから言うのには絶好のシチュエーションではあるが、たぶん言わない。
外を覗けば真っ暗な空にキラキラ輝く光たち、室内に目を向ければキラキラ輝く料理たち、旅行仲間に目をやればキラキラ輝く笑顔たちが溢れていて、私が言ってみたい一言の『私たちって狙われてるのかな?』と言えるような不信感は、少しも漂って来なかった。
「お肉美味しかったね」
「この焼いた魚も美味しかったよね」
「やっぱり温泉に入ったあとの食事は最高だね」
「俺の舌にも合う最高のご馳走だったよ。ねえ、みんなで写真撮ろうよ」
「うん、いいね」
私が今、急にきゅうりを食べ始めても誰にも、私が一度は言ってみたい言葉のひとつである『急にきゅうり食べ始めないでください』という言葉を言われることのないような、端の方の、後ろの方の、暗めの方で、私は写真に映ろうとしている。
「オッケー撮れたよ」
「綺麗に撮れたね」
写真に思い出は閉じ込められたが、私は今ゲームが溢れる空間に閉じ込められていて、さっきやったセルフブラックジャックみたいなことを今やるとしたら重い手になることは確実で、『旅館にある甘酒全部ください』と従業員の人に言いたいくらいの気分だ。
「じゃあ、寝る前に例のゲームをやろっか?」
「愛ちゃん、俺よりゲーム好きになってない?」
「そうかな?」
そういえば温泉から出たら、セルフポーカーというゲームをやるって愛が言っていた気がするし、朝まで行動を仕切る役割がさっきゲームで勝利した愛にはあるし、愛がなんかものすごい楽しそうな笑顔をしているし、私が言ってみたい言葉のベストテンに入る『こんな美変人がこの世にいたんだ』という言葉を言いたいくらいだ。
「じゃあ、セルフポーカー始めるよ。配られた言葉を自分の解釈で括ってポーカーのような役を作るゲームね」
「うん、オーケー」
「カードは使い回しね。あっ、ポーカーのルールは分かるよね?とりあえず同じジャンルで括ってくれればいいから」
「みんなポーカーやったことあるから大体は分かるよ」
「役の解釈の最終的な判定は俺がやるから。じゃあ、5枚ずつ配るね」
温泉の余韻に浸りたい、温泉で得た熱をオリジナルゲームに全部は注ぎたくない、温泉脳のままで夢の中へ落ちて行きたい、などなど色々と考えてしまっていたが、【口角炎なので笑わないようにしてるんですけど、つい】という私が言ってみたい言葉が口から飛び出してしまいそうなほど、この状況が楽しいのは間違いない。
「さあ、始めよう。いつもの順番でいいよね。じゃあ俺からね、えっと、これは難しいな」
「なんかさっきより難しいよね」
「うん、これは難しいね」
「私は意外といいカードが集まってきてるよ」
「私は普通かな」
私の手元に集まってきたカードは『最大公約数』『マーモセット』『温泉まんじゅう』『プロレス』『ハーフパンツ』の5枚で、今ゲームをしている私を含めた5人のようなまとまりが、このカードたちにはなく、ガソリンスタンドで美女店員さんに『レギュラーと君の愛、満タンで!』と頼む暴走客が5人いるかのようなバラバラ感に、私は頭を抱えた。
「俺のところに『優希』っていうカードと『優希の好きなところ』っていうカードが集まってきた」
「えっ、すごい。共通点あるからイケそうだね?」
「『優希』はトランプでいうところのA<エース>相当の強さがあるからな。優希ちゃんの関連のカードが俺に二つも集まるってことは何かのお告げかな」
『可愛いでしょ僕の彼女』と少しは言われたいと思っていて、好きなものを2個以上買って『これは観賞用です』と少しは言ってみたいとも思っているが、元気さんが今言った『優希ちゃんの関連のカードが俺に二つも集まるってことは何かのお告げかな』という言葉は『可愛いでしょ僕の彼女。これは観賞用です』と言われるくらい嬉しくないし、どうでもいいことだ。
「俺が持っているカードは『優希』『優希の好きなところ』『中華人民共和国』『ハーフ美少女』『ブサイク犬』の5枚だから、『優希』『優希の好きなところ』『ハーフ美少女』『ブサイク犬』の4つを括って俺は“【可愛い】のフォーカード”だ」
「これは文句なしだね」
「うん、納得」
「ヤバい。もうフォーカード出ちゃったか」
「これを越えるのは難しいね」
「次は唯ちゃんね。頑張って俺を越えて見せてよ」
私が人生で一度は言ってみたい言葉の中に『昨日は何をされても驚かなかったよ』という言葉が入っているが、『優希』というカードと『優希の好きなところ』というカードを元気さんが【可愛い】という括りで括ってしまったので、明日はその言葉が言える気が全くしない。
【夫が変なんです】【このホクロはペンで・・・】【お釣りの一円玉は入りません】【それ私です】【キミカワイイネ!】【日本人が金・銀・銅独占だって】などなど、私が一度は言ってみたい言葉はたくさんあるが、元気さんが『優希』というカードと『優希の好きなところ』というカードを【可愛い】という括りで括ってしまったということは、私に『キミカワイイネ!』と直接言ってくるようなものなので変な気持ちになった。
「じゃあ、私いくね。この勝負、私の勝ちだな」
「えっ、どういうこと?そんなにすごいカード集まってるの?」
「うん。私のカードはこれよ」
「こ、これは・・・」
唯がカードを表に返すと、そこには『ピンク』『スーパーマーケット』『セントクリストファーネイビス』『ハードボイルド』『レオナルドダヴィンチ』という目がチカチカするほどのカタカナの大群が姿を現し、私が考えた一発ギャグ【♪最初はグー!じゃんけんグー!接着剤握らされてるから一生グー!】の完成度なんて足元にも及ばないくらいスゴいと思った。
『すみません?私のアゴ知りません?』という一発ギャグを私は考えついて持ってはいるが、使う機会なんて全然無くて、私が今持っているカードも、ただ持っているという感じで使い道が全然分からなくて、カタカナで揃っている唯がうらやましい。
「私は5枚全部がカタカナのカタカナ括りよ。“【カタカナ】のフラッシュ”ということでいいよね」
「これはすごいね」
「もう誰も勝てないんじゃない?」
「フラッシュよりも確実に強い役だよ、これ。本物のポーカーには無いかもしれないけどこれは“【カタカナ】のファイブカード”だな。俺は“【可愛い】のフォーカード”だったから俺の上だな」
「もう唯の勝ちで決まりだよね」
「じゃあ次は優希ちゃんの番ね」
私の番が回ってきたが『最大公約数』『マーモセット』『温泉まんじゅう』『プロレス』『ハーフパンツ』の5つは、個々は強いがまとまりがなくて、サッカーの試合に最強フェワード11人で挑むみたいな感じで、「遭難しました。でも、手汗を舐めてなんとか生きています」という私の考えた一発ギャグみたいな感じで、『プロレス』『ハーフパンツ』の繋がりだけで何とかやっていけています、みたいな感じだから悩む。
「私は『プロレス』『ハーフパンツ』の 2つを括って“【プロレスラー】のワンペア”で」
「優希ちゃんはカードに恵まれなかったね。ワンペアだから俺の下かな」
「これはバラバラで括りようがないよね」
ゲームではいい結果が残せなかったし、温泉に入ったあとはすぐ眠りにつきたいタイプの人間だし、熱帯夜ではないが「寝たいや」という気持ちは熱帯夜よりも熱いのだけど、今の気持ちを全て的確に説明することなんて難しくて、【自分の膝の上に手羽先の形に似せた自分の手を乗せて「名古屋名物、膝の皿に乗せた手羽先!」と叫ぶ私が考えた一発ギャグ】の意味をみんなに伝えることくらい難しいことだ。
ゲームの神様にも、温泉の神様にも、睡眠の神様にも見放されている状態で、私は【グーチョキパーでグーチョキパーで何作ろう?何作ろう?お腹がグーです、頭はパーです、私、誰?私、誰?】という私が考えた一発ギャグよりも遥かにヤバイ状態に陥っているかもしれなくて、もう私の味方はカードから生まれたプロレスラーしかいないと言っても過言ではない。
このセルフポーカーという名称のゲームで最下位になることはほぼ決定的で、『社長の前では頭が上がりません。まさか魔法で』という一発ギャグを密かに持っている私に、『容易く魔法のことを口にするな』と魔法使いが怒ってゲームで活躍出来ないようにする魔法をかけてきたのではないだろうかと思ったり、プロレスラーが乱入してゲームをぶち壊してくれないかと少しだけ思ったりした。
「はい、次は愛ちゃんの番ね。唯ちゃんはたぶん越えられないんじゃないかな?」
「もしかして、スゴいの持ってたりして」
「私は『カバディ』『ローキック』『逆転サヨナラ満塁ホームラン』の3つを括って“【スポーツ】のスリーオブアカインド”。それしか思い浮かばなかった。『自尊心』と『漫画』のカードが上手く使えなかった」
「スポーツのスリーオブアカインドか。じゃあ、今のところ俺の下の3位だね」
私だけワンペアというショボい結果になってはいるが、プロレスラーがいなかったら役無しという結果になっていたので、私のカードの中にプロレスラーが潜んでいてくれたことに感謝しなくてはならなくて、愛のカードにプロレスラーがいたらもう天下取ってたなと思ったり、だんだんと楽しくなってきた。
「あとは舞だけだね」
「唯は越えられないと思うな」
「優希は確実に越えられるだろうけどね」
「それは当然でしょ」
私のカードは『最大公約数』『マーモセット』『温泉まんじゅう』『プロレス』『ハーフパンツ』であるが、『プロレス』と『ハーフパンツ』の『最大公約数』は宇宙まで到達するほど半端ないよなって思うし、私の考えた『グーチョキパーでグーチョキパーで何作ろう?何作ろう?右手はチョキで左手もチョキで、この一発ギャグは面白くないからカットしてください!』という一発ギャグ並みにプロレスとハーフパンツの最大公約数はズバ抜けていると思う。
「私のカードは『野菜サラダ』『ニコイチ』『猫』『ミニケーキ』『空』よ」
「舞ちゃん、これはスゴいな」
「私は“【女子が意外に好きなもの】のストレートフラッシュ”よ」
「これはもう誰も敵わない」
「ヤバくない?」
「スゴいね」
私は全然プロレスラーと関わる機会が今までになくて、プロレスラーとはプロレスゲームでしか関わってこなかったが、『プ女子』なる言葉が存在したりする今日この頃なので、プロレスラーも女子が意外に好きなものなのだろうなと、『生まれながらの妄想気質』というキャッチフレーズを自分に付けてしまっている私は思う。
『プロレス』というカードが私ではなく舞の手元にあったとしたら、【ストレートフラッシュ】ではなく【ロイヤルストレートフラッシュ】になっていただろうけど、『目力爆発寸前娘』というキャッチフレーズや『清楚風味のお姉さま』というキャッチフレーズや『嫌いを持ち合わせない女』というキャッチフレーズのどれにも属さない舞は、そんなことどうでもいいことだろう。
「舞ちゃんが1位で、唯ちゃんが2位で、俺が3位で、愛ちゃんが4位ね。そして優希ちゃんが最下位ということで」
「本当に楽しかったな」
「うん、面白かった」
「ねえ、舞ちゃん?1位だから明日やるオリジナルゲーム、何にするか決めていいよ」
「本当に?」
前はそんなこと無かったのに、私が最下位になったこのゲームだけ、なぜか順位発表みたいなものをしだして、しかも1位から4位まで区切らずに続けて発表したというのに、最下位の前には一旦呼吸を整えていて、私に味方してくれる知り合いのプロレスラーなんているわけないが、物理的にはハーフパンツを穿いたプロレスラーが一番強いんだけどね、なんて【頭の回転のスピードはウサギよりはやく、書くスピードはカメより遅い私】は思ったりしている。
「この旅館、カラオケルームあるみたいだから明日はカラオケしようよ」
「オッケー。カラオケを使って出来るオリジナルゲームがあるからそれにしようか」
「やったー」
「楽しみ」
「カラオケ、久し振りだな」
普通にカラオケが楽しめると思っていたけど、そこにも元気さんのオリジナルゲームが絡んできていて、『脳が現実を飛び越す日まで』みたいなキャッチコピーや『変百貨店』というキャッチコピーが、私たちのキャッチコピーとして少しだけしっくりくる感じになってきている。
舞の勝利で私の最下位は決まったのだが、『内容より響き重視の神童』『言葉製造工場の工場長』『メモ依存症』というキャッチコピーを自分に付けたいほど言葉関係には自信があったにも関わらず、最下位になったということで、気分はいい具合に下がり、いい眠りに就けそうになった。
今になって、愛の手札にあった『ローキック』のカードが欲しかったと思い始めていて、もしも私が『ローキック』のカードを持っていたとしたら『プロレスラー×ローキック=最強』なのでヤバイことになっていたなと思っていて、『言葉遊びのコスパ最強説』『深く考えない方がいいアイデアが浮かぶ説』とともにプロレスラーが脳内で飛躍する。
元気さんの手札にあった『ハーフ美少女』が大人になって気が強くなったら『プロレスラー』だって簡単に尻に敷けて、進化ルールみたいなものがあったら『ハーフ美少女』を『鬼嫁』に進化させればダントツ優勝になりそうで、プロレスラーはそんなに強くない気がしてきた。
ちなみに私がプロレスラーとして括った『プロレス』『ハーフパンツ』はカタカナのワンペアでもあって、ちなみに『食べ過ぎて体調悪くならない人は異常説』や『我慢すると後悔しかない説』が喧嘩した結果、今の私のカラダは体調が普通になりつつあって、ちなみに私の頭の中のリングでプロレスラーが十分大活躍してくれたので、もう休ませてあげたいと思っている。
「そろそろ寝よっか」
「そうだね」
「うん、そうしよう」
「うん」
一泊旅行での布団の隣には元気さんがいて、夜の同じ部屋の中に男性の元気さんがいて、電気は全て消せるものは消して、マスクを着用してから布団に入ったが、寝ようと思いたいのに『完全に真っ暗という状況存在しない説』と『マスクをすると口が隠れるので自然と独り言が多くなる説』さえも押し退けるように、【元気さん脳】と【ゲーム脳】が全然止まらない。
頭で大活躍してくれたプロレスラーがプロレスラーではなくて、もしもマジシャンだったとしたら、カードをすり替えられて勝っていたかもしれないな、なんて思ったりなんかして、親友で三つ子の愛の【愛】という漢字は意外と縦の幅をとる、なんて思ったりなんかもしちゃっている。
私の手札だった『マーモセット』というカードと『温泉まんじゅう』というカードがもしも、『ステファニー』というカードと『ミシェル』というカードだったとしたら、その二枚だけで文句無しに『フルハウス』という役が完成し、上位入賞も見えてきたのに、ということも考えてしまっていた。