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#006 Self black jack

ラジオで、あえてパントマイマーをゲストに迎えて一言も喋らせずに動きだけで伝えてもらう企画をしたら、リスナーは意外と広い心で聞いてくれると思うが、五人で泊まる予定の旅館の、この部屋の広さも広さがあって意外な方だ。


しばらくは、歩き疲れや、ずっと車内にいた疲れや、褒められ疲れや、オリジナルゲーム疲れや、リスナーが開始5分だけパーソナリティーをつとめてパーソナリティーがゲストに回るというラジオ企画などを考えて生じた『考え疲れ』などで動けずに、部屋を隅々まで見る余裕はなかった。


「俺、知らなかったんだけど。部屋にも露天風呂が付いてるんだな」


「はい、そうなんです」


「部屋からの眺めも最高だね」


「うん。景色綺麗だし、お風呂は洒落てるし、この露天風呂最高だね」


「テンション上がるね」


旅館の人数は追加したから大丈夫そうだが、【ラジオだというのにラジオで伝わらない変顔をメインにしたラジオ変顔選手権という企画】をすることくらい、元気さんと同じ部屋で一緒に寝るなんて大丈夫じゃない。


あるひとりのアーティストの最新アルバムの曲を、全曲ワンフレーズ流すラジオ番組があったら、さらに旅館生活が楽しくなるのになと思っていると、元気さんがトンデモないことを言い出して、私は耳を疑った。


「とりあえず俺が考えたオリジナルゲームしよっか?」


「うん」


「しよう」


「今度は何?」


温泉に来たら、まず温泉に入りたいのではないか、何でみんなそんなに素直にオリジナルゲームをやることを受け入れるのだ、とか思ってしまい、『好きという言葉を使わずに好きを表現するコーナー』や、何かを何かで例える『まるで○○のようだコーナー』や『文字数とテーマを決めてフレーズを募集して替え歌を作って歌うコーナー』や『新しい休日を考えるコーナー』みたいな面白そうなコーナーがあるラジオ番組を聞いていた方が、今は楽しい気がする。


「今からやるのはセルフブラックジャックっていうゲームね。小さい紙をひとり七枚配るから、まずは一枚に一つ何でもいいから好きな言葉を書く。それで、それを回収して混ぜてから五枚ずつみんなに配る。そして、配られた言葉に自分の解釈で数字を付けていって、合計が21に近い人が勝ちっていうゲームね」


「何となくは分かった。言葉に関連する数字を付けていけばいいのね」


「うん」


「面白そうだね」


「じゃあさ、ゲーム後から朝までこのゲームに勝った人の意見を優先して行動するってのはどうだい?」


「オッケーオッケー」


「いいよ」


「うん」


元気さんが小さいメモ帳を引きちぎったような紙を私たちに配り出し、目の前に七枚の紙が置かれたのだが、『ここには○○が置いてあります』や『このパーソナリティーはこういう行動をしています』などなど、ラジオブース内の視覚情報をリスナーに常に伝える役割の人がいるラジオ番組があってもいいと思っているくらい、創造力も理解力もないので、とりあえず適当に言葉を書こうと思う。


私は普段から『浄水池から小生意気』や『生臭い幸福主義者』や『西から西へ』や『ハイエナの水晶体』という意味不明の言葉が時折、空から降ってくることがあるが、変な言葉を使うと元気さんから、苦手だなと思われてしまうこともあるかもしれないので、深く考えずに変ではない言葉を書き連ねた。


パーソナリティーとリスナーがお互いに悩みを解決し合うラジオ番組のような何とも言えない空気が温泉旅館の部屋を包むなか、私は『レオナルドダヴィンチ』『扇風機』『宇宙』『野菜サラダ』『ハードボイルド』『ハーフパンツ』『温泉まんじゅう』という七つの言葉を紙に書いて元気さんに渡した。


回収された紙は、かき混ぜられ、みんなに配られ、私は『ゲストとパーソナリティーが10分ずつ喋って、そのあと面白かった方にリスナーから投票を受け付けて、勝った方がそのあとのパーソナリティーを務めるみたいなオリジナルラジオ企画』のことを考える暇もないほど真剣に取り組んでいた。


私の手元には普段の生活に馴染みのない単語ばかりが集まり、その単語というのは『カバディ』『最大公約数』『マーモセット』『セントクリストファーネイビス』『ハードボイルド』で、もうどういう物かさえ分からないヤツもあり、今の状況にキャッチフレーズを付けるとしたら『紫の感情が吹き出した』という感じだろう。


「あっ、ちなみに一つで21にしちゃ駄目だからね。必ず二つ以上を組み合わせて21という数字に近づけてよ」


「えっ、難しい」


「うん、難しい。この知らない言葉書いたの誰よ」


「まだ始まってないけど、なんか楽しいね」


「じゃあ、俺から時計回りで唯ちゃん、優希ちゃん、愛ちゃん、舞ちゃんの順で行くよ」


「オッケー」


私に配られたカードに書いてあった『カバディ』は確か、前半20分後半20分で勝敗を争うスポーツなので【20】という数字が付けられて、『セントクリストファーネイビス』はこの世に1つしか存在しない国の名前なので【1】が付けられて、あっさりと21が出来てしまったが、【エレベーターは止まっても、時間は止まってくれない。】みたいなどこかのエレベーター映画のキャッチコピーのようなものが思い浮かんだときのような『これだ!感』や『達成感』は微塵もなかった。


「ごめん。俺にもう少し時間をちょうだい」


「私もちゃんと21にしたいから真剣に考えたいな」


「21を作るってだけでブラックジャックとは少しルールが違うけど、いい感じだろ?」


「うん。まだ答えてないけど、考えるのなんか楽しい」


温泉旅館は部屋の壁や天井などの木の感じがとてもよくて、窓から見える景色もよくて、空気が綺麗なこともすぐ分かる素敵な場所だが、今、温泉旅館の良さについて考えている人なんてここには誰もいないだろうし、温泉に来ていきなりゲームをしているこの状況は普通ではなくて、今の状況にキャッチコピーを付けるとしたら『脳みそが激動し、高まる消費カロリー』みたいな感じだろう。


「よし!じゃあ俺から行くね。俺は『温泉まんじゅう』『優希』『スーパーマーケット』『自尊心』『ローキック』っていう五枚のカードだから・・・・・・。まずは『温泉まんじゅう』を使おうかな。この部屋に置いてあるサービスの『温泉まんじゅう』は6個だから【6】ね。それで今までに俺が『ローキック』を受けた回数が3回だから【3】ね。それで『優希』ちゃんの手の指の本数は10本だから【10】。合わせて【19】ね。それ以上は無理だった」


「凄い。よくそんなこと思い付くね」


「くそっ。21にしたかったのにな。えっと、じゃあ次は唯ちゃんね」


私の名前を紙に書いた人が誰なのかとか、元気さんはいつどこで誰にローキックを3回も受けたんだろうとか、『来来来世でもきっと思い出して笑うことだろう』というキャッチコピーがこの旅行に合うかもみたいなことは頭に浮かんだがどうでもよくて、そんなことよりも指の本数として使われた『優希』と書いてある紙切れがかわいそうで仕方がなかった。


私が書いた『温泉まんじゅう』のカードが活かされていたのはかなりかなり嬉しくて【キミはボクの中に眠っている】みたいなキャッチコピーを、私が大好きな大好きな映画に付けられると決まった場合の嬉しさくらい、嬉しさがあった。


「ちなみに、追加カード制度っていう制度もあるからさ。五枚じゃ足りたいときは言って、もう一枚追加できるから」


「オーケー」


「はい、じゃあ唯ちゃん、ゴー!」


「うん。この『優希の好きなところ』っていうカードは9文字。この『元気くん』ってカードは4文字。『野菜サラダ』は5文字で『漫画』は2文字だから、私の合計は【20】ね」


「おっ、いわゆる【画数・文字数攻め】だな」


「えっ、元気くん。この戦法に名前付けられてるの?」


「うん。今、付けた」


「20いったから元気くんの勝ちはなくなったね」


「くそー。1位が同じ数で並んだ場合を考えてなかったけど、そういう場合はより多くカードを使った人が勝ちってことにするか」


「オーケー」


「いいよ」


「うん」


「次は優希ちゃんだな!」


五枚使って完璧に仕上げようと決める私は、【画数・文字数攻め】という戦法を使い『セントクリストファーネイビス』の14文字と『ハードボイルド』の7文字を足して21にしようとしたり、色々と試してみたが、私が【あいうえお小説】と呼んでいる、頭文字を並べて読むと文章になる小説ほど『カバディ』も『最大公約数』も『マーモセット』も『セントクリストファーネイビス』も『ハードボイルド』も詳しくないので、完璧という意味では苦戦を強いられている。


「えっと『カバディ』は前半20分後半20分で勝敗を争うスポーツなので【20】という数字が付けられて、『セントクリストファーネイビス』はこの世に1つしか存在しない国の名前なので【1】が付けられて合計は【21】です」


「優希ちゃん、凄いよ。カバディに詳しいね」


「優希、完璧だよ」


「優希、凄すぎるよ」


「優希の手札は難しいものばかりなのに、よくピッタリ21に出来たね」


『脳がひっくり返る最後』みたいなキャッチコピーが付けられた細部まで計算し尽くされた、映画のような完璧さを求めていたが、結局は最初に考えついたヤツでなんとなく達成し、なんとなく嬉しい。


凄いね!とか、よく出来たね!とか、完璧だよ!とかみんなに言われたが、『絶対に騙されたいと思わないこと』というキャッチコピーが付いた作品のことを思い出して、絶対に褒められたいとかも思わないと心に誓った私は『これは本気で褒めているのではないのでは?』とか、『これは車内でやっていた、ずっと私を褒め続ける罰ゲームがまだ継続しているのでは?』とか考えてしまった。


さっき唯の手札にあった『優希の好きなところ』も結局は【画数・文字数攻め】の一つとして使われて文字数に変わっていたことが今になってショックになってきて、『心を流れる綺麗なしずく』というキャッチコピーが付けられた映画を見たときと、ほぼ真逆の感情が溢れてきた。


全てが括弧だけど描写がものすごいことになっている『オンリーセリフ』という小説ジャンルや、脳が異常な世界を作り出す系小説でBRAIN BIRTHの略の『BB』という小説ジャンルや、読者にツッコミを任せる『ボケ倒し』という小説ジャンルも考えたことがあるが、結局シンプルが一番いいと思うし、唯が持っていた『優希の好きなところ』という手札もシンプルに『優希の好きなところは20個すぐ言えるよ』みたいな使い方の方がまだマシだったと思っている。


「次は愛ちゃんね。21は出ちゃったけど、まだ一位になるチャンスはあるから頑張ってよ」


「うん、頑張る」


「じゃあ、どうぞ」


「私は『レオナルドダヴィンチ』の最後の晩餐という作品が大好きで、もし最後の晩餐に何食べたいって聞かれたとしたらなんて答えるのかも、もう決めてあるの。それは行きつけのお店で『扇風機』に当たりながら、何も『束縛』をされずに『ナポリタン』とコンソメスープが『ニコイチ』になっているセットを頼んで食べることなんだ。これが私の21世紀最大の夢なんだ。ということで全部のカードを使って【21】になったってことにしていい?」


「凄いよ、愛ちゃん。『レオナルドダヴィンチ』っていう言葉の使い方が上手いよ。全部のカードを使ってるし、これはルールの範囲内だし。そんな発想無かったよ」


「凄いよ」


「愛は前から最後の晩餐はナポリタンだって言ってたよね」


「うん。良いカードが回ってきたから良かった」


「『レオナルドダヴィンチ』『扇風機』『ナポリタン』『ニコイチ』『束縛』っていう五枚を上手く使った最高傑作だね」


『予言』という、神の予言書のみで書く小説ジャンルを思い付いたり、『ラブレタ』という、ラブレターのみで構成された小説ジャンルを思い付いたり、『ヒューマンイズム』という小説ジャンルが思い浮かんだり、『575型』という、俳句のように全て575で進んでいく小説ジャンルなどが浮かんで来たが、それらを考え付いた私よりも遥かに上を行く完成度を愛は放っていた。


物語性がちゃんとあるのに、メモのような文章だけで書く小説のジャンル『箇条書き』も私の頭の中で産み出されたのだが、箇条書きで愛の凄いところを書けと言われたとき、一瞬で一ページが埋まるほど褒めたい気分で、今というか、結構前から温泉に早く入りたい気分でもある。


「暫定一位は愛ちゃんね。優希ちゃんも俺もなかなか良かったけど、あっさり抜かれちゃったね」


「これはもう勝ちなんじゃない?」


「まだ、分からないよ」


「次にやる舞も21で、使った枚数も同じだったらどうするの?


「あっ、そうなった場合は完成度で勝敗を決めよっか」


「投票ってことね」


ニヒルパンチという、迫力ある非情たっぷりの小説ジャンルを産み出そうと私はしていたのだが、『優希ちゃんも俺もなかなか良かったけど、あっさり抜かれちゃったね』と言った元気さんの言葉に、迫力ある非情は感じられないものの、それに近いものを感じてしまっていた。


旅館は暗さを帯びてきて、落ち着く風景を醸し出し始めて、温泉地特有の優しい雰囲気に包まれてもいるが、『人気がない桜に花見客を呼ぶために、人気がない桜のサクラをするバイト』をしているような楽しめない感覚も、少なからず根付いていた。


「じゃあ、最後は舞ちゃん」


「えっと、この旅館の『エレベーター』の階数は3までだから【3】、『ピンク』をいま身に付けている人はひとりだから【1】、『初恋の人』は私が5歳のときに恋した人だから【5】、『宇宙』は一つだから【1】、『ハードボイルド』という言葉が似合う知り合いが二人いるから【2】。それで」


「5枚使って今のところ合計【12】だけど大丈夫?」


温泉に早く入りたくて、温泉に早く入りたいし、温泉に早く入りたいので、【12】のまま終わっても別に構わないし、私に『ボケたがり』『内容ノープラン』というタグが付けられていたとしても別に構わないのだが、温泉をささっと済ませることだけは絶対に駄目で、別に構わなくない。


それで、舞はこれまでに出した【3】【1】【5】【1】【2】という5個の数字を使って計算式で【21】を目指すというやり方を始めていて、『最近、友達が<賛成友達>という依頼者の話をただ肯定するだけのアルバイトを始めようとしているらしいのだが、私は時間制限がゆるいこのゲーム内で、そのやり方を肯定する<賛成友達>になる確率などゼロに近い。


「【21】にするの全然上手くいかないからさ、カード追加していい?」


「いいよ」


追加カード制度があり、それは一枚までみたいだが、舞は特別にカード追加を何回でも許されて、カードを追加しては悩み、追加しては悩みを繰り返して、ついに遅いからという理由でカウントダウンされるという後味の悪そうな結末に進んでいて、『察せよ』『変人集団』『万人受け回避』というタグが今の状況には少し合っている気がする。


「7・6・5・・・・・・」


「待って待って待って待って待って、ちょっと待って」


「2・1・0!はい、終了」


「あーっ!」


【3】【1】【5】【1】【2】という5個の数字が出たので、【3】と【2】を足して、そこから【1】を引いて、それに【5】をかけて、そこに【1】を足せば【21】だったのにと思ってしまったし、『相手に合ったダジャレを提供するバイト』や『カーテンを開けたり閉めたりするバイト』くらい簡単だったのにとも思ってしまった。


「じゃあ舞ちゃんは【12】だから最下位ね」


「うん」


「優勝は愛ちゃんね。今から朝まで、このゲームに勝った人の意見を優先して行動するって決まってたよね。愛ちゃんは何がしたい?」


『ゲームで疲れたから温泉に浸かろうよ』みたいに言ってくれることを期待して、絶対に言ってくれるだろうと気を抜き、自分で書いた小説に『理想妄想』『行き詰まりなし作品』『深読み大歓迎』『ブログスタイル』『大笑い強制』というタグをつけることばかり考えていたのだが、勝者というのは時に浮世離れした発言をするものなのだ。


「これから温泉に入って、出てきた後に、さっき元気くんが言ってた『セルフポーカー』やろうよ」


「オッケー。セルフブラックジャックのポーカーバージョンのヤツね」


美しい貧乏揺すりについての講座の講師をするバイトや、超能力者を封じるバイトや、テレビの新番組情報を随時報告するバイトなどをメインの仕事としてやるのは、なんか少しおかしいように、オリジナルゲームメインの温泉旅行はおかしいので、温泉メインで行かせてほしいなと思う。

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