#010 Say together
『今日は楽しかったから四人に奢りたい』そんな言葉を元気さんは私たちに掛けてくれて、それは100円の食品サンプルを貰うよりも、ガチャガチャを10個くれるよりも、ちょっとの現金をくれるよりも、500円分の図書カードを貰うことよりも嬉しかった。
ショッピングモールの中にあるホビーショップへ寄るついでに、ショッピングモールの中にあるホビーショップの周りにたくさんある食事が出来る場所で、奢ってくれるという元気さんに嬉しくなって、元気さん関連のことばかり考えてしまい、【シリ向けの文章しりとりをみんなでしていって、シリが「すみません。よくわかりません」と言ったら負けになる、私オリジナルのしりとりゲームの【シリしりとり】まで頭に浮かんできた。
「奢る食べ物はゲームで決めよっか?」
「やった」
「そうだと思ってたよ」
「元気くんのことだから少し予想はついてたけどね」
私も元気さんがゲームを絡めてくることは予想がついていて、元気さんにもし彼女がいたとして、プレゼントを贈る場面になった場合、【自作のラブソング】【自分の取り扱い説明書】【自分に似ているぬいぐるみにネックレスをかけて渡す】【相手に似ているぬいぐるみにネックレスをかけて渡す】などなど、トリッキーなプレゼントを贈る予想はもうすでについている。
「4人が好きな『あ行からわ行までの五十音』を同時に言っていって、被らなかったらその文字がひとつ貰えるゲームね。それを10回戦やって、貰った文字だけで食べ物の名前を作るんだ」
「面白そうだね」
「その名も【セイトゥギャザー】。貰った文字を組み合わせて食べ物の名前にして、その食べ物を俺がおごってあげるって仕組みね」
「いいね。面白そうだね」
「食べ物は何でもいいんだよね?」
「まあ、食べ物はひとつだけだし、値段は気を遣って欲しいけどね。あと濁点とか半濁点はなしにしようか。それで、貰った文字数が1位の人は最下位の人と2文字交換できる権利と、濁音・半濁音・拗音に変換できる権利と、同じ文字を二度使える権利が与えられることにしようか」
「オーケー」
「あっ、ちょっと作戦タイムとかあった方がいいよね?」
「うん」
「そうだね」
「私はなくてもいいけど、あった方がいいね」
「判定とメモは俺がするってことでいいね。じゃあ、2分後にスタートね」
「オッケー」
私の頭からは【遠慮】という、昔はひらがな五文字だと思っていた、ひらがなに直すとひらがな四文字になる言葉が完全に消え去っていて、私の脳は三文字と比較的短めの名前なのに紙切れ一枚では買うことの難しい【ウナギ】を狙うという脳になっていて、めでたい日のプレゼントに電子辞書が欲しいと思っている私の本能が溢れ出ていた。
配られたトランプの数字の読みを繋げて言葉にするオリジナルゲームや、50音のカードをみんなに配ってカードの言葉だけで無茶ぶりを作りみんなにするというオリジナルゲームを、私は元気さんの前で頭に思い浮かべてしまっていて、それを元気さんに提案する大胆さはないけど、このゲームは一位になった人しか濁点を使う権利はないから、あえて狙って大胆になってみた。
運転に差し支えがあるほど、頭の中にはこんがり焼けたウナギが堂々と存在しているのだが、ナイフという名の勝負に対する迷いがそのウナギの邪魔をして、知り合いのプレゼントを決めるときに【スカル柄Tシャツ】【ボロボロスカート】【水着柄Tシャツ】などが他のプレゼント候補の思考を邪魔するみたいな状況になっていた。
その迷いという名のナイフが、頭にいる【ウナギ】という文字の【ナ】にぶっ刺さってしまい、脳内のそれは【ウサギ】に変化を遂げ、最悪、奢ってもらうものはウサギでも構わないと思ってしまったのだが、【2人対2人で一文字ずつ交互に五十音順を言っていき被ってしまったらアウトだがもう一人が気付けば変えることが出来るというオリジナルゲーム】が頭にちらついたことで何とか思い止まった。
「私は考えても仕方ないと思うから、直感でいこうかな」
「私もその作戦で行こうとしてた」
「私もパッと思い付いた文字を言っていこうと思ってたの」
三人は適当にその場でパッと思い付いた言葉を言ってくる作戦らしいので、私と三人の脳が運命の糸で繋がれていない限り被ることはないと思っていて、ナイフが【ウナギ】の【ナ】に刺さるイメージが頭にはっきりと残り、なぜか【ナ】を無性に守りたくなった。
「2分経ったから始めようか。準備はいい?」
「いいよ」
「うん」
「オッケー」
「じゃあ、『せーの』って言ったら好みの文字を言ってね。行くよ、“せーの”」
「“ナ”」
私は愛しの【ナ】から取りに行って、他に【ナ】という透き通った言葉は聞こえなかったが、どこかの口から【ウナギという言葉の中での代表格】である【ウ】という言葉が私の耳に入ってきて、ウナギの可能性は消えたに等しいという事実が生まれ、ウナギの可能性は低くなったけれどウナギの画像は頭に残っていた。
一位になれば一位の特典としてウを奪えるかもしれないけれど、私の思考回路からウナギはニョロニョロとあっという間に逃げ出し、そもそもショッピングモールのフードコートや御食事処にウナギ無い説が浮上してきて、私が今考えている誰かへのプレゼント候補の【レーズンチョコ】【誕生花と誕生石】【お揃いのボクサーパンツとふんどし】【猫ハット】を誰も喜んでくれない説もジワジワと浮上してきていた。
唯は【イ】を、愛は【タ】を、そして舞は私が取りたくて取りたくて震えていた【ウ】を取っていて、【ウ】は舞に奪われてしまって、【たまごの使い方】という、たまご料理のレシピはもちろんのこと、料理以外にも様々なたまごの使い方を提案する私が考えたバラエティー企画案と同じくらい、良いものにこの先変わる予感がないので、作戦を変更することにした。
思い付いたものを適当に言っていく作戦に変えて、三つ子の三人と同じ作戦をすることとなったが、プロ棋士がアイドルに見立てた駒で普通に将棋を指して、ぶつかった駒のアイドル同士が簡単な対決をして負けたら相手に駒を取られる私のオリジナルバラエティー『アイドル将棋』よりも難しくて困難なものになる予感しかしない。
「じゃあ、二回戦いくからね。いい?“せーの”」
「“ク”」
私は次も誰とも被らずに【ク】を取り、その後もずっと文字を取り続けて、気が付けば【ク】【ム】【シ】【ル】【エ】【ノ】【ヤ】【フ】と8回連続で簡単に取れていたのだが、その一方で三つ子たちは【ン】で8回連続被っていて、私が考えた番組案の【スタッフのオーディション】という案をここにいる4人同時に思い付いて被ってしまうことよりも、これはあり得ないことなので驚いた。
私のやりたいテレビ番組は、ゲストに掌編を書いてもらい、その掌編の特徴からそのゲストの好きな作家を当てるというクイズ番組で、その番組が実現したら、もうそれを『特別なもの』という言葉で表す他ないが、確かに私たちにとっての【ン】も特別で、特別天然記念物みたいな感じだよなと思った。
最終戦の十回戦になり、私は最後に【テ】を取ることに成功し、一文字ずつしか取れていなかった三つ子たちも最後に文字を取れて、三つ子は三人で仲良く手を取っていて、【変人数珠繋ぎバラエティー】や【AB型しか出演できないトークバラエティー】という私オリジナルの番組を頭の中で想像して見ている時みたいな、安心感のようなものが溢れてきた。
唯は【カ】、愛は【コ】、舞は【ニ】を取れたらしく、私は10個全部の戦いで文字を獲得することが出来て、最後は全員が取れたので、『無名若手芸人ファン祭』という、無名芸人と熱狂的ファンを迎えてトークするような番組や、『無名の若手変人アイドルひとりをゲストに迎えてスタジオで紹介する30分番組』が実現したくらいの高揚感に包まれた。
「私はイとカだから、貝かイカか迷ったけど、イカにしようかな」
「イカね、オッケー。」
「私はタとコだから、タコにするよ」
「愛ちゃんはタコね」
「私はウとニだから、ウニしかないよね」
「オッケー。じゃあ、みんな魚介類ってことね。もう遠慮せずにガンガン食べていいからね。それで優希ちゃんは何にする?」
唯はイカ、愛はタコ、舞はウニを奢ってもらうらしいが、私は10個全部取れた割には何も思い付かなくて、私が今思い付いた番組企画の『ビキニでニュースを読んだり、カラダを日本列島に見立てて天気予報をお送りしたりする深夜のニュース番組』のように、その人その人によってものの価値は姿かたちを変え、変動していくものなのだ。
みんな魚介類だし【エ】を一位の特権である小文字に変換して、『シェル』として貝全般を奢って貰おうかなという結論に辿り着き、私が考えた『盛り上がりも盛り下がりもしない話をするだけの【話の心電図】という番組』みたいな空気感に一生戻らない気配が漂っていた。
「私はシェルで」
「貝ね。じゃあ、海鮮料理店に決定だな」
「やった。すごく楽しみ」
「嬉しいな。楽しみだな」
「楽しみすぎるよ、もう」
「はい」
「あっ、もうすぐ着くよ」
なんか今までで一番幸せな瞬間がどんどん更新されていっている気がして、『モテない人にあらゆる手段を使って恋人を見つけてあげる番組』の対象者になった気分も僅かにあったこの旅行では、元気さんのことが好きになったわけではないが、確実に私の王子様にはなりかけていた。