△Episode 8: 戦友と書いてライバルと読む
ある日のはるかぜ荘。窓の外を見る限り天気が良いみたいだけれど、そんなのわたしには関係のない話だ。今日も今日とてわたしはゲームだ。ゲームをするのに天気は関係ない。
さてと、今日は何をしようか。ゲームの棚をごそごそと探る。今日は対戦の気持ちじゃないし、ひとりでのんびりアクションでも。あ、シミュレーションもいいな。
そんなことを考えていると、扉を軽く叩く音が聞こえてきた。
「もう……こんな時に誰だよぉ……」
扉を開けると、そこから櫻がちらりと顔を出した。これは嫌な予感。櫻がわたしに声をかけるときは、だいたいろくな用事じゃない。早急にお帰り頂こうか。
「ドア閉めないでね?」「うぐぐぐ……」
扉を閉めようとしたその瞬間、櫻の足が扉の隙間に挟み込まれる。完全に心を読まれてた。恐ろしい人……!
「まったく……何の用?」
「ちょっとした頼まれごとよ。すずちゃんの面倒を見ててほしいんだけど」
「え、なんで……?」
藪から棒な頼み事だ。そもそも、なんでわたしに頼んでるんだろう。わたしがそんな頼み事をやすやすと引き受けるような人間に見えるだろうか。答えは否だ。
「ちょっと買い物で遠出するの。その間すずちゃんにはお留守番を頼んであるのよ」
「えぇー……」
面倒くさいことこの上ない。わたしはゲームで忙しいんだ。子守なんてしている暇は一切ない。
「そんなの依織に頼めば良いじゃん。仕事しながらだって子守くらいできるでしょ」
「残念、依織ちゃんは今外出中よ。何かのイベントがあるとか言ってたわよ」
「……え?」
そんな馬鹿な。依織め、肝心なときに使えない奴。帰ってきたらパンチしてやる。
「じゃ、じゃあ歩夢は……」
「歩夢ちゃんは私の手伝いよ。買い物には有能な助手が必要だからね」
そ、そんな……。最後の頼みの綱まで失うなんて。どうしてわたしはこうも運がないんだろう。
「というわけで、頼れるのは心晴ちゃんだけなのよ。引き受けてもらえるわよね?」
「う、ううっ……」
言葉は一応疑問系の形を取ってはいるけれど、そこから来る威圧は……うん、完全に命令形だ。有無を言わせない圧力がそこにはあった。ここでノーなんて答えようものなら、何があるか分かったもんじゃない。
「しょうがないなぁ……分かったよ、引き受けるよ……」
「ふふ、ありがとう。よろしくね」
結局押しに負けて承諾してしまった。どうしよう、すずの相手なんて全く分からないんだけど。
はあ、と深く溜め息をつく。今日は長い一日になりそうだ。
「それじゃ行ってくるわね。良い子にしてるのよ?」
「はーい! 行ってらっしゃい!」
玄関を出て行く櫻と歩夢を見送って、とうとうはるかぜ荘に二人きりで取り残されることになる。うぅ、地獄だ。
「と、とりあえず、わたしの部屋行こっか……」
お菓子やら何やらを用意して、自室へと引きこもる。いつもなら自分の世界へと逃げ込める唯一の場所だけど、今日ばかりはそういうわけにはいかない。そわそわしてしまう。
どうしようか。すずと関わったことがないし、何をしていいのかさっぱりだ。
「え、えと……ゲーム、する……?」
「うんっ! する!」
よし。とりあえずゲームに引きつけて動きを封じておく作戦だ。これならわたしは何もしなくてもいい。
とはいえ、すずでもできるゲームって何だろう。あんまり難しいゲームだとすぐ飽きちゃうだろうから……。記憶を辿り、目当てのゲームを棚から探す。どこだったっけ……あ、あった。
「じゃあ、これとか、オススメ……」
取り出してきたゲームのディスクを読み込ませる。名作と言われているアクションゲームだ。そんなに難しくないはずだから、すずでもプレイできるだろう。よし、これで準備完了だ。
「何かあったら、呼んで、ね」
「分かった! えへへ……ありがと、心晴!」
「う、うん……」
調子狂うなぁ。櫻はひたすらお節介を焼いてくるって点で苦手だけれど、すずは単純に持っている空気感が合わないって点で苦手だ。住んでいる世界が違うというか。
「はあ……」
思わず溜め息が出た。耐えろ、梅宮心晴。今日一日だけの辛抱だ。
そんなことを言ったって、無駄な考えはお構いなしに頭の中を過ぎ去っていく。何か漫画でも読んで気を紛らわそうかな。
それから二十分ぐらいが経ったか。すずは終始無言でゲームを続けているようだ。どれくらい進んだかと気になって画面を覗いてみる。
「ん、結構進んでる……」
現在すずが挑んでいるのはとある時限イベント。時間内に暴走した塔を止めなければ爆発してゲームオーバー、という代物だ。このゲームで最初の関門だから、ちょっとは苦戦することだろう。前の歩夢の時みたいにアドバイスした方がいいかな。
しかし、そんなわたしの懸念はあっという間に露と消えた。
「……す、すごい……」
彼女の操る主人公は軽々と塔の内部を駆け上がり、壊れた部分を修理していく。それもノーミス、ノーダメージで。まるでタイムアタックをしている人のような、無駄のない鮮やかな手際だ。
わたしが初めてこのゲームをやったのはすずと同じくらいの年頃だったけれど、すごく苦戦した記憶がある。それを彼女は、何の苦労もなく……。
「え、それ、本当に初見……?」
イベントを終え、一息つくすずの後ろ姿に問いかける。彼女は振り返ってうん、と頷いたのだった。
「天才じゃん……」
あ、ダメだ。頭がくらくらしてきた。脳みそが理解を拒んでいる。
「んー、ちょっと疲れちゃった! 休憩しよ!」
「えっ……あ、うん。えと……お茶、汲んでくる」
グラスに麦茶を注ぎながら、すずってもしかしてゲームの天才なのではなんて、そんなことをぼんやりと考えていた。
「ん、お待たせ」「ありがとっ」
グラスを二つ置くと、わたしもすずの隣でビスケットをかじる。
こうして見るとすずは無邪気な子どもにしか見えない。けれど、あのコントローラー捌きには確かな才能を感じた。もしかしたら――。
ある可能性を感じるや否や、わたしは棚からひとつのゲームを抜き出した。
「ね、ねえ、お願いなんだけど、これもやってみて、もらえないかな……!」
「何これ?」
差し出したのはとある格ゲーだ。比較的ライト層向けのゲームだし、きっとすずの受けも良いはず。彼女はわたしの手からパッケージを手に取ると、それをまじまじ見つめている。
「うん、やりたい!」
「そ、そっか……! じゃあ、カセット入れるね」
先ほどの物とは違うゲーム機にカセットを差し込み、電源を入れる。
今度は格ゲーだし、しっかり操作方法を教えておこう。
「えっと……Aボタンで弱攻撃が出て、Bボタンで強攻撃が出るの。それで、スティックを倒しながら技を出すと、その方向に技が出る……分かった、かな」
「んー……こう?」
彼女はわたしの言うとおりにコントローラーを操作し、思うとおりの技を出していく。ものすごい吸収力だ。飲み込みが早い。
「そうそう、すごい……。それじゃ、やってみる?」
「うん!」
わたしとやっても面白くないだろうから、まずは低レベルのコンピューターと対戦させてみる。その結果はというと、文字通り「あっ」と言う間の決着だった。
さすがにぬるすぎたかな。コンピューターのレベルをひとつ上げて、もう一度。今度も余裕の撃破だ。
「お……おかしい……こんなの絶対におかしいよ……」
コンピューターのレベルは瞬く間に上がっていく。いくらすずでもおかしい。セオリーもメソッドも何も教えてないのに、それを補って余りあるほどの天性のセンスが、相手の隙をカッチリと捉えている。
そしてそのセンスは、ついに最高レベルの相手を叩きのめすにまで至ったのだった。
「やったー! 勝った!」
「そ、そんなことってある……?」
喜ぶすずの隣で、わたしはただ呆然とし尽くしていた。
「あ、あのさ、すす……」
「うん? なあに?」
彼女の名前を呼ぶと、わたしは気を引き締めてもうひとつのコントローラーを握りしめる。
「わ、わたしとやってみる……?」
こうなったら、わたしが直々に彼女の実力を測るしかない。
まさか、まさかね。万が一にも負けることはないだろう。だってわたしはゲーマー。こんなぽっと出の相手とは積み重ねた時間が違うのだ。
「うん、やろうっ!」
対戦画面に移り変わり、お互いのキャラクターが映し出される。負けるわけにはいかない。
「――そこっ!」
「あっ、しまった……っ!」
そう思っていたのだけれど、やっぱり心のどこかで気の緩みがあったみたいだ。ほんの一瞬晒した隙を突いて、すずの重たい一撃がわたしのキャラに叩き込まれる。
まずい、これは普通に負けかねない……!
一呼吸置いて、気持ちを切り替える。大丈夫、もう慢心しない。ゲーマーと呼ばれる所以……見せてやる!
「わ、わわっ! 心晴、急に……!」
普段顔も知らない相手と対戦するときと同じように、ひとつひとつ確実に攻撃を当てていく。ガードして回避、カウンター!
「これで――」
見えた。攻撃を出して、無防備になったその刹那。ゲームエンドまでの道のりが一本の線となって脳裏に浮かび上がった。
まずは一撃。相手を高く打ち上げてもう一撃。さらに一撃。すずに割り込ませる暇なんてない。わたしのコンボ火力の前では、素人のキャラなんて紙! 同然ッ!
「――どうだぁっ!」
ラストの一撃を相手に叩き込み、体力ゲージが空になる。とりあえず、何とか勝てたみたいだ。かなり頭を使ったせいで、ちょっとくらくらする。
「すごいね心晴っ! やっぱりゲーム上手いんだぁ」
「ま、まあね……」
さっきまで真剣な面持ちで対戦していた相手が、今はすっかり無邪気な笑顔をこちらに向けてくる。それと同時に、わたしはこんな子ども相手にムキになっていたのかと思った。うぅ、ちょっと大人げなかったかな。
「……すずもすごく、上手かったよ。初めてで、あれだけできるなんて……すごいと、思う」
「ほんと? えへへへ、嬉しいな」
さて、今度こそ休憩としよう。今度はわたしも疲れちゃったからね。欠伸をひとつ噛み殺すと、グラスの麦茶を飲み干すのだった。
その日の夕。すずに付き合ってリビングでぼんやりしていると、玄関の鍵が開く音がした。
「あっ!」
その瞬間、すずがすくりと立ち上がる。すごい反応速度だ。
扉を開けると、櫻と歩夢が顔を出した。ようやく帰ってきてくれた。これでわたしもお役御免、か。
「櫻、歩夢、おかえりーっ!」
「ただいま……って、きゃっ!?」
姿が見えるやいなや、すずは二人目がけてくっつくようにして抱きついた。
「あのね、今日ね、心晴とゲームしてたんだ! それでね、あのね――」
「もう、何言ってるか全然分からないわよ……ふふっ」
「よかったねすずちゃん。心晴さん、ゲーム上手いでしょ?」
そんなことを話しながら、三人は台所へと消えていく。さてと、わたしも部屋へ戻るとしようか。食べかけのビスケットを拾い上げ、おもむろに立ち上がる。
のそのそ階段を上がろうとしたその時、背後からわたしを呼ぶ声があった。
「心晴っ!」「ん、すず……?」
振り返って、すずの姿を認める。台所に行ったんじゃなかったのか。
「どうしたの?」
「えっとね、まだ言ってなかったなって思って……」
言ってない……って、何の話だろうか。皆目見当も付きませんが。すずはもじもじと何かを言いあぐねているようだったけれど、深呼吸をするとゆっくりと口を開いた。
「あのね、今日は一緒に遊んでくれてありがと! 心晴とやってて、すっごく楽しかったよ」
にっ、と笑って感謝の言葉を述べる彼女。それは、比喩やお世辞なんて一切ない、純度百パーセントのまっすぐな感情だった。
「そ、そう……どういたしまして……」
調子は狂うけど、まあ……悪い気分ではない。まっすぐ顔は見れなかったけれど、わたしも素直に受け答えした。
「今度また、一緒にやろうねっ。じゃあ、また後でね!」
そう言い残すと、彼女は再び慌ただしく台所へと消えていった。
「……ふふ、ふふふっ」
これは……強力なライバル登場、ってところだろうか。何だか急にわくわくしてきた。これからセオリーを身につければ、きっとすずはもっと強くなる。今から楽しみだ。
わたしも負けてられないな。今から早速練習だ。ふふ、何をしようかな……。
そんなことを考えながらかじったビスケットは、いつもより少し甘く感じた。
前回もゲーム回でしたが、今回は毛色の違うゲーム回です。
すずはだいたい何にでも適性を示す子です。いわゆる天才肌というやつ。それこそ依織が言っていたように「何にでもなれる」わけです。うらやましい。