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はるかぜ荘は今日もうららか  作者: 洛葉みかん
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△Episode 79: 心晴、おしゃれに目覚める?

 とある昼下がりのこと。わたしと歩夢と依織は、町中の歩道を気ままに歩いていた。


「すっきりしましたね、心晴さん」

「うん……やっぱ、なんか変な感じ」


 歩夢の言葉に、少し風通しのよくなった前髪に触れて答える。その足取りがどこへ向かっているかというと、月一で通っている美容院からの帰りなのだった。


「ったく、いつまで経っても散髪にあたしたちを付き合わせるのもいかがなもんかと思うんだけどな」

「だ、だって、やっぱりさ、いろいろと……」


 依織の突き刺すような視線と言葉に、思わず言葉を並べ立てて反論する。少しは慣れたとはいえ、コミュ障に美容院でのやりとりは荷が重い。どれだけ会話を組み立てようと向こうが言葉を投げかけてくれても、こちらにはそれに応じるだけの会話力がないのだ。


「まあまあ、私は心晴さんと外出できるだけでも嬉しいですよ?」

「ほ、ほら、歩夢もこう言ってるし……」

「歩夢、気を遣わなくてもいいんだぜ」


 ぐぬぬ、依織の奴、図星だからって勝手なこと言って……。何か悪口のひとつでも言い返してやりたいところだったが、さっぱり出てくる気配がない。結局のところ言われっぱなしのままなのだった。


「そ、それにしても! やっぱりすっきりしてた方が心晴さんは可愛いですね」

「うーん、そうかな……?」


 話題を逸らしてくれた歩夢に乗っかるように、わたしは何ともつかない返答をする。自分がどう見られているかなんてあまり考えたことがなかったから、そう言われたところで実感が湧かない。そもそも、コミュ障におしゃれなんて必要ないし。


「そうですよ。せっかくこんなに可愛いのに、隠してちゃ勿体ないですよ」

「とはいえ、髪を整えたって服がこんなんじゃ意味ないけどな」

「今悪口言ったよね?」


 外見に無頓着なわたしだって、今のが悪口だということはよく分かった。流石に黙ってちゃいられない。しかしわたしの詰問は無視され、依織は不意に考え込むだけなのだった。


「服が……ということは……こう……」

「依織さん? どうしたんですか?」


 立ち止まって、歩夢の言葉さえ耳に入らないくらいに考え出す依織。ドラマのシーンのようで少し滑稽だが、その表情は驚くぐらい真剣だった。

 そして数十秒ほど思索した後、何かを閃いたのか手をぽんと叩いた。


「二人とも、今から服屋行くぞ!」

「はっ!?」「ええっ!?」


 突拍子もない提案に、二人揃って素っ頓狂な声が出た。呆気にとられる我々を差し置いて、彼女は今考えていたことを語り出した。


「服がダメなんだったら、今から服を買えばいいんだよ。そしたら心晴もちょっとはおしゃれになるだろ?」

「なるほど、確かに! 賛成です!」

「えっ、えっ、ちょっと待って……」


 歩夢はなぜだか理解して同じようにはしゃいでいるが、わたしは一向にこの場の空気を掴めないままだった。何やら二人で盛り上がって、会話が勝手に進んでいる。


「よし、そうと決まれば早速出発だな!」

「ちょっ、ちょっとー……!」


 歩夢と依織、両者の手が同時にわたしの腕を掴み、元来た方向へと引き返していくのだった。わたし、これからどうなるんだろうか……。


 二人に連れられるがままやってきたのは、店が立ち並ぶ通りの小洒落た服屋だった。


「うわぁ……」


 その雰囲気に、思わず気圧される。わたしがこんな店に足を踏み入れることになるなんて、思いもよらなかった。


「懐かしいですねぇここも。前に依織さんとすずちゃんに服選んでもらいましたよね」

「そういやそんなこともあったな」


 二人がそんな悠長な会話に興じている間にも、わたしは落ち着きなく周囲を見回していた。

 右を見ても左を見ても服だらけだ。それも、よくある量販店の安価な服じゃなくて、ちゃんとした良いものが並ぶ店。こんなの初めてだ……何だか落ち着かない。


「どうしたんですか、心晴さん? 先行っちゃいますよ?」


 そんな調子で挙動不審になったわたしを見かねてか、歩夢が心配そうにわたしの顔をのぞき込んだ。不意に目が合ってしまい、余計に焦ってしまいそうになる。


「いやあ……なんか、やっぱりわたしはいいかな、って……」

「何言ってんだ。お前のために来てんだからお前がいなきゃ意味ないだろ」

「で、ですよね……」


 うう、もうどうにでもなれ。煮るなり焼くなり、もう好きなようにしてほしい。諦めにも似た覚悟を決めると、引きずられるように奥へと歩を進めるのだった。

 ハンガーに掛かった服を目の前にして、二人はまるで自分の服を決めるかのように品定めをしている。


「これなんか心晴のイメージに合ってると思うんだけどな。いかんせん合わせる服がなぁ……」

「あ、あのスカートなら合わせられそうじゃないですか?」


 その白熱ぶりといったら、当のわたし本人が置いてけぼりにされてしまうほどだ。あの二人の間に交じって会話をするほどの気概はないから別にいいけれど、なんか腑に落ちない気分だ。


「まあ……適当にやり過ごせばいいか」


 服を買うなら買うでそれでよし。買わないなら買わないでそれでもいい。とりあえずこの場を切り抜けて、早く家のベッドでくつろぎたい。

 しばらくは止まりそうにない二人の雑談を眺めながら、あからさまな溜め息をついた。解放されるのはいつになるやら……。


 携帯を弄りながらぼんやりと待っていると、いつの間にか相談が終わったのか、服の掛かったハンガーを手に取って歩夢が目の前に立っていた。


「お待たせしました! これ着てみてください」

「こ、これ……?」


 差し出されたのはやたら可愛らしい色使いの服だった。それに何かしらの言葉を返す前に、まず「似合うのだろうか」という気持ちが先に出てきた。自分自身のイメージとはあんまり合致していないから、これがわたしに似合うとはあまり思えないのだが。


「……分かった」


 でもまあ、これを着ることでこの状況が前に進むのであれば、わたしは喜んでこの服を着よう。家に帰ってやりたい作業もいっぱいあるし。

 試着室に入り、ハンガーを壁に掛け、元々着ていた服――無地のパーカーを脱いでいく。そして、いよいよ手渡された服を着ようとするところだ。改めてその服の可愛らしさに躊躇するものの、覚悟を決めて袖を通すのだった。


「……これで大丈夫かな……」


 普段着慣れない服に苦戦しつつも、とりあえず見苦しくはない格好にはなったと思う。そして後ろを振り向くと、そこには自分とは思えない人間の姿があった。


「……わぁ」


 鏡に映った自分の姿に、思わず言葉にならない溜め息が出た。

 何というか、上手く言葉にできないけれど、今着ている服がまるで自分のために作られたかのような、そんな錯覚に陥った。着る前はあんなに似合わないと思っていたのに、いざ着てみれば不思議なほどにしっくり来る。二人のセンスに脱帽するしかないな、これは。

 それからしばらく、柄にもなくくるくると回って今着ている服の鑑賞会をしていた。これを着ている間だけは、少しだけ自分が可愛く見えるような……いや、まさか。そんなことないよね、多分。服に合わせてわたしの心まで舞い上がっちゃったみたいだ。


「……でも、なんかちょっとドキドキする、かも……」


 胸が高鳴っているのをはっきりと感じる。この姿を二人にも見せたいという、このささやかな自己顕示欲を未だかつてないくらいに感じている。歩夢はどんな顔をしてくれるだろうか。可愛いって言ってくれるだろうか。もしそうなら、嬉しさで飛び上がってしまうかもしれない。


 試着室のカーテンを目の前にして、深呼吸をひとつ。よし、準備はできた。小さく決心をすると、わたしはカーテンを開いて姿をさらした。


「どっ、どうかな……?」


 緊張に足が震えるが、できる限り胸を張って立つ。

 それを見た歩夢はというと、神妙な面持ちで息を呑んでいた。依織は何やら満足したように頷いている。

 そして歩夢は我慢していた息を吐き出すかのように、堰を切って言葉を放った。


「か、可愛いですっ! ね、依織さん!」

「ああ。やっぱりあたしの見込んだとおりだったよ」

「あのカーディガンにあれを合わせたのは正解でしたね――」


 二人ともわたしの出で立ちに喜んでくれているようだ。またもわたしをほったらかしてコーディネートの出来について言い合っている。それを着てるのはわたしなんだけどなぁ……。まるで、わたしじゃなくて服しか見ていないような感じだ。


「心晴さんにはやっぱり――」

「いいやこっちのが――」


 ……けど、歩夢も依織もなんか嬉しそうだし、まあいいか。それに、おしゃれの面白さもちょっとだけ分かったような気がするし。服だけで自分がこんなに違って見えるなんて知らなかった。


「何だか、心晴さんは何を着ても似合いそうな気がしますね」

「心晴は素材が良いからな。可愛いのも大人っぽいのも、両方似合うと思うぜ」

「そ、それは言い過ぎだよ……」


 流石にそれはちょっと照れるけれど。でも、悪い気はしない。

 それに、もし何でも似合うって言うのなら、歩夢の好きな服とかも着れたりするのかな……なんて。何を着たら歩夢は喜んでくれるんだろうか。どんな反応を返してくれるかな。

 そんなことを考えていたら、とくんと胸が高鳴るのを感じた。


「……」


 これは、帰るのがもう少し遅くなりそうかな。


「……あ、あのさ、その……わたしも、選んでみてもいいかな……?」

「……!」


 わたしが一歩踏み出してそう言うと、一瞬にして歩夢の表情に光が灯った。


「はい! もちろんですっ!」

「はは、それじゃまず着替えないとな」


 二人と笑い合うと、元の服を着るために試着室へと戻る。鏡に映ったわたしは、今までに見たことがないくらいの笑顔を浮かべていた。

どんどんやりたいことやできることが増えていく心晴なのでした。

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