◎Episode 74: 心のこもったプレゼントを
とある日の夕方。私たちの住む町にも雪が降り始め、町はすっかり冬真っ盛りの雰囲気になっていた。こんな寒さでは気持ちも滅入ってしまいそうになるけれど、今日のはるかぜ荘は賑やかな空気に包み込まれていた。
「ふんふーん……♪」
なぜなら、今日はクリスマスだからなのだった。一年に一度、世界中の子どもたちが待ち焦がれる日。それは私も例外ではなかった。
日が沈みきらないうちから準備や飾り付けを始め、こうして暗くなっても作業を続けている。今日のはるかぜ荘は気合いに満ちあふれていた。
と、ここまではみんなの話。私がこれだけ浮き足立っているのは、それだけの理由ではなかった。
今日は、ずっと心晴さんに渡したいと思っていたものを渡す日なのだ。心晴さんの表情を思い浮かべるだけで、今から落ち着かなくなってしまいそうだ。
そんなことを考えていると、当の心晴さんが私の傍にやってきた。噂をすれば何とやらってやつだろうか。
「あれ、心晴さん。依織さんの手伝いはいいんですか?」
今日の心晴さんは依織さんと一緒に料理当番だ。何でも依織さんがとても気合いを入れているとかで、大変そうだなあと思って見ていたのだけれど。
「うん。もう大丈夫なんだってさ。だから……歩夢の手伝いしようと思って」
「そうですか? ありがとうございますっ!」
心晴さんが手伝ってくれるなら、長い飾り付け作業もすぐに終わってしまいそうだ。ありがたく手を借りながら、飾り付けを進めていく。そんな作業の合間を縫うようにして、雑談に興じるのだった。
「しかし、何か懐かしいですねえ。去年もこうして飾り付けしてましたっけ」
「歩夢がやりたいやりたいって言い出したんだっけね……」
「あはは……そういえばそんなこともありましたね」
だって、飾り付けはいっぱいあった方が楽しいから。賑やかならば賑やかなほど気持ちも盛り上がるというものだ。そんな旨のことを言ったとき、去年の心晴さんは露骨に嫌そうな顔してたっけ。
「心晴さんが積極的に飾り付け手伝ってくれるなんて、去年からは考えられないですね?」
「うっ、うるさいなぁ……歩夢だって、去年までサンタクロース信じてたくせに」
「そ、それはっ……! ほんとに知らなかったんですよぉ……」
サンタクロースなんていないと知ったのはついこの間の話。私の家には毎年サンタクロースは来なかったし、誰も真実について教えてくれなかったから本当に知らなかったのだ。私は悪くない。うん。
そんな言い合いを続けるうちに、すっかり飾り付けも佳境へ突入していた。折り紙の輪っか飾りを壁に取り付けて、これまた折り紙で作ったリースで周りを彩る。ちょっとでも寂しいところが出ないように隙間を埋めて……うん、いい感じだ。
「そういえば歩夢、ツリーは?」
「ツリーはすずちゃんがやりたいって言うから任せたんですけど……どうなってますかね」
心晴さんの言葉に私が返すと、それを見計らったようなタイミングですずちゃんが駆けてきた。
「歩夢ー、ツリーの飾り付け終わったよ!」
「ありがとう、すずちゃん!」
じゃーん、と満面の笑みで飾り付けしたクリスマスツリーを見せてくれる。それは飾りを余すことなく使い切るどころか自分で新しい飾りまで配置した、彼女らしい豪華で整然としたツリーだった。まるで映画のセットみたいな小綺麗さだ。
「わあ、よくこんなに飾り付けたね……!」
「すずって、変なところでやけに几帳面だよね……」
「えっへん、すごいでしょ!」
お手本のようなドヤ顔をするすずちゃん。ツリーの飾り付けはすずちゃんに任せて正解だったな。
そうこうしているうちに、大皿を持って依織さんがキッチンから出てくるのが見えた。料理が出来たのかな。
「おーい、みんな! 飯出来たぞ、冷めないうちに食えよ」
テーブルクロスの敷かれた食卓に大皿をどんどん並べていく。チューリップ唐揚げ、ローストビーフ、ポテトサラダにピザ……ピザ!?
「こ、これ全部依織さんが作ったんですか?」
「ああ。気合い入り過ぎちまってな」
「ほんと、付き合わされるこっちの身にもなってほしいよ……」
普段食べないようなものばかりだ。これは否が応でもテンションが上がってしまうな。現にすずちゃんは今にもつまみ食いでもしそうなくらいに浮き足立っている。といいつつも、私ももうお腹がすいて我慢が出来そうにないのだけれど。
「ねえねえっ、もう食べてもいいの?」
「ったく、ちょっと落ち着けよ」
「それだけすずちゃんは今日が楽しみだったのよ」
背後から櫻さんの声がした。そういえばさっきから姿が見えなかったけれど、どうしたんだろう。
「お、櫻。ちょうどぴったしだな」
「それは良かった。チキン、買ってきたわよ」
「わぁ……!」
櫻さんが食卓の中心に箱を広げると、そこから焦げ茶色の美味しそうな匂いが顔をのぞかせる。食卓に並んだ様々な匂いが混ざり合って、私の胃袋をじわじわと刺激する。もうダメだ、我慢できそうにないや……。
「よし、これで役者は揃ったな。それじゃ……楽しいパーティーと行こうか!」
「やったーっ!」
「いただきます!」
歓声を上げて早速大皿の食べ物に手を付ける。パーティーはこれからだ!
* * *
「ごちそうさまー!」
「ごちそうさまでした」
楽しい時間とは得てしてすぐに過ぎ去ってしまうもので、大皿の上にたんと用意された料理たちも気がつけばあっという間になくなってしまった。料理の美味しさと時間の楽しさで、もうすっかりお腹いっぱいだ。
「さて、片付け片付けっと……」
「あ、依織さん。手伝いますよ」
食べ終わって一息ついた依織さんがいそいそと片付けを始め、私もこうしちゃいられないと立ち上がる。なんてったって、作ってから後片付けをするまでが料理だから……と、依織さんが前に言っていたから。
まあそれはともかくとして、せっかく美味しいものを食べたのだから片付けくらいはしっかりしないと。私が食器を持って彼女の後を追いかけようとすると、彼女はそれを制した。
「ああ、あたしだけで大丈夫だよ」
「えっ、でも……」
困惑する私に向けて、彼女はにっと笑ってみせる。諭すような、いつもの笑みだ。
「せっかくのクリスマスなんだ、ここは大人に任せてゆっくりしてな?」
「はっ……はいっ」
頭を下げて、持っていた食器を食卓に戻しておく。手持ち無沙汰になってしまったし、とりあえず自室に戻ろうかな。
「はあ……ゆっくりするって言ってもなあ」
何をしよう。できることといえば、それこそ大人の手伝いくらいのものなんだけれど。と、そこまで考えて、大切なことを忘れていることに気がついた。
「そうだ、心晴さん!」
心晴さんにプレゼントを渡す予定だったのをすっかり忘れていた。危うく忘れたまま一日を終えちゃうところだったよ。
今はどこにいるかな。ラッピングされた袋を手に取ると、心晴さんを探しに部屋を飛び出した。
「心晴さーん……?」
彼女の部屋をノックしてみるが、反応が返ってこない。おそるおそる扉を開けてみても、そこはもぬけの殻だ。
続いてすずちゃんの部屋を訪れたが、そこにも心晴さんの姿はなかった。むしろサンタクロースを迎える準備で忙しいからと追い出されてしまった……。
とにかくはるかぜ荘の隅々を探してみる。だが、リビングにもダイニングにもトイレにもお風呂にもいない。……となれば、残す所はあとひとつ。確信を旨に、私は階段を上るのだった。
「――心晴さん、ここにいたんですね」
「……ああ、歩夢……」
私たちの憩いの場として使われている木製のテラス。その手すりに寄りかかって、ぼんやりと佇む心晴さんの姿がそこにはあった。じっと夜空を見上げて佇んで、まるで映画のワンシーンのようなたたずまいだった。
「ちょっと疲れちゃってさ……」
「あはは、賑やかでしたもんね」
特に何も言わずに彼女の隣へ寄り添ったが、彼女がそれを嫌がることはなかった。むしろ、夜空を見つめる表情が少し緩んだような気さえした。
「わたし、探してた?」
「いや、別に……そういうわけじゃないんですけど」
とっさに嘘を吐いた。別に吐く必要なんかなかったけれど、見つけてすぐに渡すというのは、何だか風情がないような気がして。……早い話が、もう少しだけこの雰囲気を味わっていたかった。
手に持った袋に気づかれないよう隠しつつ、私もぼんやりと風景を楽しむのだった。
「綺麗ですねえ……」
「……うん」
ここからでも、電飾で綺麗に彩られた家々が見える。去年はあんまりよく覚えていなかったけれど、こうしてみるとたくさんの家がそれぞれの彩り方をしていて、みんな気合いが入っていることがよく分かる。それだけクリスマスという日が、誰にとっても特別な日であるということだ。 ……そして今日は、私にとっても特別な日になる。
「…………」
よし。そろそろ頃合いかな。この雰囲気も十分味わったし、ちょうどよく空気も温まってきた頃だ。これを渡すなら今しかない。
息を吸って、静かに吐いて。確実に高まっていく鼓動を心晴さんに悟られないように、なるべく平静を装う。大丈夫。いつも通り上手くやればいい。頑張れ、私!
「あっ、あのっ……!」
緊張でうわずった声が静寂を裂いた。し、しまった、いつも通りって思ったのに……!
ダメだダメだ、こんなところでくじけてちゃいけない。せめてちゃんと渡すところまでは行かないと……。
「……どうしたの、歩夢?」
どう見ても平静ではない私の様子に、訝しがる心晴さん。そんな彼女の疑念を押しとどめるように、私は後ろ手に隠し持った袋を前へ差し出した。
「あっ、あのっ……! これ、受け取ってください……!」
それを見た心晴さんは驚いたような顔をして固まってしまった。何を考えているんだろうか、私には全く分からない。ただじっと黙って、彼女の動向を見守る。
「こ、これは……?」
「クリスマスプレゼントっていうことで……心晴さんのために作ったんです。その、良かったら……」
心晴さんはおそるおそる袋を手に取り、外側を手で触ったりして確かめている。薄茶色の紙で出来た袋は、不透明で中身を確認することはできない。
「あ、開けてみてもいい……?」
「はい、ぜひ!」
私の合図に合わせて、彼女は袋の封を切った。そして、その中にあったものをゆっくりと取り出す。
「これは……マフラーと、手袋……?」
そこに入っていたのは、毛糸で編まれたマフラーと手袋。それは、すずちゃんと一緒に作ったものだった。
「これがあれば、冬でも平気かなって……どう、ですか?」
「…………」
心晴さんは黙りこくったままだ。どうだろう、お気に召してくれたのかな……?
私が緊張に身を強ばらせながら彼女の返答を待っていると、心晴さんは不意に表情をほころばせたのだった。
「あ、ありがとう……すごく嬉しい……!」
「ほんとですか……!?」
固まっていた私の表情も、そこでようやくほぐれた。心晴さんが喜んでくれて何よりだ。それ以上に勝る喜びはない。
「これ……付けていいかな?」
「はいっ」
そう言うと、彼女は手袋をはめ、マフラーを首に巻いた。うん、思った通り心晴さんによく似合う。作った甲斐があるというものだ。
「よく似合ってますよ。可愛いです」
「そ、そう……? 嬉しい、な」
彼女は今日何度目かのはにかみを見せると、静かに私に寄り添った。紅潮した肌同士が触れ合って、互いの体温が伝わり合う。もしかしたら、この膨れ上がる鼓動も伝わっているかもしれなかった。
「えへへ……なんか、今までで一番幸せなクリスマスになった気がする」
「私もです……私も、特別な日になりました」
お互い笑い合って、そうしてまた寄り添い合う。寒いのに温かくて、嬉しくて。いろんな感情が混ざり合って、何だか変な気分だ。でも、不思議と悪い気はしなかった。こんなぐちゃぐちゃの感情も、きっと「幸せ」ということなのだから。
心晴さんの笑顔に合わせて、私もまた笑い返す。その笑顔は、町中のどんな電飾よりも輝いて見えるのだった。
最近歩夢と心晴をいちゃいちゃさせてばっかりですね。かわいいからいいんですよ。