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はるかぜ荘は今日もうららか  作者: 洛葉みかん
73/88

□Episode 73: 積もる笑顔と雪だるま

 とある日の昼下がり。早々に仕事を終わらせたあたしは、リビングでしばしの休憩を取っていたのだった。


「ふう……やっぱ仕事終わりのコーヒーが一番だな」


 最近はめっきり寒くなったからな。こうして温かいコーヒーを飲むと、身も心もリラックスできるような気がする。リラックスしすぎて漏れた欠伸を噛み殺すと、ふと窓の外に目をやる。

 そこには、白い雪がちらちらと降っていたのだった。


「……雪だ……」


 思わず感嘆とも唖然ともつかない声が出た。庭をよく見ればささやかに白い絨毯ができている。この調子じゃ昨日のうちから降っていたのかもしれないな。

 しかし、普段自室のカーテンは閉めっぱなしだから気がつかなかった。思い返せば今年ももう十二月の半ばか。時が経つのは早いものだ。


 そしてあたしも年を取るわけだ、などと思っていると、背後からどたどたどた、と騒がしく駆けてくる音が聞こえてきた。こんなに賑やかなのはひとりしかいない。振り返って、鼻息荒く佇むすずの方を一瞥する。


「雪降ってるね、依織っ!」

「そうだな」


 雪ひとつでどれだけはしゃいでるんだか。まるで犬みたいだ。すずは喜び庭駆け回る……ってか。

 その興奮も冷めやらぬまま、すずは元気いっぱいに宣言する。


「依織、今からお外行くよ!」

「…………」


 開いた口が塞がらなくなった。

 何を言ってるんだこいつは。ついさっき雪が降ってるね、って話をしたばかりなのに、その上で言ってるのか。あたしだって寒いのが嫌いなわけではないが、だからといってわざわざ外に出る意味もない。それこそ、毎週続けているランニングの時くらいしか――。


「もー、そんな顔しないでよ。いつもやってる運動の一環だと思えばさ」

「うぐ……」


 なんでそこをピンポイントで突いてくるんだよ……。

 いつもの運動。毎週歩夢と心晴を連れ出してやっているランニングのこと。もちろん、それは寒い日だろうとこんな雪が降る日だろうと『わざわざ』外に出て行われる。そうやってわざわざ外に出るのだから、今日もそれの一環だと思って外に出てほしい……というのがすずの言い分なのだった。

 ランニングしよう、と言い出したのはあたしだから、それに言及されると反論に困ってしまう。


「ね、いいでしょ?」

「うーん……」


 すずが期待たっぷりのまなざしでこちらを見つめる。彼女お得意の戦法、泣き落としならぬ甘え落としだ。あたしだってすずと七年くらい付き合ってきたんだ、そんな手に簡単には乗せられたり――。


「……ったく、すぐ帰るからな」

「わーいっ!」


 やっぱダメだ。最近すずに甘くしすぎてる気がするな……。


 幾ばくかの準備時間を経て、すずに引きずられる形で外に出る。そんなあたしの外出を待ち構えるかのように、すぐさま撫でるような冷気があたしを包んだ。


「うー、寒っ……」


 あまりの寒さに、漫画のようなポーズを取りながら歯を鳴らした。

 とりあえず厚着はしてきたつもりだったのだが、向こうにとってはそんなものお構いなしといったところか。あたしの努力をあざ笑うように風が吹いて、再びあたしを震え上がらせた。


「えー、すずはこれくらい平気だよ?」


 対するすずはカーディガンを羽織るだけと、とても十二月の服装とは思えない出で立ちだ。あたしには到底真似できそうにないな……。


「羨ましい限りだぜ……」

「へへーん、子どもは風の子だからね」


 本当にそうだと思う。どうして大人になったら寒さに弱くなるんだろうな……。

 そんな会話を繰り返していると、あっという間に公園まで辿り着いた。視界の先には、まっさらな白い世界が広がっている。


「お、だいぶ積もってんな」

「昨日から降ってたみたいだしね。それっ、一番乗り!」


 ジャンプで入り口を飛び越えるすず。着地した長靴がきゅっ、と小気味いい音を立てて雪の中に沈んだ。


「依織もおいでよー、遊ぼうよ!」

「すぐ帰るって言ったろ……」


 どうにも今日は気分が乗らないんだよな。帰るぞ、と踵を返して促す仕草をするが、すずは一向に離れようとしない。それどころかすぐ傍に擦り寄ってきてお願いをする始末だ。


「いいじゃん依織、ダメかな?」

「……っく」


 今日二回目の甘え落とし戦法。この目をされると、断れるはずのものも断れなくなる。どう考えても自分が可愛いのを分かってやってるだろ。まったく、誰がこんなこと教えたのやら……。


「……しょうがねえな」

「やったー! ありがと、依織!」


 やっぱあたし、すずに甘いんだな。すずももう十一歳だし、そろそろ厳しく行かないとな……。


「よーし、雪だるま作るよ!」

「じゃああたしが頭作るか。すずは身体を作ってくれ」

「はーい!」


 手頃な雪を手に取って丸め、雪原の上をごろごろと転がしていく。かなり積もっているおかげで雪の出所には困らないな。そうしてしばらく無心で転がしているうちに、周りを巻き込んで雪玉はみるみるうちに大きくなっていく。何だか少し楽しくなってきたな。

 そうして雪玉も結構な大きさになってきた頃、離れた場所からすずの呼ぶ声が聞こえた。


「依織ー、どんな感じ?」

「こっちはだいぶ大きくなったぞ。そっちはどうだ?」

「すずのもおっきいよ! 見て見て!」


 すずの転がす雪玉は、既に彼女の膝丈ほどもあろうかというサイズになっていた。これなら頭を乗せても安定してくれそうだな。

 すずがベンチのすぐ傍へ雪玉を転がし、あたしがその上に頭となる雪玉を乗せてやる。これで二段重ねの雪だるまが完成だ。これだけでも十分だが、さらにそこへすずが木の枝と石ころで飾り付けをしていく。


「これは……よーし、ここっ!」

「割と容赦なく突き刺すのな……」

「すずは感覚派だからねー」


 なんだそりゃ。とはいえ彼女の言うとおり、感覚で配置していったパーツたちは不思議と調和して顔の形を成しているのだが。


「あとは腕をくっつけて……かんせーい!」

「おお……」


 腕となる最後の木の枝を胴体に突き刺して、二人で作った雪だるまは無事完成を見たのだった。

 なんか、結構大変だったな……。一段落付いたかと思うと、急に額に汗が浮かんできた。それを拭いつつ、しゃがみこんで完成した雪だるまを眺める。


「えへへ、可愛く出来たでしょ?」

「ああ。なんか愛嬌を感じるよ」


 曲がった枝を口のパーツにして、雪だるまは笑顔を浮かべている。その表情がどこかすずに似ていて、思わず吹き出してしまった。創作物は作り手に似るなんて言うが、意外とそうかもしれない。


「楽しかった、依織?」

「ん……まあ、な」

「でしょ? やっぱり雪っていいなあ」


 実のところを言えば、寒いのなんてそれこそ汗をかくくらいに忘れてしまっていて、「すぐ帰る」なんて言った自分の言葉さえ忘れてしまって。結局すずと雪だるま作りを楽しんでいたのだった。やっぱりすずには甘いみたいだ、あたしは。

 いや、今はそんなことはどうだっていいか。楽しむ時は楽しむ、それだけだよな。立ち上がったすずに合わせて、あたしも腰を上げる。


「よっし、もう一個作るよ!」

「まだやんのかよ!?」


 帰る時はちゃんと帰るって言う、それでいいよな。……多分、きっと……。


* * *


「ふたつ目完成っ!」

「はあ、疲れた……」


 先ほどのものよりは少し小さい雪だるまが、ベンチの横にちょこんと佇む。今度もまた飾り付けはすずの担当で、ひとつ目とはまた違う可愛らしい表情をしていた。


「いやー、満足満足」

「そりゃ良かったよ……あたしは腰が痛い」


 昔はもうちょっとアクティブだったはずなんだけどな。すずの動きにもついて行けないなんて、あたしももう年かもしれない。

 などと思いながらベンチに腰掛けると、その隣にすずが腰掛けた。


「ねえ、依織」

「ん? なんだ?」


 呼びかけに応えてすずの方を向くと、彼女はにっこりと微笑んでいた。


「すずね、今日依織と遊べて楽しかったよ!」


 まるで輝きを放つかのような眩しさの笑み。嘘偽りのない彼女の本心が、そこにはあった。


「……すず」


 その笑顔に吸い込まれるように、あたしはその小さな体躯を抱き寄せた。わっ、と彼女は一瞬驚きの声を上げたが、すぐに抱きしめ返してくれる。厚着越しでも伝わる幼い体温が、あたしの身体を温めてくれた。


「あたしもすごく楽しかったよ。ありがとうな、すず」

「えっへへ……どういたしまして」


 腕から離れたすずがまたにこりと笑った。

 あたしがすずに甘い理由、何となく分かったかもしれない。それは、ずっとこの笑顔を見ていたいから。すずが笑う度に周りの空気が華やぐような気がして、だからすずにはずっと笑顔でいてほしいのだ。考えてみれば単純明快、ただそれだけの話なのだった。なんかいろいろ考えていたのがバカみたいだ。


「それじゃ、そろそろ帰ろっか。だいぶ遊んだもんね」

「そうだな。帰ったら風呂でも沸かすか」

「いいねー」


 おもむろにベンチから立ち上がり、二体の雪だるまを残して公園を後にする。なんだかんだ言って、すずと遊べて今日は楽しい一日だった。それに、個人的な気づきもあったことだし。

 すずの笑顔を見たいから……か。それじゃあ、もう少しだけ甘くしてみてもいいよな。


「風呂上がったら、なんか甘いもんでも作るか」

「ほんとっ!? すずね、プリンが食べたい!」


 すずがまた笑った。それにつられるようにあたしも笑った。そうしてふたりで笑い合い、幸せな時間と共に帰路を急ぐのだった。

去年に引き続き雪遊び回。

ところで僕は厚着してる女の子が好きです。

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