◎Episode 7: ゲームと約束と
穏やかな陽気が外を包む、あるお昼前のこと。
リビングで本を読んでいると、上の階からこちらへ降りてくる足音が聞こえてきた。心晴さんだ。
ゲームが大好きで、朝から晩までゲームをする根っからのゲーマーだ。ちょっと話しかけづらそうに見えるけど、素は優しくて可愛らしい人だから私は好きだ。
そんな心晴さんだけど、今日はやけに嬉しそうだ。喜怒哀楽で言えば「喜」の感情が笑顔になって表情に出ている。何かあったのかな?
「おはようございます、心晴さん!」
「あ……歩夢、おはよう」
嬉しそうなせいか、どことなく挨拶にも生気がこもっているように感じる。いつもならこの時間帯は夢うつつみたいな挨拶だしね。
さて、早速本題に切り込むことにする。
「なんか、今日は機嫌良さそうですね。何かあったんですか?」
「あ、分かる……?」
こくりと頷く。そりゃあもう。いつもぼんやりしている心晴さんがそんな顔をしていたら、誰だって気付くに違いない。
「えへ……実はね、今日は朝から、十五連勝もできて……ちょっと、気分良い」
「じゅうごれんしょう?」
何の話だろう。しばらく考えて、ゲームの話かと思い当たる。私も大概寝ぼけてるみたいだ。
「インターネットの対戦ですか?」
「ん。格ゲー」
インターネットにはすごく強い人がそれこそ星の数ほどいるんだろうなぁ。そんな人たちを相手に十五連勝なんて、やっぱり心晴さんはゲームの天才だ。
「……う、うぅ、そんなきらきらした目で見ないでぇ……」
「心晴さんはすごいんですから、もっと胸張っていいんですよ!」
「そ、そうかな……?」
心晴さんはあんまり腑に落ちない様子だ。
それにしても、ゲームが上手い人ってなんだかかっこいいイメージがある。パズルゲームが上手い人は頭良さそうだし、アクションゲームが上手い人も、思い通りにキャラクターを動かせたら楽しいだろうなあ、って思う。私もそんな人たちになれたらいいんだけどなぁ……。
……閃いた!
「心晴さん、ちょっといいですか?」
「な、なに……?」
その手を握って、まっすぐに目を見据えて。お願い事をするときのポーズだ。そうして、頭を下げる。
「お願いしますっ! 私に、ゲームを教えてくれませんか!?」
「ええぇっ!?」
心晴さんが素っ頓狂な声を上げる。そんなに変なお願いだったかな……?
「えっ、えっ、わたしでいいの……?」
「むしろ心晴さんがいいんです! 嘘じゃないですよ!」
心晴さんに教えてもらえれば、きっと私だってゲームが上手くなるはず。
「しょ、しょうがないなぁ……」
「やった! ありがとうございますっ!」
そうと決まれば早速行動。二人で心晴さんの部屋へ向かうのだった。
「お邪魔しますっ!」
「ちょっと狭いけど……勘弁してね」
扉を開けて、心晴さんの部屋へと入る。彼女の部屋は私の部屋の隣にあるけれど、今まで入ることがなかったから、少し新鮮な気分だ。
「中はこうなってるんですねぇ」
辺りを見回すと、色んな種類のゲーム機やゲームソフトが所狭しと並んでいる。同じ会社のゲーム、同じ機種のゲームソフト、といった風に、系統立てられた整然とした並び方だ。
心晴さんの部屋ってもっと散らかっているイメージがあっただけに、少し意外だ。
「意外と片付いてるんですね」
「……意外って何、意外って」
あっ。
思わず考えていることが口に出てしまった。口は災いの元、気をつけないと……。
「そ、そんなつもりじゃないんです……」
「……まあ、いいけどさ……」
よいしょ、と言いつつ、彼女は中央に空いたスペースに座り込む。それに倣って、私もその隣に座り込んだ。こうやって座ると、二人の距離が大分近くなる。
「えっと……どんなゲームが、やりたい……?」
「そういえば、全然決めてませんでしたね……」
ゲームを教えてほしいとしか言ってなかったから、今更になって悩んでしまう。私、どんなゲームがやりたいんだろう……。
「……まあ、やっていくうちに、やりたいのも見つかる、と思う……」
「そうなんですかね……?」
心晴さんは近くの棚をごそごそと弄っている。何を探しているんだろうか。その様子をじっと見つめていると、ゲームソフトの箱をひとつ手にとって振り向いた。
「これなんか、どうかな……?」
箱を開け、中のディスクをゲーム機に読み込ませると、モニターの電源を入れる。一瞬間を置いて、すぐに煌々とした明かりが灯った。デモムービーの後にタイトルが映し出される。
「えっとね……これ、アクションゲームなんだけど、操作簡単だから、多分初心者でも大丈夫……だと、思う」
その言葉を信じて、私もコントローラーを握ってモニターに向かう。チュートリアルが始まり、操作方法を覚え込む。結構コマンドが多いみたいだけど、大丈夫かな……。
でも、操作に爽快感があってすごく楽しい。これは病みつきになりそうだ。
「ちょっと難しいですけど、楽しいですね、これ!」
「そ、そっか……よかった……」
物語はどんどん進んでいき、ついに最初のボスと対面することになる。私にできるかどうか分からないけど……やるしかない。頑張れ、私!
……けれど、世の中そんなに甘くはない。
「うぅ……負けちゃった……」
もう一回やればクリアできるかもしれない。気を取り直して再挑戦だ。
そんなことを思っていたけれど、三回ほど挑戦してみても、一回も勝つことができなかった。
「これ、ほんとに初心者向けなんですか……?」
「わたしの中では、そうなんだけど……やっぱり、難しいのかな……?」
上手い人の言う「簡単」は当てにならない、ってやつだろうか。それにしても、改めて自分の下手さが分かってしまって辛い。やっぱりゲームの才能ないのかな、私……。
「や、やめる……?」
「いや、まだ諦めませんっ!」
だけど。ゲームの才能がないとしても。こんなところで諦めたら寝覚めが悪い。もうちょっと、もうちょっとだけ頑張ってみよう。
「ううぅ……私ってばなんで下手なんだろう……」
あまりの下手さにコントローラーを置いて突っ伏した。流石に十回挑戦して一回も勝機が見えないのはダメだと思う。
世の中、頑張りだけじゃどうにもならないことだってあるよね……。
「……え、えっと、アドバイス、してもいい……?」
私の背後で傍観していた心晴さんがおずおずと訊く。こうなったら猫の手だって借りたい気分だ。ぐったりとしながら承諾した。
「よろしくお願いします……」
「ん、任せて……」
よいしょ、と彼女は私の隣へ再び戻る。そうしてもう一度ボスの待つエリアへとキャラクターを進めるのだった。飽きるほど見たシルエットが浮かび上がり、これまた飽きるほど聴いたBGMが流れ出す。
「ボスは……大きな攻撃の前は、攻撃範囲が赤く表示されるから、そこを避けるようにして移動するの」
あ、そういえば確かに赤くなってる。相手の攻撃から身をかわし、キャラクターが移動する。
「あとは、予備動作……。相手の動きをしっかり見て、それに合わせてガード。回避よりガードの方が、反撃を取りやすいから」
ガードボタン。今思い返すと、回避行動に頼りっぱなしで使ってなかったっけ。私がボタンを押すと同時に、キャラクターが相手の一撃を受け止め、再び攻勢に出る。
「す……すごい……私、戦えてますよ!」
さっきまであんなにへろへろだったプレイが、心晴さんのアドバイスで上手く戦えるようになっている。私の思い通りにキャラクターが動いている。ちょっと感動してしまいそうだ。
「あ、必殺技……表示、見逃さないで……!」
「はいっ!」
Aボタンで必殺技を発動、そのまま連打。キャラクターの渾身の技が、周りの雑魚敵もろとも薙ぎ払っていく。そしてその攻撃は、ボスの体力をついにゼロまで削りきったのだった。
「や、やった……!」
私でも、ちゃんとプレイできた。ちゃんとクリアすることができた。興奮のあまり、わなわなと手が震える。
「やりましたよ、私っ!」
「お、おめでとう……!」
思わずハイタッチしてしまう。その手を握りしめ、感謝の念を精一杯伝える。
「わ、わあっ、ちょっ……!」
手をぶんぶんと上下に振る。私はゲームが下手なんかじゃなかったって分かっただけで、嬉しさが込み上げてしまいそうだ。
「えへへ、ありがとうございますっ! 心晴さんのおかげで私、すっごく自信が付きました!」
「そっか、よかった……ど、どういたしまして……」
心晴さんが恥ずかしそうに目を逸らす。ちょっと可愛いかも。思わずぎゅっと抱きしめる。
「ひゃっ……!? え、あ、ちょ、歩夢ぅ……」
「ほんとに嬉しいですっ! ありがとうございます……!」
そうしてしばらくの間、気が済むまで心晴さんを抱きしめ続けるのだった。
ゲーム機の電源を落とし、部屋は元の状態に戻る。二人並んでのんびりとした時間を過ごす。ちょっと狭いと思ったこの部屋も、ゲームをしているうちに居心地が良くなってきた。
「ゲームするのって楽しいですね」
「そ、そう……? そう言ってもらえるなら、嬉しい……」
そういえば、ゲームを教えてるときの心晴さんは、なんだかいつもより饒舌だったような。ちょっと尋ねてみようかな。
「さっきの心晴さん、すっごく喋ってましたね」
「えっ……あ、それ、は……」
私が問うと、なぜか彼女は顔を真っ赤にして視線を背けた。その行動の意図が分からず、身体を動かして目を合わせる。
「……わたし……ゲームの話になると……喋りすぎちゃって……」
目が合うのは絶対拒否、とでも言わんばかりに手で顔を覆うところを見ると、相当気にしているみたいだった。
「直した方がいいって、分かってるけど……どうしても……」
ぐったりと見るからにしぼんでいきそうな心晴さんの手を取り、しっかと目を合わせる。
「そんなことないです!」
「えっ……?」
「ゲームの話してるときの心晴さん、すっごく生き生きしてましたから!」
それに、心晴さんがしっかり教えてくれたおかげで、私も楽しくゲームができたし。
「全然悪いことじゃないって、そう思います!」
心晴さんは身動きひとつしないまま、困惑やら驚きやら照れやらが混ざった表情をしていた。
「そ、そうかな……?」
首を大きく縦に振る。むしろ好きなことについてそんなに語れるなんて、憧れちゃうくらいだ。私もお花についてそれくらい語れたら良いんだけど、お花の世界はとても奥が深いから、私なんてまだまだひよっこだ。
「……あり、がと……えへへ」
心晴さんの表情に笑顔が灯った。相変わらず顔は真っ赤だけど、それが逆に可愛らしい。
再びゆったりとした時間が部屋の中に流れる。そんな時、並んで座っていた心晴さんがこちらに肩を寄せてきた。
「……あのさ、歩夢……」
「はい? 何ですか?」
とろんとした目で、私の顔をじっと見つめる彼女。心晴さんがこんな仕草をするのは、私に甘えてくれているときだけだ。
「……また、一緒にゲームしよ。今日、歩夢と一緒にやってて……楽しかった、から……」
「心晴さんっ……!」
思わず私の顔がほころんだ。心晴さんがこんなにも私のことを信頼してくれてたなんて。すごく嬉しい。嬉しすぎて飛び上がってしまいそうなくらいだ。
「はいっ! ぜひ! 今度は別のゲームもやりましょう!」
「わわっ、歩夢、テンション高いよぉ……!」
今日はまたひとつ、心晴さんのことを知ることができた。こうやっていろんな人のいろんな一面を知っていって、もっと仲良くなれたらいいな。
そんなことを考えながら、小指で約束を刻むのだった。
対戦ゲームやってる時の心晴の横顔、ものすごいことになってそうですよね。めちゃくちゃ気張ってそう。