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はるかぜ荘は今日もうららか  作者: 洛葉みかん
64/88

□Episode 64: 絆は途切れない

 今日もはるかぜ荘に朝がやってくる。気持ちのよい目覚めを果たし、歯を磨き髪を整え、すっかり目が冴えた。大きく伸びをすると、その足ですずの部屋へ向かう。

 扉を開けると、案の定すずは気持ちよさそうな顔で眠りこけていた。呑気な顔しやがって、まったく。


「おーい、起きろ」


 声を掛けてみる。起きる様子はない。


「起きろっての」


 頬をつんつんと突っついてみる。やはり起きる様子はない。それどころか寝返りなんか打って本気で惰眠をむさぼっている。ううむ、許せん。

 無理矢理布団を剥いだところで、ようやくすずは目を覚ましたのだった。


「うーん……むにゃむにゃ……あれ、依織……? おはよ……」

「おはよ、じゃねえよ。寝ぼけてんなよ、今日は遊びに行くんだろ?」

「はっ!?」


 そこでようやく今日が何の日であったかを思いだしたのか、すずは先ほどまでとは打って変わって飛び起きた。そして焦りつつ荷物の確認をするのだった。


「ったく、もう……あたしはとっくの昔に準備万端だぞ?」

「わあぁっ、ちゃんと準備するから置いていかないでぇ!」


 何というか……先が思いやられるな。まあ大丈夫だとは思うけれど、それでもハラハラするのは保護者故の宿命か……。


 一悶着ありつつも、何とか準備を整え電車に乗り込むことができたのだった。二人を載せた箱は規則正しく振動しながら、目的地へと進んでいく。

 今日はすずと遊ぼうと約束していた日なのだ。最近抱え込んでいた案件がようやく落ち着いて休みが取れたということで、遊んでやれていなかった分のお詫びもかねてだ。すずがちゃんと楽しんでくれるといいんだが。


「えへへ、楽しみだねっ!」

「ああ……そうだな」


 そんなあたしの心配など知るよしもなく、きらきらとした笑顔をこちらに向けるすず。多分大丈夫だろう……と思いたい。

 複雑な思いを抱えているうちに、電車はそろそろ目的の駅へ着かんとしていた。

 まあ、何事も起こってからじゃないと分からないよな。いくら今考えたところで何か答えが見つかるわけじゃない。それに、ここで楽しい時間を過ごしているうちに忘れちまうかもしれないしな。

 気を取り直すと、立ち上がって電車の扉をくぐるのだった。


 駅を出て少しすれば、お目当てのショッピングモールが眼前までやってくる。そびえ立つ建物に、心なしかすずのテンションも上がり気味だ。そんな彼女の様子に、昔のあたしの姿を重ねる。


「おっきいね~……」

「そうか、すずはあんまり来る機会ないもんな」


 普段見ないようなものを見ているとなると、ワクワクするのもやむなしというところか。あたしはといえば、ここに行きつけの音楽ショップがあるおかげでもう見慣れたものなのだが。

 自動ドアをくぐると、テナントが立ち並ぶ大通りに出る。平日ということで人はさほど多くはないが、それでも行き交う人々の姿が見られる。


「わあ……」


 中に入った途端、すずは興味津々といった様子で辺りをきょろきょろ見回している。相変わらずの無邪気っぷりだ。そのまま放置していると、彼女はとある一点に吸い寄せられるように歩を進めていた。その後を着いていくと、そこにはセレクトショップがあったのだった。あまり広くはないショーウィンドウに、所狭しと服が展示されている。


「わあ、この服かわいいよ!」


 そう言って指さしたのは、パステルカラーで彩られた、いかにも女の子らしいといった風の服だった。ただし、それはすずの体格より一回りか二回りほど大きいサイズのものだった。


「けど、すずの体格じゃ着られねえな」


 もしこれをすずが着たら、ダボダボで格好悪くなってしまうな。なんてことを茶化して言っていると、すずは風船のように頬を膨らませた。


「じゃあ依織に着てもらうしっ!」

「あ、あたしっ!?」


 急に話題を振られて、柄にもなく動揺してしまう。何を言い出すんだこいつは。


「あたしは……そう……あんまりこういうのは趣味じゃないな……」


 というか、流石にあたしがこんな服を着てるのは痛すぎる。おしゃれするにしても、もう少し格好いい服の方がいいし……。


「えー、つまんないの」

「なんでだよ……」


 結局その場を後にして、他の服屋を見て回ることになったのだった。

 訪れる先々で、すずは様々な服を身につける。これを試着したら次はこれ、その次はあれ……と、さながらファッションショーのようだ。


「こういうのはどうかな?」

「おお、なかなかいいんじゃないか」


 すず自身の素材の良さのおかげか、何を着ても似合ってしまうのが悔しいところだ。すずもそれが分かっているのか、いろいろなジャンルの服を持ってきては着ている。


「すずって、ほんとおしゃれ好きだよな」

「うんっ! だって楽しいもん」


 あたし自身が最低限のおしゃれ以外については無頓着だから、そういったすずの感性が不思議に思える。誰の影響なんだろうか。あるいはすず自身の趣味だったりしてな。

 そんなことを思いながら、彼女の着替えを眺めているのだった。


 長かったファッションショーに幕を下ろし、買い物袋を持って店の外へ出る。いろいろ買い込んでしまったな。


「いやー、良い買い物したね」

「金出したのはあたしだけどな……」


 とはいえ今日はそのために来たわけだし、すずが喜んでくれるなら何よりだ。その代わり、あたしの懐事情は少し寂しくなってしまうのだが。またしっかり稼がないとな。

 さて、これからどうしようか。時間的にはまだまだ余裕はあるし、どこにでも行けると思うが。


「次どっか行きたいとかあるか? 今からならいろいろできるけど……すず?」


 斜め後方を歩くすずの方を振り返ると、彼女はいつになく深刻な顔をして立ち止まっていた。


「……どうした? 腹でも痛いか?」


 じっと固まり目元に影を落とす彼女は、たったひとつの言葉を腹の底から絞り出すのだった。


「……お腹すいた……」


* * *


「美味いか、すず?」

「うんっ、美味しいよ!」


 所変わってフードコート。空腹でへろへろになってしまったすずの前には、カツ丼セットの大盛りが置かれていたのだった。


「今ならいくらでも食べられちゃいそうだよ」

「そういや朝飯食ってなかったもんな……」


 あたしもうどんのセットをいただく。お互いが目の前に積まれた食事を黙々と口に運ぶので、しばし沈黙の時間が両者の間に流れる。

 そしてただ食べるのにも飽きた頃、あたしは不意に口を開いた。


「なあ、すず……」「うん? なあに?」


 変わらず食べることに集中していたすずが顔を上げた。


「その……今日は、楽しいか?」

「えっ?」


 すずが呆気にとられたような声を上げた。無理もない、急にそんな質問をされてはそんな反応くらいしか返せるものもないだろう。

 ただ、あたしにはこんな質問をするれっきとした理由があった。


「最近またちょっと忙しくなったからさ。すず、怒ってないかと思ってさ……」


 今までにも、すずをないがしろにしてしまったことは何度かあった。その度に怒られたり泣かれたりして、その度に深く反省した。そして……今回もそうだったのではないかと思ったのだ。今日という休みの日を設けたのも、すずへの贖罪の意味も込めてのことだ。

 しかし、そんなあたしの懸念など一蹴するかのように、彼女はにっこりと笑ってみせた。


「怒ってないよ。だって、依織がお仕事頑張ってるの、知ってるもん。すっごくかっこいいって、そう思ってるよ」

「…………」


 たとえ嘘でも、たとえ強がりでも、その言葉に少しだけ救われたような気がした。胸のつかえが取れて、今日までずっと感じていた息苦しさから解放された、そんな気分になった。


「……そうか。ありがとう」


 手を伸ばし、彼女の頭を撫でてやる。彼女は再び微笑みを零したのだった。


「さ、食べ終わったらゲーセン行こうっ!」

「元気だなあ……」


 その後もたくさん遊んで、たくさんはしゃいで、気がつけばすっかり日が傾いてしまっていた。帰りの電車に乗り込むと、座席に眠りこけたすずを下ろしてやる。流石に疲れたのか目を覚ます様子はない。


「幸せそうな寝顔だな……」


 彼女の寝顔を見てぼんやりと呟く。心なしか微笑んでいるような気がする。対するあたしはあたしで、すずの顔を見ていると不思議と自然に笑みが零れるのだが。


「『怒ってない』……か」


 不意にすずの言葉を思い出す。彼女はいつもと変わらぬ屈託のない笑みを向けて、そう言ってくれた。

 嘘だろう、とは口が裂けても言えないし、すずはどんな嘘も言わない素直な奴なのはあたしが知るとおりだ。けれど、どうしてもその言葉の裏側に寂しさが隠れているんじゃないかと、あたしの素直でない心が疑ってしまう。


「……めんどくさい奴だな、あたしも」


 同じことでこの前は櫻に「背負い込みすぎるな」と怒られたばかりだ。すずのことになるとすぐ考え込んじまう、あたしの悪い癖だ。

 子が親離れをするように、親も子離れをせねばならない。あたしは今、その岐路に立たされているのかもしれない。そしてそのタイムリミットは、意外とすぐ近くまで迫ってきているのかもしれないな。

 その時がやってきたとき、あたしは正しい判断を下せるのだろうか。


「…………」


 ……いや、考えすぎだな。悩み込むなんてあたしらしくない。小さく首を振って、今まで考えていたことを記憶から消し去る。

 どんな問題も、その時が来たら考えるだけの話だ。それまでは、あたしとすずは一緒にいる。今分かるのはそれだけだ。

 そんなあたしの思いに呼応するように、すずが寝返りを打ってあたしの肩にもたれ掛かる。投げ出された手があたしの手と重なった。


「……すず」


 それに、いつか離れる日が来るとしても、あたしたちの絆まで切れてしまうわけじゃない。あたしたちの日々は嘘じゃないし、どこにいたって心では繋がっている。ベタな言い回しだけど、それこそが真理だ。

 そして、その日が来たときには、笑って「良い日々だった」と笑えるように。もっと心を重ね合わせて、笑い合える日常を歩んでいこう。


 静かな決心を胸に秘めて、あたしは金色に染まる流れゆく景色を眺めていたのだった。

依織をセンチメンタルにさせがちですね、最近。ただやっぱりみんなの保護者なので思うところは色々あるんだと思います。きっと。

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