△Episode 60: 何でもできるから、何もできない
今日も今日とて、わたしは引きこもってゲームの時間を楽しむ。秋も中頃で最近は少し肌寒くなってきたし、こうして引きこもるに限る。読書の秋だスポーツの秋だなどと言うけれど、私にとってはゲームの秋なのだ。異論は認めない。
「……♪」
今日はちょっと調子が良い。いつもよりサクサク手が動くし、何だか楽しいな。道中を難なく通り抜け、さっそくボス戦へ突入だ。
そんなとき、部屋の扉を開けて不意に誰かが飛び込んできた。
「心晴ー! 遊ぼっ!」
「今ちょっと忙しいから、後でね……」
振り返ることはできなかったが、その声で誰なのかはすぐ分かった。すずだ。相も変わらず無邪気な様子だが、「待て」と言われたらちゃんと待っている辺りが利口で微笑ましい。ただ、その視線は画面に釘付けになっていて……うう、見られてると思うとなんかやりづらいな。まあ、そんなことくらいで調子を失うわたしではない。サクッとボスを倒してステージクリアだ。
「おおー。流石心晴」
「まあね」
伊達に引きこもりゲーマーしてるわけじゃないからね。これくらい余裕だ。
さて、すずと話すべくコントローラーを置くと、すぐさまわたしの隣にすずが収まった。ちょこん、と指定席かのように座り込む姿が愛らしい。
「なんかもう、自分の部屋みたいになってるね……」
「? お邪魔します……?」
「そういうことじゃなくって……」
そんなのんびりとした会話を続けながらまたゲームをしていると、不意にすずがモニターを指さして話しかけてきた。
「ねえねえ心晴、それ何やってるの?」
「これ? ミスティックダンジョンって言って、みんなで協力してダンジョンを攻略するゲームだよ」
「へえー、面白そう!」
お、なかなかすずの食いつきが良いぞ。流石好奇心の塊、知らないものには何でも興味を示すのか。
「……やってみる?」
「うんっ! やってみたい!」
これは布教のチャンスと見たぞ。これだけ純粋な反応を返してくれると、布教のしがいがあるというものだ。
程なくしてわたしのゲームも終わり、すずにコントローラーを手渡した。画面に向かうすずの目は、心なしか輝いているように見えた。わたしもいつもこんな目でいたいものだ。
「ん、じゃあ最初は操作説明から行くよ」
「はーいっ! よろしくお願いします、先生!」
「せ、先生……っ!?」
調子狂うなあ。……いや、そんなことを気にしている場合じゃない。気を取り直して操作説明だ。
「――スティック押し込みでラジオチャットが出るから、こうしてメッセージを送信して――」
「こう?」
「そうそう」
それから十分もしないうちに、すずはほぼ全ての基本操作をマスターしてしまったのだった。わたしの思った通り、むしろ想定以上かもしれない。覚えるのが早いということはそれだけゲームの楽しさに早く触れられるということ。一緒にプレイする身としてはこの上なく嬉しいことだ。
「相変わらず飲み込みが早いなあ……」
「えへへー、それほどでも」
いつものらりくらりとかわされている気がするけど、すずはもっと自分の才能を誇って良いと思う。ゲーム始めたてのわたしなんかよりずっと上手だと思うし。
それはともかくとして、操作を覚えたところでまずは手始めに二人プレイだ。とにかくゲームに慣れてもらわないと。お手並み拝見だ。
「すず、上のルート行っていい?」
「分かった、じゃあわたしは真っ直ぐ行ってみる」
二手に分かれてダンジョン内を突き進む。すずをひとりにして大丈夫かと思ったが、杞憂だったみたいだ。初心者とは思えない操作で敵を薙ぎ倒して行っている。これ、わたし必要なのかな……。
「あ! ここ壊したら抜け道あるよ!」
「初見でそんなとこよく気づくね……」
すずの活躍は止まることを知らない。まるで勝手を知っているかのようにガツガツと先へ進んでは道を切り開いている。そのおかげで逆にわたしの方が若干置いて行かれ気味だ。一応これでも経験者なのに……。
「どんどん進めーっ!」
「ちょっ……ちょっと待ってよ……!」
そんなこんなでわいのわいのと騒いでいるうちにあっさりと最上部のボスに到達してしまい、それもあっという間に撃破してしまった。十分くらいでステージクリアだ。普段のオンラインプレイならもうちょっと時間が掛かるし、そこは流石すずとわたしの連携ってところだろうか。
「いやー、楽しかった! ありがと心晴!」
「こ、こちらこそ……。すず、もしかしたらこういうゲームも向いてるのかもね……。操作上手いし……」
「ふふ、心晴が教えてくれるからだよ」
無邪気に笑って謙遜するすず。本当に人間ができてるなあ。どこかの誰かさんにも見習ってほしい……って、すずはそのどこかの誰かさんに育てられたんだっけ。不思議だなぁ……。
「心晴こそすずより操作ミス少ないし、やっぱやり込んでるんだよね。すごいなあ」
「ま、まあ、ね……」
あんな活躍を見せられた後じゃ嫌味にしか聞こえないけれど、すずにそんなつもりがないのは知っている。すずはいつでも思ったままのことを言うだけだ。そういう点で、わたしはすずのことを信頼している。
「やっぱり心晴はゲームの達人だね!」
「え、えぇっ……!?」
とはいえ、そんなに褒められると照れてしまう。すずにそんなつもりがない……のは分かってるけど、だからこそなおさらたちが悪い。ド天然で人のことを褒めるからなあ……。
「心晴はすごいんだよ! いつもはこんなに可愛いのに、ゲームしてるときはすっごくかっこよくて頼りになってさ!」
「えっ、あ、ちょ……」
何やら興奮するすずの勢いに押されて、変な声が出てしまう。褒めちぎりモードに入ったすずは止められないんだよなぁ。
「心晴と一緒にゲームしてると、楽しい気持ちになるんだ。もちろん勝ちたいって気持ちもあるけど、それ以上に楽しいんだ」
「わ、分かった、分かったからぁ……」
目をキラキラと輝かせて詰め寄るすずを手で制止する。一方のわたしは、すっかり顔中に血液という血液が集まっていくのを感じていた。すずの奴め、無責任に人のことを褒めて……。
「そんなに褒められたら、どうしていいか分かんなくなるよ……」
とりあえず頭を冷やそう。息を吸って、吐いて……ダメだ、まだちょっとドキドキしてる。はあ、本当に調子狂うなあ……。
「……すずだって上手いじゃん。ゲームだけじゃなくて、何でも上手くこなしちゃうし……」
わたしのできることなんて、すずから比べたら大したことはない。そんなことを言おうとしたが、すずの反応がないことに気がついた。
「……すず?」
思わず彼女の顔を見る。彼女は俯いて、何やら思い詰めたような表情をしていた。何を考えているのかわたしには読めない。しかし、わたしが推察するまでもなく、程なくして彼女は呟き始めた。
「……ん。よく言われるよ。歩夢からも依織からも、櫻からもね」
その様子はどこか愁いを帯びたというか、ある種の諦めをを感じさせるようだった。まるで、自分を納得させているような。
「どういう、こと?」
「何でもできるってことの悩みを知らないんでしょー、心晴は」
「まあ、何でもできるわけじゃないからね……」
ぷうっと頬を膨らませるすずだったが、その口ぶりはふざけているようには聞こえなかった。彼女はじっとわたしの目を見つめる。
「何でもできるってことは、何にもできないってことと表裏一体だからね」
「難しいこと言うね……」
わたしがその言葉に答えかねていると、すずは不意にわたしの肩にもたれかかった。触れ合った部分にほんのり温かさを感じる。
「……すずね、本当に心晴のこと尊敬してるんだよ」
そう独り言のように呟く彼女の言葉を、わたしは黙って聞いている。物憂げな声色が静かになった部屋に溶けては消えていく。
「熱中できるものがあるってすごいことなんだなあって、時々思うんだ」
「……すずには、熱中できるものはないの?」
彼女の方を向くと、彼女は小さく首を横に振った。
「何かにハマるときって、『できない』って経験があって初めてそうなると思ってるんだ。その『できない』を乗り越えるから、物事は楽しくなるんだって」
「あ……」
恥ずかしながら、ここでようやくすずの言おうとしていることが分かったような気がする。当たり前だけど、すずにだって悩みのひとつやふたつくらいあるんだよな。
「すずは……こう言うと嫌味っぽく聞こえちゃうけど、何でも人並みにはこなせちゃうから。……分からないんだ、どうやって熱中したらいいのか」
「何でもできるからこそ、何もできない……か」
今度は首を縦に振るすず。悩みを打ち明けて少しすっきりしたのか、少しだけ穏やかな表情をしていた。
わたしだって最初からゲームが上手かったわけじゃない。負けず嫌いだから、上手くなりたいと思ってずっと練習して、そうしたらいつの間にかハマっていた。最初から攻略本もテクニックも要らないくらい上手かったら、すぐ飽きちゃってただろうな。
「……」
もたれかかるすずを抱き寄せて、膝枕をする形にする。少しでも楽になれたらいいんだけれど。
「すずにもきっと見つかるよ。熱中できる何かがさ」
「心晴……」
すずの瞳がわたしの目を見る。迷える子羊とでも言うような、そんな甘えた目をしていた。
「ただ、それまでは歩き続けるしかない……何かが見つかるまで、ただひたすら」
結局のところ、熱中できるものなんて運命の出会いだ。歩夢はここに来てから庭いじりに、依織は幼い頃に音楽に、そしてわたしは孤独を埋めたくてゲームにそれぞれ出会っただけの話だ。最初から決まっていたわけじゃない。だから歩き続けるしかない。
「すずさえ良ければ……だけど。わたしも一緒に歩きたいんだ。すずが熱中できるものを見つけたい」
「……!」
すずの悩みを完璧に理解できるわけじゃないけれど、せめてその手は握っていたい。思い悩むすずに寄り添っていたい。今のわたしは、そんな気持ちになっていた。
わたしの言葉を聞いたすずは、驚いたようにしばし目を見開く。しかし、それはすぐに満面の笑みに変わると、わたしの背中に腕を伸ばした。
「ありがとうっ! 心晴、大好きだよっ!」
「わわ、抱きつかないでよぉ……ひゃあ!?」
彼女の両腕が力強くわたしの身体を抱きしめた。再び頭に血が上っていくのが分かる。
「えへへへ……心晴、ちゃんと最後まで一緒にいてね?」
「わ、分かった、分かったから抱きつかないでぇ……!」
すずに熱中できるものが見つかるのは明日か来週か、それとも来年か。いつかは分からないけれど、できる限り側にはいてやりたいと思う。
またひとつ芽生えた思いを乗せて、平穏な時間はただ過ぎていくのだった。
最初の方とか見てもらえると分かるんですが、当初は心晴を「歩夢に面倒見られてて引きこもりでポンコツないじられキャラ」みたいな位置づけにしてたんですが、最近は心晴にお姉ちゃん面させるのにハマってます。伊達に18歳してるわけじゃないというところをバリバリ見せています。