△Episode 5: 歩夢ママ、誕生?
とある日のはるかぜ荘。いつも通り平穏で、何の変哲もないのんびりとした一日。心安らぐ平和な日常……だったはずなのに。
「……さて、心晴ちゃん。なんであなたがここに呼ばれたか分かるわよね?」
その一角、わたしと櫻が向かい合って座った机の周りには、平穏ならざる雰囲気が漂っていた。机の上にはゲームソフトがふたつ並んでいる。今月発売のシューティングゲーと、RPG。どちらも有名なタイトルの続編だ。
「さ、さあ……。さっぱり見当がつかないなあ」
「とぼけたって無駄だからね」
「うぐっ……」
櫻の見透かすような視線に貫かれ、思わず身をすくませる。そんなに睨まなくたって……。
こほん、と彼女が咳払いしたのに合わせて、きゅっと姿勢を正した。ここからはどうやっても逃れられなさそうだ。蛇に睨まれた蛙のごとく、神妙な面持ちで彼女の言葉を待つ。
「心晴ちゃん。ここに置いてあるゲームは何かしら?」
「え、えーと……グライアスサードと、ラストスター8です……」
「…………」
二人の間にしばし沈黙が流れる。これはスベったな……。対面する櫻の表情が崩れないのが逆に怖い。何とか言ってほしいんだけど……。
「ボケとしても面白くないわね。五点」
「はあ……」
ダメですか……。
渾身のボケは、彼女の心ない一言によって一蹴されてしまった。櫻は怒らせると怖いし、一度こうなると冗談も通じないから嫌なんだよね。
再び流れ出した不穏な空気の中、櫻はもう一度わたしに問う。
「ゲーム、前より増えてないかしら?」
「さ、さあ……気のせいじゃ、ないかな……」
嘘です。本当は増えてます。今月だけでお小遣いで三本ゲームを買いました。でもわたしは悪くないんだ。悪いのは欲しいゲームを一月にまとめて発売する会社なんだ。
「気のせいなら今私は怒ってないのよね」
「うぅ……」
圧。圧がすごい。特段怖い顔をしているわけではないけれど、それが逆に彼女の威圧感を醸し出している。思わず怯んだ私に追い打ちを掛けるかのように、彼女は次の言葉を放つ。
「正直に言わないと終わらないわよ?」
「…………」
八方塞がり、万事休す。これ以上わたしに逃げ場はない。おお神よ、もしいるのならば哀れなわたしを救いたまえ……。
「……わたしが買いました」
「素直でよろしい」
……なんで警察の取り調べみたいになってるんだろう。
「さて、心晴ちゃん」
「はい……」
櫻による尋問……もとい、説教はまだまだ続く。もうしばらく経ったと思うんだけれど、未だ彼女の口が閉じる気配はない。勘弁してほしい。
「今月、私は心晴ちゃんにいくらお小遣い渡したっけ?」
「一万円です……」
はるかぜ荘の住人の内、わたしと歩夢とすずはお小遣い制だ。欲しいゲームなんて挙げればいくらでも出てくるのに、たったの一万円だ。わたしの自由なゲーム生活を制限する悪習め、絶対に許さない。
いやまあ、わたしが自分で稼ぐなんて到底無理な話なんだけど……。
「そうね。それで、今いくら残ってるの?」
「五百円です……」
これでもギリギリお小遣いの範疇で買えるゲームを組み合わせたんだ。本当は新作の格ゲーも欲しかったけど、お金が足りないから泣く泣く諦めたのだ。それなのに櫻は……。
「それではここで問題です。今月はあと何日でしょう?」
「十日です……」
「一日あたりいくら使えるでしょうか?」
「五十円です……」
自分で答えておいて何だけど、まあ無理だと思う。それこそゼロ円生活みたいなことができる人じゃないと。
「私、いつも言ってるわよね? 無駄遣いしちゃダメって、ずーっと」
櫻のお小言は、それはそれはもう言葉にしようがないくらいしつこい。何か買おうとするたびに、毎度毎度「無駄遣いしないでね?」ってプログラミングされたみたいに付け加えてくる。うっとうしいことこの上ない。
それでも、わたしを拾ってくれた恩はあるから、素直に聞いてはいるんだけど。
「心晴ちゃんがゲーム好きなのは知ってるけど、私としてはお金の使い方だけは気にしてほしいかなって思うわけ」
ただ、今日のお説教はそれに輪を掛けてねちっこい。こっちは聞いてるだけでも疲れるんだけどなぁ。
「お金の使い方、なんて……いざというときには分かるでしょ……」
「甘い! 甘いわ心晴ちゃん! 生ぬるいにも程があるわ!」
「ええぇ!?」
ちょっとした反論のつもりだったのに、思いの外辛辣な答えが返ってきてびっくりした。そんなはっきり言わなくたって……。
「将来心晴ちゃんが大きくなったときに、お金のことで困らないように今から身につけておくの」
「お母さんみたいな言い方だね……」
頼んでもないことを勝手に押しつけてくること、人はそれをお節介と呼ぶ。櫻はお節介の権化みたいな人間だ。オカンって言葉がよく似合う。
……しかし、よくもまあそんな楽しくもない話題で何十分も喋れるなと思う。ゲームの話をしてるならともかくだけど。わたしなら五分で力尽きる自信がある。
「聞いてるの?」
「もー……ほんと勘弁してってば……。分かったから……」
ああもう、大分疲れてきた。梅宮心晴は自分の部屋にいないと体力が減っていくのだ。早く部屋に帰してほしい。
「私は心晴ちゃんのこと心配してるんですけど」
「心配してるなら放っといてほしいんですけどー」
「放っておいたらまた元に戻ると思うんですけどー」
ぐぬぬぬ。しつこいな、本当。つらい、つらいよわたしは。哀れ、櫻に拘束されたわたしを救ってくれる人はどこかにいないものか……。
そんなことを思った瞬間、階上の方からがちゃりと扉を閉める音が聞こえた。そして、階段を軽やかに踏む音が近づいてくる。
「あ、櫻さん、心晴さん! 何してるんですか?」
いた。わたしの頼みの綱。この状況を打開してくれるわたしのヒーロー……その名も、九重歩夢!
「歩夢うぅぅ、聞いてよぉ、櫻がね、わたしのこといじめるんだよぉ……」
「ちょっ、まっ、心晴ちゃんってば!?」
歩夢に泣きついてみる。お願い助けて歩夢、わたしを救ってみせて……!
「……何があったんですか?」
「えーっとね――」
櫻が事の顛末を話す。さあちゃんと聞いて判断してくれ、わたしは悪くないと!
全てを聞き届け、歩夢はひとつ息をついた。そして口を開く。
「――それは、心晴さんが悪いですね……」
「歩夢のバカぁぁっ……!」
おお神よ――もとい歩夢よ、あなたもわたしを見捨てるというのですか。もうわたしの味方をする者はいない。今度こそ一貫の終わりだ。がっくりと肩を落とした。
「でしょう? だから今こうして心晴ちゃんをこってり絞ってあげてるってわけ」
こっちとしては絞り尽くされてもうおから状態だよ。出涸らしだって出やしない。
「でもまあ、そんなに怒ることないじゃないですか。ほら、もう心晴さんがぐったりしちゃってますよ」
「歩夢ぅ……ありがとう……」
やっぱり歩夢はわたしのヒーローだった。本当にありがとう歩夢。今度わたしのコレクションをひとつ貸してあげよう。
「心晴さんが次から気をつければいい話じゃないですか。だから今日は許してあげてください、ね?」
「うーん……」
いいぞ歩夢。櫻が悩み始めた。このまま押し切ってわたしを解放してくれ……!
期待の目で彼女を見つめるわたしに、突如櫻の冷ややかな視線が突き刺さった。
「……心晴ちゃん」
「はっ、はいっ、ナンデショウカ……」
緊張して固まったわたしに対して、彼女はその視線を崩さずに言葉を続ける。
「……年下にフォローされる気持ちはどうかしら?」
「うぐうっ……!?」
櫻め、わたしが一番気にしていることを……! 卑怯だ! 盤外戦術だ!
「わ、わたしはっ、手段のためなら、目的は選ばないんだっ……!」
「心晴さん、逆ですよ、逆」
「ここまで来ると人間としてどうかと思うわね……」
うるさいうるさい! 人間性なんて引きこもったあの日に捨ててきたわ!
「うわーん、助けてよ歩夢ぅ……」
わたしにできることといえば、歩夢に泣きついてぐったりとすることだけだ。
結局、歩夢が頑張って櫻をなだめてくれたのだった。この恩はきっと忘れない。多分。
「……しょうがないわね、歩夢ちゃんに免じて許してあげるわ」
「よかったぁ……」
流石歩夢。にっくき櫻を見事退け、わたしに活路を開いてくれた。これでまたはるかぜ荘に平穏が訪れる。
「今回は、ね。次やったら……分かってるわよね?」
「ひいっ……!?」
……というわけでもないようだ。恐るべき監視社会。ビッグサクラ・ウォッチング・ユーと言ったところか。
恐怖に震えるわたしの肩に、歩夢が笑って手を置く。
「まあまあ、大丈夫ですよ! わたしもお手伝いしますから!」
ねっ、と言って微笑む彼女の姿は、さながら聖母のように見えた。歩夢になら甘やかされても良いかもしれない。
「はぁ……年上としての尊厳をかなぐり捨ててるわね……」
「うるさいっ……」
年齢なんて関係ない。わたしはわたしの思うままに甘え倒すだけなのだ。情けないなんてこれっぽっちも思っちゃいない。
「えへ、私は甘えん坊な心晴さんも大好きですよ?」
「歩夢っ……大好き……! わたしを一生養って……!」
「こんなロマンの欠片もない告白、初めて見たわね……」
歩夢の言葉にきゅんと来てしまった。そうだ、そうなんだ。歩夢こそが、わたしのヒーローであり、わたしの神であり、わたしの聖母であり、姉であり、ママ――!
「歩夢ママぁ……!」「はいはい、ママですよー」
「歩夢ちゃんも悪ノリしないの。ほら、離れた離れた」
ちぇっ。櫻ってば、冗談が分からないんだから。頭が凝り固まってるんだな、きっと。
「まったく心晴ちゃんってば、放っといたらすぐだらしなくなるんだから……」
「ふふふ、みんなで見守っていかなきゃ、ですね!」
歩夢が見守っていてくれるなら、わたしはもう思い残すことはない。我が人生に一片の悔いなし。安心して引きこもることができる。
「いっぱい見守って、いっぱいお世話してね……」
「こら」「痛ぁっ!?」
チョップがわたしのつむじにヒットした。そんなに本気でやらなくたっていいのに。
「はあ……今度から、心晴ちゃんの財布の紐は歩夢ちゃんに握らせた方がいいかもね」
「ええっ!?」
それは困る。そんなことされたら、自由にゲームが買えなくなってしまうじゃないか。ゲームはわたしの生きる糧と言っても過言じゃないのに。
「あ、それ良い案です! そしたら、無駄遣いができなくなりますしね」
無駄遣いじゃないし! わたしの心を支えるための必要経費だし!
子犬のように瞳を潤ませて歩夢の方をじっと見る。お願い、わたしの気持ちよ、伝われ……!
「歩夢ママ……」
「心配しなくても、お金の管理は私に任せてくれていいですからね。なんたって、私は心晴さんのママですから!」
「前言撤回っ、ママじゃないから、それだけはやめてぇ……!」
お母さん銀行なんてたまったもんじゃない、この世でガチャの排出率の次に信用できないものだ。
「ふふ、これにて一件落着ってとこかしら」
全然解決してないんですが。
いくら抗議の声を上げようとも、二人は聞く耳を持ってくれないのだった。理不尽だ……!
五回目の初投稿です。
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